黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19) 作:神の筍
「やるな、宮本」
「剣士としての戦いならば、初めから分かっていた決着でしょう。自惚れではなく、僕ぁ相手が剣聖であろうと剣術で挑んでくるなら斬る自信がありますので」
剣士としての戦い——最上旭、いや、源義仲の戦いは本来武士としての在り方にある。武士とは剣士とは違い、地の利を生かし奇襲を是とし時に砂礫すら利用する。ただの一騎討ちならば汚いとすら罵る者が出てくる行動も武士にとっては常套手段であり、勝ちに貪欲であればあるほどその真価は発揮される。義仲と同じく義経もそれは同じで、実のところ義経が決闘を行ったときの決着率は蹴りによるものが殆どであったりする。現に、義仲も蹴りで義経に倒されているのだ。
「森に入(い)れば姿を隠し、竹藪に入(い)れば罠を編み、岸壁に入(い)れば岩を転がす。それこそが武士としての戦い方。今回は剣士としての戦い方に拘ってもらいましたから」
「『武士は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候』。そんな旭ちゃんの戦い方を封じたってわけだな」
「その通り。初めから僕ぁの役割はここでお二人を留めておくこと。勝ち方の分かる最上先輩ならともかく、次に控えたお方と対するにはそうしないといけませんからねぇ」
「そう言うところは燕と似ているな。むしろお前も旭ちゃんたちと同じ武士の戦い方なんじゃないか?」
「それはどうでしょう? 少なくとも、あなたとのお立ち合いは剣士同士ではない。もしやすると……そう言った面も見れるやも」
「くくっ、良いなっ。その純粋な殺気。項羽ちゃんやファントム・サンだった頃の旭ちゃんを思い出す!
——行くぞ!」
「いざ尋常に——」
「——勝負ッ!」
一、
「始まりおった」
「宮本武蔵と源義仲の一戦、極めてレベルの高い戦いでした」
「時間にしてそう多いものではなかったが、剣士として互いの技量が垣間見えた交差じゃった。負けてしもうた旭ちゃんも一段と強くなるじゃろう」
「学園で見ている義経も良い影響を受けているでしょうネ」
「うむ。切磋琢磨していって欲しいのう」
救護棟と運営陣の待機場所で中継映像を見ていた学園長こと鉄心と開戦の合図を出したルーは二人の戦いをそう評価した。
そして、次に見るは武蔵と百代の戦い。
「モモの連打も上手く捌いておる。旭ちゃんの雲落としを正面から叩き斬りおったときも思ったが、相当眼が良いの」
「ええ。以前、義仲と行動を共にしていた史文恭を思い出します」
——史文恭。
梁山泊と対を成す形で存在する中国の傭兵集団、曹一族の武術師範である。狼牙棒と言われる鉄棒を振るうマスタークラスの武人であり、義経と戦う前に旭の調整を行ったと言えばその実力が分かるだろう。研ぎ澄ました技はもちろんのこと、彼女の一番の武器は身に宿りし''眼''である。
「龍眼は圧倒的動体視力で後の先を取る眼じゃが、宮本は見て反応しとるようには思えんのう」
「未来視の類ですカ? あの異能は相当希少価値が高いと聞きましたが……」
「いや、そうではないじゃろう。モモの動きに対して宮本のあの返し、恐らく開眼しとるの」
「まさか五輪書にも記されたアレを?」
「ワシも見るのは初めてじゃがの——''観の目''を」
「正しく瞳を用いて相手を見ることを『見の目』。そして、心の内すら透過させてしまう『観の目』。二天一流だけではなく五輪書を読んだ幾千の武術家が体得しようと無念に終わったアレをあの歳で開眼していると?」
「もはや幻の技術。ワシも似たようなことは出来るがそれも結局は身体の動きから把握しとるに過ぎん。
剣豪、宮本武蔵の血筋に産まれた麒麟——話には聞いておったが、どうやら本物らしいのう」
ほっほっほ、と癖のある笑い声で鉄心は伸びた白髭を撫でる。
「とは言え最近のモモも著しく成長しておる。松永燕に負け、項羽という本気で戦っても勝敗の分からぬ武人が蘇り、さらには義仲というモモも見切れぬ技術を使う者たちが現れよった。精神面でも改善されたモモに、半年前までならいざ知らず、宮本武蔵といえどどう勝つか」
「総代は百代に軍配が上がると?」
「否。全く分からんのう。モモの拳が先か、武蔵の剣が先か……強き若者が増えて、ワシは嬉しいぞ。良きかな良きかな」
『切磋琢磨』『勇往邁進』——その二つを糧に川神学園を立ち上げた。既に前線は退き、教育者として後進を育てることにした鉄心は好々爺のように笑った。
二、
「川神流・無双正拳突き!」
