黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19) 作:神の筍
一限目のHRが終わり、十分休みになるとFクラスの面々が教室に入って来た。初めは騒々しくなるマルギッテが扉の前で通せんぼしていたようだが、上司であるフランク中将の一人娘クリスティアーネ・フリードリヒが来ると通してしまったようだ。
「死にざまを知ったときから好きだった! 付き合ってくれ弁慶!」
と、制服の上から見ても屈強な肉体を持つ島津岳人が告白するも見事に玉砕した。
「いや、ごめん興味ない」
「ぐはっ……!」
風間ファミリー――それが、川神学園でも特に有名な生徒たちのグループだった。リーダーである風間翔一は葵と同じイケメン四天王に数えられており、度々授業を休んでは旅に洒落込んでいた。一年の黛由紀江以外が来てるのを見る限り、風間は今日もいないようだ。
「っく、ファミリーだと。ついに俺を狙う組織が動き出したか」
「――那須与一……お前、それ……っ」
「昔の大和を見てるみたいだね」
どうやら、与一と同じ症状を持っている生徒が他にもいたらしい。しかし、これの辛いところは患っているときに効くのではなく、完治したときに効くのだ。その後遺症は黒歴史と呼ばれ、特に学生時代はしばしば悪夢に苛まれることになる。寝る前に思い出しては胸を搔き毟りたくなるような感覚に陥るのだ。
「与一!」
「何のようだ?」
「好きな飲み物は――?」
「――ブラックコーヒーだ」
「好きな音楽のジャンルは――?」
「――洋楽……ロックバンドはよく聞いている」
「アメリカはどう思う――?」
「――汚い国だな。卑怯だ」
「うぐぅ……!」
と、まるで過去を移す鏡が現れたので大和は精神的ダメージを追った。
「人生は?」
「――死ぬまでの暇つぶし、だ」
「……」
「気が合うようだな。俺の名前は那須与一。組織に狙われているからあまり近付かない方が良い」
「……」
どうやら、ジャブを連打された見事ストレート、揺らいだときにフックを喰らってKOのようだ。
「凄いなぁ。初めての与一とあそこまで親しくなるとは……」
あれは親しくなっているわけではないんじゃないかと水明は思ったが、キビタキ事件――水明が勝手に呼んでいる――を思い出したスルーすることにした。
「義経。与一はいつからあんな感じなんだ?」
「たぶん、川神に来ることが決まってからだと思う。本格的にこっちに来るまえに義経たちは九鬼本社と往復してたんだ」
「島との往復か……一応東京に属してるんだよな? それでも大変そうだ」
「どうだろう。移動は全部ヘリコプターだったから」
水明はとんだ富豪さを垣間見せられることとなった。九鬼財閥だから当たり前なのだが、隣のクラスメイトがヘリ移動していると考えれば……いや、思えば義経の登場はヘリ降下だった。
「あのときは面倒だったねぇ」
どうやらいつの間にか弁慶が喧噪を避けるように義経の方に寄って来ていたようだ。机に凭れるような体勢で川神水を注いでいる。
「武蔵坊の川神水もこっちに来てから呑むようになったのか?」
「ん、商店街で運命的な出会いをした。あと弁慶で良いよ。主も許してるらしいし。それかベン・ケイもしくは弁慶ちゃん」
「わかった。ゲッターポセイドンと呼ばせてもらおう」
「二週も三週も回っちゃたよ」
通じる時点でもはや同類である。弁慶が知っていたのは島にある子供向けアニメがひと昔前のものが多かったからで、水明の方も似たような理由だ。
「川神水の売ってる商店街って金柳街の方なのか?」
「そうそう、裏通りのところ。まさか川神水専門店があるとは思わなかったよ」
「正面から入って二本目の道を左に曲がったところだろう? 自分もあそこはよく通るから知ってるよ」
