黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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第3話

 

 無事全校集会が終わり、各学年各クラスは自身の教室へと戻っていった。それはもちろん水明も同じで、彼だけ鞄を持っているというイレギュラーであったが、遅刻寸前の生徒が鞄を持って参加しているのもさして珍しものではないので何も言われずに席へと着いた。

 黒板に張り出されているプリントを見ると水明の席は一番後ろの扉側だった。願わくば窓際の方が良かったのだが、一番前よりはマシなので心中でホッとしていた。

 一番後ろの席は顔を上げているだけで教室全体を見ることが出来る。義経、弁慶、与一の三名は職員室に寄ってから担任の宇佐美巨人に着いて来るようなので、現在空いている水明の隣の席も含めて三人の座る席なのだろう。特別仲良くしている友人もいなかったので降格者には心当たりがなかったが、何となくこの顔が見えないな、とあたりを付けていた。自由や自主性を重んじる学園であるが、極めて実力主義なのは昨年度で理解している。たとえ期末テストで降格を回避しても唐突に来た転入生にSクラスの座を奪われるのだから世の中何があるかわからないと水明は感じた。

 今は何より、年齢にしては落ち着いた感性を持つものの隣には誰が来るのだろうと学生らしい期待の方が勝っていた。

 

「――よーし……全員揃ってるな」

 

 担任の宇佐美がいつもの間延びした声で教室へ戻ってくる。どことなく草臥れたスーツに適当に伸ばされた髭。本人は結婚したいと朝夕どちらかのSHRで必ず一回は漏らすが、本当にする気があるのかといった風貌だ。

 宇佐美の後ろから見覚えのある三人が入ってくる。

 

「とりあえず今日の一限目のHRは転入生組の質問コーナーにでも当てて自由にするぞ。お前らも気になってることがあるだろうしな。今のうちにうんと質問責めにしておけ……三人はどうする? もう一回改めて自己紹介しておくか?」

 

「義経はやりたいです。実は義経のことを知ってもらおうとこの前まで暮らしてた島の『野鳥』について発表しようと思うんだ! それと川神に来て少し時間があったから、多摩川の生態系についても書いて来た」

 

「私は別に良いかなぁ。そういうの怠いんで……」

 

「俺も必要以上に慣れ合うつもりはない。それよりも席はどこにある」

 

「またおじさんのクラスに個性の強い生徒が入ってきちゃったよ。まあこの学園に個性の薄い生徒なんかいないんだけど……那須与一の席は窓際の空いてる席。武蔵坊弁慶の席は廊下から三列目の真ん中の所。源義経は廊下側の後ろにある――山紫の隣だな」

 

 どうやら水明の隣は義経だったようだ。水明は名前が呼ばれたことで義経のほうへ何となく目配せをした。席も空いていたおかげか義経も気付いたようで水明の方を見て笑顔で頷いた。

 

「よし、とりあえず与一と弁慶は席についてもらって。義経の方の自己紹介は……」

 

 義経は自信満々に鞄から画用紙を取り出す。どうやら紙芝居状になっているらしく、上の方が赤い紐で止められている。表紙も非常に丁寧に作られており、カラー写真付きの『野鳥の観察』は意外と面白そうに見えた。

 

「じゃあ、さっそくを発表を――」

 

「――んん、いやぁ……ちょっと待ってくれない、義経。あー、それも良いんだけどやっぱりみんなは義経の内面的な部分と言うか会話を通して義経のことを知りたいだろうというか……それは無しの方向でお願い出来ないかなぁとおじさん、お願いしちゃったりするんだけど……」

 

「な、無し……!? 弁慶がこれを発表すれば義経も人気間違いないって教えてくれて作ったのに……」

 

「……すまん主。揶揄いすぎた」

 

「弁慶~」

 

「泣きべそで呑む川神水ぐびぐび……」

 

「……」

 

 Sクラスは頭の良い生徒が集まったクラスではあるが別に勉強が好きなわけではない。もちろん中には好きな生徒もいるだろうが、今の時間だけは『野鳥の観察』よりも義経たち本人について思い思い質問したかったため珍しくクラス揃って宇佐美に感謝した。

 

「……気を取り直して、じゃあ弁慶と与一の質問も代わりに義経が答えるってことで良いか?」

 

「ああ。義経が答えられることだったら何度も良いぞ!」

 

「主のスリーサイズをお願いします」

 

「えぇっ!? そういうのを答えるのは――って弁慶!」

 

 何となく弁慶も取っ付きにくさを感じていたがどうやらそうでもないのだろうか。クラスの硬さが少しずつ取れていってスムーズに問答が交わされる。

 

『腰に提げてるのは銘付きの日本刀なの?』

 

「“薄緑”だ。元々あったものを九鬼が帯刀許可証で持つ運べるように刃引きしてもらったものを使っている」

 

『好きな食べ物は?』

 

「漬物は好きだな。特にほろほろ漬けなんかは大好きだぞ!」

 

