黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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第31話

 

 シェイラの触診を終え、制服を整えた水明は義経とロビーで待っていた弁慶と共に九鬼財閥を出た。

 与一と清楚の姿が無かったため水明が二人に尋ねると、与一は先に行っており、清楚は今学期から入部した園芸部の朝活に行ったと返事があった。

 

「三人は一緒に登校してくるのが当たり前だと思っていたな」

 

 水明がふと漏らす。

 義経が答えた。

 どうやら一学期の間は基本的に三人の登下校が義務付けられていたようだ。もちろん、事前に連絡していた場合はそうじゃない日もあるのだが――放課後、水明の部屋に遊びに行くときも九鬼に伝えていた――、川神という地に慣れるまでの間は学校関連、源氏としてのイベントなどは三人一組が基本で上手く護衛を回していたとのこと。

 ゴールデンウィークで遊びに行った七浜のショッピングモールで水明も偶然気付いていたが、シェイラと李の二人、もしくは必ず片方が常に付いていたようだ。

 今まで気にも留めなかった軽い疑問を雑談とともに消化しつつ、水明は水筒を持って来ていなかったことに気付く。

 

「あんなところに便利屋さんが」

 

「コンビニエンスで良いだろう」

 

「それならコンビニで良くないか?」

 

 三人は近くに見えたコンビニへ寄って行くことにした。

 コンビニの出入り口から飲料コーナーまでは十歩ほど……目の端に移った新聞紙を捉え――義経たちと出会った初日もこうしてコンビニ入ったことを思い出す。

 あの日はコンビニに入り、危うく遅刻をするところだったのだ。

 その理由は何の因果か一緒にいる義経たちのせいとも言えるような言えないようなもので、不思議な巡り合わせもあるのだと反芻する。

 ほんの少しだけ思考に時間を取られ、二人を待たせていたことに気が付いた水明は手早く適当なお茶を取った。すぐにレジに向かうと、対応してくれる店員もあの日の立ち読みを注意してくれた初老の店員だった。

 当然、相手は毎日数十人以上は利用する客のことなど覚えているわけでもないだろうが、今述べたこともあってか妙に印象に残っている店員だった。

 

「……」

 

 水明はコンビニを出て、何となく振り返る。

 秋に向けて新商品でも発売するのか煌びやかなポスターが貼られており、ほんの少し中が見え難くなっている。

 

「どうかしたの?」

 

 弁慶の言葉に首を振る。

 どこかで嗅いだことのある匂いがした――しかし思い当たる点はない。ならば、気のせいなのだろうと水明は川神学園の道を歩いて行った。

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 水明たちが去ったコンビニでは重く、来客を拒む沈鬱な空気が漂っていた。

 この場に見えるのはただ一人――丸眼鏡を掛けた初老の店員だけで、その人物は右手を後ろ手に回したまま固まっている。

 いつの間にかコンビニのシャッターは降ろされ、表の扉には『まことに勝手ながら、改装につき午後から営業』と張り紙がされていた。

 レジ横にある従業員スペースから九鬼の従者服を纏った二人の男女が現れる。

 

「……道理で店長がドリンク補充に行ってから帰って来ないわけだ」

 

「本来のあなたならば少しでも状況が異なれば撤退したでしょう。ですが、今回の依頼主は少々あなたにとっても厄介だったようですね」

 

「当たり前さ。暗殺者(おいらたち)のスポンサーとなれば、面倒くさい依頼でも多少の危険は承知しとかねぇとやってらんないからねぇ」

 

「案外暗殺者(あなたたち)も世知辛いのですね」

 

「お前さんらみたいな高給取りじゃあないさ……九鬼家従者部隊のクラウディオ・ネエロと李静初。久しぶりだなぁ」

 

「――百足。依頼されたのがあなたで良かった。他の半端な暗殺者なら、彼らを巻き込んで捕縛する可能性もあった」

 

「っへ、殺しは静かにやるに限る。それが方々に(ほうぼう)に目を付けられない処世術って奴さ」

 

「殺しの美学というものですか……ですが、それも終わりです」

 

「内々に処理しようって言うのかい?」

 

「まさか。百足ともなれば国際機関にも指名手配されている大物。然るべきところに渡し、然るべき法で処置してもらいます」

 

「九鬼帝を狙った静初を懐に入れてる当たり、やっぱりアンタたちは甘いねぇ」

 

「その甘さにも対応出来るのが九鬼の従者ですから」

 

「やれやれ……運が悪かったか」

 

 百足は後ろ手に持ったナイフを落とし、降参の意志を示す。最初から逃げることは考えていなかった。正確には――逃げられるとは思っていなかった。何故なら、既に彼の肉体は目に見えぬほどの細さの鋼糸が雁字搦めにされており、唯一動いた右手もナイフを失った瞬間には絡め捕られたからだ。

 

「まぁ、おいらが捕まえられたところで依頼主が止まるとは思わないけどねぇ」

 

「ご安心を。そちらには永久欠番が向かっておりますので」

 

「なるほど。つまり受け損ってことかい」

 

