黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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A1

 

 夜道を歩きながら水明は今日を反芻する。

 待ち合わせをして、屋台を巡った。射的では義経と競い、ベンチで並びながら焼きそばを頬張った。まさかの納豆味になるという出来事もあったが、その後の五重塔での花火はとても思い出に残る、そんな光景だった。

 

『夏休みの終わり、七浜で打ちあがる花火があるんだ。良かったら二人とも、また行かないか?』

 

『おぉ、良いな! 義経は行きたいぞ!』

 

『今度は浴衣とか着て行かない?』

 

 九鬼の帰りが待つ大通りに出るまでの間、義経たちとそんな話をした。

 川神院主催の花火大会も有名だが、七浜の花火大会は世界的に見ても大規模なものだ。一時間足らずで三万発以上が打ち上げられ、最後の光のカーテンは見る者を魅了する。特殊な火薬を用いたグラデーションは海外のニュースでも毎年取り上げられていた。

 約束した次の花火大会と、これから本格的に始まる夏休み。

 珍しく水明は浮足立ったような高揚感に脚が早くなっていた。

 

「たしか、山紫だったな。夜遊びか?」

 

 そんな水明の背に声を掛けたのは灰色の髪を持つ女だった。

 自身の名前が呼ばれ、水明はそちらに振り向いた。

 

「……香華さん。こんばんは」

 

「こんばんは。奇遇だな、こんなところで会うとは」

 

「まぁ、帰り道ですから」

 

「む、それもそうか」

 

 香華――彼女は水明と同じアパートに最近引っ越してきた女性だ。

 

「香華さんも花火大会に?」

 

「見えはしたがそれが目的で外出したわけではない。お前は花火大会に? 一人で行ったのか?」

 

「義経……学園の友人二人と仲見世通りの方に」

 

「――もしかして、クローン組と行っていたのか?」

 

 『クローン組』と聞いて、顔に出さないまでも水明は引っかかりを覚える。

 蘇った英雄、源氏組など色々彼女たちを指す名称はあるが、『クローン組』という言葉どうにも冷たい感じがして受け付けなかった。とはいえ、日本人からすれば「過去の偉人が蘇った」という感覚だが、海外の人からすればその技術自体に興味があるのは当然で、ここで身勝手なことを述べてもわだかまりを生むだけだろうと彼は飲み込むことにした。

 

「義経と弁慶の二人ですね」

 

「なるほど、その二人と行っていたのか。仲は良いのか?」

 

「まぁ、割と部屋に遊びに来たり行ったりと」

 

「――いや、悪い。プライベートのことを聞いてしまったな。不躾な質問だった」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 香華は帰宅途中で、それは水明も同じだ。部屋も隣同士の二人が共に帰るのは自然なことだった。

 水明は川神に慣れたか香華に尋ね、彼女もそれに答える。やがてアパートが見えてくると二人は扉の前に分かれる。「クローン組」という言葉を使って以降、香華からの質問は一つも無かった。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 茹るような空気が室内に籠っている。冷房は二時間前に切れており、カーテンの隙間から日差しが差す。

 部屋の主は汗の染みたシーツの上で起きるか迷っていた。

 二度寝出来そうな微妙な感覚と、しかし今すぐ窓を開けたい気持ちの狭間に漂う。

 

「――む」

 

 そこで、自身が自然と起床したわけではないことに気付く。

 瞼の上から照らす朝の日差しでもない。

 彼の耳には一定間隔で鳴らされるインターホンの音を捉えていた。

 すぐさま立ち上がり、玄関に向かう。いつもなら覗き穴でも見ただろうが、インターホンを鳴らした主を待たせているという申し訳なさからすぐに扉を開けた。

 

「……っと、弁慶か」

 

「やあ。おはよう」

 

「珍しいな、こんな早くに」

 

「早い、のかな? 一応もう九時だけど」

 

「九時?」

 

 水明が部屋の時計を見ると、たしかに長針は九の字にあった。

 

「随分と寝過ごした」

 

「もしかして今起きたところだった?」

 

「ああ。弁慶が起こしてくれなかったらまだ夢の中だったな」

 

「それは悪いことしちゃった……」

 

 水明が驚いているのもそのはずで、今日は特に弁慶とは約束していなかった。部屋に来る場合も必ずメールや電話での事前連絡があり、時間もお昼くらいなのだ。

 

「そんなことない。ちょうど寝苦しかったからな。あ、上がってくれて良いが、換気したいから少し暑いぞ」

 

「扇子あるから大丈夫……あ」

 

