黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19) 作:神の筍
銃や爆弾、ドローンやミサイルなどが戦争の主流になったのはごく最近のことだ。ほんの少し前まで人々は張り上げた声と抜き身の刃物だけを持って戦っていた。
傭兵として戦場を駆け回っていたシェイラも銃を持つ兵士は幾らでも見てきた。だが、時折そんな雑兵に紛れて原始的な戦い方を取るものがいる。
初めは拳や剣、槍、ハンマーなどを携えただけの姿に味方は高笑いするが、相対してから五分もすれば沈黙することとなる。
この世界には――銃よりも早く、爆弾よりも広範囲に、ドローンよりも効率的に、ミサイルを撃つよりも正確に人を殺すことの長けた人間がいるからだ。
「――くっ……」
まるで竜巻だった。
蘇定を中心に紅白紐が振り回され、先に結ばれた撃剣がシェイラを追い詰めていく。
毒を浴びせるために一歩踏み込んだが、見計らったように剣先が彼女の肩に切り傷を作る。
「投降する気はありますか?」
「投降も何も、シェイラちゃんの肌に傷を付けた人の言うことを聞く気はありませんよ」
「そうですか……」
蘇定もシェイラが降るとは考えていない。
振り回していた撃剣を引き寄せ、二刀の構えを取る。
そして、
「――结束了」
シェイラの左右に撃剣が投げられる。蘇定は次の攻撃に構えているシェイラに肉薄しながら紐を動かした。すると撃剣は不可思議な軌跡を描きながら戻って来る。
「……!?」
撃剣を錘に紐がシェイラに巻き付いていく。
「な、何ですかソレ!」
「技術です。この紐は私の気が通りやすくなっているので」
「もうー、相変わらず壁越えはとんでもびっくり集団さんです」
縄抜けをしようにも抜け出せない硬さで縛られている。
動けば動くほどキツくなる仕様のようだ。
「値打ちがあるなどと言いましたが本当にどうこうする気は無いのでご安心を。私たちは必要以上の被害は出さないことを心掛けているので。それに、下手をして本格的に九鬼と敵対するのは望むところではない」
「では、どうして今回は九鬼と敵対する可能性があるようなことを?」
「ふむ……まぁ、話しても良いでしょう。最近、“M”という謎の人物が我々裏組織にちょっかいを掛けて来ているようでして。複数の傭兵に依頼を出して、わざと曹一族と突き合わせるようにしたりと。そろそろ宗主も処理をしろとのご指示で九鬼に探りを入れに来たのです」
蘇定は筋繊維一本逃さぬつもりでシェイラを見ている。
「“M”、ですか……?」
聞いたこともない単語にシェイラは首を傾げている。
未だ九鬼の人間でないと確定はしていないが、蘇定は従者で知っている者は少ないと判断した。
第一候補は序列二位のマープルだが、本人に尋ねるまでの道筋が険しい上に、仮に辿り着いたとしても一筋縄ではいかないだろう。
「知らないようですね。そろそろ時間です。あの従者のように眠ってもらいますよ」
シェイラの首に撃剣の側面が添えられる。
「では――」
打ち上げられた花火とともに、蘇定の五感が反応した。
「――ずいぶんロックなことになってんな、シェイラ!」
「ステイシー! …………え?」
ステイシーに助けられるのは甚だ遺憾だったが、シェイラは安堵する。しかし、彼女の持つ銃口と目が合って間抜けな声を出した。
「私の機関銃から逃れられるとは思わないことだな」
M240機関銃。
米国でも使用されている最もオーソドックスな銃である。
「―― We need bullets」
それを二挺、両脇に抱えながらステイシーはシェイラごと蘇定に狙いを定めて乱れ撃ちした。
「この大バカステ公ー!」
「ステイシー・コナーですか」
蘇定はすぐにシェイラの拘束を解き、銃弾の雨に向かって蹴り上げる。
「きゃぁああ!」
容赦なくそこに身を晒したシェイラはぐったりと倒れた。
「その数、九鬼財閥が保有する遊撃部隊というわけですね」
「引くなら三十秒だけ待ってやるぜ」
「役割は果たしたので良いでしょう。こちらが引く代わりに、一つだけ質問に答えてくれますか?」
「私の話せる範疇ならな」
「“M”という人物に心当たりは?」
「“M”? いや、知らねえ」
「あなたも知りませんか……それだけです。次は無いと良いですね」
