黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19) 作:神の筍
「スタンバイ。《魔導書院ラメイソン》の効果を発動。《アルマの魔導書》を戻して一枚ドローする」
これでこちらの手札は四枚になった。うち一枚は《ルドラの魔導書》で追加補充もし易い。さらにフィールドには《魔導書廊エトワール》が今ので魔力カウンター八個乗った状態だ。下級モンスターを並べても《マジシャン・オブ・ブラックカオス》には及ばないが脅威となる。
「《魔導召喚士テンペル》を通常召喚。そして、効果発動。このターン、魔導書と名の付くカードがプレイされていた場合、自身をリリースして光か闇属性でレベル5以上の魔法使い族を特殊召喚する。来い——《ウィッチクラフトマスター・ヴェール》」
気怠そうな瞳に寝巻き姿という、どう見てもレベル8モンスターには見えない幼女が召喚される。表示形式は守備で、守備力は2800という破格の性能だ。
「さらに《魔術師の再演》を発動する。発動時、このカードは自分の墓地からレベル3以下の魔法使い族を蘇生させる。自分が蘇生するのは《魔導書士バテル》」
《魔導召喚士テンペル》によって蘇生制限はあるが、それはレベル5以上のモンスターだけだ。
「《魔導書士バテル》をリリースして《沈黙の魔術師—サイレント・マジシャン》を特殊召喚」
またもや観客が沸き立った。やはり人気だな。
「先ほど回収した《ルドラの魔導書》を発動。コストは《魔術師の再演》。二枚ドロー……そして、《魔術師の再演》が墓地に送られたとき、デッキから魔術師と名の付く永続魔法を加えられる。自分が選択するのは《魔術師の左手》」*1
【《沈黙の魔術師—サイレント・マジシャン》ATK:1000→2500→3400】
「バトルフェイズに移る。サイレント・マジシャンで攻撃。『サイレント・バーニング』」
【メイ喜多嬉のLP:7000→6400】
「メイン2。《魔術師の左手》を発動してターンエンドだ」
【竜胤の手札:二枚】
一、
「すげぇなぁ、あの二人。オレもデュエルしたいぜ」
「さっき万丈目君としたのにもうやりたいんすか? 兄貴」
「当たり前だろ。デュエルはいくらしたって物足りないぜ!」
先ほどオベリスクブルーである万丈目を見事な逆転劇で下した遊城十代も会場からは去らずに二人のデュエルを見ていた。
この場にいるのは十代、丸藤亮の弟である翔、そしてひょんなことから友人となった明日香と三沢である。
「……やはり、I2社のカードライブラリには登録されているが収録パックは書かれていない。魔導書とウィッチクラフトはイベントで提供されたカード群なのか?」
そして、生真面目な三沢は戦うことになるかもしれない竜胤のデッキについてPDAで検索していた。
デュエルモンスターズのカードは数十万種類以上あると言われ、当然全てを把握するのは叶わない。そのため、I2社は自社のホームページにてカード検索欄を設け、気になったカードを調べられるようにしているのだ。最も、竜胤の持つドラゴンメイドや魔導書のようにI2社が関与していないところで生まれたカードもあるので、後回しになっているものもあるのだが。
「私も聞いたことが無いわ。あれだけ強いカードなら絶対に話題になるでしょうし……」
「彼はオベリスクブルーだ。君と同じ中等部ではなかったのか?」
「関東には中等部が二つあるの。私と彼は違ったのよ」
「となると、中等部での様子は誰も分からないのか」
思案気な三沢に明日香は首を振って言う。
「いえ。一度だけ……二年の終わりに中等部間の交流戦でデュエルをしたことがあるわ」
「君が?」
「それ本当なのか? 明日香。羨ましいなぁ〜」
「関東は交流戦なんかあったんすね。でもそのときは明日香さんが勝ったんすよね?」
翔のその言葉を聞き、明日香は一瞬下唇を噛んだ。僅かな時間であったため三人には気取られてないが、次の言葉に込められた悔しさには目を見張った。
「負けたわ。何もすることが出来ずに」
「えぇ!? 明日香さんが!」
「おいおいマジかよ! そんな強いのかアイツ!」
「女生徒で一番強い明日香君が負けたのか……」
「それに、あのとき使っていたデッキは今使っている魔導書デッキじゃなかった。彼が使っていたのは——ドラゴン族よ」