「ほろほろ漬けは川神水にあって私も好きだなぁ」

 

「嫌いなものは特にない。何でもおいしく食べられるぞ」

 

「食べれなかったピーマンもみじん切りにしてハンバーグに入れたら食べれるようになったんだよねぇ」

 

 と、弁慶も相槌を打つように付け加えてくれる。

 

『特技とかあるのか?』

 

「笛は得意だぞ。小さい頃から吹いていた」

 

 義経は鞄の中から取り出すと笛を見せる。さすがに吹くのはダメなのでクラスメイトもリクエストなどはしない。他には『彼氏がいたことはあるのか?』などと質問も飛んだが、義経は頬を赤らめながら首を横に振っていた。

 そして、水明も名前は憶えていないが、眼鏡のかけた生徒が義経に尋ねた。

 

『今の自分と過去の自分を比べてどう思う?』

 

 誰もが聞いてみたかった内容だが、どことなく全員空気を読んで避けていたので教室は静まり返ってしまう。九鬼の事情を知っているだろう忍足は英雄に見られない位置で質問者の生徒を睨んでいたが、義経は毅然とした態度で答えた。

 

「義経はまだまだ邁進中だから、教科書に載るような昔の義経と比べるのは出来ないと思う。でも、いつか義経が自分を認められるくらいすごくなったら比べてみたいな」

 

 水明は思う。たとえ英雄のクローンであっても、かつての記憶があるわけではない。恐らくかつてに迫る武力は持っていても、それは現在の研鑽の結果であり、英雄のクローンだからといったものではないんじゃないか――と。水明自身は英雄のクローンと、即ち教科書に載るような人物と会えるから嬉しい程度にしか考えていなかったが、本人たちからすれば相当プレッシャーのようなものを感じているのだろう。ましてやある程度の結果を残しても「英雄のクローンだから当たり前」といった評判が付いてしまうのは……と、勝手な同情は出来るだけ表に出さないように決意した。

 

「――よし、じゃあ授業終了も近くなってきたからそろそろ打ち切るぞ。義経も一度席に座ってくれるか?」

 

 義経は鞄を横に掛けて水明の隣の席に座った。

 

「二限目は色々と渡すものと委員とかも決めなきゃいけないから遅れないように。おじさんは職員室戻るけど、チャイム鳴るまでは外に出るんじゃないっぞ。三人に質問するのは良いけど騒ぎ過ぎないように」

 

 宇佐美はそう伝えると教室から出て行った。

 チャイムが鳴るまでは残り十分ほど。水明はクラスメイトはどうするのか確認するためさり気なく辺りを見渡した。先ほどの時間で義経への質問は多く出たが、やはり弁慶や与一とも話したいのだろう。特に弁慶は男子生徒からすれば付き合って欲しいとも思える容姿を持つ。義経も十分に可愛いが、それは可愛いであり、弁慶のように成熟した女の色気ではないのだ。

 さて、そんな水明だが彼は義経に話しかけようか迷っていた。運の良いことに席を示されるときに自信の名前が呼ばれたので認知はされているだろう。ただ、水明の場合は色恋が云々というよりは実は『野鳥の観察』が気になっていたりする。元々山育ちであった水明は祖父から山の歩き方を教わっており、その中に野鳥について当然あった。たまに自由狩猟を目的に猪などの痕跡を見つけるまでは綺麗な野鳥がいれば観察を行ったり、そのおかげかずっと上を向いていたため獲物が取れない日もあって、そのことについて説明すると祖父に叱られたものだ。

 水明は今日を逃せばもしかすると読めないかもしれないと考え、様子を伺っているクラスメイトに気を遣わずに話しかけることにした。

 

「――源」

 

「む、ど、どうしたんだ? えっと、さんし、くん?」

 

 案の定視線が水明に刺さるが仕方ないと思い無視をすることにした。

 

「山に紫でサンシ。水が明るいでスイメイだ。何となく山紫は呼びにくいだろうから、水明で良い」

 

「おお、そうか。わかった。義経のことは義経と呼んでくれ。それで、何か用だろうか?」

 

「実は最初に義経が出そうとして『野鳥の観察』が気になってな。もしよろしければ、自分だけにでも見せてもらえないかと思ってな」

 

「義経の作った『野鳥の観察』が気になるのか!」

 

「自分も地元がけっこうな田舎だったから、山歩きをしてるときに野鳥観察はよくするんだ。表紙のカラー写真の鳥が見たことのある種類だったから」

 

「ちょっと待ってくれ、今用意する……ん、っと、机を寄せても良いだろうか?」

 

「いや、自分が椅子を寄せるよ」

 

「うん。わかった。ありがとう」

 

 水明は「しまった」と気持ちを隠しながら椅子を義経の机へと寄せた。このクラスが様子を見ている中、本当は『野鳥の観察』だけ貸してもらい、義経が再び質問責めになっている時間に流し読みする気だったのだ。しかし、どうやら義経は本格的な説明をしてくれるようでまるで独占してしまったような形になる。今からでもクラスメイトが入れる形にしたいと思ったが、義経の好意を無下にしてしまうことはもっとよろしくないだろうと方法を考える。

