黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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第27話

 

 

 

 不良たちが集まり、日夜喧嘩や衝突の絶えない親不孝通りだが今夜はいつもの争いとは別格の戦いが繰り広げられていた。

 

「これでも足技には少しの自信があったのですが……」

 

「その程度で自信があるとはずいぶんと九鬼も甘いところです――ね!」

 

 桐山がカポエイラの上段蹴り(マルテーロ)を放つ。壁は超えていないが、その一撃は容易くコンクリートブロックを砕くほどの威力はある。

 

「――ッ!」

 

 しかし、蘇定はその蹴りを撃剣の握った手の甲で受け流すとお返しのように桐山の水月を蹴り、大きく吹き飛ばした。

 シャッターの下りた倉庫へ姿を消し、沈黙する。

 

「これで一人。次はあなたです」

 

「あらら。やられちゃいましたね」

 

「それなりの実力はあったようですが、しょせんは妙手止まり。余程のことが無ければあれ以上強くなることは無いでしょう」

 

「まぁ、シェイラちゃんと違って都会暮らしのチェリーですからねー」

 

「やはり先ほどの言動からしてあなたは戦場帰りですか。立ち回りも妙に自分より強い人間と戦うことに慣れている。それに……その体質は異能」

 

「さぁどうでしょう。蘇定さんが言うように異能か、それともこのメイド服にホースを通しているだけのマジシャンか」

 

 シェイラは愛嬌のある笑みを浮かべながら舌を出す。指先で自身のメイドスカートを摘まむと、カーテシーのように上げた。

 

「その正体は内緒ですっ☆ 麗しのシェイラちゃんのお肌は将来の王子様だけが見れると決まっているので」

 

 目の前に蘇定という強者がいるにも関わらず、シェイラの様子はまるで臆した様子はない。

 傭兵としていくつもの戦場を渡り歩いていた彼女だからこそ理解していた。自分より強者と戦う時は、冷静に実力差を認めながらも弱気になった瞬間終わってしまうと。呑まれてしまえば最後、ただの一撃で首を刎ねられる。

 故に、努めていつも通りを装う。まったく動じていないと相手を嘲るように。

 

「とはいえ、壁超え相手に一対一ちょーっとしんどいんですけど」

 

 しかし、彼女は知っていた。

 九鬼へ入社後、ゾズマやヒューム、たまに戦闘訓練に顔を覗かせるクラウディオの卓越した操糸術など、毒も気にせず攻撃してくる強者たちの存在を。特にクラウディオはちょうど壁の上に立つ実力で在りながら、防衛線では壁超えの実力者に匹敵する能力を有していた。

 

「毒を練っていますね。この隙にも生き残る術を考えるとはやはり厄介だ」

 

「いえいえー、そんなこと考えていませんよ……だって――」

 

 初動作無くシェイラは蘇定が隠れていたときに使ったピンク色の水鉄砲を構える。最も、中身はただの水ではなくシェイラが体内の毒を混ぜて製作した特別など毒水なのだが。

 

「――生き残ることなんて、当たり前なんですから☆」

 

 蘇定の眉間へ銃口を合わせ、引き金を引いた。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「およ?」

 

 同時刻、西の納豆小町こと松永燕は大通りを埋め尽くす群衆の中で立ち止まる。

 

「どうかした? 燕ちゃん」

 

「いやいや、何もないよん」

 

 そんな様子に首を傾げたのは彼女と同じSクラスである葉桜清楚だ。義経たちと同じクローンではあるが、その正体は本人にも秘匿されている。

 

「いきなり止まったら危ないよ」

 

「ごめーん。ちょっと知った顔が通ったと思って」

 

 杞憂だった、と伝えてまた清楚の隣を歩き始めた。

 燕は自分にだけ聞こえるように呟く。

 

「間違いなく誰かが跡をつけて来てたんだけど、私が気付いた瞬間に人ごみへ紛れた。これは相当な手練れだね。もうちょっとバイト代上げて貰えば良かった」

 

 清楚から花火大会に誘われ、燕がこうして付き合っているのは決して打算的なことからではない。その人となりに惹かれて今の時間を楽しんでいる。とはいえ家計を気にしなければならないこともあるようで、ついでに九鬼から仕事を貰っていた。

