黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19) 作:神の筍
直江大和は次々と来る伝令に頭を悩ましていた。
彼の誤算は二つ、
一つ、一年生と二年生との戦力差を正しく把握していなかったこと。
幼少の頃から武士娘に囲まれていた大和は、自身に武の才が無いことを知り、また武を志すことはなかった。しかし彼は彼なりに風間ファミリー(周囲)と対等でいるべく知力による力添えをするべく努力した。ゆえに彼は風間ファミリーの''軍師''という立場に位置し、正しくファミリーの面々に助言した。
川神学園に入学以降、彼はさらにできることを増やそうと今度は''人脈''というものに目を付けた。ファミリー、ファミリーの知り合い、クラス、学年、他学年、バイト先の上司等、彼の人脈形成は多方面に繰り出した。
それが、仇となった。
彼は自身の足で、目で確認することを辞め仲が良い後輩、一年生を知っている友人からの情報で戦力差を確認したのだ。
二つ、大和の先入観に百代級はあり得ないことであり、二年生の戦力であれば余力を残し勝てると甘えたこと。
助っ人にさらに壁越えを出せば今の状況は変わっていたかもしれない。
やはりどこかで、慢心が出ていた。
源氏組という単体で超級の戦力。マルギッテ、クリスの指揮の才が抜きん出た前に立つ者とは違う力持つ者——環境が良すぎたのだ。最悪の状況を考えていなかった。それが、大和の誤算であった。
対し、''大将(仮)''の武蔵小杉が大和に勝っていたことは一つ。
勝負運である。
たまたま紋白に用事ができ自身が大将になった。
たまたま自分がかつて武蔵国を治めていた大名一族の末裔であった。
たまたま武蔵は普段からブルマ体操着を着用していた。
様々な要因が重なり、そしてどれもが欠けていれば今日という日は無かった。
ゆえに、大和は運が悪かった。
一、
『そこまでぃ!時刻は15時、模擬戦終了じゃっ!』
終わりを示す鉄心の声が川神山に響いた。
ヘリコプターに搭載されたスピーカーから聞こえた声は二年生の学生たちを一息させるのに十分だった。
「ありゃぁ、あらあら。もう時間ですかい。少し時間をかけ過ぎましたね……」
二刀を持った男子学生——武蔵が刀を持ちながら器用に頭を掻いた。汗一つ掻いていない額は直前まで戦っていたと思えず、やはりほんのり動いたからか身体に熱が篭っている。一息吐くと、刀を回し左腰に下げた鞘へと納刀した。
「やれやれ。お疲れ様でしたぁ。大将は討ち取れませんでしたが二年に比べて拙い一年で引き分け(・)じゃあこれで十分でしょう」
小さくを手を振って武蔵は背中を翻した。
手を振った先にいたのはあずみ率いる本陣守衛精鋭部隊と、本来主力を迎え打つはずであったFクラスとSクラスの中堅部隊だ。
「……武蔵さんに何か言われるかもしれませんが、適当にごまかしますかぁ」
先頭に立ち構えていた翔一が思わず尻餅をついた。それに倣い隣のガクトも近くの岩にもたれかかった。
「おいおい、あんなのいるなんて聞いてねえぞ」
「まったくだ。俺の筋肉が通用しなかった」
「井上準、お主は知っておったのかあいつのことを。冬馬君からなにも聞いておらんのか?」
「いや、聞いてない。知ってたら直江も通じてみんなに知らされてるはずだ」
その姿はかまいたち(・)にあったように切り傷が目立っていた。不死川の桃色着物はふともものあたりが大きく切れており、井上の制服も受け止めようとしたのか腕の部分に肌色が目立つ。
「はぁ〜、とりあえず終わったかぁ」
大の字で寝転んだ翔一の声が妙に澄んでいた。
二、
「ちょっと武蔵!あなたなら勝てたんじゃないのっ」