「どうした?」

 

「いや、何も」

 

 水明が招き入れると、弁慶は視線を泳がせるように壁の方を見る。汚れでもあるのかと同じ方向を見るが、入居当初の真っ白のままの壁があった。

 考えるよりも先に、水明は一先ず窓に向かう。

この部屋には二ヶ所窓があるので両方とも開けた。

 室内の重たい空気が吹き抜ける。

 

「シーツも洗濯しなければな」

 

 さすがに女性がいる状況で汗だらけのまま敷いておけない。水明はシーツを取ろうとし、まだ壁を見ている弁慶に首を傾げた。

 

「あの、何かあったか? 弁慶?」

 

「いや、あー……何というか。うーん……その、ほら。仕方ないというか、生理現象って言うしさ」

 

 ようやく水明と視線を合わせた弁慶の頬は赤らんでいる。川神水で気分が乗ったときとは違う、気恥ずかしさを感じたような様子だ。

 そこで、水明は己の失態に気付く。

 

「――――ッッッ!?!?!?」

 

 声にもならぬ声を上げながら、飛び上がり、水明は雑にシーツを剥ぐ。すぐさま腰に被せて洗面所に走った。その速さ、あの武蔵坊弁慶ですら目で追うのがやっとであった。

 取り残された弁慶は一人、

 

「ああいう反応も出来るんだ」

 

 と、呟いた。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 彼女たち……いや、弁慶への取り返しのつかない失態は二度目だ。一回目は梅雨、二人にシャワーを貸したとき。そして二度目は数分前、今度は逆の立場だがその加害者と被害者の関係は逆転することは無い。

 

「本当にすまない。粗末なものを見せてしまった。九鬼に報告するでも何でもして欲しい。煮ても焼かれても恨まないと誓う。大変申し訳なかった」

 

 故に、水明が取れる行動もただ一つ――正面から謝罪するという他この上ない。

 

「い、良いよ気にしてないからさ。粗末というか、むしろご立派だったというか……うー、私の方が恥ずかしくなってきた……」

 

 弁慶は季節のせいだけではない熱さを感じる顔を手で扇いだ。

 

「それにほら、私も見せたことあるし。これでイーブン的な?」

 

「いやいやいや、アレはイーブンどころか見てしまった自分に非が大きい。たとえイーブンとしても……役得が過ぎる……」

 

「へぇ――」

 

 大人びている弁慶だが、今回ばかりは歳相応に羞恥を感じていた。しかし、水明の今まで見たことない様子に冷静さが戻ってくる。

 悪戯心と、もう一つの感情を胸に口を開く。

 

「まだ覚えてるの?」

 

 水明にとって、これほど答えにくい質問は無い。しかし、適当にはぐらかすには今回の罪悪感もあって彼には出来なかった。

 

「忘れられるわけないのは事実だ」

 

「昨日の花火と比べて?」

 

「……き、昨日の花火だ」

 

 ふふん、と鼻を鳴らしながら水明に一歩近づく。私服に包まれた豊満なそれが、着痩せしているのか硬い胸板に当たる。

 

「弁慶……っ」

 

「いつもは鉄面皮っぽくて何考えてるか分かりにくいんだけど、やっぱ華の男子高校生なんだね」

 

 さらに弁慶は腕を伸ばし、男の体を抱きしめる。二人の身長差は十センチといったところ、波打った髪が水明の鼻先を擽った。長髪な分手入れは欠かしていないが、極めて特別なシャンプーなどは使っていない。それでも、獣欲を覚ますには十分な香りが鼻腔を突く。

 

「水明も」

 

 首元で囁かれ、同じように弁慶へ腕を回す。

 柔らかい肩甲骨は音に聞く怪力を出しているとは到底思えず、強く抱いてしまえば折れそうだ。すぐ下を向けば吸い込むような谷間があり、濡れたような瞳の弁慶と視線が交わる。

 

「――ん……」

 

 そして、唇を向けてくる。

 数瞬の葛藤――理性は弾けていない。

 しっかりと理性と話し合った結果、水明は結論を出す。いちいち言葉を並べる必要は無かった。

 

「ちゅ――……ぁ、水明」

 

「もう一度」

 

「うん」

 

 とあるアパートの一室。窓とカーテンが完全に閉じられ、夕立よりもうるさい蝉しぐれが蜜月の声を漏らさぬよう覆っていた。

 

 

 

 

 

三、

 

 

 

 

 

