黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19) 作:神の筍
行き交う人々の服装は二人と同じように浴衣を着ている者もいれば、ラフな格好で歩いている者もいる。その手にはどこかの屋台で買っただろうかき氷や綿あめと言った夏の風物詩を持ち、今日という日を楽しんでいた。
川神院主催の夏祭りも外部から多くの人が来ていたが、今回は間違いなくそれ以上の人たちが花火を楽しみに川神市へとやって来ている。前回と同じように川神院の僧侶と九鬼の従者が各地で観光客の対応をしているため大きな混乱は防がれていた。
「ふふふん、ふんふふふーふ」
鼻歌を唄いながら義経が歩く。
「主が楽しそう。この一杯がまた私を強くする」
その僅か後ろを弁慶が付き従い、主を肴に川神水を飲んでいた。
下駄という履物は元々農具である。足裏に付いた二枚歯が泥の中の歩行動作や静止の安定性を高めることでさらに効率よく働けるように生み出された画期的な発明だ。今ではより丈夫で、足を覆うことの出来る長靴などが考案されて農具としては使われないが、こうして夏祭りの日は度々引っ張り出される。かつては砂を踏むだけでただの履物に過ぎなかったが、コンクリート舗装の道が多い現代ではカランカランと小気味の良い祭り囃子を奏で、すっかりお祭り文化に馴染んでいた。
「――あら、義経と弁慶だわ」
学園に向かって歩いていると前方から風間ファミリーの面々がやって来る。
「一子さん。こんばんは」
「こんばんは、義経。あなたたちも花火大会に行くの?」
「学園で待ち合わせしてるからその途中なんだ」
「源氏コンビの浴衣姿、良いにゃ~」
「待ち合わせって、山紫君と?」
「そうだよ」
「モロお前いつ弁慶と話せるようになったんだ! まさか抜け駆けか!?」
「いやいやいや違うってガクトっ。この前島津寮に温泉を借りに来た人の話をしたじゃないか!」
「あ、そういやそんな話をしてたような……」
「っく、普通に皆さん義経さんたちと話していらっしゃいます……私もどうにか入らなければ……!」
『やめとけー、まゆっち。ここでポカしたら花火大会が来るたびに恥を掻くことになるぞー』
「一子さんたちはどこで見るんだ?」
「私たちはテンジジョー? ってところで見るんだって」
「展示場?」
会話を眺めていた大和が一子では説明できないだろうと思って口を挟む。
「この前ファミリーで受けた依頼主がたまたまゲートブリッジの近くにある国際展示場のオーナーの娘さんでね。それで何とか頼んで、今日は特別に入らせてもらうことになったんだ」
「へぇ、すごいなぁ」
「とか言いつつ、今日のために虎視眈々と掲示板に張り付いていた大和であった」
「い、いや別に違うし」
「ファミリー想いの大和も格好良いし結婚しよ」
「相変わらず脈絡が無さすぎる」
「そうだわ! せっかくなら義経たちも一緒に行かない? この前の夏祭りは川神院で見たって言ってたし。アタシも義経たちと見たいわ! ねぇ、大和~」
「人数的には大丈夫だろうけど。それに義経たちのファンって言ってたし……」
大和たちの言う国際展示場では、義経たちの発表後すぐに源氏関連の展示も行われていた。
大和としては別にかまわないと思ったが、今回はファミリーもいる。特に身内の繋がりを大切に思う京からすると拒否する所だろう。全員の顔色を窺おうとするよりも早く、義経が言った。
「ううん。遠慮しておこう。祭りの騒がしさに紛れて見るのも好きだから」
「ま、楽しみ方は人それぞれだからな!」
リーダーことキャップの翔一が大きく頷いた。
「そういうことなら仕方ないわね! 義経たちにとったら初めての七浜花火大会だもの!」
「私はどちらかというとそっちで見たい派でもあるんだけどね」
「お、なら弁慶だけ――」
「――ファック」
「九鬼の金髪従者!?」
「……っと、主。時間時間」
「あ、本当だ! ごめん。義経たちはそろそろ行こう」
「気を付けてね。また学校で!」
「一子さんと他のみんなも」
「べんけー、次は自分たちの寮に義経も連れて来るんだぞー!」
「時間があったら行くよ」
風間ファミリーと別れ、再び二人は学園へと向かった。
「相変わらず楽しそうな人たちだったな!」
