黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19) 作:神の筍
海野家邸宅は❝家❞というよりも❝リゾートホテル❞と言われたほうが信じられるほどの広さだった。
本社ビルを出て少し歩き、門扉に着くと幸子がインターホンを鳴らす。その後、直ぐにリムジンが走って来て三分ほど走行した。道中の説明によれば幸子父親がゴルフをするためのショートコースがあったり、ハーブ園の好きな幸子母親の専用スペースがあるらしい。もちろん、ここにもデュエルスペースは存在し、自分はいつでも使って良いと言われた。
本邸に入ると数十人の使用人が出迎える。
想像通りというか、妄想通りのスケールを見せつけられてビックリだ。
挨拶もそこそこに幸子は自分を婚約者だと説明すると直ぐに彼女の自室に案内された。
「……はぁ、ようやく終わりましたわ」
結果的には幸子の完勝と言えるデュエルだったが、未来を決める一線。疲労は溜まっていたのか彼女は重たい息を吐く。
「竜胤。こちらに来なさい」
見るからに高級そうなベッドに腰を下ろした彼女は隣を叩く。
自分は素直に座った。
「別に断って貰ってもかまいませんわ。ただ、私が竜胤を憎からず思っていることは知っておいて欲しいですの」
「いきなりのことだったが、幸子のことは好ましく思っている。すっ飛んで婚約というのも驚いたが、受け入れる自分もいる」
「本当……?」
「しかし、自分には中々言い難い秘密もあるからな」
前世の記憶のことではない。
アレは碑文や記録を読んだようなもので、確かにあるが大して変わらないからだ。この先も誰も一々言うことはない。
ただ、目下の問題としてこのドラゴンメイドたちのことがある。
『ついにご主人様に奥方候補が現れましたか』
『結婚しても捨てないでちょうだい……うぅ……』
『わーい! 結婚っす! 結婚っす!』
『よりメイドらしくなるわぁ』
『まぁ、おめでたいわねぇ』
『……!』
一体どこから持って来たのかと、全員楽器を持って騒いでいる。幸子には見えていない、聞こえていないので精霊界由来のものなのだろう。
「秘密の一つや二つくらい持った男のほうが私の夫に相応しいですわ」
と、嬉しいことを言ってくれる。
だが、何だかんだ精霊たちとそういう関係ではあるし、婚約したからと言って断ち切るつもりもない。そういうことを受け入れてくれなければ難しい。
「幸子」
「何ですの?」
「カードの精霊というのは知っているか?」
「……? デュエリストの合間で広がっている、魂が宿るという都市伝説ですか?」
「まぁ、そうも言うな。もしそれが本当で、精霊がいて。その精霊が見える、話せる、触れられる人間がいたとしたらどう思う?」
「まさか……竜胤がそうですの?」
察しの良さで尋ねて来る。
「まずは見たほうが早いだろう。この部屋には暫く人は来ないのか?」
「使用人は私が呼ばなければ来ませんし、両親が来ても先に室内電話に連絡がありますわ」
枕元には電話があった。
これだけ広い邸宅なら言伝一つにも必要だろう。
「そうか。まぁ、信じられないかもしれないが、もう見たほうが早いだろう……ハスキー」
「——はい。ご主人様」
「……まあっ」
煙のようにハスキーが現れた。
いきなりのことだったが、ハスキーはそれをいつもより見越して気配を落として在るため幸子もそれほど驚いていない。
「他にもいるが、最初から全員見せても驚くだろう? 《ドラゴンメイド・ハスキー》だ。明日香とのデュエルで見せたことがある」
「たしかに、そっくりですわ」
「本人だからな」
デッキからハスキー、ティルル、パルラ、チェイム、ナサリー、ラドリーを取り出す。
「ハスキーを筆頭に自分に仕えている精霊であり、メイドでもある。自分は生来、この精霊が人間と同じように見えて言葉も話せる」