「……っ」
地上二十メートル付近。宙にいた武蔵は芯の篭った正拳突きを受け止めようとしたが咄嗟の判断で上体を大きく逸らして躱す。
風圧で身体が煽られたのをそのまま、観の目で二の手を放つ気がない百代を背に抉られた地面を見た。
「とんでもない威力だ」
「いや、お前が言うなよ。地面の斬り傷は全部宮本じゃないか」
「やはは、紙に刀を振るえば斬れるのと一緒で——すぁ!」
「っく、相変わらずタイミングが合わないな。私の動きを全部見切られてるようだ」
「偶然かもしれやせんよ。試しに一歩、踏み出してご覧」
「お前じゃなきゃ、そうしたさ」
会話も束の間、着地した二人は莫大な気を纏った拳と鋭い剣を交わす。
常人ならば間違いなく斬れている刀を受け止められているのも気の回復力が遥かに高い百代だからこそであり、そして受け止められているが故に刃引きされていなかったらどうなっていたか分からないという疑念があった。
雑念を拭うように拳を握り、光り輝いたと思えば気弾を打ち出した。
「そらっ、そらっ、そらっ! 川神流・致死蛍!」
「グミ打ちは悪手。ドラゴソボールでもベヅータが痛い目を見てるでしょう!」
「はっ、あいにく私はベヅータ派じゃなく——」
百を超える気弾を避けるか斬り捨て、武蔵は拳を構えて飛んでくる百代に備える。
「禁じ手、川神流・富士砕き!」
「五方の一・鷹翼の太刀」
雲落としすら斬り裂いた武蔵の剣は今日一番に分厚く気が張られた百代の拳に阻まれている。しかし、武蔵の技は飛ぶ斬撃。即ち、本人が未だ動ける状態にある。
「斬り捨て御免!」
重なったのは刹那。気付けば武蔵は鷹の羽根のように二刀を伸ばし、残心を取っている。
十字に斬られた百代の腹は——傷が塞がっていた。
「瞬間回復! からの川神流・流砂流し!」
武蔵が振り返る間もなく、百代はすぐに地面に気を流す。川沿いであったため濡れた土は乾いた砂に変わり、足場を悪くさせる。
一体何のつもりだと観の目で百代の次の行動を読んだ武蔵は思わず閉口して絶句した。
「ディメンションチェンジ!」
「ギャグ技でしょう!?」
「使える技なら使う、それだけだ!」
流砂に足を取られていた百代と武蔵の位置が変わる。
「そして言っただろう! 私はベヅータ派ではなく、ビッコロ派だ!」
滞空していた致死蛍の気弾がすべて武蔵に殺到する。小規模爆発が連続して起こり、辺りは砂煙に包まれた。
油断なく構える百代の赤い瞳が捉えたのは、青く人魂のように揺らめく武蔵の瞳。砂煙で伺えずとも、おそらく技の発露のそれにニヤリと笑った。
「五方の二・鷺舞い」
それは剣気と呼ばれる、壁を越えた剣士だけが出せる紛い物。決して傷付けることの出来ない示威行為に過ぎないが、武蔵は質量を伴って竜巻のように練り出した。
「気が込められていない。これは……旭ちゃんの剣気……それよりも上。ははっ、最高じゃないか!」
「いやはや、まさか実践であんな技を使われるとは。僕ぁ驚きを隠せませんな」
「確かめたいこともあったからな。妙に先を取ってくるお前の剣、間違いなく私の動きを読まれている」
「ちょいと大振りが多かったので」
「私の攻撃が大振りがちになることは認めるさ。でも、それだけじゃない。明らかに死角からの攻撃に何度も対応してきた。なら、考えられることは二つ」
百代は握った拳を突き出し、人差し指を立てる。
「一つ。これはジジイから聞いただけの能力だが、未来視に類する異能をお前が持っていることだ。一秒でも先の未来を見れるならたとえ死角からの一撃であっても対応してくるだろう。だが、それだと私のディメンションチェンジに対する反応が大き過ぎる。未来視は確定した未来、それを見たお前ほど実力者なら直ぐに受け入れて悪くなった足場から脱出するはずだ」
さらに親指を立てた。
「そして二つ目に私の思考や心を読んでいる可能性だ。私がやろうとしていることを読んでいるだけならば、ディメンションチェンジに対する反応も理解できる。自分で使用した手前アレだが、結構な技だからな。一日一回の限定技だけど」
「あなたは戦闘勘が相当なものとは聞いていましたが、一度の対峙でそこまで考えられるとは思いもしませんでした。それもビックリ技で見破られるとは……さすがは、武神だ」
「なら、あってるんだな? ——『観の目』は」
「おや、ご存じで?」
「当たり前だ。というか、五輪書は夏休み後半にジジイに連れて行かれた精神修行で読まされたからな。面白そうな技の一つとして記憶に新しいさ。まさか、早くも本物をお目に掛かれるとは思っていなかったが……」
百代が砂煙越しに見た青く鈍光の灯した眼が再び発現する。
