黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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第30話

 

 曹一族による義経たちの誘拐は未遂で終わることとなった。史文恭に人質にされそうになった水明は林冲と鉄心に助けられたのだ。

 元々水明が巻き込まれるだろうと予想していた林冲はともかく、川神院からもそこそこ離れた川神山での騒動を感知して現れた鉄心は史文恭ですら撤退を決断させるほどの力を見せ付けた。

 時折学園の裏庭で悠々と座る鉄心を見て、水明は穏やかな学園長だと思っていたが、世界で一番有名な武術流派の長の貫禄に畏怖を覚えた。

 あずみたちは到着次第辺りを探るも、史文恭の影も形も無く、とりあえず今夜は曹一族も襲って来ないだろう判断した。これも鉄心が「大丈夫じゃろ」と伝えたのが大きかったのだろう。

 水明が義経たちのことを尋ねると、どうやら九鬼に帰宅したようで、李からある程度の説明は受けているらしい。ある程度、というのも未だ全貌の分からない存在がいるため濁されており、さしあたり水明が見つかったという情報は先行して連絡されている。

 そして——。

 

「……すまない」

 

 しゅんとした様子で武松が頭を下げる。

 水明と武松の他にはそのまま付いてきた林冲、九鬼が護衛役にと呼んでくれたステイシーとシェイラがいた。

 

「あちゃー、こりゃさすがの私たちでも修復には時間がかかるな」

 

「出力は抑えたつもりだったんだ」

 

「抑えてこれですか。まぁ、ドミンゲスさんを倒すにはこれくらい必要なのは分かりますが……」

 

「ちなみに水明の部屋の玄関に関してはあの男がやった」

 

「ファック!」

 

 彼らの目の前には窓ガラスがすっかり無くなってしまい、焦げ跡に包まれた廊下が広がっている。

 ステイシーがここに到着した際に「火炎放射器でもぶっ放したのか?」と言ったのもあながち間違いではなく、武松は手先から炎を出しながら事情を説明した。ドミンゲスはあずみたちが水明たちの元へ行く前に回収していたようだ。

 

「部屋の中は玄関が少し焦げ臭いだけで他は変わりない。寝る程度なら問題無いから心配するな」

 

「ダメですよぉ〜。焦げ臭いってことは、そこまで煙が届いてるってことです。シェイラちゃん的にはファンの一人がこんなところで生活するのは容認出来ません」

 

 ファンじゃないのだが——という水明の気持ちはさておき、シェイラの言葉には他も同意だった。

 

「行き違いがあったとはいえこの状況を作り出したのはうちの武松だ。私たちが日本に滞在中に借りているホテルがあるから、何らかの目処が立つまではこちらに来てくれ」

 

「いんや、そいつの部屋は九鬼で用意するよ。根本的な原因はこっちにあるからな。学園を卒業するくらいまでなら別に住んでてもらっても構わないぜ」

 

 水明としてはこの程度なら住んでいたいが、思えば玄関扉がへし折れて完全に使い物にならなくなっている。防犯的な面も考えれば避けるべきなのだろう。

 完全にここを引き払って卒業まで九鬼に世話になるのもありがたいが、タダで住まわせて貰うのも据わりが悪い。ここは一時的に林冲たちのいるホテルに滞在して、部屋だけを探してもらうのも良いかも知れないが……。

 水明は少しの間考え、結論を出す。

 

「ではステイシーさん。お世話になって良いですか?」

 

「おう。遠慮無く来てくれ。義経たちも喜ぶだろうしな」

 

「ハヤシさんもありがとう。自分は九鬼に行くことにする」

 

「かまわない。それと、気付いていると思うが私の名前は林冲だ」

 

「私もタケマツではなく武松。梁山泊の武松だ」

 

「分かった。林冲に武松だな」

 

 水明も薄々気付いていた、もしくは気付いていないフリをしていたのだが、二人はようやく本名を告げた。

 

「それと史文恭にも言われたかもしれないが、水明には異能と呼ばれる力が宿っている。それを使って何をするのかは水明の選択だが、どんな異能なのかは把握しておくべきだ。先達として話がしたい。後日時間を取ってもらえないだろうか?」

 

 水明自身はそんなものが宿っているとはまだ信じられないのだが、史文恭と林冲に立て続けに言われてしまえば放っておくことも出来ない問題だろう。

 

「ああ。別に良い——」

 

 そのため、了承しようとするとシェイラが割り込んだ。

 

「——おーっとっと。それは九鬼の管理下でも大丈夫ですよね? 梁山泊さん」

 

「心配するな。無理な勧誘はしない」

 