 

「――では、私たちもせっかくなので混ぜてもらっても良いですか? 山紫君、源さん」

 

 水明が机の上に置かれた『野鳥の観察』に目線を移していると左前から声がかけられた。釣られるように向くと葵と井上と榊原が立っていた。

 

「おぉ……義経の『野鳥の観察』の制作は間違いじゃなかったんだ……! 弁慶っ、こんなにも『野鳥の観察』に興味を持ってくれる人がいるぞ!」

 

「良かったねぇ、主」

 

「うん!」

 

 ――純粋だ。

 澄み切った返事にSクラスはそう感じた。

 

「じゃあ早速義経と野鳥について見ていこう!」

 

 さすがに本格的なものが始まると困るので水明は適度に話を脱線させようと決意した。

 

「義経はまず最初、森で一番最初に写真に撮ったキビタキについてまとめたんだ」

 

 キビタキはオレンジ色の身体が特徴的な野鳥だ。身体は小柄だが、明るく大きな声は綺麗な音がする。落葉樹の中でこの鳥を見ると浮世を忘れて疲労回復に来た人の効果をグッと上げるに違いない。

 しかし――と。

 水明は思案する。

 義経が撮影したこの鳥はキビタキではない。水明自身も野鳥博士と言うまではいかないものの、キビタキくらいのメジャーな野鳥だと似てることで有名な野鳥と見分けがつくのだ。義経が撮影した野鳥の名前はおそらくムギマキだ。この野鳥は共に互いで見分けが付きにくく、注視すべきは眉斑だったりする。祖父の教えだ。しかし、みんなが気付いていない状況でわざわざ指摘することでもないだろうと水明は口を噤んだ。正直生態環境は似たようなものなので大して関係ないだろうと思ったからだ。そして、嬉しそうにしている義経を肴に川神水を吞んでいる弁慶が視界に映ったからだ。

 一枚、二枚と写真を中心に義経が説明してくれたおかげか思ったより話は弾み、いつの間にか葵たち以外のクラスメイトも囲んでいた。

 

「水明君の地元はどんな野鳥がいたのか教えてもらえないだろうか?」

 

「自分の地元もキビタキはいたな。あとは猛禽類が多い印象かな。鷹とかミミズクとか、たまにどこから拾ってきたのか亀とか……一番驚いたのはこれくらいの鷲がウリ坊を掴んで山の麓へ飛んで行ったときはさすがに目を開いたかな……」

 

「鷲は小動物だけではなく、時にヤギを掴んで運んでしまうと聞きますからね。猛禽類はここらへんでは鳶がたまに飛んでるくらいなので想像が付きません」

 

「野生の鷲、見てみたいなぁ……それに義経は鷹も見てみたいぞ。いつか鷹狩をするのが夢なんだ」

 

「それは何というか、武将らしいな」

 

「だろう? ところで、水明君の地元はどこなのか聞いても良いだろうか?」

 

「ん、別にかまわないぞ。自分の出身は――――岩手だ」

 

「岩手!? もしかして奥州平泉だったり……?」

 

 どことなく目を輝かせて聞く義経に苦笑しながら水明は答えた。

 

「実はそうなんだ」

 

「おや、偶然の一致ですねぇ」

 

「てか水明、岩手出身だったんだな」

 

「ねぇトーマ、平泉ってなにがあるのー?」

 

「その質問は義経が答えよう」

 

「たしかに、そのほうが良さそうですね」

 

 何となく雰囲気を出したかったのだろう。義経はわざとらしく咳ばらいをして口を開く。

 

「岩手の奥州平泉。そこは源義経が晩年期に訪ねた終焉の地。世界遺産の中尊寺金色堂もある、義経が一番行きたい場所なんだ」

 

「へー。でも、なんで行きたいのー?」

 

「何で? んー……やっぱり義経が義経だと生まれたところから死んだところまで見てみたいと言うか……」

 

「たしかに俺も自分が織田信長のクローンとか言われたら絶対本能寺見に行くだろうなぁ」

 

「えー、ジュンって宝蔵院胤舜のクローンじゃないのー?」

 

「なんでそんな教科書にも載ってない人物を知ってて平泉を知らないんだよ! しかもそれゲーム! 本物はふさふさだったかもしれないだろ!」

 

「ハゲー!」

 

「スキンヘッド!」

 

 二人のいつものコントが始まると集まっていたクラスメイトたちは前年度のように笑い、義経も笑っていた。いきなり英雄のクローンが来ました、なんて眉唾な話だが、こうして義経たちは存在している。たとえ過去、どれだけのことを成していようが今は同じ高校二年生なのだと歯車があったような感覚を水明は覚えた。

 葵たちが来てくれたことに感謝しつつ、水明も弁慶のように一歩引いたところからクラスメイトを眺めていた。

 

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