「おお、まさか川神水愛飲者?」
「いや、自分の場合はそこの二軒隣りが下宿先なんだ。川神水はまだ……呑んだことないかな?」
「えー、そんな近くにあるのに勿体ないなぁ」
川神水の存在は当然知っていたが、呑もうとしたかと言えばそんなことはなかった。特殊な製法で作られたアルコールの入っていない“場で酔える水”が謳い文句の飲料水だが、水明は日本酒と同じような味を想像して手を出さなかったのだ。逆に水と同じ味で場で酔えるなどどんな成分が入っているのかと訝しんでしまうが、こうも堪能するように、美味しそうに吞まれると気になってしまうのは仕方ないだろう。
「帰りに買ってみるか……」
「こうして私は川神水愛飲者を増やしていくのであった」
「こら弁慶」
弁慶と義経がいたからか、風間ファミリー含む何人かが寄って来るのを感じたため水明は義経の机に寄せていた椅子を元の場所に戻す。人と話すのは嫌いではないが大勢すぎるのは苦手だった。そんな様子を見たのかさり気なく弁慶が羨ましそうに見つめてきたが頷いて誤魔化す。
「――英雄のクローンと聞いて私が登場ッ!」
しゅばっと効果音付きの速さで現れたのは――武神、川神百代だった。義経たちに負けない髪が靡き、腕を組んでいる。そんな彼女も風間ファミリーのメンバーで、ファミリーの武力平均を底上げしている最強に並べられる一人だ。真偽のほどは定かでないが、星を砕いたことがあるとかブラックホールでお手玉をしていたとか噂は多々……とはいえ、それが可能だろうとは思わせるほどに学園生徒は百代の強さを知っていた。
「一度、義経ちゃんたちのような過去の英雄と戦ってみたかったんだ。逆落としで有名な義経ちゃん、仁王立ちの弁慶、弓兵として名高い那須与一……最高じゃあないか!」
じんわりと闘気が百代から溢れ、辺りを重く包む。
『――っ!』
直接闘気を向けられた義経はいきなりのことであったがすぐに立ち上がって柄に手を翳し、顔を赤らめながら川神水を煽っていた弁慶は近くにいた水明へ杯を投げるように渡して錫杖を前に出す。先ほどまでにひるに笑っていた与一も直ぐに臨戦態勢を整えて弓は持ってないが義経の隣に立っている。
「くくくっ、一人でも十分楽しめる実力を感じたが、一番強いのは三人で戦うときか……!」
「ちょ、姉さん!」
「止めるな大和、私は今最高に滾っている!」
弟分の大和が口で言っても聞かないとなればあとは武力で止めるだけだが、その土俵に立てる人間はこの場で非常に限られる。トンファーを手にしてクリスの前に立つマルギッテを始め、楽しそうに眺めている英雄を守る忍足や、幾歩か足りないが葵を囲む井上や榊原も数秒の足止めくらしは出来る。
ものの見事に義経・弁慶・与一と百代の横にいる水明は弁慶から投げられた杯を盾のように構えている。絶対無理である。ちなみにその後この行動が見られて弁慶にチクチクと怒られるのは自明の理だ。
「――待たんか、百代」
百代と同じように一瞬で姿を現したのは学園長――川神鉄心だ。
川神流開祖。名を轟かせた大戦時では既に今のように髭を伸ばした姿であったと、歳はいくつなのかと尋ねたくなるが独特の雰囲気が安易に声を掛けることを阻む。しかし、半年も学園生をしていると見た目ほど堅くなく、学園を見回っては楽しそうに歓談する姿を見られるので好々爺と理解出来る。水明も裏庭の池へ気分転換に向かった際はルーや教師を交えて話したことがあった。生徒は水明一人だけだったが、そこは高齢化社会特有の田舎コミュニケーションで気にすることはなかった。
「お主と源義経らが戦うことは然るべきときが来るまで九鬼より禁止されておる。それはむろん、儂も同じ判断」
「なっ、どういうことだよジジイ!」