「えっ!? てことは本来のデッキじゃなかったのに明日香さんに勝ったってことっすか!?」
「それはどうだろう。もしかしたら、そっちが本当のデッキで今使用しているのは二軍的なデッキなのかもしれない」
「そ、そんなことありえるんすか……一月君もそうだけど、相手の喜多嬉さんも負けてないっす。万丈目君を見てると勘違いしそうっすけど、オベリスクブルーってやっぱエリートなんだなぁ」
「万丈目君も決して弱くはないのよ。実際、ジュニアチャンピオンになってるし」
「その大会には俺も出ていたよ。でも、途中で敗退した」
「ラーイエロー主席の三沢君が途中敗退!?」
「自分が所属しているところを悪く言いたくないけど、オベリスクブルーには傲慢な生徒が多い。でもそれは外部生が入るよりも難しい進学試験を乗り越えたからなの。進学試験を乗り越えられなかった者は、まだ進学試験より優しい一般試験を受けて挑戦する」
「てことはおかしいのは……」
三人はサイレント・マジシャンが出てテンションが上がったのか、大声を出しながらはしゃいでいる十代を見た。
「あれ……? どうしたんだお前ら?」
「ウチの兄貴ってことっすか」
「さすが一番君。俺のライバルだな」
「学力さえ伴えばトップ争いは変わったでしょうね」
全くもって話を聞いていなかった十代は首を傾げた。
「決めたぜ。このデュエルが終わったらオレ、この勝者のどっちかにデュエルを挑んでくる!」
「兄貴〜。試験が終わったあとにもデュエルをする人なんかいないっすよ」
「そんなことないって。あんな面白そうなデッキを持ってるんだぜ? きっと二人ともデュエルが好きに違いないぜ!」
「ダメよ十代。喜多嬉さんならともかく、一月君には私がリベンジすると決めてるの。だから譲ってちょうだい」
「へぇー、珍しく熱くなってるじゃんか。そうだよな、負けたままじゃ悔しいぜ。でもあんまり遅かったらオレの方が先に挑戦するぜ」
「学期末には挑むつもりよ」
「そう来なくっちゃ」
クールな表情をしている明日香も根は真性のデュエリストである。
試験後直ぐに次のデュエルのことを話している二人に翔は呆れたような表情を向け、三沢は竜胤たちのフィールドに視線を戻していた。
「彼のサイレント・マジシャンには魔法を無効化する効果があり、《魔術師の左手》には罠カードを無効化する効果がある。この盤面を次のドローで覆すのは難しいぞ——」
二、
「私のターン……即ち、逆転のドローですわ!」
勢いよくカードを引いた彼女はそのままデュエルディスクにカードを差した。
「——《時の魔術師》を召喚よ!」
と、《時の魔術師》だと? ……ああいや《ブラック・マジシャン》系統に関連してくるカードがあったはずだ。
《黒衣の大賢者》——《時の魔術師》のコイントスが当たったとき、フィールドの《ブラック・マジシャン》をリリースして手札・デッキから特殊召喚出来るモンスターだ。召喚時はさらに好きな魔法をデッキから持って来られる。
この状況で《黒衣の大賢者》は出せないが、場を凌ぐには最適なモンスターかもしれない。
「自ら切り開く強さが大事と言いますが、時としてコイントスで運命が開けるときもありますわ! あなたの運命と私の運命、どちらが上か勝負ですの! 効果発動!」
《時の魔術師》の効果は単純だ。
コイントスで表が出れば相手のモンスター全てを破壊して、裏が出れば自身のモンスター全てを破壊してその分の総攻撃力分の半分のダメージを喰らう。
現状、《時の魔術師》だけなら毛ほども痛くないデメリットだ。
だが、それはあくまでも発動した場合の話。
こちらのフィールドにいる《ウィッチクラフトマスター・ヴェール》は手札の魔法を捨てることで、相手フィールド上のモンスター効果を向こうにする効果を持っているのだ。
既に布陣は完成していた。
魔法も、罠も、モンスター効果も使えなかったのだ。
「《ウィッチクラフトマスター・ヴェール》の効果を発動。手札の魔法を捨て、その効果を向こうにする」
白皙の幼女がクリスタルの杖を振るうと時計の針を動かそうとしていた《時の魔術師》の動きが止まる。ソリッドヴィジョンの筈が焦ったように固まった針を叩いているのは面白かった。
「な、な、何ですってぇぇぇ!」
喜多嬉のフィールドには攻撃表示の《時の魔術師》と今や脅威を感じない《黒の魔導陣》。墓地に効果を発動出来るようなカードも無い。
