黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19) 作:神の筍
九鬼財閥本社。上層部しか入室することの許されていないフロアの会議室にて、九鬼総合統括を任されているあずみと本部迎撃部隊を指揮するステイシー、そして現在義経たちを中心に九鬼一族を除く要人の護衛統括を任された李が集まっていた。
会議室の机には常時入ってくる情報が纏められた冊子と、特に重要な要項は壁に貼られている。機密レベルのものはタブレットに纏め、最高幹部クラスしか閲覧出来ないようになっていた。
「李。義経たちの周囲はどうだ?」
「問題はありません。一部過激な者が近付いて来ることもありますがすべて弾いています」
「過激な人?」
「クローン技術について大きな声で意見しようとしている人や、話題作りのために接触しようとしている人です」
「あーなるほどなぁ。面倒臭ぇ奴らもいるもんだぜ」
「ステイシー。九鬼に何か仕掛けてくる奴はいるか?」
「いんや、今のところはいない。一応クローン技術とクッキー関連の研究に携わった所員には護衛を付けてるけど、そっちも特に問題はない」
「そうか……」
「この凪のような時間こそ、殺し屋が坦々と狙っている証拠です」
「それは過去の経験からか?」
「ええ。有能な殺し屋ほど、対象者の日常を深く観察します。ほんの些細な事、たとえば見慣れない鳥の一匹でもいればその日の実行を取り止める。依頼主からの期間にもよりますが、不規則な動きをする夏休みの時期に殺し屋が動くことは無いかと。試しはするかもしれませんが」
「李がそう言うのなら間違いないだろうな。義経たちは今、両親に会ってるんだろ?」
「午前は川神の案内、午後は敷地内でバーべキューの予定です」
明確に壁を越えた義経と弁慶では簡単にその気配を察するため、護衛が付くことは事前に伝えていた。
二人からの報告を受けてあずみは作戦を組み立てていく。
「取り敢えずステイシーはこのまま本部の護衛を任せる。本社は私が指示するから、研究棟を中心に頼む。鼠一人入らせんな。ただ、一部隊は外部へ足を運べるように待機させておいてくれ」
「はいよー」
「李もこのまま頼むけど、腕利きの殺し屋相手ならお前も現場に出る必要があるだろ。いざというときは私もそっちにリソースを割くから確実に初手で出遅れないようにしてくれ」
「分かりました」
「あと、人員補強がある。恐らくもう少しで――」
あずみがそう言ったと同時、会議室の扉が静かに開かれる。
そこにいたは二人の男性従者――一人は真っ黒なサングラスを掛けた巨漢の従者。もう一人は長髪をドレッドヘアに纏め、糊の利いた従者服の上からでも分かるほど鍛え上げられた肉体を持つ従者だ。
「序列十一位。チェ・ドミンゲスだ。会議室はここであっているな?」
ドミンゲスはメキシコのある地域で地下組織の用心棒をしていたところ、ヒューム直々にスカウトされた経歴を持つ。年齢はあずみたちとそう遠くなく、少々人間離れした技を用いて戦う。常に逸ることなく冷静な思考を持つが、如何せん武力寄りのため一桁序列には届いていない人物でもあった。
「序列四位のゾズマ・ベルフェゴールだ」
ゾズマは若い従者から高圧的なヒューム、皮肉屋のゾズマとして恐れられている従者の一人だ。その実力はヒュームと並んで評されるだけあって指折りで、給仕はもちろん武力においてはヒュームに次いだものを持っているとされている。
「さて、お前たちが時間を浪費している間に私は紋様の護衛に行かせてもらおうと思うが大丈夫かな?」
「紋様は自室でお勉強の時間だ。部屋の前にいる担当が交代マニュアルを持っているから受け取ってくれ」
あずみにそう言われたゾズマは何も返すことなく会議室から立ち去った。
「ドミンゲスは李の指揮下に。相手は殺し屋で、その影も尻尾もまだ掴めてない」
「殺し屋か。血の匂いはある程度判断出来る。大体の者は十分対応可能だ」
「李から匂いはするか?」
ドミンゲスは顔だけを李に向け、鼻を鳴らした。そして首を振る。
「今でこそ丸くなったが李も元々殺し屋だ。今回狙って来ている殺し屋はそれくらいのレベルと考えろ」
「了解した。気を引き締めよう」
「私からは以上だ。他に何も無ければ自分の持ち場に戻ってくれ」
その後、李とステイシーの二人は特に何も無かったため持ち場へ戻り、ドミンゲスは本社勤務の確認事項をまとめて李の下へ向かった。
