黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19) 作:神の筍
——空を道とし、道を空と見る
第四巻『二天一流』
物心付いたときから太刀(たち)を振ってきたが、視界はその頃から色褪せたような気がする。
開祖宮本武蔵の生まれ変わりなんて言われようと、現代と昔は違うのだ。人を斬り、銭が稼げるならば人を斬ろう。だがしかし、今は人を斬れば罪に問われ囚われる。こんな力を持っていても、普通に生きて行く分には要らないものなのだ。
それでも僕は度々鍔を合わせることがあった。斬って斬って六十余度。すべてを一刀ままに斬り捨てて、僕ぁは空(から)っぽの道を歩いていた。
「——まぁ、何だかんだ助かってるんですぁ」
服装はいつもの白い学園制服。
「さて、行きましょうかね」
一歩踏み出す——簪の鈴が''凛''と鳴った。
道は気楽。勝とうが負けようが、また明日が来る。
あぁ、ブルマだけは色濃く見えるんですぁね。
一、
「遅れました。申し訳ありません」
「構わん! 定刻通り、むしろマスタークラスの武人にはマイペース、自身のリズムを保って欲しい! 遅れても文句はないわ!」
「やははっ、お優しい人だ」
既に到着していた黛は本陣から少し外れた森に寄った場所で心を落ち着かせている。人に向けられていないにも関わらず、正眼の構えは近寄っただけで切られてしまうと錯覚を覚えるほどだ。同じくマスタークラスの項羽を相手にする武松も林冲と軽い組手を通して炎の出力調整を行なっている。
「武蔵、あなたは何かしなくて良いの?」
「特にルーティンみたいのは大丈夫でさぁ。強いて言うなら小杉さんのブルマを拝むだけで……眼福眼福」
「何馬鹿なことしてるのよっ!」
「ほぅ、武蔵はブルマが好きなのか。我も着てみるべきか……」
「いやいやいや紋様! こんな変態のことを考えてブルマを着なくても!」
およそこれから決戦に向かうとは思えぬ空気に、武蔵はカラカラと笑った。
武蔵が対峙するのは果し状を渡した旭将軍こと——最上旭。その名は今学期初めより広まり、自身が義経と同じ源義仲のクローンであることを明かした。夏休みに開催された若獅子タッグマッチトーナメント前の義経とのメディア公開一騎討ちでは剣術において義経に勝ると評価された。
次に、現在において世界で一番有名と言っても良い武神——川神百代。彼女は日本だけに留まらず、世界中から注目されている武人であり、今や流れ星が起きると『あれは武神の攻撃か?』と揶揄されるほどである。
「フハハッ! 冗談よ、我はムサコッスの臣下を取るつもりはない故に、な!」
「そそそそういうわけじゃなくてですねぇ!?」
「大将たる我が言えることはただ一言よ! ——皆の者、我の前に集まれ!」
その一言で周囲にいた学生が離れていた学生にも声をかけ、すぐに百人弱の一年生が集う。紋白は小杉の用意した御輿に乗って彼ら彼女らを見下ろすと激励を発する。
「今より我らが挑むのはその武において神の名を冠する川神百代! そして、武神を降した西の飛燕、松永燕! 古の武人にして現代に蘇った覇王、項羽こと葉桜清楚! さらにはこの国日本において陽光の呼び名を持った旭将軍こと源義仲、最上旭よ!」
誰もが古今東西、武力で名を轟かせる最強の存在。一人いれば戦況を動かす者たちが一堂に集う、それこそが川神学園の三年なのだ。高らかに並べる紋白に、多くの一年は不安そうな表情を浮かべた。
「勝てるか不安だろう——否、絶望すら覚えていよう! しかし、その感情は忘れよ! 過去にいただろうか!? 武神、覇王、それらに並び立つ武人に挑んだ馬鹿者共は!」
ただの力技ではなく、人を魅せるカリスマ性とでも言うのだろう。人を自然と付き従わせる威光こそが、九鬼に生まれた末娘——紋白の力。
「我も馬鹿だ! 何故ならお前たちと同じ方向を向いているのだから!
今一度、お前たちに——勇気を問おう!
武神に拳を向ける勇気はあるか!
覇王に刃を向ける勇気はあるか!
飛燕に知恵を比ぶる勇気はあるか!
旭将軍に声を挙げる勇気はあるか!