 今頃依頼主のいる場所が金髪執事に蹂躙されているところを想像しながら、百足は大人しく裏口に止まっていた護送車に乗せられたのであった。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 大陸某国某省某所――かつて世界大戦が勃発した際、一部の資産家たちによって緊急避難と局所的反撃機能を備えた地下室が作られた。現在は最高指導者を中心とした軍部が再利用か封鎖をしているが、未だに露呈していない地下壕は政権主流派に対する密かな力を蓄えるアジトとして利用されている。

 

「そろそろ百足か曹一族の方から連絡が来るはずだ」

 

「ああ……しかし、まさか我々の中からも離反者が出るとは」

 

「それも半数近い。ただでさえ主流派との差があるにも関わらず、痛手だぞ」

 

「構うな。いざとなれば蜥蜴の尻尾切りで主流派に売り付ければ良い。風通しが良くなる。それに成功すれば国内での九鬼の事業を頭から抑えることが出来る」

 

「だが、上手くいくものか。一族は勿論の事、従者も優秀な人材が多い」

 

「まったく、羨ましいものだ」

 

「だからこそ高い金を払って百足と曹一族を雇ったのだ。クローンの一人でも殺せれば九鬼の眼は日本に向く。上位序列の殆どは他国から戻るだろう」

 

「……もしかして」

 

「そういうことだ。国内の事業を始め、上手く行けば海外の事業も掠め取ることが出来る。人海戦術は四千年前から我が国の十八番よ」

 

「おお、さすがです!」

 

「とはいえ、どうやら奴らは梁山泊に頼ったようで……」

 

「梁山泊に対して我らの手札は二枚だが、九鬼の戦力もある。実際のところは拮抗している」

 

「川神の地も厄介だぞ。あの武神に嗅ぎつけられたら終わりだ!」

 

 円卓を囲みながら十人の男たちが各々意見を述べている。元々彼らは政権主流派と呼ばれる最高指導者に従順な者たちだったが、度重なる利権争いに敗北をして今や地方長官などに落ち零れた。やがて、主流派に居場所の無くなった彼らは『緩やかな共産主義からの脱却』を目指す派閥に合流して、頭数だけを示す存在となっている。しかし、先日九鬼の発表したクローン技術に目を付けて、百足と曹一族を雇ったのであった。

 

「クローンを殺せれば事業が手に入る。そして、クローンを確保出来ればその身体を調べ尽くして我々もクローン体の培養技術が手に入る。そうすれば過去の英雄を蘇らせ、武力行使で最高幹部たちを弑することも出来る」

 

「動くなら幹部共が北に行っている今、ということですな」

 

「今頃長老衆に苦言を呈されているでしょうな!」

 

「然り然り――」

 

 言葉では理想を語れるが、現実はそう甘くはない。クローン組の暗殺が成功しないこと、そして仮にクローン組の誘拐に成功してもそれを研究する手立てが無いからだ。

 クローンとはロボットではなく、文字通り人間である、。

 人間は星の数に匹敵する小さな情報源によって構成され、胎内から生まれた人間であっても全てを紐解くのは不可能だ。精密機械があって、それをばらして組み立てることは可能かもしれないが、人間で同じことをするには未だ発展が足りない。クローンという研究分野に関しては10を見て1を知るよりも0から段階的に踏まなければ理解することも難しいのだ。当然、それを知らない彼らは自らの子飼いにしている小さな研究所に持って行けば上手くいくと勘違いしている。

 

「――さて、話はそこまでで良いか?」

 

 声がして、彼らはようやくこの場に自分たち以外の人間が居ることに気付いた。

 

「誰っ……貴様は!」

 

「九鬼の従者服!」

 

「あの髪色、まさか!」

 

 跳ね起きるように出入り口の扉を見る。扉の前には一人の男が強烈な気配を叩き付けて立っていた。

 九鬼家従者部隊永久欠番零位――ヒューム・ヘルシングである。

 

「現在お前たちの派閥長と帝様が会談なさっている。内容は当然分かるな? 貴様等の処遇についてだ」

 

「なっ――」

 

「一言目にその者はクローン組を狙った一件は派閥の意志とは関係ないと言い放った。九鬼が迷惑を被り、長たる自分にも報復するなら構わないともな。しかし、後に言った言葉により帝様は不問とおっしゃられた」

 

「な、何と言ったのだ?」

 

「『この国を変えてからにして欲しい』だ」

 

「ぐ、ぬ……」

 

「貴様等のような人間を派閥に許している時点で甘い人間に違いないが、その人間臭さをお認めになられた。だが、身内の膿を出すのはなるべく早い方が良い」

 

「お、お前は独断でここに来たということか!」

 

「従者足る者も盲目的に付き従うことが優秀な従者ではない。安心しろ、お前たちは偶然世界最強に出会って表舞台から立ち退いて貰うだけだ。つまり、勇退だ。諦めて画面端に叩き付けられるも良し。勇気を出して懐の銃を構えて画面端に叩き付けられるも良し」

 

「両方一緒じゃないか……!」

 

「俺が出張って来るとはそういうことだ」

 