誰もいなくなった会議室であずみは中国に向かったヒュームとクラウディオから送られて来た情報を精査する。内容は政府上層部で九鬼に対する二つの勢力が水面下で争っているというもの。一つはクローン技術を盗み出し、他の軍需事業すら無理やり奪ってしまおうとする勢力。もう一つは友好的に接し、クローン技術ではなく国の全体的な繁栄を考えて付き合おうとする勢力。ただし、両者とも利権や自身の利益を考えた者が混じって一枚岩ではないということ。
「中国はあの二人に任せておけば突然隕石が降って来ても対応出来るだろ。問題はこっちだな……」
そして、最も重要なこととしてこう書かれていた。
『非友好的な勢力が殺し屋と“曹一族”を雇った可能性あり』
『友好的(暫定)な勢力が対抗策として“梁山泊”を雇った可能性あり』
可能性ありと文末に記載されているがあずみは確信していた。
「ってことは、やっぱあの事件が起きた夜に入って来たのが曹一族か。あの二人(車を爆発させた企業スパイ)と繋がってるのか分からねぇが、こりゃもっと上に捨て石にされたことは事実だな」
あずみは再び随時入ってくる情報の精査と作戦の組み立てに勤しむ。
久しく会っていない敬愛する主の顔を思い浮かべ、これもまた主のためだと切り替えると仕事に集中するのだった。
一、
八月も半ばに入ろうとしている。夏休みの終わりが見え始め、宿題を後に回していた学生はそろそろ着手している頃だろう。
水明も殆どの宿題は終わらせ、後はゲイル先生考案の英文読解と麻呂の平安一問一答くらいである。
そんな彼は現在、川神駅から電車に乗って七浜駅へ足を運んでいた。
長期休暇中の七浜は以前義経たちと行ったショッピングモールやネズミーランドの来園者のおかげか人が多く、出来ればメイン通りからは早く抜けたかった。しかし、この先の 広場で待ち合わせている人物がいるためそうはいかない。
縫うように人を避けて広場の中に入る。
ネズミーランドの出入り口でもあるため、頭に耳を乗せた人が行き交っていた。
見知った顔を見つけてそちらに向かう。
彼女も水明のことを見つけたのかつま先立ちになって手を振る。左手には手提げカバンを持っていた。
「今日も暑いな」
「雲一つない快晴は嬉しいけど、この時期は少々堪える」
義経はまっすぐ伸びたポニーテールを揺らしながら大きく頷いた。
「取り敢えずここから抜けるか」
「海浜公園のほうに行こう。日影が多いし涼しいはずだ」
二人のすぐ近くにある大きな門を潜ればネズミーランドに辿り着くが、今日の目的はそこではない。
義経を先頭に再び人混みの中へ入っていく。
「ご両親は元気にしていたか?」
水明がそう尋ねた。
「うん! 二人とも元気だった。久しぶりだったからたくさんお話したぞ」
小笠原諸島の父島――義経が育った島は雄大な自然と静穏な文化の広がる場所だった。だからこそ英雄と同じ名前を持つ義経たちがいても変に思われることなく、物心の形成に必要な幼少期も問題なく過ごすことが出来た。そして、その時間を見守ってくれた人物こそが父の源大器(たいき)と母の源昌子(まさこ)である。
「優しい人なのか?」
「うーん……もちろん優しかったが、たまに怒られるとすごい怖かった」
「義経が?」
「山で遊んだりしていると門限を過ぎちゃったことが何度かあって。そのときばかりは義経も……」
「義経らしい理由だな」
「え、えへへ。そうかな?」
義経は少し恥ずかしそうにはにかんだ。
水明はもう少し何をしたのか聞こうとしたが、すれ違った人とぶつかったのか義経が止まる。
「あっ――ごめんなさい!」
「いえ、こちらも――」
どちらかが悪い、というわけではなかったのだろう。
ぶつかってしまった女性も軽く会釈するとすぐに隣にいた友人と会話に戻った。
「大丈夫か?」
「大丈夫だ。義経の不注意だな」
そう言って義経は既にこちらのことなど気にしていない女性の背に頭を下げた。
水明はそんな義経の姿を見て口を開く。
「カバンは自分が持とう」
「え、いや、悪いぞ。今日は義経からの誘いなんだ」
「気にするな。手持ち無沙汰だからな」
自分でもよく分からない理由とは思ったが、水明は義経の左手に持ったカバンを取る。中には何が入っているのか知っているため出来るだけ傾けないように気を付けた。
「義経――」
そして、そのまま空いた方の左手を差し出す。
