黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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第41話

 体育祭代わりに行われた学年別川神大戦から二週間が経った。

 一年生が三年生に負けた後、三年生対二年生の川神大戦があったのだが、下馬評を覆して二年生が勝利を収めた。百代に燕、項羽に旭といった者たちを倒すことは出来なかったが、マルギッテを中心にマスタークラスの足止め作戦を慎重に行い、大将を獲ることでもぎ取った勝利だった。

 対一年生時に隠していた助っ人枠は二人。どこから呼んできたのか、まさかの黛由紀江の父親である剣聖・黛大成と紋白の姉、九鬼揚羽という超戦力だった。

 大成の方は元々、娘の様子と武蔵の話を聞いて川神に来る予定だったらしく、タイミングがあったので助っ人に現れたようだ。大成は項羽、燕と短いながらも戦い決着付かず。項羽の苛烈な攻撃をどこまでも自身の制空圏を守りながら戦う様子はまさに剣聖といったところか。燕はある意味似た者同士の大成とは早くに決着が付かないと判断し、徹底的な目眩しの後退いて行った。

 揚羽もかつてのライバルである百代がさらに成長したと聞き、ブランクはあるもののヒュームと錆落としをしてから電撃参戦。百代と激しい近距離戦を繰り広げていた。しかし、精神的に成長し、ヒュームですら未熟と評価しつつも現在の在り方を肯定的に捉えられている武神の前では二歩ほど敵わず敗北となった。

 それでも勝利したのは大和が一年生と戦ったときの失敗を糧に作戦を考え、そして何より強大過ぎる相手に二年生が一団となったからだろう。

 そのような、学園長が見越していた以上の成果が生まれた川神大戦の後に少しだけ話題になっていた武蔵は例の如く裏庭で官能小説を嗜んでいた。

 

「おかしいわ。あなたの名前が学園、いや世界に広がった後、あなたを従えている私の名前がさらにプレミアムに轟く予定だったのにまったくその気配がない!」

 

 と、ようやく肌寒くなってきたにも関わらずブルマ姿の武蔵小杉は騒いでいた。

 

「どういうことよっ! 学園中にあなたの名前を出しても『ああ、いましたね』とか『たしかに凄い戦いだったなぁ』とか妙に地に足ついてない感じ! あの武神と引き分けたのよ? ならもっとこう、『武蔵凄い! ならあいつを従えてる小杉△!』『プレミアムな小杉さんさすが!』とかあるはずなのよ!」

 

「そう言われましてもねぇ。僕ぁ、元来気配を薄くしてますから。気を用いて気配を薄めれば、印象も薄く出来る。武神先輩との戦いは僕ぁが戦って凄いじゃなくて『武神先輩凄い!』となるでしょうなぁ」

 

「でもでも、黛由紀江や最上先輩はしっかり理解していたわ」

 

「マスタークラスになると他人の影響を受けにくいものですぁ。僕としてはむしろ、小杉さんが僕ぁのこと気づいた方が驚きなんですが。さすがプレミアムなお方だ」

 

「ふ、ふんっ。当たり前よ」

 

 実のところ、小杉が武蔵に気付いたことはそう特別なことではない。川神学園に入学して少しの頃、ブルマ好きであった武蔵が小杉のような天然ブルマ女子学生という普通いないような人種に対して驚き、気の運用が乱れただけなのである。まあ、ある意味マスタークラスの達人の気を乱れさせた小杉はとんでもないのかもしれないが、真実はどこまでも俗物的なものだった。

 

「さて、僕ぁはそろそろ昼休みも終わるので行くとします。小杉さんは?」

 

「私も戻るわよ。次は綾小路先生の授業だから早く席にいないと」

 

 川神の名家である武蔵家と日本三大名家である綾小路家。小杉は二年S組の不死川家も含めて名家というものを尊敬していた。そして、その二家を抑えて今や日本を代表する家が九鬼になる。元の名家に今の有力な家。様々な方面の顔を立てて大変だと武蔵は心の中で呟いていた。

 戯言にもならないことを話しながら二人は校舎に向かう。昇降口に入ったとき、武蔵は横から名前を呼ばれた。

 

「お、いたよ主」

 

「あわわわわ。見つけてしまった……」

 

