黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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第25話

 

 

 

「ほいっ、と。甘い玉だなぁ」

 

「っく、やるな。まさか自分のジャンプボールを取るとは」

 

「さ、誰を狙おうかな――と!」

 

「む、ひろしがっ」

 

「これで後一人~」

 

 冷房の効いた一室でテレビゲームに興じているのは部屋の主である水明と遊びに来た弁慶だった。

 二人がやっているゲームは弁慶が持ち込んだものであり、ひと昔もふた昔も古い物なのだが両者とも現役さながらの手裁きを見せる。それでも水明にはブランクがあったのか弁慶に良いようにしてやられている。

 『くにをさんの灼熱ドッジボール』――それが二人の遊ぶタイトルだ。

 

「なっ」

 

「はい、貫通シュート」

 

 最後に残っていたキャラにボールが当たり、HPが無くなった。画面の右側には“敗北”と出て水明の負けを告げた。

 

「……強すぎないか?」

 

「暇なときに清楚さんと与一とやってたからね」

 

「コンピューター戦ばかりしてたのが仇となったか」

 

「対人戦も鍛えておかなきゃ」

 

 水明もそこそこ自信があったが、それ以上に弁慶は上手かった。元々器用な清楚とゲーム好きの与一を相手にしていたのだから強くて当たり前とも言える。義経はいつもコントローラーをガチャガチャするだけで勝手に自滅するのは余談である。

 

「これで一対一ということで」

 

 ひとつ前はレースゲームをやっており、そこでは水明が見事一勝を飾っていた。

 

「じゃあ、次はね――」

 

 最近のゲームはリメイク作品というものが数多出ており、今プレイしていた『くにをさんシリーズ』と言われるものもそうだった。また、ゲーム機器も最新のものでわざわざカセットを買わずとも家でダウンロードしてすぐに出来るらしく、こんな便利なものがあるのかと水明は驚いた。

 弁慶は簡単なミニゲームが何十と入ったゲームを選ぶ。

 そこからランダムマッチを押すと、小さな戦車を動かして先に倒した方が勝ちというゲームになった。

 

「そういえば、義経からご両親の話を聞いたぞ――隙あり」

 

「二人の話を水明にしたという話は義経から聞いた――いや初手から揺さぶりを掛けて来るとは」

 

 水明は二連続でミサイルを放つが、タイミングを見計らった弁慶に避けられる。

 

「何かお昼を食べた後は不死川たちとクレープ食べに行ったって言ってたけど」

 

「自分もバナナチョコを食べたが、あれは美味しかった」

 

「お土産無かった」

 

「それは義経に言ってくれ」

 

 互いにボタンを連打してミサイルを弾き合う。

 

「ま、主が喜んでたから良いんだけどね……あ、そこ地雷」

 

「何――く、三本先取のうちの一本だ」

 

「このまま連続で行かせてもらうよ」

 

「負けない」

 

 二人は二本目を開始する。

 

「水明はさ――」

 

「む、く、うっ、何だ……っ」

 

「いや、そこまで攻めてるつもりないんだけど。完全に自分で連打したミサイルが壁で跳ね返って来てるだけじゃん」

 

「ふう、何とかあの攻勢を乗り越えたか」

 

「してないしてない」

 

「それで、何の話だ?」

 

「うーん……ま、二人がこっちに来てるときに何をしたいのか聞かれたんだよね」

 

「何をしたいか……?」

 

 水明は思わずポーズボタンを押してしまった。

 

「それはもしかして、人生相談というやつか?」

 

「いや、人生雑談だね」

 

「人生雑談か……取り敢えず糖分を取るとしよう」

 

 机に置いていた個包装のチョコレートを袋から取り出す。真ん中で割って一口サイズにすると水明は弁慶に渡した。

 

「まぁ、私がしたいことは正直決まってるも同然だからあんまり喋ることは無いんだけど」

 

「そうなのか?」

 

「うん。今話題に出したのだって私と言うよりは水明がどうするのか気になっただけだし」

 

 てっきりのらりくらりとしている弁慶の先の話だと思ったが、どうやらおよそのやりたいことは決まっているようだ。 

 今を生きることを謳歌にしているように思われがちだが、その実誰よりも思考を止めることの無い弁慶の考えが気になった水明は素直を聞くことにした。

 

「何をしたいってことは将来の仕事とかか?」

 

「まぁ、私の場合は志的な? 主の幸せを見ながら一献の川神水を傾けるのが私の夢だから」

 

「篤い忠義心だな」

 

「これでも武蔵坊弁慶なんで」

 

 そんなことを言いながら弁慶は川神水を杯に注ぐ――が、注ぎ過ぎたのか表面張力が頼りになっている。彼女は口を近付けてずずっと吸いながら喉を鳴らした。

 