 それは――葉桜清楚の護衛。

 武神とも渡り合う、マスタークラスの実力者が清楚を守っている。即ち……今夜は誰も手を出せないということである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うへぇ~。あの距離で勘付くのかよ」

 

 清楚たちよりも百メートル以上離れ、視線も逸らしながら二人を尾行していた史進は一先ず身を隠すために路地へ入った。

 

「武神に匹敵するってのは聞いてっけど、あれは今のわっちじゃ敵わねえなぁ」

 

 ほんの数秒。コンマ一秒以下だ。偶然清楚と似た髪型の女性が通ったため、見失わないように視線を合わせただけで燕は史進の居場所を当てた。幸い屋台で買ったイナゴマスクの仮面を被っていたため表情が悟られず、彼女は疑われなかったが、次に同じ状況で、同じ気配を持つ史進がいれば燕はすぐに跳んでいくだろう。

 

「九鬼が用意した護衛みたいだし、わっちも義経たちのほうへ行くか」

 

 思わぬ展開だったがすぐに切り替え、史進は相方が監視しているもう一方へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 ――逃げていた。

 

 横にあったゴミ箱を倒し、背後から迫り来る獣への障害物とする。

 

 ――逃げていた。

 

 しかし、獣はそんなものを顧みず右手で持った狼牙棒で粉砕した。

 

 ――逃げていた。

 

 方向音痴でなければこの場所は川神院とは真逆の位置だ。

 

――逃げていた。

 

咄嗟に割れた窓ガラスから飛び出して、慌てて駆け出したのが仇となった。

 

――逃げていた。

 

 何かあれば川神院と考えていたが、何かあればそんなことは考えられないものだな、と。

 

「いつまで鬼ごっこをしているつもりだ。走力には些か驚いたが、そろそろ捕えさせてもらうぞ」

 

 追跡者――史文恭は壁を駆け上がるとそのまま横向きで走り出す。

 逃走者――水明は視界の端からフレームインして来た姿に「ずるいな」と声を漏らした。

 

「少しの間――」

 

 正面から鋭い手首が水明へ繰り出される。

 

「危(あぶ)っ」

 

 水明は咄嗟に払い除けるように弾く。

 

「――眠っておけ」

 

 が、史文恭はすぐに狼牙棒を振るった。

 

「――ッ」

 

 まるで吸い込まれるように迫ってくる狼牙棒を水明はしゃがんで躱す。

 

「なに……」

 

 怪訝な顔をした史文恭に構うことなく、その身を反転させて再び走り始めた。

 

「……視て避けたのか、今のは」

 

 夜風が獣毛のような外套を揺らす。

 彼女はほんの少し思案し、背を小さくした水明を再び追い掛けた。

 

 

 

 

 

三、

 

 

 

 

 

「来ないな……」

 

「うーむ、水明め。私たちを待たせるとは家臣にあるまじき」

 

 川神学園に到着した義経と弁慶は時間を確認しながら、未だ現れない水明の心配をしていた。

 

「水明君のお家は金柳街にあるし、人が多すぎて進めないのかもしれない」

 

「だとしても連絡くらいくれたら良いのに」

 

 そう言いながら弁慶がスマホを見るも、連絡は一つも入っていない。先ほど到着の旨をメッセージで送ったが反応は無かった。

 

「もう一度電話をしてみよう」

 

 義経が電話を掛ける。

 コール音だけが乏しく鳴り、受けられる様子はない。

 水明と知り合ってそれなりになるが、待ち合わせを急にキャンセルされるようなことは一度も無かった。むしろ、いつもどちらかが早く来ており、結局約束していた時間より早く出発するという噛み合っているのか噛み合っていないのかよく分からないことのほうが多かった。

 

「花火、始まったね」

 

「うん……」

 

 火の玉が上がり、夜空に華を咲かせている。

 本来ならば水明を含めた三人が多摩大橋付近で見るはずだった花火だ。

 

「……」

 

 嫌な鈍痛が義経の胸を襲う。

 

「弁慶、水明君の家に行こう」

 

「ん、そうしよっか」

 

 移動を開始しようとした彼女たちの前に人影が湧くように現れる。

 