「いやぁ小杉さん。あの方々はみなお強いですからねえ。なかなか上手くいかないもんですよ」
「でもでも、最後のほうは殆ど壊滅だったじゃない!」
「やははは。なにごとも上手くいかないものですぁ。僕が源義経先輩らを下してから向こうはすぐに守りの陣形に変わりましたからね。優秀な軍師がいるようです。すぐに僕らの主力を抑え、有利な地形へと逃げ込みました。さすがに僕も矢が降ってくる滝を登るのは難しいですからね」
「んー、んー!」
「そんなに不満げな顔をしても意味はないでしょう。終わったことは仕方ない、次からは九鬼紋白が大将になるんでしょう?武蔵さんも前に立つことになりましょう」
「うっ……ま、まあ任せなさい。代々武蔵家は強者を従え諸国を治めてきた。将となっても私はプレミアムに勝利を収めるわ!」
「やはは。今回は無理だったようですがねぇ」
「うっさいわね!ばか!」
「おー、怖い怖い」
模擬戦を終えたあと、一度学園に戻り怪我の様子、出欠を取ったあと帰宅することになった。やっかみごとや目立つことが嫌いな武蔵は早々と気を絶ち校門を抜けた。少し歩き、多摩大橋付近で小杉と合流すると金柳街の適当な店で打ち上げをすることにしたのだ。
「というか。あなた黛さんから聞いてたけど本当に強かったのね」
「ありゃ、信じてなかったんですかい?」
「当たり前よ。剣聖の娘の黛さんならもちろんでいざ知らず。あなたはあの宮本武蔵と同名といえ、前の大会にすら出てなかったじゃない」
前の大会——若獅子タッグマッチトーナメントのことだろう。ベスト8位以内には源義経や武蔵坊弁慶、天下五弓に名を連ねる椎名京やそれに匹敵する那須与一。覇王に旭将軍もいたのだ。その力を目にした小杉が、いくら帯刀許可を持っているといえ二年生に敵うとは思わなかった。
「めんどくさかったからですねぇ。あんまり若獅子とか興味ないもんで無駄に注目されるのも嫌です。あ、もちろん準優勝の世界旅行とかは気になったんですがね」
「意味がわからないわ。プレミアムな力を持っていればプレミアムに誇示すべきものなのに。変なの」
訝しむような顔で小杉は軽薄そうな笑みを浮かべる武蔵を見ていた。
やがて店員が来て、葛餅パフェを二つ置くとスプーンを手にとった。
「……んむ。でも、これであなたも目立つわね」
「やっぱりそうですよねぇ。嫌ですねぇ」
「あむ……とくに、源氏組を下したんだもの。武神や最上先輩葉桜先輩。それに、九鬼にも目をつけられるわね」
「九鬼に、ですかい?」
「ええ。川神の地にいる実力者はどこかに属すべく、人材を登用してくれるとありがたいと差遣があったわ」
「なるほど。……じゃあ、僕は大丈夫じゃなさそうですねぇ」
「そ。気をつけなさい」
「ま、そのときは小杉さんに属してることにしますかぁ」
「え、ええ!ほんと、それっ?」
「婿養子にとってくれるんじゃないんですかい?」
「うぇっ、う、うわ、うっ、ごほっごほっ……食べてる最中に意味不明なこと言うんじゃないわよ!バカ!」
「やははは、ウブな人だ」
第二巻『官能小説』
翌日、学園は騒めいていた。
話題は昨日の''一年生対二年生の模擬戦''。敷いては、単独で壊滅まで追い込んだ男子学生——宮本武蔵についてだ。
大和は昨日の夜にすぐに一年生の知り合いに電話をかけて武蔵について聞いた。帯刀許可という目立つ人物に関わらず何故言わなかったのかと遠回りに聞くと忘れていた(・)という答えが返って来た。刀を持っているだけでインパクトは強いが、ファントム・サンこと最上旭の件もある。百代曰く、気を絶つのが上手ければ印象すらも薄め、視界にいるが見えなくなると。厳密に言えば気配を絶ち、他の景色に目線を移す技術だが要するそういうことだ。