 九鬼財閥――。

 世界三大財閥の筆頭。軍需物資を遡れば大体は九鬼に辿り着くと言われるほど巨大な権威を持つ財閥だ。その繋がりは政治家はもちろん、国家にすら意見を通せるほどの力を持ち、日本が川神鉄心、百代を除いて注目される大きな的であることは間違いないだろう。

 当主はの名前は九鬼帝。

 子供時代は不良と呼ばれるほどのアウトローであり、有力財閥に過ぎなかった九鬼財閥の次期当主として周囲の人間は悲観していたが、徐々に頭角を現し始め現在の九鬼を作り出した風雲児でもあった。彼の志は至ってシンプルで『やりたいようにやって、周りも楽しければそれで良い』という子供のようなものだ。それ故に、マープルが帝に内密で進めていた武士道プランが露見しても「面白いから良い」という一言で許し、謀反とも捉えられるそんなマープルをプランの主導者に改めて任命する大器を持っていた。しかし、組織としての処断は必要あると正妻、局が進言したため若手育成プログラムの発動を早めて従者部隊の上位序列が一部を除き一新されたのであった。

 

「それではあずみ。報告しなさい」

 

「はい――」

 

 だからこそ、あずみがクラウディオやマープル、海外に出向しているゾズマ・ベルフェゴールを差し置いて序列一位にいる理由だった。

 

「源義経、武蔵坊弁慶、那須与一、葉桜清楚の四名が本格的に川神に来てから約四か月が経ちましたが、今のところ問題無し。入学当初は川神学園を含め、周囲の施設も浮足立っていましたが現在は鎮まった様子。四名とも一般生徒と同じように受け入れられています」

 

「相変わらずおかしなところだねぇ川神は……英雄のクローンなんてものがいたら否が応でも半年は騒ぎ続けると思ったのに」

 

「この街には武神もいますからね。英雄様がおられることも一因でしょうが」

 

「変質者の類はどうなったんだい? 一時期義経たちの周りをうろついた人間がいると報告に上がっていたが」

 

「そちらはシェイラ・コロンボ、桐山鯉の二人で対応しております。今まで捕まえた数は八名。うち六人は一般人で警察に引き渡しましたが、残り二人は裏に怪しい関係が出てきたため洗っています」

 

「あまりやり過ぎないように注意しろ。日本の警察も馬鹿ではない。九鬼に疑いの目が向けば、敵対勢力がここぞとばかりに湧いてくる」

 

「それはもちろん。ですが、両名とも不法滞在の外国人だったので問題ないかと」

 

「ならかまわん。徹底的に背後関係を調べろ」

 

「御意」

 

「清楚はどうしてる? 自分の正体について調べたりしてるのかい?」

 

「義経たちが表に出てからは少し気になっていたようですが、今は落ち着いている模様です」

 

「そうかい……義経たちもまだまだ未熟だが一番不安定なのは清楚だ。今目覚めても問題ないが、長く見るともう少し先の方が良い。露骨に正体から遠ざけるようなことはしないでいいが、従者部隊には緊張感を持って見張れと伝えておくれ」

 

「了解しました」

 

 序列的に見ればヒュームを除くトップはあずみだが、実質的指導者たちは未だマープルたち海千山千の猛者たちであった。

 

「義経たちはどうだい? 最近、仲の良い男がいると聞いたよ」

 

「李、ステイシー。報告しろ」

 

 あずみと入れ替わるように出てきたのは義経たちの護衛を兼ねている李とステイシーだ。ただ、こういう場面で報告するのは基本的に李の仕事だった。

 

「名前を山紫水明。義経たちと同じ二年Sクラス所属です。出身は岩手県西磐井平泉町」

 

「――ほぅ。そりゃとんだ偶然だねぇ。藤原秀衡の子孫か何かかい?」

 

「いえ。調べたところ、特にそんなことは。豪族の末裔といった情報も出てきませんでした。代々農家を営んでおり、第二次世界大戦の折に生家とその周辺を除く土地の田畑を手放したようです」

 

「家族関係は? しっかり洗ったんだろうね?」

 

「去年一月に祖父が没したのを最後に親類縁者は皆無。両親は山紫水明が生まれて二か月後の大震災で亡くなっています。祖父に育てられ、川神学園へは当時の担当教師に教えられて入学したようです」

 

「ふん、そうかい。そやつの部屋で何をしてるのかは大体分かっているんだろう?」

 

「基本的には勉強会を始め、世間話をしているようです。休日は弁慶が端末を持って映画鑑賞をしていることもありますが、それ以外は特に」

 

「本人の性格は?」

 