「――お待ちを」

 

 護衛統括を任されている李であった。

 

「何やら予定外のことが起きた様子。力を貸しましょう」

 

「あっ、李さん」

 

「九鬼には三人で花火大会へ行くと伝えていましたね。もしや、同行者に何かありましたか?」

 

「実は――」

 

 義経は李に水明のことを話した。

 

「なるほど。彼ですか」

 

「あれ? 李さんも会ったことが?」

 

「ええ。まぁ、そのときは色々あってそこまで話してはいませんが……分かりました。彼の部屋にはこちらから従者を回しておきましょう。義経たちはここで待機をお願いします。すれ違いになると、かえって合流が難しくなります。もしかするとこちらに向かっている状況でスマホの充電が切れただけの可能性もありますしね」

 

「あ、たしかに」

 

 李はイヤフォンに手を当てると指示を出す。

 

「居場所が分かればすぐに伝えますので、お二人はごゆっくり。何かあればまたお呼びください」

 

 李はそう言うと再びどこかに姿を消した。

 今回も護衛が付くことは聞いていたので、また周囲の警戒をしているのだろうと二人は考えると、学園を囲むように建てられている壁に寄りかかった。

 

「水明君。どこにいるんだろう……」

 

 薄く小さな義経の呟きは花火の音に溶けていく。

 

 

 

 

 

四、

 

 

 

 

 

 さて――と、水明は追い立てられている状況でも出来るだけ思考を止めなかった。

 人が全力疾走を維持出来る時間は約八秒などと言われるが、その八秒間を上手く誤魔化しながら、要所で距離を離すようにしている。史文恭も何か目的があるのかどうにも街中では捉える気が無いのではないかと思わせるような距離の保ち方をしていた。

 先ほどの攻防……やり方を見るに追い付こうとすれば追い付けるのだろう。

 出来るだけ直線を作らないように道を選んでいるが、明らかに人気の遠い方へ向かっている。

 マンションの廊下で再会したとき、威圧のために窓ガラスを割ったと考えていたがどうやらそうではないらしい。

 

「――嵌められたか」

 

 室外機に足を掛け、平屋建ての天井に登る。

 水明からすれば最速のルートだったが、追跡者は露知らず。ただの一跳びで上がって来た。

 

「……っ」

 

 蹴り出された右脚をバックステップで躱す。史文恭が着地したと同時、さらにそれを軸足に回し蹴りが来るも両手で防ぐ。

 

「ほう――」

 

 大の男が反動も気にせず突進して来たかのような威力だったが、宙に勢いを殺してやり過ごす。

 再び走り出した。

 この状況を打破するにはいくつか方法があるのだろう。しかし、そのどれかを選ぶには何故彼女が水明を捕まえに来たのか知らなければならない。

 何か彼と話し合いたいことでもあるならば、ものの五分で終わるだろう。頼まれて身柄確保に動いている可能性もあるが、心当たりも無ければどうにもそうではない気がする。

 

 ――背後から飛んできた角材を避ける。

 

 初対面の日の夜を思い出す。

 もし水明が目的なら、あのときで十分だったはずだ。

 

「……」

 

 一言一句、嗜むように会話を思い出す。

 誰の、何の会話を一番多く話した。自身が目的であるのならば、一々隣に引っ越しなど来なかっただろう。偶然、隣に来て、偶然、自分が彼女の目的に必要な人間となった……そう考えた方が自然だ。

 

 ――もう少しで住宅街を抜ける。

 

『恨むな。これも仕事だ。お前には私と来てもらうぞ』――「私と来てもらう」と彼女は言ったのだ。

 生きて捉えるのが大前提ということなのだろう。

 生きた自分の有効活用など大して無いはずだ。

 家族がいるなら大金でもせびれるだろうが、それは無理だ。金が目的なら九鬼関係でも狙ったほうが早い。

 

「――いや……」

 

 あったはずだ。

 大金か、それに並ぶほどの価値あるものが。

 

「……なるほど」

 

 水明は住宅街から抜けると、車道に飛び出る。

 

「観念したか?」

 

 そう問い掛けた史文恭を一度だけ振り返ると、土砂崩れ用に防備された金網を越えて山へと入った。

 

 

 

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