「……ターンエンド、ですわ」
「自分のターン——ドロー。
《魔導書院ラメイソン》の効果を発動。《ルドラの魔導書》を戻して一枚ドロー」
これで魔力カウンターは十個になった。
喜多嬉のLPは7000。
自分のフィールドには現在攻撃力3500のサイレント・マジシャンと攻撃表示にしたときに攻撃力2000を持つ《ウィッチクラフトマスター・ヴェール》だ。このターンで決めるにはあと少し足りない——だが。
「《ウィッチクラフトマスター・ヴェール》を攻撃表情に」
幼女はやれやれと言わんばかりに座っていた椅子から降りる。
杖を構えたとき、こちらをジトっと見て来たが……精霊のカードだったりするのだろうか? まぁ、それは今は良い。
「バトルフェイズ。《ウィッチクラフトマスター・ヴェール》で《時の魔術師》を攻撃」
【メイ喜多嬉のLP:7000→5500】
「サイレント・マジシャンでダイレクトアタック」
【メイ喜多嬉のLP:5500→2000】
「っ、私のライフポイントはまだ——」
「——速攻魔法《ディメンション・マジック》」
「なっ……!」
「《ウィッチクラフトマスター・ヴェール》をリリースし、手札から魔法使い族モンスターを特殊召喚する。自分が召喚するのは——」
欠伸をしながら幼女が消えていく。
次いでそこに現れたのは————。
「——《ブラック・マジシャン・ガール》」
一瞬の静寂、そして。
「うぉぉぉぉぉ!!!」
「ブラマジぃぃぃ!?」
「ウッソだろ! リアルで見れる日が来るなんて!」
「本物か! 偽物か!?」
「ナンバー1アイドルカード!」
自分が幸子に貰ったパックの最後。レアカードの枠として出て来たのが《ブラック・マジシャン・ガール》だった。ある意味《ブラック・マジシャン》よりも人気で需要の濃いカードだ。
「《ブラック・マジシャン・ガール》。その効果は……」
「元々の攻撃力でも足りるが、墓地の《ブラック・マジシャン》と《マジシャン・オブ・ブラックカオス》の枚数×300攻撃力が上がる。よって、900ポイントアップ」
【《ブラック・マジシャン・ガール》ATK:2000→2900→3900】
さらに《魔導書廊エトワール》の効果で1000上がる。
「これで最後だ——《ブラック・マジシャン・ガール》。『黒・魔・導・爆・裂・破(ブラック・バーニング)』」
《ブラック・マジシャン・ガール》の杖に魔力が溜まっていく。紫電が迸るほどの量になると大きく振りかぶって魔力砲を打ち込んだ。
【メイ喜多嬉のLP:2000→-1900】
「うぅ、負けてしまいましたわ。庶民にしてはやりますわね……」
『フィールド番号5番のデュエル終了。二人とも素晴らしいデュエルでした。実技試験の結果は学力試験とともに返って来ますので、合格点であったとしてもしっかり見直していて下さい。では、退場を』
三、
初手から安定とは言い難いが、危なげ無く勝利することが出来た。《黒の魔導陣》がより作用していれば敗北もあったと思う。現に喜多嬉はある程度こちらのデッキを調べていたようで、実は一番アドの大きいフィールド魔法を破壊して来た。これから先、一辺倒な勝ち方にならないように入れ替えも考慮しなければならないな。
「素晴らしいデュエルでしたわ。竜胤」
「ありがとう。幸子のデュエルも素晴らしいものだったぞ」
「当たり前ですわ。あなたに勝つまで負けることは許されませんもの」
幸子のデッキもさらに進化を続けており、自分より前のデュエルでは同じブルー生相手にノーダメージで勝っていた。やはり《超古深海王シーラカンス》の展開は強く、そのまま殴り倒していたのだ。
「お待ちなさい、庶民——って、海野幸子!」
「あら、メイ喜多嬉。久しぶりですわね」
お嬢様同士の対面だ。これはどうなってしまうのだろうか。
影に徹し、背後に下がろうとして両袖を掴まれる。
「ちょっと、どこに行こうとしてるんですの。庶民」
「そうですわ。庶民に用事があったのですわ」
喜多嬉はともかく、幸子は何故庶民と呼ぶのか。名前で呼んでいたではないか。
「取り敢えず、そうだな……幸子の方はどうしたんだ?」
「あら、見事な勝利を収めた友人を見に来ただけですわ。ついでに無様な敗北を収めた知り合いも見てしまいましたけど」
「無様な敗北でしたら私も見たことがありますのよ? 歓迎会で負けてらっしゃった海野さん?」