 声の方向、ちょうど階段を降りた義経と弁慶がいた。

 

「武蔵坊先輩に源先輩? こいつに何か用があったんですか……?」

 

「いや、私は特に無いんだけど主がそっちに用があってね。主?」

 

「わ、分かってるぞ」

 

 何となくいつもより歩幅の狭いと思わせる足運びに武蔵も小杉も首を傾げた。二人が知っているのは凛々しい義経であり、小動物を思わせる彼女は見たことがなかった。

 

「久しぶりだな。宮本君」

 

「ああ、ええ……んーっと、おいつぶりか忘れましたが」

 

「義経たちが最後に顔を合わせたのは一年生と二年生の川神大戦が終わった後以来だ」

 

「裏庭の」

 

「あ、ああ。そうだ」

 

 緊張した面持ちかと思えば、今度は眉根を寄せた表情になる。

 

「それでその、あのとき弁慶が宮本君の読んでいた本を破損させてしまっただろう? その、えっと、持って来たから、受け取って欲しいというか何というか……」

 

「お、本当ですか? よく手に入りましたねぇ。アレ、結構なレア物だったんですけど」

 

「あぅ……本屋さんに行っても見当たらなかったから、弁慶に手伝ってもらってインターネットで購入した……」

 

「なるほど。それなら手に入りますか」

 

 そんな話を弁慶は背後でニヤニヤと聞いている。

 義経は抱えていた紙袋の中からカバーの付いた文庫本を取り出して、突き出すように武蔵に渡す。

 

「かっ、家臣の不始末は主の不始末だ! 君の持ち物を傷付けてしまって本当にすまない!」

 

 義経は、そして今度は弁慶もしっかりと頭を下げて謝罪の意を示している。武蔵としてはそこまで謝られるほどでもなかったのだが、彼女の高潔さに素直に返礼した。

 

「ご丁寧に。そこまで気にしていないので手打ちということで」

 

「うむっ、では……この……''ぶ、ぶぶぶブルマっ、ちょ……ちょうきょー(小さく)宣戦〜プレミアムなお嬢様彼女が、おっ、オレを、ごひゅっ、ご主人様と呼ぶまで〜''は、宮本君にしっかり返したということで……」

 

「やはは、受け取りました。ありがとうございます」

 

「う、うん……じゃあ——義経はこれで!」

 

 パタパタと足音を立てながら走ってく——行こうとしたが、廊下を走ることに忌避感を覚えたのがすぐに早歩きに変わり姿を消した。その後ろをゆっくり歩いて着いていくのは川神水を飲む弁慶だ。

 

「源先輩と何があったのよ……」

 

「まぁ、ちょっと裏庭でありましてね」

 

「てか源先輩が妙に吃ってたからイマイチ聞こえなかったけど、あんた変な本を——」

 

「——僕ぁも青春思考な男子校生ですからね。ラブコメを読みたくなる文学少年ですぁ。さっ、小杉さんも早く教室に戻りましょう」

 

 茶を濁すように小杉の腰を押して一年の教室がある階へ上がる。二人のクラスは異なっているため、武蔵は小杉をS組に入れると自身のクラスへ入って行くのだった。

 なお、先ほどの一幕を見ていた通りすがりの何人かは義経がどのような本を渡していたのか気付く。しかし、小杉に話したように武蔵は気配を薄くしているためそこにいたことを忘れられ、義経が小杉に何やら本を渡していたといった噂が地味に立つのだがそれは戯れのまにまにである。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 休日。武蔵は屋台の賑わう仲見世通りを歩いていた。平日も他県から来た観光客の多いそこは川神院に繋がる正面入り口であり、武蔵の目的地もまた川神院であった。

 武蔵は常香炉を抜け、階段を数段上がった場所にいた川神院の弟子に声を掛ける。

 

「宮本武蔵です。今日、お呼びされて足を運びました」

 

「お話は聞いています。武蔵殿。このまま真っ直ぐ行った本道場にて総代たちがお待ちです」

 

「どうも、助かりましたぁ」

 

 武蔵は言われた通りに進み、玄関にて靴を脱いで上がる。『川神流』と飾られた道場出入り口を潜ると彼を呼び出した者が迎え入れた。

 

「初めまして。私の名前は黛大成。休日にも関わらずお呼び立てしてしまってすまない」

 

