黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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第50話

「……」

 

 八雲プロと会った翌朝。

 慣れ親しんだ自宅のベッドで目を覚ました。

 オベリスクブルーのベッドも拘り抜かれたマットレスを使われているようだが、染み付いた匂いとでも言うのか、やはり眠りの深さが違うような気がする。

 

「おはようございます。ご主人様」

 

 上体を起こすと隣から声が掛けられる。

 顔をそちらに向けるとシーツは被っているものの、衣服を纏っていないハスキーがいた。メガネは外されている。

 裸体なのは自分も同じだが、夏のためかむしろ丁度良いくらいだった。

 彼女の頰を撫で、ベッド横にあるサイドテーブルに目をやるとそこに置いていたPDAが光っている。

 

「……幸子からだな」

 

「よければ内容をお聞かせ下さいませ」

 

「昼過ぎに海野本社に来て欲しいと連絡があった。どうやら、今日暫定婚約者のプロデュエリストとデュエルするらしい」

 

「海野本社ですと、あと一時間半以内には外出した方がよろしいかと。チェイム」

 

「——はぁい」

 

「新幹線の予約を。九時には乗れるように」

 

「分かったわぁ」

 

 影からチェイムの姿が現れ、そして溶けるように消える。

 既に扉を抜けて朝食の香りがした。

 ティルルが作っているのだろう。

 幸子が見届けて欲しいというのならば、自分もそれに応えようと思った。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「——竜胤!」

 

 新幹線を四時間ほど乗り、海野本社に辿り着いた。

 船舶貿易を牛耳っていると言われるようにその本社ビルは大きく、一体何十階建てなのかというほどだ。思わず見上げて首が痛くなった頃、PDAに到着の知らせを受けた幸子がエントランスに走って来る。

 

「久しぶりだな。幸子の私服を見るのは初めてだ」

 

「久しぶりですわ。私服に関しては本島にいるにも関わらず制服姿の竜胤がおかしいと思うのですが……」

 

 幸子の服装は社長令嬢に相応しく、フォーマルドレスと言われるワンピースに近いものだった。

 色彩は髪色と同じ紺に纏められており、首には真珠と思わしき華美過ぎないネックレスをしている。髪飾りこそいつも通りだが、イヤリングもしているようだ。

 同級生の珍しい様子……いや、もしかしたら海野家ではこういった装いが普通なのかもしれないな。

 ともかく、綺麗な様子を視界に収めつつ、今日の要件を尋ねる。

 

「何か問題でもあったか?」

 

「いいえ。デュエリストらしく自分の運命は自分で切り開くという言葉は両親も受け入れてくれましたわ。あなたと組んだデッキも問題はありません。ただ、ここまでして貰っておいて事後報告というのも申し訳ないと思っただけで……」

 

「そうか。実は自分も、言うだけ言って直接見届けないのもしこりがあった。今日は幸子のデュエルを最後まで見させて貰う」

 

「そう堅苦しくならないで貰えます? 何だか私まで緊張して来ますわ」

 

 どうやら幸子にとって今日という日は『運命』ではなく、アカデミアの試験のような『通過点』でしかないようだ。

 夏休みに入ってからまだ一週間ほどしか経っていないが、人間として大きく成長したような雰囲気がある。

 幸子に連れられてエレベーターに向かう道中、受付嬢やこれから営業にでも向かうのか社員たちの衆目に晒される。それもそのはず、身綺麗にした幸子がいるのだから、同年代と歩いていればそういう相手(・)だと勘繰っても仕方ないのだろう。

 幸子に婚約者が出来たという話は薄く社内に伝わっているのかもしれない。事実は自分などではなく、プロデュエリストなのだが。

 

「さすが大手海運会社だな。エレベーターの使用にカードキーが必要とは」

 

「低層階なら必要ありませんが、中層階以上は必要になりますわ。両親がいる高層階ですと、中層で乗り換えて専用のエレベーターに乗りますの。こちらも一定以上の役職だけが持つ特別なカードキーが必要ですわ」

 

 I2社以来のエレベーター乗車時間を経て、幸子が中層階だという高さから再びエレベーターに乗る。

 最上階に着くと、木製で重厚な扉が待ち構えていた。

 慣れた手付きでその扉を開けると、そこには三人の人物がいる。

 

「おや、幸子。そちらの方は……?」

 

 全面ガラス張りの窓を背景に社長椅子に座った初老の男性が話し掛けて来る。

 さらに自分たちと幸子父親の間にある来客椅子には幸子に似た女性と成人過ぎの男性がいた。

 