「そうだねー」
一、
「――何かあると思えば、まさか不良たちがこんなに集まっているとは」
「はいはーい。口ばっか動かさないでさっさと脚を動かしてくださいねっ」
今年の四月。九鬼財閥が武士道プランの発表をしたことによって川神の浄化方策というものが行われた。
その名の通り、川神院がある程度の治安維持をかっているとはいえ、どこの街にも“不良”や“ヤンキー”や“半グレ”といった者は存在する。締め付け過ぎるとそれだけ社会からあぶれ、完全に復帰不可になるため徹底的には対抗措置を取っていなかったが、九鬼はプランの計画上そういった者たちの社会復帰を推し進めていった。ありとあらゆる方面に職を斡旋出来る九鬼らしいやり方とも言える。
だが、誰しもが社会に出ることを望んでいるわけでもない。
そういった者たちは次第に街から姿を消し、闇の世界に浸っていく。川神でも特にそういった気配が濃い場所を――“親不孝通り”と言った。
「さっきからこの女ァ、ちょこまかと! 捕まえたぜ!」
メイド服姿の従者の手が掴まれる。
「あらら、気を遣って手袋をしながら対応してましたが、まさか自分からシェイラちゃんに触りに来る方がいるとは」
「あぁ? ――あ、あれ……っ」
巨漢の男が彼女の柔肌に触れると体勢を崩し、瞼を痙攣させる。そのまま泡を吹いて倒れると沈黙した。
「致死性ではなく、部分麻酔の毒ですよー」
シェイラ・コロンボ――“毒蜘蛛”と呼ばれた元傭兵だったがゾズマによってその日暮らしよりも賃金と生活の保障がされた九鬼従者の方が良いと諭され、従者部隊に入った経緯を持つ。米国特殊部隊に所属していた頃のステイシーと戦った際は彼女に手痛い一撃を食らわされ敵愾心を抱いており、日々彼女を揶揄っている様子が見られる。しかし、陽気な性格とメイド職はあっていたようで、順調に序列を上げている猛者でもあった。
「まったく。綺麗な花には棘があるとは言いますが、あなたの棘には触れたくないですねぇ」
「触らせる予定なんて今後一切無いのでご安心を☆」
「辛辣だ」
もう一人、輪を成して二人を倒そうとしている不良に対応しているのが桐山鯉である。カポエラを主力とした華麗な足技に定評があるが、やはりヒュームも足技を主力している面があるからか武力で評価されることは少なく、その分一般的な奉仕能力で序列を上げている者でもある。給仕能力はマープルが及第点を与えるほどで、極度なマザコンである。
「さて、ここまで同時に不良が動いたとなれば誰か扇動者がいるとするのが普通ですが……」
シェイラがすれ違いざまに桐山に言う。
「十時の方向、こちらを窺っている人がいます」
「ふむ……何とかして引き出すことは出来ますか?」
「任せてくださーい!」
そう言ったシェイラはいつの間にかピンク色の拳銃らしきものを持っていた。先ほど十時の方向と言った鉄板が積み重なった場所へ銃口を向け――撃つ。
鉛玉ではない。
まるで水鉄砲のように紫色の水が撃ち出されると、鉄板が煙を立てて溶けていく。
「高濃度の対金毒素を水で混ぜた特注の毒です。そこにいれば煙を吸って死にますよー」
不良たちを倒した桐山はシェイラと謎の人物との間に邪魔が入らないように警戒する。
「――見つかってしまいましたか」
そこから現れたのは一人の女だった。
墨色の髪がざんばらと揺れているが、そこに嫌悪感は抱かない。まるで猫足のようにひたりと爪先から踏み出し、シェイラたちの前に出てくる。
「そのお姿。まさかと思いますが――曹一族で?」
「ええ、知っているようですね。私の名前は蘇定。武術副師範の位を任せられています」
「なるほどー。どこかで見たことある軽鎧だなぁと思ったら、散々戦場でかち合った方々の偉いさんでしたか」
「私など……師範と比べると大したことはありません」
「またまたぁ、やる気満々マングローブさんじゃないですか」
この場の頭脳役である桐山は見計らったように暴れ出した不良たちと曹一族の関係について考える。
総合統括であるあずみから現場の従者へは曹一族が出張ってくる可能性があることは既に伝達されていた。故に、さしていたことに驚きはないのだが、あの曹一族で副師範ほどの実力を持つ存在があからさまに囮のこの場所で待っているだろうか?