「学園生から集めた情報も含め――至って普通。川神百代やその仲間たち、同クラスの不死川、井上、葵、猟犬マルギッテ・エーベルバッハなどと比べてそこまで目立つような人間ではありません。年齢にしては落ち着きを見せすぎているところもありますが、それは出生から来るものでしょう」

 

「マープル。義経たちが愛おしいのは認めますが、あまり人間関係に口出すものではありませんよ」

 

「あたしゃ別にそこまで口に出す気はないよ。四人がどう生きようが、世界に対する影響はそれなりにあると思っているからね。だが、成人もしてない子供たちが変な人間と付き合っていると分かれば口出すのが親の役目さね」

 

「素直に心配と言えば良いものを。その性格は昔から変わらないものですね」

 

「何か言ったかい? クラウディオ」

 

「いえ。何も」

 

 その後も会議は粛々と続き、武士道プランによる影響などが報告された。九鬼の、マープルの思惑通り若者に対する影響はしっかりと数字に出ており、川神学園であった中間試験で普段より高い平均点が出されるなど、今後の動きも随時まとめるように指示された。

 会議はそのまま終わり、あずみたちも通常業務に戻ろうとしたがヒュームが待ったをかけた。

 

「あずみ、李、ステイシー。お前たち三人は残れ。話がある」

 

 呼ばれた三人以外が会議室から退出したのをヒュームが確認すると、用件を話し始める。

 

「最近中国できな臭い動きがある。義経たちクローン技術に関することだ。九鬼の中国支部に確認したところ、暗殺が企てられた可能性がある」

 

「――っ」

 

 あずみたちの中でひと際反応したのは李だった。彼女は元々、帝の暗殺を依頼され、それを実行したときにクラウディオに諭されて従者部隊に入った経緯を持つ。

 

「よって、帝様はこれを機に本格的に中国へ参入することを決められた。その動きに俺とクラウディオも付いて行くことになる。どういうことかわかるな?」

 

「……当分、私たちが日本で起こることの判断を下さなければならない」

 

「そうだ。本格的にお前たちの動きが重要になってくる」

 

「マープルはどうするんですか?」

 

「マープルは中国に行くことはないが、代わりにアフリカに赴くことになる。入れ替わりにゾズマと序列十一位のドミンゲスがこちらに来る。お前も曲がりなりにも序列一位、上手く使え」

 

 序列四位のゾズマとドミンゲスは現在アフリカの開発に力を入れている従者部隊だ。ゾズマはヒュームと同じ戦闘特化している部分もあるがその他の能力値も高く、三十代と若くしてマープルたちに認められている。ドミンゲスは平均的な従者の能力はあるが、その本領は戦闘において発揮される。

 どちらにしろ、あずみはヒュームやマープルと同じくらい癖のある人間を従えなければならなかった。

 

「李、お前は過去の経験を加味して義経たちの護衛統括を任せる。今後はプロの犯行を考えて行動しろ」

 

「わかりました」

 

「ステイシー。お前には何かあったときのため九鬼家本部迎撃部隊の指揮権を預けることになる。戦場帰りの経験を生かせ」

 

「ファック……面倒くせぇ役になっちまったぜ」

 

「あずみ。お前は総合統括だ。何かあればすべてお前の責任になると思え。もし――」

 

「わかってる。任されたからには最善以上の結果を残す」

 

「いや、お前はわかっていないだろう。狙われているのは義経たちだけではない。海外にいる揚羽様はともかく、英雄様や紋白様も常に隙を見られている。現に先日、爆破事件があっただろう? 義経たちの出現からクローン技術を狙われたと思われたが、兵器関連の施設に不正アクセスが確認された。

 紋白様にはゾズマを付けるが、全体を通して脇を緩めることなく今までの状態を継続しろ。俺たちが帰ってきたときにもし九鬼家に傷一つあれば――」

 

 濃厚な威圧がヒュームから滲み出し、あずみたちの額に冷や汗が流れる。

 

「――首が飛ぶだけでは済まないと思え」

 

 しかしそれも一瞬で、一呼吸で霧散した。

 

「俺から話すということはマープルもクラウディオも認めているということ。そして、九鬼家もだ。期待を裏切るな。まだまだ赤子だが、赤子なりに出来る事をしろ」

 

 比較的自由に過ごしている義経達だが彼女たちを狙い、暗躍する者は多い。今までは鳴りを潜めていた闇の世界の者たちも川神に踏み入るのか――そのとき、一体どうなるのかは誰も知らない。

 

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