「こちら、アカデミアで私がお世話している庶民ですわ」

 

 自分は犬か何かか。

 

「私のデッキについて手助けしていただいたので招待致しました」

 

「ほう、そうなのか。夏休み期間だというのに娘の用事に付き合わせて済まないね。私の名前は海野幸雄。幸子の父親だ」

 

「どうも」

 

「海野美幸です。娘がお世話になっているようで。今日はわざわざごめんなさいね」

 

「いえ、自分も気になっていたので。幸子と同じオベリスクブルーに所属している一月竜胤です。中等部は北関東アカデミアに在籍していました」

 

「内部進学生か。なるほど、幸子が頼りにするのも分かる。つまり、君は今日の要件が分かっているのだね?」

 

「ええ。あらかたのことは」

 

「もう、幸子ったら……」

 

 幸子母親は困り顔で頰に手を当てている。

 事情は聞いているが、どうやら両親は婚約に前向きなようだ。この二人も両親に決められた結婚からの仲なので、上手くいくと考えてしまうのだろう。

 

「——幸子君」

 

 両親と幸子の相違を感じ取っていると、唯一蚊帳の外だった男性が立ち上がる。いや、この人物こそが今回の騒動の中心——プロデュエリストだ。

 

「ご両親もお心を痛められている。私とデュエルするなどと考えず、婚約は出来ないのかい?」

 

 容姿を評価出来るほどとは自惚れていないが、彼の顔貌は普通だ。ただ、清潔感はあるため嫌われはしないだろう。悪く言えば特徴が無い。しかし、その瞳には確かな自信が浮かび上がっているように見えた。

 

「穂村プロ。私は私より弱い人間と結婚するつもりはありませんわ。もしこの私を手に入れたいというのならば、この海野幸子に勝利してみせなさい!」

 

「……後悔しても知りませんよ? 私はこれでもプロライセンスを手に入れ、半年後のリーグ挑戦に向けて調整中だ。今まで一番強いと言っても良い!」

 

「ならば言葉を並べるより、カードを並べてデュエルですわ!」

 

「分かりました……海野社長」

 

「聞いていた。社内にはデュエルスペースもある。そこなら邪魔も入らないだろう」

 

「あなた……」

 

「今から三十分後。デッキ調整は手早く済ませるように。遅刻すればその時点で不戦敗とする」

 

 そう残すと幸子父親は母親と穂村プロを連れて出て行った。

 幸子が口を開く。

 

「必ず勝ちますわ」

 

「信じている」

 

 幸子が言ったように言葉を並べる必要は無い。

 自分が出来るのは彼女の勝利を願うだけである。

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 海野本社地下にあるデュエルスペースは一般開放されていないことが勿体無いくらいの立派な空間だった。

 軽く解説して貰ったが、社内デュエル大会というものがあるらしく、そこでは豪華景品を巡り多いときは数百人が参加するとのこと。

 ソリッドビジョンも新システムが出るたびに更新されて、非常に迫力あるデュエルが楽しめるらしい。

 

『ご主人様。お相手の情報をPDAにお送りしています』

 

「(ありがとう、ハスキー)」

 

『メイドですので』

 

 デュエルスペースを囲うように観客席が並んでいる。アメリカのバスケ会場のようだ。

 そこで自分は幸子両親と並んでいた。

 

「聞いても良いかしら? 竜胤君」

 

「はい。何でしょう?」

 

「アカデミアの幸子は楽しそうにしているの? あの子ったら、定期的に連絡はしてくれるのだけれど、いつもその……主観が強いから」

 

 なるほど。想像出来る。

 

「自分から見ても幸子は楽しそうにしていますよ。友人は自分ももちろん、他にもいます。今日はきっと、切磋琢磨して成長した姿を見せてくれるはずです」

 

「まぁ、本当?」

 

「だが、いくら幸子とてプロデュエリストには勝てない。これで踏ん切りが付いてくれれば良いが……」

 

 会話の間を見て穂村プロの情報を見る。

 高校進学のとき、デュエルアカデミアに受験するも失敗。一般高校に進んだようだ。しかし、大学に入ってから今のデッキが完成して躍進し、今年初めにプロライセンスを取得してプロ入り。

 Cリーグの本戦に参加する前に海外の大会で経験を積み、本人インタビューでは秋から参加する予定のようだ。

 

「炎属のデッキ。幸子とは真逆だな」

 