母親のように波長があった精霊が見えるわけではなく、その辺にいる精霊も見えるタイプなのだ。いや、もはや精霊が見えるどうのこうのではなく一般的な動物と同じようなもので、区別は正直無い。
「ドラゴンメイドは特に格があって力を持つ。そのため精霊が見えない人でもこうやって物質的な存在を高めて見えるように出来る。あとは色々と、簡単に言えば不思議パワーとか」
「どことなく不思議な気配のある人でしたけど、そういうことだったのですね」
「不思議な気配?」
「ええ、まぁ、竜胤自体もそうですが……いつの間にか茶菓子を用意されていたり、部屋が随分と綺麗だったりと」
自分では上手く誤魔化せていると思っていたが、違和感を持たれていたようだ。
「今さらその程度のことで気持ちが揺らぐことなどありえませんわ。それともまだ他に?」
「……何というか特別仲が良いということもあるがそれよりも彼女たちは——」
「今、妙な早口で流そうとしましたが聞き捨てならない言葉がありましたわよね?」
「……」
「ふぅん。それで竜胤は同年代にしては女性の扱いになれていらしたのね?」
「……」
「まあいいですわ。先ほども言いましたが、私の夫になるのですから精霊だの何だの言っても女を転がせるくらいの器量はあって然るべき。どうせ私だけだとは思っていませんし」
「いや、さすがに幸子以外とは関係を持つつもりはない。人間とは」
「そこは言い切りなさい」
鼻を摘まれる。
痛い。
「上流階級の人間が血筋を残すために一人を囲うことはそう珍しいことではありません。余程の非人格者でなければ受け入れますわ」
度量の大きさを見せつけられた。
「ふふ、では早速庶民の手練手管を見せて貰おうかしら? 生中な技量ですと初日から愛想が尽くかもしれませんわね?」
「婚前交渉は良いのか?」
「陋習に過ぎないのですわ」
と、ぎこちなく触れ合う程度に口付けをしてきた。
幸子はその気になっている。
据え食わぬほど男は腐っておらず、膳は皿まで食らう派だ。
本人がこう言っているのだから、楽しませてもらおう。
幸子の肩を抱き、抱擁すると甘いひと時を過ごした。
「……りゅ、竜胤……しゅごいでしゅわ……庶民のくしぇに……」
「そこまでか?」
『普段からドラゴンである私たちですら組み敷いておられるのです。人間で、それも生娘ならばこうなるのも仕方ないかと』
「……それもそうか」
一、
さて、自分の両親に幸子と婚約関係になったことをPDAで報告すると「おめでとう」と帰って来た。
母親も父親も夏休み終盤には仕事に区切りが付き、帰って来るそうなのでより詳細はそのときで良いだろう。普通の家ならば飛んで帰って来そうだが、親子共々この関係性は距離感がちょうど良いので助かるものだ。
「それで、話は纏まったのか? アヤメ」
「はい、主よ」
自室にて《妖眼の相剣士》の精霊、アヤメと向かい合っていた。
彼女は以前、廃寮で見つけた白い仮面を巡って自分に伝えなければ習い事があると言っていた。そのことについて考えが整理出来たようで、今から聞こうとしているのだ。
「まず、事の始まりは''深淵''と呼ばれる精霊界における隔絶された地についてお話しなければなりません」
——''深淵''。
それは荒波と氷塊に囲まれた、とある大陸の中心に存在する深穴のことだと言う。
北に霊峰と崇められる山脈。東に激しい砂嵐の吹く大砂漠。西に太陽でも降って来たかのような焦土荒野。南には鬱蒼とした樹々の連なる大森林……その真ん中に''深淵''はある。
「''深淵''は大陸の者たちにとって、全てでした。今在る文化、信仰、技術、財宝など、ありとあらゆるものが''深淵''から出て来たと言われているのです」
「比喩表現か?」
「いえ、比喩などではなく、事実なのです。私がそこにいたときも''深淵''の方向から何かが飛んで来たのを見たことがあります。それは砂漠に住む民たちへ恵みを齎した」