「……?」
「手を繋ごう。変に距離を取っているとまた繰り返すかもしれない」
「……っ!?」
水明の手のひらを見た義経はビクッと肩を震わせた。
手のひらと、水明と、手のひらと、水明と……何度も往復させて目を屡叩(しばた)かせる。
「えいっ」
義経は水が溜まっていくように顎先から額までを赤くさせると、意を決したのか勢いよく手を握った。
ほんのりとした温もりが互いの手に伝わる。
義経と対照的に水明の表情は変わらないように見えた。
「そんな風にしなくとも、自分の手は逃げないぞ」
「あっ、あわわ……あわわっ、す、水明君と……っ」
「じゃあ、行こうか」
まだ乗せただけだった義経の手のひらが握られる。水明はそのまま彼女の手を引きながら歩き始めた。
「あうあう~」
七浜はアミューズメント施設が密集しているだけあって男女で行動している者は多い。年齢も問わず、夏休みを満喫しているであろう学生から夫婦、余生を楽しんでいる老夫婦など様々だ。中には二人のように手を繋ぎ、さらに腕を組んでいるペアもいる。それだけならば特別目を惹くようなことでもないのだが、義経の恥ずかしがり様が素直に顔に出てしまっていたためすれ違う人々が微笑ましく視線を遣っていた。
「は、恥ずかしいっ」
その視線によって義経の身体が縮こまり、隣を歩いている水明に身を寄せる。
「余計だっただろうか? 手は離したほうが――」
「――う、ううん。このままで良い……」
義経は手汗が出ないように願いながら水明の手を握り返した。
二、
七浜海浜公園――駅から少し西を歩いたところにある港湾とネズミーランドの景色を楽しめる人気スポットだ。
二人は無人のベンチまで行くと、間に水明が持っていたカバンを置いて座る。
義経が中身を取り出した。
「はい、どうぞ。水明君の分だ」
「ありがとう」
水明は渡されたお弁当箱を膝の上に置く。青色だった。
「開けて良いのか?」
「うん!」
義経も自分のお弁当箱を同じように並べ、蓋を取った。
「へぇ、魚の煮付けも入っているのか」
「お母さんから教えてもらったお墨付きだぞ」
「それは期待出来るな。では、いただきます」
「義経も。いただきます」
水明は早速お墨付きだと言う魚の煮付けに箸を伸ばす。少し当たっただけで身が崩れ、中まで染み込んだ汁が滴った。小さく一口食べ、その後すぐ白米も口に入れる。咀嚼するほど旨味の溢れる一品にほうと関心の息を吐いた。
「美味しいな。何というか、不思議な味だ」
もう一口食べる。
「義経が優しいと言った理由が何となく分かるような気がする」
「本当か?」
「ああ。魚の煮付けは昔からよく食べていたが、食べたことの無い味だ」
「もしかすると地域で味付けの仕方が違うのかもしれない」
「なるほど……これが本場の魚料理というわけか」
水明はしばらく舌に残った余韻に浸り、次の料理に手を付ける。
魚の煮付けを始めに牛しぐれ、根菜サラダなど和食が多いのは義経の好みだろうか。卵焼きも入っていたが出汁が効いて味わい深く、あっという間にお弁当箱には隙間が目立っていく。
「三段お弁当のほうが良かったかな?」
「いや、これだけで十分だ」
半口ほど残った白米に義経が彼女の分の魚の煮付けを解して乗せた。
「御裾分け。義経はいつでも自分で作って食べられるからな」
「む、悪い」
水明は米粒一つ残すことなく堪能すると蓋を閉じた。
「ご馳走様」
今日、義経がお弁当を作って来た経緯は彼女の両親が父島に帰る前日まで遡る。
その日はお見送りも兼ねて、九鬼が日本全土から取り寄せた食材を使ってバーべキューをしていた。両親がやって来てから川神で体験したことや知り合った人物についてはたくさん話していたが、水明のことについては「川神に来てから一番仲が良い友達」とだけ説明し、義経の口から詳細を語ることは無かった。もちろん、両親も「一番仲が良い」と聞かされるとどういう人物なのか気になって尋ねる。しかしどうにもむず痒いような気がして、他の話題より多く話すことは避けていたのだ。
両親もそんな様子を察していたのか無理に聞き出すことは無く、それとなく尋ねながら人となりを知る。弁慶からも教えてもらい、悪い意味で義経が口を噤んでいるわけではないと安心した。
昌子から清楚と共に料理を教えてもらっていた義経はバーベキューも宴も酣(たけなわ)となっている時間にこう言われた。