 デュエルディスクを嵌めた二人を照らすようなスポットライトが光った。

 

 

 

 

 

「先行は私だ。ドロー!」

 

 穂村プロは引いたカードを確認して、直ぐに動き始める。

 

「《炎王妃ウルカニクス》を通常召喚。そして、効果発動! 手札の《真炎王ポニクス》を破壊して、デッキから《炎王神獣キリン》を手札に加える」

 

 炎王デッキは破壊されることによって多様な効果を生み、場を支配するデッキだ。

 たとえ強力なモンスターを揃えても効果破壊耐性がなければ一掃されたり、逆に強力な効果を持っていても無効にされ破壊されるなど、総合的に強いデッキといえる。攻撃力は突出していないかもしれないが、その何度も蘇る性質によって相手のデッキのスタミナを切れさせ、気付いたら負けていることもあるだろう。

 

「そのまま効果発動。《炎王妃ウルカニクス》を破壊し、《炎王神獣キリン》を特殊召喚!」

 

 碧色の炎を噴き出す神馬が召喚された。

 嘶くように首を振り、その闘志がこちらにまで伝わって来る。

 

「さらに《炎王妃ウルカニクス》が破壊され、墓地に送られた場合。デッキから《炎王神獣ガルドニクス》を守備表示で特殊召喚する!」

 

「おぉ! 凄い! 強力なモンスターが二体も!」

 

「さすがプロデュエリストかしら」

 

 神馬と神鳥に興奮したようで幸子両親は湧き立っている。

 娘の婚約者として、強い姿が見られて嬉しいのだろう。

 

「カードを一枚セット。ターンエンドだ」

 

【穂村プロの手札:3枚】

 

「私のターン……ドローですわ!」

 

 しかし、幸子のほうも負けていないはずだ。

 卓上デュエルで自分とデッキを調整した後、明日香、ジュンコ、ももえとソリッドビジョンを用いたデュエルをした。最初こそ負けが目立っていたが、回数を熟すごとにコンボの練度が増し、以降は本気の明日香と良い勝負をしていた。

 明日香は自分とデュエルを行ってから自身のデッキと向き合う時間を増やしたようで、彼女もまた強くなっている。

 

「《テラフォーミング》を発動! デッキからフィールド魔法をサーチする。選ぶのは《伝説の都 アトランティス》ですわ!」

 

「聞いていたが、水属性デッキ……!」

 

 サーチした《伝説の都 アトランティス》を幸子はそのまま発動する。

 観客席も含め、どこか近未来的だったデュエルスペースが海底に沈んだ古の都へと姿を変えた。

 

「《電気海月—フィサリア—》を召喚。デッキから《海》を墓地に送ることで、手札から水属性モンスターを特殊召喚しますわ! 来なさい、《超古深海王シーラカンス》!」

 

 どうやら、いきなりエースモンスター同士の対決なようだ。

 火力では幸子が買っているが、果たして。

 

「効果により、手札を一枚捨ててデッキからレベル4以下の魚族を三体特殊召喚!」

 

 《ミナイルカ》、《揺海魚デッドリーフ》、《ディーブ・スィーパー》が出てくる。

 《揺海魚デッドリーフ》の効果も忘れずに発動していた。

 

「《ディーブ・スィーパー》の効果発動ですの! 自身をリリースし、後ろの伏せカードを破壊!」

 

「チェーンして発動! 《炎王炎環》!」

 

「させません! 《電気海月—フィサリア—》の第二の効果! フィールドに《海》が存在し、相手が魔法・モンスター効果を発動した場合その効果を無効にし、自身の攻守を600アップ!」

 

「何だと……!」

 

【《電気海月—フィサリア—》ATK1400/DEF1700→2000/2300】

 

「《ミナイルカ》を除外して、対象は《炎王神獣キリン》! このターン、一切の効果を無効にします」

 

 《炎王神獣キリン》には破壊されると相手フィールド上のカードを破壊、そしてデッキから更なる炎王モンスターを呼ぶ効果がある。

 これで穂村プロのフィールドには効果で破壊されると蘇生する《炎王神獣ガルドニクス》のみとなった。

 

「まだまだ容赦しませんのよ! 手札より魔法カード《魚群探知機(フィッシュソナー)》! 《大要塞クジラ》を手札に待って来ますわ。フィールドに《海》があるため、デッキより《ゴギガ・ガガギゴ》を特殊召喚!」

 

「攻撃力2950の最上級モンスターだ!」

 