「なら大丈夫ですねっ☆」

 

「落ち着いたら私か武松に連絡してくれ。そのときにまた詳しい話をしよう」

 

「分かった……林冲。あのとき駆け付けていてくれなかったら自分はここにいなかっただろう。助かった」

 

「ううん。本当は水明が史文恭と接触した時点で間に入るべきだったんだ。それが出来なかったのも、曹一族の兵に足止めされていたのも私の実力不足——次は絶対に守るから」

 

「出来れば次は無いと良いんだが……」

 

「お前なら安く雇われてやるぞ」

 

 武松がそう言うものの、傭兵を雇わなければならない状況には絶対になりたくない水明だった。

 

「じゃ、話も纏まったみたいだし水明は下の車に持っていきたい物を詰めてくれ。他は明日のうちに私たちが纏めて運ぶからよ」

 

 水明は余っていた段ボールに必要な物——主にもうすぐ始まる学校関係の物を鞄に積み込み、九鬼へと向かうのであった。

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 翌朝、水明は見慣れぬ天井を視界いっぱいに目を覚ますこととなった。

 

「そうか。九鬼にいたんだったな……」

 

 あの後、九鬼に到着した水明はいつかと同じように医務室に連れて行かれ、ステイシーと今度はシェイラの二人によって検査された。

 幸い、身体のどこにも深刻な怪我はなく、見た目だけの切り傷が大半で処方された薬を塗るだけで終わった。この薬というのもシェイラが作り出したものであり、体内で生成した毒を適量分薬に煎じたものらしい。毒薬変じて薬にも、とはよく言ったもので傷の浅かった分は既に皮膜が張り始めていた。

 

「たしか、九時から義経たちと会うのか」

 

 疲労は溜まっていたようで、いつもの起床時間はとうに一時間を過ぎている。

 昨夜、義経たちと会うことは叶わなかった。

 検査があったのもそうだが、今回の騒動は義経たちクローン——つまり、青少年にそのまま聞かせるには深刻過ぎる事情があり、出来れば九鬼主導で説明をしたいと頼まれたのだ。そのことを水明に伝えたあずみの言葉には普段の粗っぽい感じは鳴りを顰め、従者という立場だけではなく、特殊な出自を持つ彼女たちを慮っている様子が見て取れた。

 水明自身も史文恭から聞いた断片的なことしか知らなかったため、下手に場を荒らすよりは任せた方が良いだろうと了解した。

 史文恭は中国に連れて行くと言っていたが、その先でどういう扱いを受けるのかは考えたくもなかった。

 

「——おはよーございまーす! 朝からシェイラちゃんがお越しに来ましたよっ☆」

 

 朝から元気に入って来たのはシェイラだった。

 昨夜、壁を越えた蘇定と戦っていたにも関わらず何事も無いように振る舞っているのはさすがというか、本当に気にしていないだけなのか。

 

「ふむふむ……ちゃんと薬は効いているようですね。この調子だと三日もすれば跡形も無くなるでしょう」

 

「これ、凄い効果ですね」

 

「当たり前ですよー。戦場の生傷にも効くシェイラちゃん特性塗り薬ですから!」

 

 朝には似つかわしくないテンションでシェイラは水明が身を起こしたベッドの枕元へ上がる。

 

「さぁ、お薬塗り塗りの時間ですから脱ぎ脱ぎしてくださいねー」

 

 ただ処方してくれれば楽なのだが、シェイラの薬は良く効く分、塗る都度生成し直さなければならないほど繊細なものでもあった。強力な効果のため、その日の体調に合わせて量を調整しなければならないのだ。まさに薬も過ぎれば毒となる、である。

 

「特別にシェイラちゃんが脱がせてあげますから、プチョヘンザプチョヘンザ〜」

 

 水明は言われるがままに寝巻き代わりの無地Tシャツを脱がされ、上半身裸となる。

 

「ひゃ〜、昨日も見させていただきましたが相変わらずの筋肉。これなら史文恭さんから逃げ続けられてたのも納得です」

 

 そんなに煽てないで欲しいと、水明は気恥ずかしさを覚えながら終わるのを待つ。

 

「特にここの腹斜筋なんか大根さんを摩り下ろせそうなくらい深いですね。もしかして筋トレがお趣味とかですか?」

 

「あ、いえ、何というか、ただ山で暮らしているとこうなったというか……」

 

 この間にもシェイラは両手を回して水明の腹筋を撫でている。

 防弾仕様が施されているにも関わらず何故か通常と変わらぬメイド服越しに柔らかい感触と、背後で話しかけられているため首筋に吐息が当たって擽ったかった。

 