「一分前に負けた喜多嬉さんほどではないのよ?」
うーむ。二人が結構な知り合いだということは確実そうだ。仲がよろしく無いのは親同士か、単純にキャラ的な問題か。
「二人は知り合いなのか?」
「別に知り合いではありませんわ。偶然中等部から一緒なだけで」
「そうですわ。勝手に着いて来ただけですの」
水と油ほど仲が悪いわけでも無さそうだが……ここは思い切って互いにどう思っているのか聞いてみるか。こういった人間関係で面倒臭い部分は知らないフリをして踏み込んでみるに限る。前世も含め、今世でも学んだことだ。
「別に本心から嫌いなわけではないですわ。ただ、私と被るところが多いですもの」
「あなたが私と被ってるのですわ」
やはりそういった事情の方か。憎しみ的な啀み合いではないので良かった。
「庶民のあなたには必ずいつかリベンジ致します。そのときまで待っていなさい!」
これもまた最近聞いたセリフである。
「それと私のことはメイで良いですわ。あなたのことも竜胤と呼びますので」
「わかった。よろしく頼む、メイ」
彼女とは連絡先も交換した。
「喜多嬉さん。あなたは二番ですからね」
「順番を気にするなんて器が小さいですわねぇ」
人の連絡先で争わないで欲しい。というか一ヶ月も経って二人目であることを何故知っているんだ。
四、
時刻は深夜。街灯も無い島内はすっかり暗く、中心にあるアカデミアタワーの航空障害灯が鈍く光っているだけだ。本来整備されていた筈の道は人為的か乱雑に草木が生え、人通りを拒んでいる。この先にある廃寮に近付けさせたくない何者かの仕業だろう。
『ご主人様。お足元にお気を付け下さいませ。パルラ』
『はいっす』
ハスキーがパルラの名前を呼ぶと、精霊化した彼女の指から突風が起こる。草むらを分けるように一人分の道が開けるとそこに身を入れた。
『転ばないように気を付けてね、ご主人様』
「ああ」
心配性なナサリーにそう返事をして歩を進める。
チェイムとティルルは周囲を警戒している。呼べば直ぐ来るだろうが、念には念を入れてのことだ。ラドリーは恐らく眠っているだろう。
『それで、ご主人様』
「どうした?」
『あのお嬢様っ子二人には手を出すんすか? だいぶ仲が良さそうっすけど』
とんでもないくらいの下世話な話だった。普通この状況でする話ではないだろう。
『ご主人様は普通の人間の娘には興味が無いっすからね。どこか尖った一面を持ったタイプが好きなんすよ。しかもちょっと背徳的な状況も好みっす。世界的なご令嬢でありながら、閉鎖された島生活で教え込むなんていかにもご主人様の好物。しかもそれが二人、昨日ウチらにしたみたいな尻並べ——あっ痛ッ』
おや、ハスキーに拳骨されたようだ。全く持って言っていたことは出鱈目にも関わらず何故だろう。分からないな、うん。
『くだらない話は辞めなさい。たとえご主人様が倒錯的な行為が好みでも私たちメイドはそれに従うだけです』
『いや、一番ハスキー様——っが!?』
尻尾の一撃でパルラは星となった。そのうち戻って来るだろう。
暫く歩くと開けたような場所に出た。
「ここか……」
ちょうど山の麓に沿って建てられた廃寮が姿を現した。かつて壮麗だった外装は朽ち、出入り口の扉も肝試し気分で訪れた生徒が無理やり開けたのか外れている。
「……たしかに妙な気配がするな」
気の察知的な能力は持っていない。だが、何となく背筋に毛ブラシを当てられたような感覚がする。恐怖とはまた異なる、対極の存在を知らせるアラーム機能のようなものだ。
『監視カメラがあるみたいだからぁ、ご主人様の姿が見えないようにしておくわねぇ』
いつの間にか隣に立っていたチェイムがそう言った。どうやらティルルもいるようだ。
『あっちに女生徒が一人いたわよ』
「女生徒? 肝試しか?」
『ううん。違うでしょうね。ご主人様と同じこの廃寮に用があるって感じだったわ』
となると、内部で鉢合わせする可能性もあるだろう。いや、ハスキーたちに頼んでそもそも姿隠しの魔術的なものを使用して貰っても……。
『あぁ、あと妙な男もその娘の周りにいたわね。学生でも教師でもない制服を着ていたから普通に不審者じゃないかしら? そっちももう直ぐ女生徒に気付くでしょうね 』
とんでもない状況だ。感じていたのは犯罪の気配だったのだろうか?