「あなた。フィールド魔法の効果でさらに攻撃力が上がるので、あの《青眼の白龍》よりも強いですわ」

 

【《ゴギガ・ガガギゴ》ATK2950/DEF2800→3150/3000】

 

「バトルフェイズ! 《ゴギガ・ガガギゴ》で《炎王神獣キリン》を攻撃!」

 

【穂村プロのLP:8000→7250】

 

「攻撃力2000となった《電気海月—フィサリア—》で《炎王神獣ガルドニクス》に攻撃!」

 

「くっ……しかし、戦闘で破壊されたとき、デッキから《炎王獣ガネーシャ》を守備表示で特殊召喚!」

 

「《揺海魚デッドリーフ》で蹴散らしますわ!」

 

「効果により墓地から《炎王妃ウルカニクス》を効果無効で守備表示で特殊召喚!」

 

「《超古深海王シーラカンス》で攻撃!」

 

 さすがプロだ。

 幸子の攻撃を全て防ぎ、ダイレクトアタックは許さなかった。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンドですわ」

 

【海野幸子の手札:二枚】

 

 幸子のフィールドには攻撃力の上がった《超古深海王シーラカンス》、《ゴギガ・ガガギゴ》、《揺海魚デッドリーフ》、《電気海月—フィサリア—》と伏せカードが一枚。

 《電気海月—フィサリア—》がいる限り、穂村プロは一度だけ魔法及びモンスター効果は無効化される。

 上手くブラフを使うか、幸子が見抜いて適切なタイミングで差し込むことで勝敗は大きく変わりそうだ。

 

「穂村プロももちろん素晴らしい腕前だが、まさか幸子がここまでのデュエルを見せるとは」

 

「ええ……竜胤君。デュエルアカデミアの生徒はあそこまで皆強いものなの? まだお互いに一ターン目だけど、私には幸子が十分渡り合っているように見えるわ」

 

「いえ、アカデミアといっても実力は疎らです。自分たちが所属しているオベリスクブルーですら最下クラスと言われているオシリスレッドに負ける生徒もいます。ただ、幸子はその中でも上から数えた方が早い。一年ながら女生徒トップと言われる天上院明日香にも勝利したことがあります」

 

「あぁ、天上院家の娘さんだね。あそこの才媛の噂はよく耳にする」

 

「何度かうちで催したパーティーに来て下さったこともあるわね……いえ、あのときはお兄さんだったかしら?」

 

 会話をしている最中もデュエルは進み、幸子は穂村プロが発動した《真炎の爆発》を無効化している。その後、《炎王の孤島》を貼ってモンスターを召喚し、二体目の《炎王神獣ガルドニクス》に繋げた。

 

「——の、効果により《聖炎王 ガルドニクス》を特殊召喚!」

 

 フィールドには二体のガルドニクスがいる。

 しかし、どちらも幸子のモンスターを超えることは不可能だ。

 

「速攻魔法! 《炎王神天焼》! 二体の炎王モンスターを破壊し、《超古深海王シーラカンス》と《ゴギガ・ガガギゴ》を破壊! 次のスタンバイフェイズ。効果破壊のため《炎王神獣ガルドニクス》は復活し、君のフィールドを焼き尽くす! ターンエンドだ!」

 

【穂村プロの手札:0枚】

 

「私のターン、ドロー!」

 

「スタンバイフェイズ! 燃え盛れ!」

 

 幸子の水属性モンスターたちに火炎が襲い掛かり、全て破壊されてしまう。

 灼熱を纏う火鳥は威風を主張するように翼をはためかせ、彼女を睥睨した。

 

「随分と温い風ですわ」

 

「な、何……?」

 

「そんなモンスターで深海の冷たさを絆せると思って? 私は墓地の《揺海魚デッドリーフ》を除外。その後、三枚の魚族モンスターをデッキに戻して一枚ドロー!」

 

 これで幸子の手札は三枚だ。

 

「二枚目の《魚群探知機(フィッシュソナー)》を発動ですの! 《海竜神—リバイアサン》を手札に加え、デッキから《スパイラルドラゴン》を特殊召喚!」

 

 当初、《魚群探知機(フィッシュソナー)》の候補として《ゴギガ・ガガギゴ》を二枚入れれば良いと言ったのだが、「何か二枚入ってるのはイヤですわ」と拒まれた。見た目なのだろうか。

 

「《伝説の都 アトランティス》の効果によってレベル4となった《海竜神—リバイアサン》を召喚ですわ! そして、効果発動! デッキからリバイアサンと名の付く魔法・罠を一枚手札に加える!」