そして、その話題の人である武蔵はいつものように裏庭で本を読んでいた。現在は昼休み。普段なら弁当を広げているが小杉に聞いた通りなにかあるかもしれないため、逃げるようにここへ来たのだ。
「……」
背表紙には''ブルマ調教宣戦〜プレミアムなお嬢様彼女がオレをご主人様と呼ぶまで〜''と書かれている。
ページを捲るとどぎつい挿絵に目が奪われる。何一つ表情を変えず艶文を読んでいると花の香りと違う匂いに瞼を少し動かした。
「——ここにいたか」
虫一つ脅かさぬような静けさで降り立ったのは獅子を彷彿とさせる偉丈夫——ヒューム・ヘルシング。九鬼財閥従者部隊永久欠番、世界最強である。
「なにかようですかい」
武蔵は視線を文に向けたまま声をかける。
「貴様のことは調べた。
——剣豪、二元一流の開祖宮本武蔵。その本流たる血筋を継ぐ、22代目当主。宮本家では事実上、3代目の武蔵(・)として据えられた200年振りの鬼才。いや、その剣才から周囲の人間は麒麟(・)と呼んだ」
「ずいぶんと丁寧なようで」
「当たり前だろう。貴様のことは知っていたが、よもやその武蔵とは考えていなかった。日本人も偉人から名を取ると聞いたが、貴様もその類とな」
「その類と思ってくださってかまいませんよ」
「黙れ。貴様ほどの剣術家、学園に所属しているといえ放置できるか」
「では、どうしろと」
武蔵はもう一度ページを捲る。
「九鬼に来い」
「……」
「貴様のその才も、剣も。正しく世に伝え、継がれるだろう。九鬼でその刀を振るえ」
「……はぁ。それはできませんよ。僕ぁすでに小杉さんの家に腰を据えてますからねぇ。将来は武蔵家に籍を置くと決めてるんですぁ」
「武蔵……紋様と同じ、ああ。あの娘か」
「ええ。最近はえらく腰巾着みたいになってしまった小杉さんです。あれでも四月はカリスマがあったのに今では……」
「ふん。それも九鬼の威、ゆえに。俺が籍を置くほどの組織だぞ、末娘であろうとそれが当たり前だ」
「ええ、たしかにすごそうだ。久しぶりですよ、僕が切れなさそう(・)なお人を見るのは」
「——やるか」
「いえ、辞めておきましょう。あなたとやれば、この辺りすべてを切ってしまう。校舎を切ってしまえば僕みたいな輩は賠償すら痛手ですからねぇ」
「正しい判断だ。ここで抜けば俺はお前を危険分子として処断するつもりだったからな。その賢明さ、忘れるな」
瞬きの速さでヒュームは消えると再び静けさが戻った。
「なにしにきたんでしょう」と呟くと枝から鳥が飛んできて腹の上に着地した。小さな嘴で制服を啄ばんでいるようで少し擽ったい。
「やけに客人が多いことで……」
少し崩した体勢を戻そうと、枕にしていた腕を組み替えると咄嗟に首を曲げ頭をずらした。
飛んでくる破片が目に入らないようにしているとどこかで聞いたような声が耳に入った。
「主人(あるじ)ぃ、見つけたよ」
「べ、弁慶っ!?いきなり錫杖を投げるなんて失礼だし危ないだろう!なにをしてるんだ!——大丈夫か、宮本くん!」
「その一年なら大丈夫に決まってるでしょ。それより乙女の柔肌に痣を残したのはギルティ」
無惨にも貫かれたのは武蔵の顔——ではなく読んでいた官能小説。見事表紙のヒロインは頭から貫かれ悲惨のことになっている。自分の回避は考えていたが、小説のことを考えていなかったと後悔した武蔵は30kgにもなる折れず曲がらずの金剛錫杖を抜き、義経の隣に「不満です」と言わんばかりに立つ弁慶に手渡した。
「あなたたちもご用ですか」
「あっ、そうなんだ——というか、その。大丈夫、か?」
「ええ、気にしないでください 。本は逝きましたが僕ぁ無事なんで。ただ穴空いたベンチは僕じゃなくてそっちらの負担でお願いしますぁ」