「ぷは~。水明は何かしたいこととかないの?」

 

「したいこと? ふむ、したいことか……」

 

 弁慶にそう言われ、水明は考える。

 このままのんびりと生きて行きたい、などだろうか。

 

「卒業後は?」

 

「卒業後――」

 

 思えば卒業後のことは考えていなかった。

 祖父が亡くなり、教師に勧められるまま川神学園へ入学した。運よくSクラスに入ることは出来たがその間やりたいことが生まれたかと言うとそれも無い。

 高校は義務教育ではないが、この先現れることの無いくらいの大きな選択肢が待っているのだ。

 

「まぁ、このまま行けば地元で畑仕事に従事しているだろうな」

 

「おぅ、華の高校二年生とは思えない未来」

 

「日本の食料自給率を底上げしようと思っている」

 

「いきなりとんでもない宣言来たんだけど」

 

 当然本気でそんなことは考えていない。精々自分が食べていけ、売って税金を払える分。そしてたまに近所に配れるくらいで十分だ。

 

「弁慶たちはどうするんだ?」

 

「私たちは四人とも竜大進学だろうね」

 

「竜大か。一番賢いところじゃないか。九鬼の意向が関わっているとかあるのか?」

 

「いや、九鬼で過ごさせてもらってるけど、そこまで厳しく未来を決められてるとかじゃないからね。もし就職するって言ったら普通に受け入れてくれると思うよ。運び屋とかじゃなければ」

 

「闇のか」

 

「闇の」

 

「しかし、大学進学か――」

 

 水明が畑仕事に従事するならば、農業科の大学が専門学校に行っておいて損はない。だが、彼の場合半世紀以上畑を触って来た祖父からそのノウハウをすべて叩き込まれている。土壌の製作から出来るように教えられていたのだから、結局進学してもただの確認作業の数年になってしまうだろう。

 

「進学は無いな」

 

「あらら、無いのか。もし適当なところに行くなら誘おうと思ってたのに」

 

「自分を?」

 

「ん。学力的に言えば十分狙える範疇でしょ」

 

「まぁ、時間を掛けて勉強すればどんなことも出来るとは考えている」

 

「後輩として水明が入って来れば面白いと考えてたんだけど……」

 

「浪人してるじゃないか」

 

 そこまでして大学に入りたいわけではない水明だった。

 

「いやぁ、水明なら『良いぞ』って言ってくれると思ったのになぁ」

 

「そんな風に思われてるのか?」

 

「ほら、一応源氏組幻のシックスマンだからさ」

 

「仮に葉桜先輩を含めたとしても四人しかいないじゃないか」

 

「もしかしたらどこからか湧いて来るかも」

 

 

 

『――くしゅんっ。あら、風邪を引いたかしら? 夏もちゃんと服を着て寝なきゃいけないわね』

 

 

 

「そんなことあるか」

 

「まぁね」

 

 未来は誰にも分からないものだ。

 

「まぁ、卒業後はあれだな。義経も、源義経の史跡を巡りたいと言っていただろう? 終着点として是非訪ねてくれ。いくらでも宿代わりにして良いぞ」

 

「取り敢えず天然温泉とバネの効いたふかふかのベッドと階段は赤いカーペットが金糸縫いされてないと私たちは泊まれないけど大丈夫?」

 

「天然温泉は家の近くの山に行けば湧いているところもあるが、陽に晒されてもふもふの敷布団と歩けばぎしぎしと鳴る木の階段しかないな」

 

「雰囲気は老舗旅館で良し。美味しいご飯もあれば尚のこと」

 

「朝昼晩は裏山で取れた山菜と、肉は近くの牧場の鮮度の良いものがある」

 

「明日から行こ」

 

 冗談はともかく、弁慶は敷いていた座布団を水明の隣に投げた。彼女はその上に身を任せて胡坐を掻いていた水明の膝を勝手に間借りし始める。

 

「やりたいことが特に無いなら、色んなことをやってみるってのも一つの手だと思うけどね」

 

「およそ弁慶から出るとは思わない言葉だな」

 

「そりゃあ、私の夢のためですから――あ、零しちゃった」

 

「おい」

 

 寝転んだまま杯を傾けたため水明のズボンが濡れる。

 

「すんすん……まぁ、これは川神水を身近に感じて良しということで」

 

 そのまま心地良さそうに目を瞑ってしまった弁慶に溜息を吐きながら水明は持ったままだったチョコレートを食べた。

 いきなり真面目な話になったような気もしたが、たしかにそろそろ卒業後について考えなければならないのは事実である。進学はするつもりはないが、就職をするとしてもどうするのか。担任教師に相談しても良いが、まだほんの少しだけ答えを先延ばしにしたい気持ちもあった。

 ふと、水明は祖父の今際の際の言葉を思い出す。

 

『もっと色んなものを見て、色んなことをしろ。色んな人と関り、色んな人と知り合え。いつか好い人が出来たら、自分の所に報告しに来い』

 

 果たして自分は――色んなものを見ただろうか? しただろうか? 関わっただろうか? 知り合っただろうか? 祖父に会いに行けるだけの人を見つけただろうか?