「フハハハハ! それはこの我から説明しよう、武神!」
「む、その九鬼特有の高笑いは九鬼英雄」
「英雄で良いわ……さて、どうして我ら九鬼が武神と義経たちが戦うことを禁じているのかというわけだが、残念ながら義経たちでも現状武神と戦っても勝てぬであろう」
明確に「勝てない」と言われた義経たちにその場にいた生徒たちの視線が向く。
「今のままだと、義経たちは川神先輩と戦っても不甲斐ない戦いをしてしまうと思う」
「うむ――しかし、それは今のままでは、ということ」
「つまり、そのうちもっと強くなるということか?」
「然り――! それは約束出来るだろう。やがて義経たちは世界を背負って立つ、真たる英雄に相応しい力を身に付ける! これはヒュームや武士道プランを主導しているマープルも同意見だ」
「……私は別に世界を背負う気はないんだけどね」
「フハハ! それくらいの実力を持つだろうということだ、弁慶よ!」
「今のままでも十分とかなんとか」
「ともかく。詳しくは我も言えぬが今のまま武神と戦ってプランに影響があれば九鬼も対応に追われる。武神以外であれば学園生問わず誰でも良いが、武神はダメ! ということだな」
「っちぇ、そんなこと聞かされてしまったらたしかに手を引くしかないなぁ……今でも楽しそうなのに、将来もっと強くなるなら尚のこと、な」
「聞き分けが良くて助かるぞ! その代わりというわけではないが、九鬼から武神に依頼がある」
「依頼?」
「ああ。これから義経たちに決闘を挑む者が各地から川神の地へやってくるだろう。九鬼も予想はしているが、最小を見積もっても全員と義経たちが戦えるわけがない。故に、武神には義経たちが戦う前にその者たちを見極めて欲しいのだ」
「へぇ、面白そうじゃないか。依頼ということはしっかり報酬は用意してくれるんだろうな?」
「当然。立ち合いは常に九鬼の従者が仕切ることになる。その日の最後が終わった時点で報酬を渡そう。詳細は後で煮詰めるとして、九鬼からの依頼になるので額は期待しおくが良い! フハハハハハ!」
「ジジイ、これは別にかまわないよな?」
「うむ。儂の方にも話は通っておる。ただし熱くならぬよう気を付けるようにの」
「分かってる。その依頼を聞こう。でもちゃんと義経ちゃんたちと戦う機会は作ってくれよな」
「約束しよう!」
「うんっ、義経も川神先輩とは戦ってみたいぞ!」
「可愛い後輩だな。うちのワン子と匹敵するんじゃないか?」
「おっと、うちのわんこを撫でるなら私の許可を貰ってからにしてもらおうか」
「ほほう、私は別に弁慶でも――」
その後、百代と弁慶が互いのサイズを競って男子生徒がへっぴり腰となった乳比べがあったりしたのだが、さすがに真正面でそんなもの見ては堪らないと水明は杯を顔の前に持っていき視界を隠していた。絡まれても面倒くさいと出来るだけ気配を薄くし、二限目のチャイムが近付いてくると教室の遠いFクラスから順番に戻っていった。
「さて、がっつり私の杯を盾にしていた水明さんや。何か申し開きはあるかね」
「いや、別に盾にしていたわけじゃなくてな……杯の裏印が有名な人だなぁと……」
「それ百均で買ったやつ」
「むむ、寺に寄付をしてほしいと――」
「杯で勧進帳は無理でしょ」
「弁慶もそこまでにしておくんだ。水明君は闘気を漏らす川神先輩の隣にいたんだから無理ないぞ」
「いや、どちらかという私と百代先輩が乳繰り合ってるときに微妙に見ていたむっつりな部分を追求しようかと――」
それはやめて欲しいとやんわりと断って水明は杯を弁慶に返した。さらっと通りがかりの川神水専門店に新しいランクの川神水が入荷されていたら教える約束をされ、史実や伝承の通り弁慶は頭が回るんだなと思った水明であった。