「どっちだ?」
『向こうよ』
正義漢ぶるつもりはないが、視界の中にいる人物くらいには手を貸す度量はあると思う。知らなくて何もしないのと、知って何もしないのでは大きく差があるのだ。
一日一善くらい実践していても構わないだろう。
ティルルを先行に屋敷を半周すると近くの木に影がある。人影は二人。どうやら既に対峙してしまっているようだ。
「チェイム」
『えぇ、私がやるわよ?』
「焼身遺体が出れば事が変わって来る」
先ほどのパルラと同じようにチェイムの指先から黒靄が射出される。こういうときに外傷無く攻撃出来る彼女の能力は便利だ。ハスキー以外のメイドたちはどうしても属性に伴ってしまうため、跡が残る。
自分がやっても首に手刀のような精密技は習得していないため、純粋な肉弾戦が始まってしまう。《和睦の使者》は現実にいない。
崩れ落ちた不審者の向こう側にいた女生徒に声を掛ける。
「安心しろ。同じアカデミア生だ。大丈夫だったか?」
「え、ええ。助かったわ……って、あなた」
木陰から出て来たのは天上院だった。自分の姿を確認して驚いている。
「どうした?」
「こっちの問題よ。それよりあなたが助けてくれたのでしょう? 礼を言うわ。ありがとう」
「気にするな。さすがに……不審者過ぎるだろうからな」
自分も年齢にしては身長が高い方だろうが、その自分より巨大な男が気絶して転がっている。よく見れば仮面も付けており、ますます何者なのか分からない。
天上院もよく取り乱さなかったものだ。
「廃寮に用があるのか?」
「そうよ。ここにいるって言うことはあなたも同じなのでしょう?」
「ああ。別に肝試し気分で来たわけじゃ無いがな」
「なら、どうしてここに?」
「探し物だ。知り合いにここにあるかもしれないと聞いてな」
「そう……私も同じようなものよ。それでどうする? この男の処遇も考えなければならないけれど」
「暫くは起きないから大丈夫だろう。学校に知らせても自分たちが廃寮に入ったことが露呈すれば面倒だ。放置で良い」
「放置……でも、他の生徒に被害が……」
「自分の姿は見られていない。襲おうとした女生徒から目に見えない速さで反撃されて気絶したと思うだろう。ということは次は迂闊に妙な真似は出来ない。自分は先に行くぞ」
とんでもない暴論だが平行線の会話を断ち切るには便利だ。
デュエルディスクを持っていたのでそういった犯罪者ではないはず。ならば、どうなろうと自分には関係ない。
「待って。私も行くわ」
天上院は自分と不審者を逡巡し、悩んだ素振りを見せてこちらに走って来る。
「気を付けろ。割れたガラスが落ちている」
不思議だな。誰かが入るためにガラスを割ったのならば分かる。しかし、この廃寮のガラスは全て内側から割られたように見えるのだ。
腰丈程の高さの窓から中を覗くと廊下があった。燭台や花瓶が落ちているものの、やはりガラスは落ちていない。
「ここから入ろう」
そう言って自分が先に入る。
冷たい風が吹いた。
補助のつもりで天上院に手を出すと、彼女は「大丈夫よ」と言って一跳びで超えた。
パルラがいれば「白っすね」と言っていたに違いない。
「行く宛はあるの?」
「何となくな。天上院は?」
「私はここと逆の部屋に用があるわ。私の用が済めば一月君に着いて行っても良いけど……」
「いや、それには及ばない。用があるのは互いに逆らしい。ここからは二手に別れよう」
「分かったわ。さっき助けられた私が言うのもどうかと思うけど、気を付けてね」
「天上院も何かあったら直ぐに大声を出してくれ」
そう言うと彼女は歩いて行った。彼女の用を済ませて廃寮から出して自分は行けば良かったが、言葉端からは彼女の良心が感じられた。何か適当な理由を付けてもお礼だからと言って着いて来るだろう。ならば、初めからこうした方が良い。
「ナサリー」
『見ておくわね』
「頼む」
自分も歩き始める。
内装はオベリスクブルーよりも良い気がする。もしかすると、元オベリスクブルーの寮だったのだろうか? だが、それにしては小さ過ぎる。さすがに三学年が寝泊まり出来る部屋数は無いか。考えられるのは来客用や留学生用、競争性を高めるために最上位の成績を残した生徒たちへの特権寮みたいなものなのか。
廊下の突き当たりに辿り着いた。
そこには一切の破損が無い扉が安置しており、不自然な気配はそこから伝わって来る。
「お気を付けを」
ハスキーが実体化して立っていた。
「何かあったら力を貸してくれ」
「もちろんでございます。私たちの力はご主人様のお力。ご自由にお使い下さい」
自分は頷くと、扉を開けたのであった。