「正直、あなたたちの方が早いとは思いませんでした。親不孝通りは九鬼が監視しているようなので、そのせいでしょうか? まぁ、良いでしょう。恐らくあいつらもこちらに向かっているでしょうし、申し訳ありませんが早めに倒させてもらいますよ」
蘇定は腰に提げた二振りの剣を抜く。
その剣は、古来より中国に伝わる青銅剣のような装丁だ。真直(しんちょく)に伸びた剣身は日本刀と違い両刃であり、切るよりも叩き切ることに特化しているように思えた。柄から伸びた紅白紐は蛇のように蘇定の手首に巻かれている。
「思ったより大物が出てきました。どうしましょう」
「いやー、不味いですねコレ……壁――越えてませんか?」
桐山がポケットに入れた携帯を操作しようとしたとき、目にも止まらぬ速さで蘇定の剣が投げられる。
「――っぐ!?」
「私の撃剣の前で怪しい動きを出来るとは思わないでください」
咄嗟に染み付いた回避行動を取るも、携帯は音を立てて破壊されてしまう。蘇定が結ばれた紐を引くと地面に落ちるよりも先に剣は手に戻る。
「さて、少々眠ってもらいます。九鬼の従者は値打ちがありますからね」
二、
「――ステイシー。急ぎ親不孝通りに待機させていた部隊と向かってくれ。桐山の携帯が壊された」
「あン? あのマザコンの?」
「シェイラの方は無事だが何かあったに違いない。念のため持たせた救難信号も使えねぇっとことになると……」
「ファック。相当厄介な奴とやりあってやがるな」
「本部にいる迎撃部隊は私が指揮する。今は李とドミンゲスの二人に任せてるが、最優先は義経たちだ。数が足りなかったらそっちに向かってくれ」
「はいよ。まぁ、さくっと倒して援護に行くとするかぁ……ったくシェイラの奴。これで私に働かせる方便だったらぶっとばしてやる」
ステイシーはすぐに待機していた部隊を招集すると、親不孝通りへ出発した。
三、
「管理会社への連絡は明日にするか」
廊下に出ると明滅した蛍光灯が水明を出迎えた。
蛾や羽虫の類は普段から何匹もいるが、今夜は一匹もいない。まともに明かりが付いているロビーの方へいるのかもしれない。
明日こそは忘れないと心に書留め、腕に提げていた巾着へ鍵を仕舞った。
「む――」
不意に、水明から見て左に位置する階段から音がする。それは間違いなく足音だった。がらんどうの建物にこつりこつりと反響し、水明のいる階へと上がってくる。
義経たちか――と考えたが、約束まであと三十分はある。遅れたているならばまだしも、早めに来るとは考え辛かった。
「……」
夕闇によって廊下は酷く暗くなっている。
「――花火大会に行くのか?」
踊り場に現れた人影は水明にそう問いかけた。
「ええ。そうです」
「外はすごい人だぞ。花火など、また別の機会にしてはどうだ」
「約束があるので。それに、そういう雰囲気も楽しいでしょう?」
「まぁ、私もたまには嫌いではないが……どちらかというと、この場所のように人目に付かぬ場所の方を好む」
「人それぞれですね」
声の主が一歩踏み出すと、明滅した蛍光灯の明かりが部分的にその正体を映す。
髪は奇しくも水明の着ている浴衣と同じ色をしており、燻った戦地の煙に紛れるためか黒い外套を背負っている。土色の軽鎧と腰はパレオのように巻かれた布が特徴的だ。そして何より――。
「団扇(うちわ)代わりにしては重くありませんか? ――――香華さん」
香華――あの日、水明が出会った隣人は肩に担ぐように金棒を携えていた。一般人ならば、彼女をコスプレか何かだと思うだろう。だが、その雰囲気は決して側だけではなく、彼女は柔らかい表情をしているにも関わらず既に肉食獣の縄張りに誤って侵入したかのような感覚を覚えていた。
「あいにくと私からすれば軽い方でな、一薙ぎすれば――」
その金棒を右から左へ動かすと、彼女と水明の間にある廊下の窓ガラス全てが割れた。
「恨むな。これも仕事だ。お前には私と来てもらうぞ」
水明がその言葉を理解しようとしている頃には龍の瞳が彼を捉え、彼女の姿は真正面まで迫っていた。
いつの間にか蛍光灯は消え、辺りは真っ暗になっている。