『義経がお世話になっていると思うのなら、お弁当の一つでも作ってあげなさい。人があげられるもので、一番色んな気持ちが込められるのがお料理だから』
と。
翌日、午前出発のフェリーに乗って帰る両親を泣きながら見送り、さっそく義経は昌子に教えてもらった料理を復習した。
両親からすれば、不器用な愛娘がしっかり向き合えるようにするための後押しだったのかもしれない。
そして今朝、弁慶からのつまみ食いに悪戦苦闘しながら義経の手作りお弁当が完成したのだ。
「もう、夏休みも半分を過ぎてしまったな」
「今年の夏は義経たちがいたおかげか去年より濃かった。もう少し夏休みが続いて欲しいとは思うか?」
「うーん……義経はどちらかと言うと、早く学校が始まって欲しい。朝起きて登校して、学校のみんなと話して、勉強して。放課後は水明君の家に遊びに行ったり、どこかで食べ歩きしたり。そういう時間のほうが好きだ」
「義経らしい言葉だな」
「あっ、もちろんこうしてのんびりとお茶する時間も好きだぞ!」
「自分もSクラスにいると家で過ごしている時間が酷く退屈に思えるときがある。そのおかげか川神に来てからは宛てもなく散歩に出る癖が付いたな」
「すごく分かる。今もこうして不死川さんと榊原さんが話している声がどこか聞きたいと思う義経がいる」
「何故その二人……?」
水明は一年生の頃から不死川が榊原に揶揄われている声を聞いていたが、それに対して懐古的感情を抱くのか問われれば微妙なところだ。
「でも、その前に花火大会だな」
義経の言う花火大会とは川神院主催のときに行こうと約束した七浜花火大会のことである。ちょうど今いる場所から見ると綺麗な花火が見えるだろうが、当日は早くから待機している人でこの周辺の場所の確保は難しいだろう。
「弁慶も楽しみにしていたぞ。この前から二人でどんな浴衣を着ていこうか話し合っている」
「浴衣か……自分も一着持って来ていたような気がするな……」
「おお、本当か? じゃあ当日は三人で浴衣にしよう!」
「分かった。探しておこう」
義経と話しながら水明は浴衣の所在を思い出そうとする。
あれはたしか――彼の身長が今に近くなり、祖父の物を貰ったのだ。小さい頃は身体に合うものが無かったため、使わなくなった古衣を合わせてちょうど良い物を作ってくれていた。扇子を片手に、灰色の浴衣を角帯で結んでいた姿が似合って少し憧れていた。
形見というわけでもないが、何故か引っ越し用段ボールに詰めた記憶がある。
持ち出したことも無いのでクローゼットの奥に仕舞いっ放しになっているのだろう。
「――水明君っ、あの二人は!」
水明の肩が突かれる。
「どうした?」
義経の視線の先を見ると、そこには見知った顔の二人組がいた。
「えー、ココロは絶対バナナチョコだよ。朝の占いもバナナチョコがラッキーアイテムって言ってたし」
「嫌じゃ。此方は今日イチゴチョコを食べるのじゃ。そんなにバナナチョコが気になるなら自分で頼めば良いではないか」
「ボクは今日、マシュマロデラックスの日だもーん。でもバナナチョコも一口食べたいからココロが頼めばモーマンタイ」
「頼まんからな。朝から此方の舌はイチゴチョコに飢えておるのじゃ」
「名家なのに飢えてるとか変なのー」
「ちーがーうーのーじゃ!」
割と距離が離れているにも関わらず水明たちのところまで声を響かせているのは先ほど義経が話していた不死川と榊原の二人だ。不死川はいつもの桃色の着物を、榊原は私服だ。聞こえて来た会話から遊びに来ていることは明白だった。
「おー。あんなとこでヨシツネとメイメイがいるのだ」
「なんじゃと?」
榊原が指を差すと、不死川も視線を向ける。
「見つかってしまったな」
「どうしよう?」
「自分はどちらでも良い。義経に任せる」
「そうか? なら――」
水明と義経は不死川たちに合流するとどこに行くのかを尋ねた。どうやら駅前のクレープ屋に行く予定だったらしく、ご相伴にあずかることとなる。
義経はブルーベリーを、不死川はイチゴチョコを、榊原はマシュマロデラックスを、そして水明は榊原に猛プッシュを受けてバナナチョコになった。水明が口を付けるよりも早くに榊原が、何だかんだ気になっていたのか不死川までもが一口盗んで彼が食べる頃には一回り小さなサイズになっていた。見兼ねたのか義経が一口あげると、次はブルーベリーのクレープを頼もうと決めた水明だった。