——我はある!
ある者は我に続け! 無い者も我に続け!
我らこそ不滅の軍勢、最強に挑む馬鹿者共よ!
声を上げよッ! 我らは負けん!!!」
『———ォォォォォオオオオオッ!!!!!』
「中々、威勢を盛り立てる演説をするお方だ……そうやって勇気を問われれば、僕ぁもテンションが上がってしまいますねぇ」
そう言いながら、パシャリパシャリと武蔵は小杉のブルマ姿を写真に収めた。
「ちょっと! 何してるのよ!」
「いやはや、プレミアムな小杉さんを収めておこうかと」
「ぷ、プレミアムなら仕方ないわね……」
照れながらもさり気なくポーズを取るその向こう、同じく紋白の言葉を聞いていた武松もまた熱くなった闘志を拳に秘める。
「調子は万全。これならば、あの覇王と対峙しても不甲斐ない戦いはしないだろう。ありがとう、豹子頭」
「本陣は私が守る。お前は存分に戦って来い」
「分かった」
黛もまた普段の人を伺うような形は潜め、一武人としての誇りを胸にこれから戦う松永のことを考えていた。
「前回の戦い。私は義経さんと与一さんに負けてしまいました。あれは私が勝負に逸ってしまった結果……今回は梁山泊の皆さんもいます。時間いっぱい使って勝負に挑みますよ、松風」
『よっしゃー! その意気だぜまゆっち! ふれー! ふれー! まーゆっち!』
各自の戦いに赴く者たちの真剣(まじ)な様子を見て、紋白は深く頷いた。
「本来ならば策を弄して迎え撃ちたいところではあるが、相手が相手。武神たちは正面から打ち破る他ないだろう。だが、大将を討つのは別だ」
「まぁ、そこはぬるっと任せてよ。そういう裏から行くのは私が一番得意だからさ」
三年の大将は三年Sクラスの委員長だ。さすがに百代たちを大将にするのは制限されており、選ばれた女子学生は特別武術に秀でているわけではない。
「頼りにしているぞ、楊志」
開戦まで残り三十分もなかった。紋白が敢えてこの直前のタイミングで激励したのは間違いなく短期決戦になることを見越してのことだ。マスタークラスの数は守りの要所たる林冲を含めて拮抗していると言える。しかし、一年側は全員が技巧派、百代や項羽のように気量に任せた大規模な技を出せるわけではない。故に、百代か項羽のどちらかが本格的に進軍し始めた時点で簡単に勝敗は決すると言っても良い。
「とは言え、川神百代と項羽は過度に自然を傷付ける技は禁じられている。それでもビームや他のとんでも技が飛んで来れば我とて避けられないからな。
やはり要石は宮本武蔵か」
紋白は静かに呟いた。
二、
午前十時——開戦の狼煙と体育教師兼川神院師範代のルーによって法螺貝が吹かれた。
「——出陣せよ! そして宮本武蔵、黛由紀江、武松よ! 我に首級を掲げてみせよ!」
その声を背に三人は戦場の中心に向かって走り始めた。それぞれが既に気の感知によって相手を見定めており、特に武松は項羽に向かって挑発するように気を向けている。
すぐに前回、武蔵が義経たちを降した河原に来ると丁度三年の主力たる百代、項羽、燕、旭が現れた。
「お前が宮本武蔵か。話も義経ちゃんたちを倒した動画見たぞ」
「やはは。面と向かい合うのは初めてですぁね、武神先輩。今日、あなたを斬る予定なのでよろしくお願いしますぁ」
「あら、私との果し合いはどうなるの? その前に百代を挑発するなんて目移りの多い男の子なのかしら?」
「心配無用。あなたも斬って、武神も斬る。ただそれだけですので」
「濃い闘志をぶつけてくれるじゃないか。本当ならば私が先に戦いたいが、今回は旭ちゃんとの約束があるみたいだからな」
「残念ながら百代の出番はないわよ。この生意気な後輩は私が倒して調教する予定だから」
武蔵が百代にぶつけていた闘志を遮るように旭も闘志をぶつけ、両者の間の空間が歪んでいく。
「松永先輩、あなたの相手は私です」
「おや、向こうはやる気になってるみたいだけどそれに乗る私じゃないかもよ?」