「いや、僕ぁも一度はあなたのことは見てみたかったですから——剣聖、黛十一段」

 

「あまり堅苦しい呼び名はよしてくれ。私とて未だ剣の道は極めず。ここには一剣士としている」

 

「やはは。ご謙遜をば」

 

 淡墨の胴着に黒い羽織り、袴も同じ色をしている。白布で締められた腰には二本の刀。現代日本において最も高級な剣士、それこそが剣聖という地位。生ける人間国宝が武蔵の前にいた。

 

「君のことは数年前から風の噂で聞いていた。道場の指導もあって中々川神に来れなかったが、今日は君と出会えて良かった」

 

「いや、僕ぁただの剣士、と言いますかあの剣聖を前にしたら棒振りと変わらないかもしれませんが」

 

「それこそ謙遜と言うものだよ。鉄心殿のご息女との立ち合いは見させていただいた。その前の義仲君との立ち合いも。君はその身に見事、かの剣豪宮本武蔵の技量を降ろしているようだ」

 

「昔のご先祖様がどんな人物か知りませんが、あなたにそう言ってもらえて光栄ですぁ」

 

「そして、私は確信した。私は君を見て、その実力の伽羅たるやを識れない。どうかこの場にて、私と立ち合ってもらえないだろうか」

 

「僕ぁ構いませんが、念のため聞くとここの主の了承は得ているので?

 

「——当然、黛殿から話は聞いておる」

 

 音も無く現れた鉄心は武蔵の言葉に答える。

 

「二人ほどの実力ならば真剣でも良いが、ほんに万が一のことを考えて黛殿の刀も刃引きしておる。勝敗はどちらかが倒れる、降参を申すかで良いの?」

 

「宮本君は大丈夫かね?」

 

「ご随意に」

 

「決まったようじゃの。

 時に宮本よ、どうやら二人のことを察した連中がおったようでの。朝早くから川神院に来おったのじゃが、見物人として入れても大丈夫かの?」

 

「ええ。僕ぁは構いませんよ」

 

「あい分かった。では、五分後を持って立ち合いの開始とする。それまでに両者は準備をするように」

 

 かつて武蔵は義経にこう言った。「鈍る腕ならば腐らせて落とした方がまし」だと。これは決して鍛練に対する物言いではなく、その根にあるのは常在戦場という心構え。複雑なことはなく、人を討つならば棒を振り下ろせば終わるのだ。故に、朝食だろうと寝床であろうと、鍔を鳴らされれば鳴らし返す。それが、宮本武蔵という人間だった。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 川神院の本道場に向かい合うのは二人の剣士。一人は剣聖、黛大成。もう一人は宮本家に生まれた既に成熟した麒麟こと宮本武蔵。そして審判は川神院総師範代、川神鉄心。

 道場の端にて、彼らの立ち合いを見る者がいた。

 一人は川神大戦にて武蔵と斬り結び、敗北した最上旭。その隣、つい最近武蔵と一悶着のあった義経が佇んでいる。半歩程下がった場所には弁慶もおり、付き添いに徹するように錫杖だけを抱えていた。そこから少し離れたところには刀袋に仕舞われたままの刀を抱いた由紀江が二人のことを神妙に見ている。さらに横に移動して、川神院に住んでいる百代と一子とルー、朝練に来ていた燕。そして入り口にはヒュームの姿もあった。

 

「両者、準備は良いな」

 

「はい」

 

「ええ」

 

「ではこれより、黛大成と宮本武蔵の立ち合いを行う。勝敗はどちらかが倒れるか、降参の時点で決するものとする。

 では、構えい——」

 

 その声と共に、

 大成は抜刀し、地の構えを。

 武蔵は抜刀せず、両柄に手を被せた構えを。

 

「——始めッッッ!」

 

 この場にいる者すべて、当人二人を除いて考えは一致していた。

 

 この勝負は——一度の交差で終わると。

 

 刀を持つ義仲、義経、由紀江の三人を含み、他武器で戦う弁慶に一子、己の肉体を武器に用いる百代、燕、ヒュームですらそう思っていた。審判である鉄心もその瞬間を逃さぬよう、鋭い眼差しで見守っていた。