 その日、反主流派派閥の膿は一掃された。

 派閥長は信頼出来る同士に『緩やかな共産主義からの脱却』という目的に外部からの多大なる支援があることを説明する。それは多方面に及び、やがて国名の変更にまで影響が及ぶのだが数十年後の話のことであった。

 

 

 

 

 

三、

 

 

 

 

 

 二学期が始まる。川神学園生たちも例に漏れず、夏休みに体験したことを手土産に会話に花を咲かせ、長期休暇明けの友人に会いたいからかいつもより早く登校している者もいた。

 水明と義経と弁慶はSクラスでも一緒にいる姿がよく見られ、放課後も遊ぶ仲だということは知られている。それでも、朝の登下校に一緒に来ている姿は珍しかったため、クラスメイトの井上は冗談交じりに声を掛けた。

 

「お、山紫は新学期早々両手の華スタートか」

 

「おはよう、井上。少し事情があってな」

 

「……事情?」

 

 と、面白そうな空気を嗅ぎつけた葵も水明たちの下へやって来た。

 

「おやおや、まさか朝帰りですか?」

 

「葵もか……」

 

 イケメン四天王に相応しい微笑を浮かべながらそう言った葵と井上に事情を説明する。さすがに曹一族や主に原因となった武松のことは誤魔化すよう、あずみたちから虚実を混ぜた理由を教わっている。

 

「なるほど。金柳街周辺はまだ古い建物が残っていると聞きますからね。蛍光灯からの失火とは……」

 

「悪運極まれり、だな。いや、本人と大事なモンが巻き込まれなかっただけ幸運か」

 

 ちなみに嘘の下手な義経は黙って聞いており、そうでもない弁慶は静かに川神水を杯に注いでいた。

 

「それで二人に相談……というよりは花火大会の警備をしていた九鬼の従者が助けてくれてな。ステイシーさん」

 

「ああ、いたなぁ。パツキンの姉ちゃん」

 

「一度お声がけしたことがありますが、見事に袖にされてしまいました」

 

「知っていたか。そんなわけで二人との縁もあって卒業までは九鬼で厄介になることになった」

 

「無料で飲み友ゲット」

 

「これから楽しみだぞ!」

 

「九鬼で生活か。面白そうだが不良メイドみたいなのがたくさんいるって考えれば億劫だな」

 

「私はそうは思いませんよ。それに、九鬼で生活するということは準の敬愛する九鬼紋白と一つ屋根の下」

 

「――!!!」

 

 ハッとした井上が水明の肩を掴む。万力の如く力は少し前に史文恭と対峙した水明に冷や汗を流させるほどだった。

 

「待て、井上」

 

「ま、待てねぇよ。変なことは頼まねぇ。日記で良いんだ。紋様が何時に起きて朝ごはんを食べて、お昼に何を食べて十五時のおやつは何を選ばれたのか。夜に口に運ばれた物は、何を思いながら床に着くのかそれだけ――ごわっ!? ……」

 

 どう見ても犯罪者にしか聞こえない言葉を並べた瞬間、井上は飛んできた苦無が頭に刺さって気を失った。投げ主を見ると、器用に横にいる英雄には見えないよう怒りの表情を浮かべるあずみがいた。首を斬るポーズのおまけ付きだ。

 

「い、井上君は大丈夫だろうか」

 

「見ちゃダメ主。むしろ大丈夫じゃない方が良いんだから」

 

「え、でも――」

 

「ぎりロリっ娘枠に入る可能性のある主に近付けるわけにはいけない」

 

「えぇ、えぇ!? 義経が!?」

 

 クラスメイトたちは焦った様子の義経に注目するが、そんな声もSクラスでは――川神学園では些細なことであった。

 一年生のとある教室では九鬼家の末娘が高らかに二学期の抱負を宣言している。

 二年生のとある教室ではいつも騒がしいファミリーを中心に夏休みの思い出を語り。

 三年生のとある教室ではどこかの武神が女生徒に絡みに行っている。

 

「……」

 

 いつの間にか現れた榊原が倒れた井上の頭を木魚のように叩いていた。別にそれによって想起したわけではないが、水明は故郷のことを思い出す。去年は盆時期に帰っていたが、今年は忘れていたのだ。信心深い方ではないが、祖父が棺に納められた日に必ず毎年の盆には両親の墓参りも合わせて行くと決めていたのだ。

 

「――水明君?」

 

 静かになった水明に小首を傾げながら義経が名前を呼んだ。

 

「……何でもない」

 

 まぁ、でも――と、祖父は笑いながら許してくれるだろうと思った。もちろん両親も。故郷に帰るのが面倒くさいだとか、辛いからではないのだ。今年の川神が面白く、忘れてしまった。ならば、その土産話をたくさんすれば良い。

 今からでも清酒の用意を、と変わり種も良いかと思案する。川神水はどうだろう――弁慶におすすめを尋ねると、彼女は堰を切ったように喋り出す。

 水明は妙なスイッチを押してしまったようで、結局担任の宇佐美が来るまで川神水について語り尽くされたのであった。

 

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