「もちろんだ、!……弁慶、当分の間川神水は禁止。学園とマープルに説明して、その分のお金に充てるからな」
「い(え)ッ……くそぅ、勢いで行動しなきゃよかった……ごめん」
「源義経先輩はこっちを頼みましたよ。まったく同じ本を用意してください、良いですね?」
「わかった、主人としてその務めは果たそう。義経に任せてくれ!」
穴が空き表紙から判断できない官能小説を渡された義経はやる気満ち溢れる顔で胸に抱いている。これが官能小説で、義経がまだ用意できない類のものだと知ればどうするだろうか。罪悪感からバレないように書店に行って探すか、それとも年齢の都合により顔見知りの従者に頼むかのどちらかであろう。ネットで注文する選択など、マシンに弱い義経にはない。
と、ナチュラルセクシャルハラスメントをおこなった後武蔵は改めて二人と見合った。
「昨日はどうも」
「うん。まさか義経は、宮本くんみたいな強い人が紛れているとは思わなかった!」
「戦われるみなさんそんな顔をしてましたからからねぇ」
「葵くんや直江くん。義経たちを欺いた隠形、見事だと思う」
「ありがとうございます」
「その……黛さんからは''宮本武蔵''当人であると似た旨を聞いたのだが、聞いても大丈夫だろうか」
「かまいませんよ、お話しましょう」
武蔵は自身の強さに誇りを持っていない。誇りどころか固執つらしていない。宮本家という格式高い一族に生まれながら華族感を出すこともない。幼少の頃、剣を握らされたことにより始まった俯瞰的に眺めるだけの人生。彼を知る人は退屈そうだと呟くが、彼は彼なりにこの人生を楽しんでいる。
剣を置けば戻る人生は、今よりつまらないとし剣を執る。
武蔵は自身の家について、自身が何者でどんな性格をしているか。ついでにスリーサイズも教えていた。特に破天荒な人柄でもないので五分ほどで終わった。
「でも、戦わなければ腕が鈍ると考えないか?」
「鈍る腕ならば腐らせて落とした方がましでしょう。何もやず五年先、肉体に練りこんだ素振りは五年前と同じようにできるものですぁ。聞きましたが、武神もここ最近は真剣に戦ってなかったと」
「ああ。川神先輩は若獅子タッグマッチトーナメントのときが、義経の見た一番強い姿だった」
「あの源義経に説くのは烏滸がましいですが、剣など上から下に振り下ろせば終わるもの。それができれば終わりです」
右腕を手刀にし、正面に立つ義経の正中線をなぞるように振り下ろす。
「やることは、全部同じですからねぇ」
「……すごい、聞いたか弁慶」
「そのプロフェッショナルさは義経には無い」
感銘を受けたと言わんばかりに義経は目を輝かせた。
抱いた小説を脇に挟んだ義経は武蔵の手を取ってぶんぶんと握手した。
「義経たちはまた君に決闘を挑む」
「えっ、まじで」
「実は義経たちは九鬼から''決戦奥義''の使用を制限されているんだ。むろん、それがあるから負けただなんてことは言わないし思わない。でも、どうか義経たちが真に全力で戦えるときはもう一度君に挑みたい(・)」
「…………やははは。ええ、そのときはどうぞ挑まれましょう。僕ぁ鳴らされた鍔は鳴らし返す性質(たち)です。英雄——源義経の本気、楽しみにしています」
「義経もさらに強くなる。そのときに、また」
そう言うと義経は来た道を戻って行った。
弁慶も行くのかと見ていると小走りで寄ってきて肩に手を置き「首を二回殴られた痛みは忘れない」と残し去った。
制服から携帯を取り出すと時刻は昼休みが終わるまだ20分もある。興奮冷めあらぬ現状、教室に戻るのは得策とは言えない。武蔵は義経が持って行ったのとは違う官能小説''恥辱のブルマJK〜プレミアムな品格が雌豚に堕ちるまで〜''を取り出すと再び寝転がって読み始めた。