 故に——その光景を見て、空白が生まれた。

 声は無かった。

 問わず、その面々は不可解な現象に目を見張る。

 鉄心が声を上げると同時に仮説だがその場で説明出来たのはただ二人。鉄心とヒュームの莫大な戦闘経験を持つ老兵の二人である。

 

「——勝負あり。この立ち合い、勝者を……宮本武蔵とする」

 

 三秒前、膝から崩れ落ち、刀を握ったまま倒れたのは剣聖。前受身を取るように順番に床に着いたのは日頃の鍛錬の賜物であった。

 息を呑む一同に対して、その空気を作った武蔵は極めていつも通りに手を自由にし、決められていた範囲から頭を下げて出た。

 

「やはは。さすが剣聖、二度斬らねば倒れなかったですぁ」

 

「何をしたのか聞いても良いかの、宮本よ」

 

 鉄心に尋ねられた武蔵は逡巡することなく口を開く。

 

「一度目に剣聖の制空圏を切り開き、二度目に剣聖を斬り裂きました」

 

「ふむ……黛殿が倒れたことからそれは分かる。じゃが、一体何で斬った?」

 

 柄を握り、刀を抜き、刃を下ろす。

 その動作があれば鉄心もこのようなことを聞かなかっただろう。しかし、武蔵と大成の間においてそのような、ましてや足すら動かさないという立ち合い。

 一〇〇年を超えて武術に携わってきたが、さすがに達人クラスの剣術を理解しているわけではなかった。

 

「剣気というか……気配というか……やる気というか……何というか……ただ斬ることを考えているだけですからねぇ」

 

「お主と同じ名を持つ、かつて生きた宮本武蔵は日光の三猿に重ねてこんな言葉遊びを残した。『抜かざる・振らざる』。刀を抜くこともなく、振ることもなく。そして、『持たざる』。もはや持つこともなく、何かで敵を斬る。まさしく、お主、武蔵の剣理を生み出しおったの」

 

「さて、学園長がそう言われるならそうなんでしょう。僕ぁいまいち自分の実力にも、先祖にも、興味がない」

 

「無自覚たる求道者か、それともあくまで自然体か……わしが若かった頃の武人を思い出すのう。じゃが、その道は極めて善性。心も伴っているようじゃ。天晴れ天晴れ」

 

 鉄心が満足いったように頷きながら微笑んだ。

 由紀江に介抱されていた大成も意識を取り戻したようで、娘に肩を貸されながら近付いてくる。

 

「まさかここまでの実力差とは思わなかった。剣士だというのに、刀を振ることも出来なんだ」

 

「どうでしょう。剣聖殿、僕が肉体を斬るときに僅かに足が進みました。あの一刀で決められなきゃあきっと、抜けてましたとも」

 

「良い経験になったよ。これでまた、私は目標を持って剣を振うことが出来る。

 時に宮本君。君は剣聖の地位にあった私を降した。君は剣聖の地位を望むかね?」

 

「いや、僕ぁあんまりそういうのには相応しくない性格をしていますからね。それに、剣聖になれば流派や何やら着いてくる。僕が振るっているのは二天一流などではなく精々が宮本武蔵流。自分の動きに名前を付けただけなので、要らないですぁ」

 

「そうか。なら、私も暫くは剣聖と在ろう。

 由紀江。在学中、彼から学べることはすべて学びなさい。たとえ戦い方、志し、どれもが自身に合わなくともその剣理だけは剣を持つ者すべてが見倣える部分だ」

 

「分かりました。必ずや黛流後継者として成長してみせます」

 

「その意気だ。

 さて、鉄心殿。今日はこのような催しに付き合っていただき、大変ありがとうございます。良ければこの後、宮本君と話がしたい。どこか一室お貸し頂けないだろうか」

 

「なら、わしの茶室で良いじゃろ」

 

「宮本君。少しだけ付き合って貰えないか?」

 

「構いません」

 

 この世間が知らない邂逅は静かに幕が下ろされた。

 武蔵の勝利。そして、剣聖の敗北。

 その結果を目の前で見た由紀江は一層鍛錬に励み、義経たち刀を持つ者たちにも良い発破を掛けることとなった。再び、実力を大きく伸ばした剣聖が武蔵と立ち合うことになるのだが、それは数年後のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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