蘇定はそう言い残すとこの場から立ち去った。
ステイシーは引き連れて来ていた部隊に桐山の回収と不良たちを端に寄せるように指示をする。
「んで、お前はいつまで寝てんだ?」
「寝てるんじゃないですぅー。痛みに耐えてるんですぅ!」
「実銃じゃねえのに痛みもあるわけねえだろ。玩具(オモチャ)だぞ」
「シェイラちゃんの特別メイド服の防弾の上からこの威力。どんな改造してやがるんですか」
「合法だぞ」
シェイラは膝を震わせながらメイド服に付着した砂埃を払った。
「義経ちゃんたちは?」
「今のところ問題ない。李が直接付いてるしな。ヤバかったのはお前だけだ」
「ちっ、何ですかその言い方」
蘇定に関してはひと段落したが、曹一族は集団で動く組織であるとあずみたちも把握している。
師範や副師範の者が目立つだけで、その影には必ずサポートするための人員がいるのだ。
曹一族が義経たちを狙っているのならば蘇定は囮の可能性が高いと判断して、九鬼はより一層市内の警備を固めるのであった。
一、
「これで終わりか!」
「ああ、行くぞ!」
林冲と武松は三十以上で襲って来た曹一族の最後の兵を倒し、息を吐く間も無く水明のマンションへ向かう。
史文恭が直接鍛えた兵は在野の武人と比ぶべくもない実力であり、その集団戦は二人も油断出来ぬ強さがあった。
金柳街を抜け、小道に入る。
水明の住むマンションが見えてくるとロビーを経由することなく、外から二階階段の踊り場へ飛んだ。
「――誰だ!」
割れた窓ガラス、明かりの絶えた蛍光灯、そして――水明の部屋の前に立つ人影があった。
「それはこちらのセリフだ。川神の者ではないな」
闘志を激らせる二人を警戒してその男も拳を構える。
「……リン。水明は部屋にいないようだ。史文恭の匂いが濃い」
「拐われた可能性が高いかっ」
「今はこの男に一々事情を説明している暇はない。行け」
「っ、追いかけるなら武松の方が適しているだろう。私が残る」
「いや、史文恭相手ならリンの眼が必要だ。ここは私に任せてくれ」
「なら二人で――」
「ダメだ。この場所で槍は取り回しが悪いだろう。邪魔になる」
「じ、邪魔……分かった。必ず連れ戻す」
「頼んだ。アイツは曹一族に渡したくない」
武松の拳に炎が宿る。
それは幻覚などではなく、彼女の異能である人体発火だ。
林冲がすっかりガラスの無くなった窓枠から出ようとして、男が止めようとするが武松が火の玉を投げて牽制する。
「行かせない。今夜の私はどうしてか……少しだけ怒ってるんだ」
「あずみに指示されてここに来たが、どうやら事情を知っているようだな。そちらが手荒な方法を取るならばこちらも同じ手段で行こう」
男――ドミンゲスは熱気に臆することなく武松へ踏み込んだ。
二、
山中に入ってから史文恭は違和感を覚えていた。
――さっきよりも速度が上がっている。
彼女からすれば、追い付こうと思えば追い付ける距離と速度ではある。だが、ほんの少しずつ、目の前の存在が数歩ごとに土へ足を付けるごとに一歩離される。その都度距離を埋めているが、そんな感覚が樹々を越えるたびに多くなっていた。
右手に持った狼牙棒を強く握りしめる。
非殺傷程度の攻撃は仕掛けている。中には当てる気で出したものもあった。しかし、依然として目の前の男は走り続けている。武人でも求道者でも無い者がこの緊張感の中、攻撃を仕掛けられながら体力を保たせていることもおかしいのだが、それ以上に疑わざるを得ない推測が彼女の中にはあった。
「……ッ」
木の幹を蹴り、狼牙棒を振り下ろす。
「――!」
男はひゅるりとその一撃を躱すと史文恭と同じように木の幹を取って枝に上がった。そのまま彼女に目を向けることも無く枝を伝って走り出す。
「私と速さ比べでもする気か」
史文恭とて、山中移動は得意である。
元々曹一族が隠れ里のような形態を取っており、霧深い渓谷が故郷だ。二千メートル級の山々に囲まれ、彼女は幼少期に全てを踏破している。原生的な特色を残しているものの、規模が段違いの中華の山岳に比べればここは散歩に等しき時間だった。
そう、ここは……''川神山''は史文恭にとって、山があると気にする必要もないくらいの場所なのだ。
「――小賢しいッ!」
男の後を辿っていたためか数秒前に撓された枝が史文恭を襲う。