 

「……」

 

 やおらに続く道は過ぎ去ったときに形が見えるものである。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 いよいよ七浜花火大会が明日に迫り、普段から騒がしい川神でも特大の行事とあってか幟(のぼり)や屋台骨が目立ち始める。商店ではそれにかこつけて余った手持ち花火を特価価格で売り、秋までに残さないように工夫していた。

 どことなく街全体が浮ついた様子だが、川神院僧侶の見回りや通り掛かる九鬼の従者によって大きな事件事故は起こらないでいる。

 

「たしか、ここら辺に……」

 

 荷物を掻き分けながらクローゼットの一番奥にある段ボールを目指す。もしかしたら使うかもしれない精神で持ってきたものは意外に多く、引っ越してから一度も使ったことのないものばかりだった。

 しっかりとガムテ―プで留められた段ボールを取り出す。

 上に横にと埋もれていたおかげか埃っぽさは無かった。

 

「さて、この中に――」

 

 小中学校の卒業アルバム、いつ貰ったのか記憶に無い記念品、災害時用の手回しラジオ、恐らく何かの充電器、男女の写る写真……など、分別無く入れられた物の中から桐箱を手にした。

 

「虫食いもされていない。問題ないか」

 

 灰色の浴衣の上に乗っていた扇子を開くと見事な唐花が見える。宝相華文と呼ばれる柄だ。

 水明は傍らに置いていたスマホを取り、メッセージを送る。

 

『明日は灰色の浴衣を着ていく。どこに待ち合わせをする?』

 

 十秒もしないうちに返信――ではなく、電話が掛かって来た。

 

「義経か」

 

『うん』

 

『背後に弁慶もいたりするよ』

 

「ならちょうど良い。明日の待ち合わせはどこにする? 七浜で見るなら駅が良いと思うが……」

 

『ただの休日であれだけの人だったからな』

 

『七浜花火大会って名前だけど、実際はゲートブリッジのところで打ち上げるんでしょ? そっちじゃなくて川神市の方で良くない?』

 

「去年は多摩大橋からでも十分に見えたぞ」

 

『よし。じゃあ明日は多摩大橋から少し下ったところで花火を楽しもう』

 

「てことは、待ち合わせは自分の家か金柳街にするか」

 

『――いや、明日は学園の前に集合にしよう』

 

「学園の前?」

 

『せっかく私たちも浴衣を着るんだから、新鮮な気持ちで見てもらいたいし。ね、主』

 

『う、うん。明日は学園で待ち合わせにしよう』

 

「そういうことなら……待ち合わせは学園前だな」

 

『ん。時間はまぁ、十八時くらいが妥当でしょ。あんまり早く出るのも人が多いだろうし』

 

「分かった。明日は学園前に十八時だな」

 

 明日の約束をして電話を切った。

 義経たちの声音からは体調不良などは感じられなかったので、予定通り見に行けるだろう。

 水明は浴衣と帯をハンガーに架ける。

 明日は楽しみにしていた花火大会。外に出て何かあったら面倒だと、今日はテレビを見て過ごすことに決めたのだった。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

「――蘇定。準備は滞りないか?」

 

「はい。史文恭様。問題なく陽動を行えるかと」

 

「そうか。あくまで引き付けるだけで良い。いざというときは撤退しろ」

 

「了解しました」

 

「さて――ようやくだな」

 

 

 

 

 

三、

 

 

 

 

 

「結局奴らは仕掛けて来なかったな」

 

「ああ。だが、きっとどこかで見ているはずだ」

 

「違いない。史進たちから連絡は?」

 

「それらしき影はあったようだが、進展無しだ」

 

「そうか……」

 

「史文恭の性格を考えれば、街への監視の負担が増える明日を見逃すようなことはしないはずだ。警戒していこう」

 

「了解だ」

 

 

 

 

 

四、

 

 

 

 

 

 夏の終わりを告げるように、夜は静寂(しじま)に長くなる。夕陽はその半身を地平線に隠して東から闇が標も無く空に溶ける。

 

「そろそろ行くか」

 

 玄関扉を開けると、点滅した蛍光灯が視界を打った。

 そう言えば、連絡するのを忘れていた――と、いつの日かと同じようにまた連絡しようと思い、鍵を閉めた。

 

 

 

 

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