 

 このモンスターは自分も含め、明日香も苦しめていた。

 

「さらに、《海竜神—リバイアサン》の攻撃力を半分にして墓地にいる《クリスタル・シャーク》を特殊召喚! まだまだ止まりませんわ! 《カード・アドバンス》を発動!」

 

 その言葉通り、幸子は勝利のためのフィールドを作っていく。

 《カード・アドバンス》でデッキから上五枚を確認後、《クリスタル・シャーク》をリリースしてアドバンス召喚したのは《大要塞クジラ》だ。

 このモンスターはフィールドに《海》がある場合、水属性は直接攻撃出来るという効果を持つ。最も、このターンで決めるつもりの幸子からすればあまり関係無いのだろうが。

 そうなって来ると、幸子の伏せカードも見当が付く。

 

「《スパイラルドラゴン》、《海竜神—リバイアサン》、《クリスタル・シャーク》を除外してエクストラデッキから特殊召喚——」

 

「まさか……融合を必要としないモンスターか!」

 

 融合を必要とせず、特殊召喚扱いで用いることの出来るモンスターは近年デュエル業界でも注目されていた。

 穂村プロも知っているのだろう。

 

「——《氷獄龍 トリシューラ》」

 

 《伝説の都 アトランティス》によって海底にいたような光景が広がっていたが、その全てが凍りつく。

 上部を見ると、優雅に泳いでいた魚たちも一秒前の動きをそのままに停止していた。

 穂村プロは直ぐにデュエルディスクを操作して効果を読み込む。暫くして安堵の溜息のようなものを吐いた。

 

「はっ、ははは……プレミじゃないかい? たしかにそのモンスターの攻撃力は高いが、実質効果無効に等しい。なら、私にとって《スパイラルドラゴン》が出ているほうが目障りだった」

 

「……」

 

「このターンでライフポイントを削り切れないにしても、大ダメージを与えられていたはずだ。《大要塞クジラ》の効果は私も把握している。Aリーグにいるプロが使っていたからね」

 

「……」

 

「まぁ、私はプロで、君はアカデミア生。つまり子供だ。カードの希少性で使ってみたくなる気持ちは分かるが……」

 

「……」

 

 穂村プロはただ静かに佇んでいる幸子に眉根を顰めた。

 

「……どうしたんだい? ——あぁ、大丈夫だ。私と結婚しても、もちろん幸子君はデュエルモンスターズを続けて貰って構わない。私はやがてAリーグに至り、統一戦にすら参加する予定だ。夫婦となったらプロの私が」

 

「——はぁ。どうせ最後になるから(・)と、何も言わずに聞いていれば出てくるのは毛ほども記憶に残らない言葉ばかりですわね」

 

「……なっ」

 

「まぁ、言いたいことは色々とありますがどうせこのデュエルが終われば関係無くなる人ですわ。高貴な私が時間を使うのも勿体無い」

 

 「やれやれ」と、幸子は首を振る。

 そして、伏せカードをオープンした。

 

「罠カード発動! 《異次元からの帰還》! ライフポイントを半分払うことで、除外ゾーンから可能な限りモンスターを呼び戻しますわ!」

 

【海野幸子のLP:8000→4000】

 

【《揺海魚デッドリーフ》ATK1500/DEF1600→1700/1800】

【《ミナイルカ》ATK1500/DEF500→1700/700】

【《大要塞クジラ》ATK2550/DEF2350→2750/2550】

【《スパイラルドラゴン》ATK2900/DEF2900→3100/3100】

【《氷獄龍 トリシューラ》ATK2700/DEF2000→2900/2200】

 

「バトルフェイズ!」

 

「待っ——」

 

「速攻魔法《海竜神(リバイアサン)の怒り》を発動! 《炎王神獣ガルドニクス》を破壊ですわ!」

 

 直接攻撃を出来たにも関わらず、幸子は徹底的な勝利に拘ったようだ。

 

「全モンスターでダイレクトアタック!」

 

「くっ……ぁぁぁあああ!」

 

【穂村プロのLP:7250→5550→2800→—300→—3200】

 

 海野家の最新式ソリッドビジョンは鮮明で、五体のモンスターによる攻撃によって穂村プロは吹き飛んでひっくり返っている。

 最近では風圧、硝煙、温度なども命に別状無い形で再現されるため、ああなるのも仕方ない。

 

「……まさか幸子が勝つとは」

 