「ならば、やる気にさせるだけです」
黛は鋭く、刺すような意を燕に向ける。見た目の柔和さに反して実践的な雰囲気に燕は少し面を食らい、先手を取った黛に押され竹藪方面へと二人で消えて行った。
「んはっ! オレもそこの男に興味があったんだが、その前に貴様が相手になりそうだな!」
「その身に宿る気は正しく本物。中国五千年の歴史に残る最強の一人。戦えて光栄だ」
「話には聞いているぞ。中国の霊峰奥地にて爪を研ぐ異能集団——梁山泊。オレも興味があったからな、前座には丁度良いわっ!」
湯水が溢れるように気の本流が起こると武松に奉天画戟を振り下ろし、それを迎え撃った武松と共に森の中へ消えていく。
この場に残ったのは三人。うち一人の武神は余ることになるが武蔵と旭の戦いを横で見ていくようだった。
緩やかな流れの川を挟み、彼我を測るのは剣士の二人。
「あなたのことはお父様を通じて調べさせてもらったわ、宮本君。宮本家に生まれた麒麟、ある意味私たちと同じ英雄」
「そう言われてるようですが、僕ぁあんま意識してないので。それこそ源義経さんや最上先輩の方が凄いですぁ」
「あら、これを聞いて私は昂ったわよ? ——現代において蘇った人工的だけど本物の英雄と、現代に生まれた技量において本物とされる天然の英雄。少し大袈裟かもしれないけど、刀を抜くには十分」
「やはは、本当に大袈裟だ」
同時、二人は腰に下げた刀を抜く。
一人は金打ちと呼ばれる自らの手に合うように、自らが打った二刀を。一人は長く、鋭く、ただ敵を倒すことに特化した微塵丸と呼ばれる英雄の武器を。
「始めましょう。あなたと私、どっちの剣が上か——」
そこまで口上を述べると、旭はすぐに腰を深く落とす。地面に跡が残るほどに脚を引き、銃口を合わせるが如く鋒を武蔵に向ける。
「————雲耀ッ!」
ただ鋭く、紫色の刃が武蔵に迫った。
三、
「いきなり雲落としを!?」
川神学園二年Sクラスの教室にて学年別川神大戦を観戦していた義経が声を上げた。
義経は今から約一ヶ月前、旭と戦い勝利している。故に、構えた時点で察することは出来たのだがいきなり繰り出すとは思っていなかったそれに驚きを持った。
「主、たぶんあれは伝承技の方じゃない。似てるけど、気の込め方が雲落としに比べれば簡略的になってる」
「義仲さんは新しい技を開発したのか……」
「雲落としほどの切れ味はないが、速さは一緒。連射されれば厄介この上ないな」
「凄い。義経の知らない所でまた彼女は強くなっている」
「みたいだね。あの速さの剣を後輩は一体どう捌くのか」
四、
術理は単純である。
最上旭の持つ伝承技・雲落とし。鋒から自身の気を伸ばし、ただ剣の長さを伸ばす技。その長さは名の通り雲を落とすほどであり、撃ち出す速さは銃弾に比肩する。雲耀は速さをそのままに、雲落としが名刀とすれば一般的な刀の切れ味を保持しながら突きの連射を可能にした技だ。
壁を越えていない武人からすれば殆どの気を、しかしマスタークラスからすれば行動の支障に全く問題のない量を用いて出された技は武蔵に当たり、
「——そんな鈍じゃ、僕のことを斬るなんて不可能ですぁ」
ただ正面。滝を割るように二股に分かれ、斬られていく。
「せっかく新しくお披露目したのにいきなり破られるなんて」
旭は真っ直ぐと飛んでくる斬撃を微塵丸本体で斬り返す。
「飛ぶ斬撃……やはり私と似たことをあなたも出来るのね」
「やはは、剣士の基本ですぁ。さて、次の小技は如何?」
「今のは見せたかったから出しただけ。元よりあなたとは——」
旭がその場で二、三度ほど跳ね、身を倒すと武蔵に一瞬で肉薄する。
「こっちで蹴りを付けるもの!」
鍔競り合った二人の刀が火花を散らす。額が付きそうなほど近くで睨み合い、武蔵が力のままに旭を押し込む。しかし、旭もそのままやられるわけではなく力を抜き、生まれた間隙でしゃがみ無防備となった武蔵の脚に下段蹴りを出す。