「この眼が異能かどうかは分かりませんが、先の手を取れることは事実。やはは。どうしますか、武神先輩」
「どんな技にも弱点はある。私の瞬間回復が燕の電撃に破られたように、旭ちゃんの雲落としが義経ちゃんの奥義に破られたように。なら私もそこを突くさ」
再び拳を構えた百代と、闘志を向けられた武蔵も自然体に構える。その姿は宮本武蔵の立ち絵そのままであり、僅かに猫背となった戦闘態勢。吹く風に揺られた簪の鈴は凛と音を鳴らす。
( ——雰囲気が変わった。この感覚、燕に瞬間回復が封じられたときと同じだ。本気で私を仕留めに来る気だな )
( ——油断は禁物。たとえ眼があろうとも、無間の速さは僕ぁも捉えられない )
深く跡を付けるように互いに半歩近付く。彼我の差は十二分。
動いた距離は十分の一も無いにも関わらず二人の気配が濃くなった。
緩慢ともいえるその動作は溜めの時間。
定めたように二人の膝が曲がる。踏み締めた土が舞い上がり、同時を持って突出した。
「川神流——」
「五方の四——」
「——無双正拳突きッッッ!」
「——翡翠叉楼(かわせみさろう)!」
正拳突きに対して、武蔵は同じように突き技を出す。この技は五方の一のように飛ぶわけではないが確かな破壊力を持った技。刃引きされているため貫くことはないが、間違いなく当たれば百代の拳を数日は不能にする威力がある。
( ——読まれるならただ正面から打ち破るのみ! そうやって私の拳は研いできた! )
(——と、武神先輩は考えていますねぇ。だが、その考えは僕の眼を知っている武人がよく考えたことだ )
雷が落ちたかと錯覚するほどの爆音が鳴る。それこそは武蔵の鋒と百代の拳が重なった音。幾重にも張られた気の壁を破壊しながら百代に向かう。
潰された先が素肌に接地した。
その——瞬間。
突如、鋒から横に逸れた百代の拳が武蔵の顔に迫る。
「……!?」
観の目で観えなかったその不可視の一撃に、己の見の目をもって寸でのところで対処するが、掠った頬が熱を持つ。
咄嗟に短刀を横凪に振るい距離を取り、手の甲で頬をさすった。
「直撃はしなかったが掠ったな。次は当てる」
「まさかそういう方法とるとは……意識の境、無意識の間を取りましたね。それでいて正拳突きを選んだのは——」
「初めて覚えた技であり、もう数えられないほど奮ってきた拳だ。私の身体が勝手に動くことを期待するならこの技しかない」
観の目で百代を読む武蔵に対して、百代は己の戦歴を頼りにした。
思っていたよりも熱い湯船に足を踏み入れたとき、目先に蚊が飛んできたとき、鼻の粘膜が柔らかい何かで刺激されたときに出るくしゃみなど、そう言った何かを感じる、考えるよりも早く出る反射の部分で百代は観の目を破ったのである。
「これでようやく対等。先の先も後の先も関係ない状況だ」
「ですね。僕ぁの観の目を超えてくるとは」
「戦いながら成長する。それが私であり、武士娘だ!」
「成長は何も武士娘の専売特許じゃない。僕の観の目を超えてくるならば、僕もそれ以上の技を持って凌駕するのみでさぁ」
「今までで一番の気迫だな。ならこっから、二ラウンド目と行こうか!」
「やはは、付き合いましょう」
もう何度目か、武蔵と百代が互いに構える。初撃を彷彿とさせる緊張感は弦が切れる勢いを持って弾けようとしたが、それよりも先に戦場に鈍い音が響き渡った。
「法螺貝」
「どちらかの大将が討たれたみたいですぁ。どうやら、ここまでのようですね」
「っちぇ、これからだって言うのに」
不完全燃焼と言った具合だが百代は拳を下ろし、武蔵も合わせて納刀した。
勝敗はまだ告げられていないが、暴力的な気配が一年側の本陣にあることから何となく察することは出来る。どうやら武松は負け、そのまま項羽は本陣へ赴いたようだ。武蔵に興味があった項羽ならば武松を倒し終えたあと武蔵と百代が戦っている場所に走って来そうだが、おそらく清楚の判断が項羽を本陣に誘ったのだろう。
「またやろうな、武蔵」
「ええ、機会があればまた」
雲一つない空の下。川神山で終戦の法螺貝が響く。三年側は勝鬨を上げているのか大きいな声が聞こえた。その中を縫うように武蔵の耳に入ったのはどこかで飛んでいる鷹の声。姿は見せぬそれに武蔵は帰陣途中に一度だけ振り返り、満足そうに腰に下げた二振を撫でるのであった。
一年生 対 三年生 ……大将が討ち取られたことにより一年生の敗北。
宮本武蔵 対 最上旭 ……最上旭の降参により宮本武蔵の勝利。
武松 対 葉桜清楚/項羽 ……項羽の勝利。
黛由紀江 対 松永燕 ……決着付かず。
宮本武蔵 対 川神百代 ……決着付かず。