彼女はそれを払い退けるが、たしかに一秒以下の視界不良に陥る。たったその短いとも言えぬ隙間に追いかけていたはずの男は消えていた。
「……」
獣のそれに匹敵する聴覚が捉える。
右方より飛んで来た石を弾き、藪の中へ飛び込んだ。
三、
「フンっ!」
「甘い!」
武松は巌の如き巨漢の一撃を真正面から受け止める。その華奢な身体から想像出来ない踏ん張りはドミンゲスも内心驚いていた。
衣服に触れるようにして武松は右手を添える。
「――寸勁」
「ぐッ!」
放たれた突きはドミンゲスを廊下の端まで吹き飛ばした。
「やはり、特異な身体を持っているな」
「……その技は中国のものか」
並みの武道家では立てもしないほどの先制攻撃を食らったが、ドミンゲスはゆっくりと構え直す。
「確かめるつもりで打ったな」
「ああ。立ち振る舞いが明らかにその身体の長さにあっていない」
「バレたか。ならば」
ドミンゲスが腕を広げると骨が礫音を立てながら軋んで行く。屈強な身体をしていたため相応の四肢の長さはあったが、彼の腕は関節が一つ増えたのではないかというほど伸びていった。
「手加減は出来ないぞ」
「最初(はな)から必要ない」
武松の予想通りこの体形の闘い方のほうが慣れていた。
長過ぎる腕はリーチが生まれるが、隙も出来る。だが、ドミンゲスは時に鞭のようにしならせて武松を抑えていく。
「おぉぉ!」
「せい!」
「一度見せた技が通じると思うなッ」
「っ――」
武松は同様に寸勁を放つが、ドミンゲスは耐えて彼女の肩を掴む。
そして、
「ふんっ!」
頭突きをかました。
「っぅあ」
頭蓋骨に罅すら入らなかったのはドミンゲスが手加減したわけではなく、武松が反射的に気で防御したことと日頃の鍛錬の賜物だ。それでも痛みは我慢が出来なかったのか涙目になりながら反撃する。
「炎爪!」
炎で形作られた三本の爪がドミンゲスを襲う。
「小手先の技で俺をやれると思うなよ」
バックステップで避けたドミンゲスは口を大きく開いた。
異形ともいえる肉体が彼の武器であり、それらを十全に発揮出来る戦闘法は誰に教わっただけでもなく、用心棒時代に培った技術である。
従者にすら異質と見られることもある彼の噂にこういうものがある。
自分より小さいものならば丸呑みにしてしまう。何故なら、ドミンゲスの胃液は全てを溶かすからだ、と。
「なっ……!?」
武松に向かって胃液が吐き出される。
若くして多大な戦歴を持つ彼女もさすがに呆気を取られるが、先程のような隙は晒さまいとすぐに炎で壁を作った。
「厄介な能力だな」
「それはこちらのセリフだ」
ドミンゲスは焼けてしまった白い手袋を脱ぐ。手のひらは指先まで傷だらけであった。
「私の寸勁でも倒れない身体と炎をものともしない度胸……大技で仕留めるべきか」
膨れ上がった闘気にドミンゲスが最大の警戒をする。
制空圏を作り、間合いに入って来た瞬間に迎撃するつもりだったが武松は予想外の行動を取った。
「逃げるつもりかッ!」
彼女は廊下出入り口まで後退する。
相手の出方が分からない故、ドミンゲスは声を張りながらも動かずに様子を窺った。
――それが仇となる。
右腕に炎が渦を巻き、急激に熱された空気は陽炎となって空間を歪ませる。
ドミンゲスがその攻撃を察知した時点で止められる術は無かった。
瞳にすら炎を宿し、彼女は高らかに技名を叫ぶ。
「黒天渦炎砲――ッ!!!」
色鮮やかな炎が廊下を真っ直ぐ飛んでいく。隙間無く逃げ場は無い。
周囲へ燃え移らないように出力は抑えていたが、受け止めるには瀕死必須の威力は込められていた。
彼女の眼前には焦げ跡の残った廊下が広がった。
「……なんだと」
しかし、倒れ伏しているはずのドミンゲスの姿はどこにもなかった。
「――掠っただけで、この威力か……っ」
へし折れた玄関扉を持ちながらドミンゲスが現れる。
「咄嗟の判断で部屋へ逃げ込んだ……何て男だ」
「用心棒をやっていれば爆弾を投げ込まれることもある。だが、そのときの威力より――」
糸が切れたように膝を突き、
「――俺もまだまだ鍛え方が足りんようだ」
眠るように倒れ伏した。
「やっと倒れたか。豹子頭にこの場では取り回しが悪いと言ったが、私の炎も存外使い勝手が悪い……」
武松はドミンゲスをその場に残し、林冲と同じように水明と史文恭の跡を追った。