「あっ、手袋を外すの忘れていました。さ、また塗り塗りですよ☆ えへへ、シェイラちゃんがここまでサービスする方は今まで居なかったんですよぉ。いつもは処方して終わりですからねぇ」

 

 自分もそっちが良かった——そんなことを思いながら、朝から九鬼の恐ろしさを知った水明であった。

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 朝の一幕も終わり、身嗜みを整えた水明はそのままシェイラを案内に廊下を歩いていた。

 高級ホテルもかくやと言わんばかりの洋風内装は一定間隔で美品が安置され、本当は美術館か博物館じゃないのかと疑ったほどだ。

 やがて会議室と書かれた部屋の前までやってくるとシェイラが丁重にノックして、中から入室許可の返事が聞こえた。

 水明にとっては結構な出来事だったため、義経たちと顔を合わせることは若干の緊張を覚えていたが、部屋にいた清楚、与一、扉のすぐ側に立っていた弁慶を認識するよりも早く横からの急襲に身を崩すこととなった。

 

「——水明君!」

 

 踏ん張りながら下を見ると、そこには強く抱き締めてくる義経がいる。

 

「義経……」

 

 己の身を案じてくれたのだろう彼女の目尻には涙が見え、取り繕った言葉も掛けられなかった。

 

「……李さんから君が何かに巻き込まれたと聞いて心配したんだ。連絡も付かないし、行こうとしたら止められるし……無事で良かった……」

 

 行き場を失った手のひらは義経の頭を撫でる。

 

「む、あぁ……心配を掛けたな。ただ、見ての通り五体満足だから安心してくれ。どちらかと言うと義経の力の方が——ぐぅ」

 

「——あっ、すまない!」

 

 普段は小型犬の様相を呈しているがその実中身は立派な大型犬である。

 水明も丈夫な身体はしているとはいえ、義経の全力の抱擁には堪え難いものがあった。

 

「スマホは?」

 

 弁慶から尋ねられる。

 

「家の鍵と一緒に巾着に入れてたんだが、どこかに落としたみたいでな……あと財布も」

 

「大丈夫なの?」

 

「ああ。通帳とかは普段持ち出さないからな。現金しか入っていない。他の貴重品は昨日こっちに持って来たから問題ない」

 

「こっち……?」

 

「聞かされていないか? 自分の住んでいたマンションがダメになってしまってな。卒業まで九鬼で世話になることにした」

 

「そうなのかっ!?」

 

「ほうほう」

 

 二人は少し驚いたような顔をする。

 そんな水明たちを見ていた清楚が口を開いた。

 

「じゃあ、九鬼の中で顔を合わせる機会が増えるかも知れないね。

 初めまして。私の名前は葉桜清楚。水明君って呼んでも良いかな?」

 

「初めまして。自分のことは水明で大丈夫です」

 

 水明が軽く会釈をすると、清楚は口元に手を当て微笑んだ。

 

「……ふふっ。ずっと二人から話は聞いてたから、何だか初対面な気はしないんだけど」

 

「そうなのか?」

 

「よ、義経はよく分からない」

 

「さ、さぁ?」

 

 歯切れの悪い義経と弁慶を訝しむ水明だったが、その空気はあずみが入って来たことで払拭されることとなる。

 

「揃ってるな。山紫も昨日の今日で悪(わり)ぃが我慢してくれ」

 

「気にするな」

 

「そう言ってくれると助かる。

 さて、今日集まってもらったのは面子を見て分かる通り義経、弁慶、与一、清楚に関することだ——」

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 会議室を後にした水明は義経と弁慶に九鬼の中を案内されていた。

 怪我の治療も兼ねて水明にはシェイラが付けられていたのだが、あずみが気を回して義経たちに頼んだのだ。シェイラも同行しようとしていたが、まだやることが残っているということであずみに首根っこを掴まれていた。

 

「ここが売店だ」

 

 売店とは言うが、まるで大型スーパーのようだった。食品だけではなく生活用品も売られており、行楽用品も含めてこの店で揃えられそうなくらいのラインナップがある。

 

「主のボードゲームもここで調達してるんだよねぇ」

 

「店主もボードゲームが趣味らしくて種類が多いんだ」

 

「これならいちいち外に出る必要は無さそうだ」

 

「おやつも豊富だよ」

 

 と、弁慶が指差したのはおつまみコーナーだった。

 

「……本当に豊富だな」

 

 いつもなら弁慶らしさに苦笑するところが、水明は五十種類ほど揃えられたおつまみに思わず深い息を漏らしてしまった。

 

「二人とも食事は九鬼に用意をしてもらっているのか?」

 