「……っ」
だが、すぐに捩じ込まれた短い刀身を見て自身の脚を弾くように戻す。
崩れた姿勢を見逃すことなく武蔵は上から右手に持った刀を振り下ろす。
「——重い」
受け止めようとした旭だったが、瞬時に受け流すことに切り替えて滑らすように武蔵の刀を地面に流し、距離を取るために後ろに下がった。
「逃がさないですぁ」
紐で繋がれたかのように武蔵は旭を追いかけ、さらに刀を振るっていく。
「倶利伽羅切り!」
「やはは、良い一撃ですぁ……!」
旭が必殺の一撃を出す時間で三度、既に武蔵は刀を振り終わっている。右肩、水月、腹、急所に切り傷が付けられた。
「やるわね!」
まるでいつでも決着を付けられると言わんばかりの攻撃箇所に旭の気が揺らめき、両手に持った太刀を横に大きく振るう。
「お言葉で」
合わせるように武蔵は長刀を下に滑り込ませて受け流す。突くように出した短刀は次の行動に移っていた旭の舞った黒髪に消え、腹部への衝撃とともに蹴り飛ばされたことを理解した。
「伝承技——」
本陣側の森に若干押されたことを理解した武蔵は、正面で雲耀と同じ構えをする旭に気付く。
先程と同じならば、切り捨てるのみ。
だが、今回の技は武人の勘とでも言うのか、油断すれば終わりだと如実に伝えてくるものであった。
三尺三寸(一〇〇センチ)に余分なく気を込め、繰り出されるのは旭が木曽にて習熟した技。義経と戦ったときには川神鉄心をして「星を斬る」と言われた必滅の一撃。
「————雲落としッッッ!」
それはただ鋭く、速く、長く、刀を昇華させただけの技。故に取れる対処は避けるか、受け止めるかだが名刀に匹敵、さらには旭の気が乗ったことにより生半可な刀では粉砕してしまうだろう。同じく名刀に類する刀を持つ武蔵だが、あの攻撃を捌くには技を出すしかないと判断した。
「五方の一」
長刀と短刀を上段構えにする。
(何か来る……あの日旭ちゃんの雲落としを見たときのような、とんでもない技だ)
武蔵と旭の戦いを見ていた百代は背筋に走る冷えた感触に武蔵を凝視する。
「っっっぁぁぁはああ!」
気迫と共に出された紫色の気刃が一秒以下の速さで襲いかかる。間違いなく義経戦より練度の上がった技はタイミングも距離も絶妙なもの。
「——鷹翼の太刀」
武蔵から放たれた技もまた術理は単純——飛ぶ斬撃。奇しくも旭の初撃、雲耀を落としたときと同じく飛ぶ斬撃で迎え撃つこととなった。
「なっ……!?」
星をも斬る一撃は武蔵から出された紅色の二筋によって斬り裂かれていく。それでもなお、雲落としに気を込め修復を繰り返すが斬撃は衰えることなく旭に迫り、戦いの終わりを告げようとする。
「集中してるとこ悪いですが、失礼しますぁね」
「……!」
いつの間にか横にいたのか、制服の首根っこを掴まれた旭は大きく宙に投げられる。唐突な出来事に雲落としは消え、それによって真っ直ぐと走って来る自身の斬撃を武蔵は斬り散らした。
「いやぁ、さすがにあれ受けられると斬れちゃうものでして。本格的に流しちゃうもの流しちゃうのは武人といえど、学生の行事範疇から逸れてしまいますから手を出させてもらいました」
「初めからそのつもりだったのね?」
「伝承技の凄さは僕ぁも理解してるので」
「そう……」
「まだやりますか? 見るにあと一つ、今の技に匹敵するものを持っているようですが」
「いえ、遠慮しておくわ。残した技は熏紫韋威胴丸を改良した義経の奥義用対奥義だもの。より純粋な剣術勝負になれば今は(・)勝ち目がない。
——降参よ」
「やはは。では僕の勝ちということで」
「今は(・)宮本君の勝ちよ」
「強情なお人だ。リベンジマッチくらいは受けるのでまた一手、よろしくお願いしますぁ」
「ええ。じゃ、私は素直に帰陣させてもらうわ」
おそらく五分にも満たぬ攻防。確かな実力者として認識していた旭を降した武蔵は一度だけ息を吐くと後方にて待機していた百代を見遣った。