「あんなに強くなっていたのね……」

 

 ターン数で言えば短いデュエルだったかもしれないが、その内容は格別だ。

 炎王の猛攻を凌ぎ、しっかりモンスターを展開した幸子。今回は負けてしまったが、炎王デッキを使った穂村プロ。両者共に面白かった。

 

「——お父様。お母様。あと竜胤もこちらに来て下さい」

 

 幸子に呼ばれた二人がデュエルスペースに降りて行くのに自分もついて行く。

 

「約束通り、私の婚約は解消。よろしいですわね?」

 

「う、ううむ……約束は商売人にとって、商品よりも守らなければならないものだからな」

 

「それと、今後私の結婚は私自身が決めると」

 

「分かった。今後、私と美幸はお前の結婚に口出ししないと約束しよう」

 

「あそこまでのデュエルを見せてくれたもの。私たちで決めるよりも、きっと自分で選んだ道のほうが幸子のためになるわね」

 

「そう、ですか……」

 

 幸子は目を伏せた。

 今回の騒動は些細なすれ違いだ。

 幸子両親は彼らの両親からの紹介によって結婚しても仲睦まじい関係だという。自分たちが上手くいったのだから同じように娘の結婚を決めたのも仕方ないのだろう。第三者である自分からすれば浅慮な部分も感じるが、幸子の言葉を借りれば庶民だから常識が違う。母親も上流階級では親が婚約者を決めることなどはざらにあると言っていた。

 

「……なら」

 

 これ以上は親子の会話だと、自分は一歩下がった——が、プロボクサーのジャブ顔負けの速さで伸びて来た白腕に胸ぐらを掴まれる。

 

「私はこの庶民! 竜胤と婚約しますわ!」

 

「なっ、何だと!?」

 

「え、えぇ!?」

 

 まさかの展開である。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい。確かに口出ししないとは言ったが、もう少し考えてからにしなさい。別に学生時期に婚約しろなどとは言わない。成人して、社会に出てからでも——」

 

「でももかしこもありませんわ! 私が竜胤と結婚したいから婚約するのです!」

 

「しかし、その子は幸子が言うように庶民ではないのかね? もちろん、幸子がしっかりと考えたなら否定する気はないが、あまり身分差があれば幸子ではなく相手のほうが疲れてしまう可能性も……」

 

「おーほっほっほ! この竜胤、ただの庶民ではありませんのよ! 入学初日に私を打ち負かし、今日穂村プロに勝ったデッキの調整も付き合ってくれましたの。アカデミアでの勉学もデュエルの腕も問題無し。しかも——」

 

「しかも——?」

 

「あの大州チャンピオンにまで登り詰め、海馬瀬人に僅かな差で敗れてしまった一月春プロの息子なのですわ!」

 

「なっ、なっ、なっ……それは本当かね?」

 

「一月プロといえば、現役時代は並居る世界の強豪たちを破り、殿堂入り候補とまで言われたデュエリスト……女性プロだと歴代最強とも……」

 

「竜胤ならプロデュエリスト業界に参入しようとしている海野家の婿として相応しいどころか最高。本人の腕前は一月プロと幼少の頃からデュエルを繰り返し、ピカイチ!」

 

「……たしかに……何も問題ないな……」

 

「それならそうと早く言ってくれれば良かったのに。幸子に好きな人がいたなら、もっと早く考えたわ」

 

「この先も自分で選択するために、今日のデュエルは必要だったのですわ」

 

「……そうか」

 

「幸子……」

 

 子供から大人に。

 親からすれば、子供はいつまで経っても子供だ。しかし、ふとしたときに「大人になった」と感じることがある。それは容姿か、精神面か、色々あるだろうが、きっと幸子両親は彼女の言葉にそれを感じ取っただろう。

 

「いやはや、こうやって子は成長していくものなんだな。分かった。別に竜胤君の立場に押されたではなく、幸子が決めたからこそ、その選択を信じようと思う」

 

「竜胤君。幸子のことをよろしく頼むわね? とっても良い子だから」

 

 急展開過ぎて追い付けないのだが。

 未だ自分は一言も発していないにも関わらず、既に了承されている。

 返事をする前に両親公認とは。

 

「ほら、行きますわよ竜胤。お父様とお母様の許可も取れましたし、今度は近くにある邸宅の紹介をしますわ」

 

 と、今度は首根っこを掴まれてデュエルスペースを退出させられた。

 一体どこにこんな力があるのだろうと、疑問に思ったのであった。

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