「ああ。たまに自分たちでも作ることがあるけど、基本はそうだな」

 

「なるほど。自分の借りている部屋にもキッチンは無かったか……」

 

「食事の心配をしてるなら水明も出てくるでしょ。うちは従者も無料の食堂で済ませてるから。客人扱いじゃないの?」

 

「また聞かねばならないな。どうやら自分にはしばらくシェイラさんが付けられるらしい」

 

「へぇ、シェイラさんか。よく九鬼にいる人たちを集めてライブ? を、しているな」

 

「初対面のときにサインがどうのこうの言われた。九鬼の広報でも担当しているのだろうか」

 

 水明がそう言うと、弁慶が首を振る。

 

「個人でネットアイドルみたいなのをやってるらしいよ。しかも結構ファンがいるとか何とか」

 

「容量の良い人だ」

 

「伊達に上位序列じゃないということだな」

 

 

 

 

 

 ところ変わって、今度は義経の部屋でお茶を飲んでいた。

 

「まさか水明君と一緒に暮らせるなんて……ただ、義経たちの事情に巻き込まれて……その、申し訳ない……」

 

「右に同じく……」

 

「先ほども言ったが、気にするな。むしろ九鬼で暮らせて嬉しいと思っている部分もあるからな」

 

 水明が史文恭から教えられた目的と、九鬼が義経たちに話した一連の騒動はあずみによって概ねそのままのことが伝えられた。

 しかし、『義経たちが狙われた』ではなく、『九鬼を貶めるために義経たちが狙われた』——つまり、『九鬼財閥が狙われた』と的を大きくした。

 人生の選択は子供であろうとも選んだ本人に責任がある。もちろん、導いた大人にも。だが、出生という点において、子供に選択肢は無い。

 『クローンという出生が原因で狙われた』——それを伝えるには義経たちはまだ若過ぎると判断されたのだ。

 決して先送りにしたわけではない。

 いつかそういうこともあると教えなければならないが、この多感な時期と人目の少ない小笠原諸島から川神にようやく慣れて来た頃に伝たえるにはあまりに重過ぎた。

 これは武士道プランの主任であるマープルも了承していることである。

 だが——。

 

「今しばらくは学園以外のお出かけは自粛だな」

 

「まだ収まってないんだっけ?」

 

「帝さんたちが帰ってくる頃には解決してるらしいけど、不安だ」

 

 史文恭が最後に残した『まだ終わっていない』という言葉。

 実際に彼女と対峙した水明と九鬼は確信していた。

 彼女たちの日常の中にはまだ——殺し屋(何者か)が潜んでいると。

 

 

 

 

 

三、

 

 

 

 

 

 時は少し戻り、水明と義経たちが去った会議室にて、残ったあずみたちが今後の対応について話し合っていた。

 

「しかし、どうしますか? あずみ」

 

「根っこは中国へ行かれた帝様が断ってくれるはずだ。主幹もヒュームたちがいるから問題ねぇ。切られた枝葉が当たらないように駆除するのがアタイたちの仕事だ」

 

「枝葉か。だがよ、落ちていく枝葉はこっちの言うことなんて聞いてくれねぇだろ。横合いから弾かねえと——」

 

「——ステイシーの言う通り横合いが弾くことにする。利用するみたいで気は進まねえが、早いところ憂いは潰しておきたい。目的を誘い込んで引っ捕える」

 

「……たしかに強引に誘き出すのは賛成です。相手は先手のプロ、どうしても後手に回ってしまう私たちからすると有効な手段ですが」

 

「ああ、だから——あたいたちはあたいたちなりのやり方でやらせてもらう。そもそもこの後手に回ってる状況が九鬼らしくねえんだ(・)。相手に振り回される必要はない。先手に回れるだけの人材が揃ってるのが九鬼だ。それが帝様の作られた九鬼財閥っつうんなら——」

 

 ひと月前、ヒュームからは『赤子なりに出来る事をしろ』と言われた。

 いつまでも『赤子』と断ずるヒュームに思うことはあるが、しかして彼はそう評価するほどの実力はある。永久欠番とはそれほどの地位なのだ。

 高圧的なヒュームの言葉が返ってあずみを冷静にさせた。

 序列一位のあずみが何を出来るのかということを。

 

「枝葉のどこに隠れてんのかしらねえが、虫取りはこっちの専売特許。悪ぃが、すぐに虫かごに入ってもらうぜ」

 

 既に下手人の名は分かっていた。

 ステイシーはニヤリと口角を上げ、李は硬い表情を保ちながらも強く頷く。

 あずみは標的の写真に苦無を放つと二人に作戦を伝えた。

 

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