謎の深穴から飛んで来るもの、か……自分なら疑ってしまうが。
「かつて私が住んでいた大陸唯一の国家——ドラグマ。この国は''深淵''より信仰を与えられ、生存競争の激しい大陸に終止符を打つべく教義の導きを与えることを主としておりました」
要するに宗教国家だ。あまり良い印象は受けないが。
「生まれも育ちもドラグマであった私は教義を絶対とし、それを知らぬ者は愚かだとすら思っていました。初めは小さな教会の修道士に過ぎませんでしたが、その信仰の厚さを認められ、やがて都会の教会へ。そして、聖都の大教会で聖痕を記されるほどになった」
「聖痕とは?」
「これもまた、''深淵''から与えられた力です。たとえ安寧を齎すために教義を説いているとはいえ所詮国家という形。思想の対にはまた別の思想がある。信じ、従わぬのならば待っているのは戦いです。ドラグマ信徒の中でもさらに優秀な者は身体に特殊な証を刻まれることにより、強力な力を手にする」
「僧兵というわけか」
「神徒と呼んでいました。あの白い仮面は一般的な神徒が信仰に殉じるために顔を隠す道具。何者でもなく、教条主義の僕となるための」
「つまりアヤメも元は神徒だったというわけだ」
「自分で言うのも恥ずかしい話ですが、私はその神徒などというレベルではありません。本来、一つでも宿せたら奇跡と言われた聖痕を四肢に一つずつ。計四つを宿す騎士でした」
「四つも?」
「ええ。相剣の隠れ里に訪れ、自身をアヤメとする前の名は《教導(ドラグマ)の騎士フルルドリス》。教義のために最も無辜の人々を殺し、滅ぼし、恨まれた愚かな女。それが私の正体なのです」
「そうか……」
まぁ、深刻そうに明かされたことに一々反応はしない。
たしかにアヤメは抵抗しない者を教義の下殺したかもしれないが、そこにはまだ信じるものがあった。側から見れば馬鹿馬鹿しいと思える思想も、彼らにとってはかけがえのないものなのだ。
膝をつき、震えながら地面を見つめる彼女の背後にいるメイドたちを見る。
『……っ』
自分の視線に気付いたのだろう。ハスキーを筆頭に笑みを浮かべた。
そう、このドラゴンたちに比べたらマシなのである。
あくまで寝物語聞いたことだが、何となく吐いた火が村々に落ちて数百人規模の死者を出した。嵐を起こしたら大洪水でとんでもないことになった。財宝が欲しくて一国の城ごと飲み込んだ。寝起きで欠伸をしたら破壊光線が出て山を切り崩してしまったなど、盛ってそうで盛っていないような話をするのだ。
もしかすると冗談で言ったのかもしれないが、半分以上は本当だと思っている。
「過去の行いを反省し、己を愚かと評価出来るのならばそれは顧みている証拠だ。本当の愚者は顧みることすら出来ず、自分が何をしたのかも分かっていない者」
「主……」
「安心しろ。自分は今のアヤメを知っている。過去を知って見方を変えるほど、浅い関係じゃない」
「ありがとうございます」
そう言ってアヤメは縋るように手を伸ばして来た。それに応えるよう、彼女を抱き締める。
『あー、アレは今晩ヤるやつっすね』
『もう、パルラちゃん野暮よ』
『でも初日からアヤメは凄かったす。処女の癖に』
『精霊界に存在するモノはこちらと違い、子を成す方法が異なるわぁ。それを言うと、あなたも、私たちも同じだったでしょう?』
『くぅ、今日は私だったのに……!』
『……っ』
好きに騒いでいるメイドたちはともかく、続きを促す。
「しかし、そこまで信奉していたんだろう? なぜドラグマを出奔した?」
「ドラグマは私が生まれるより前から改宗を迫り、国民を増やして来ました。ただ、それは無理矢理かもしれませんが、実際に救いがあったからなのです。教義を信じた者には食事をやり、家を建てる。清貧ですが、今を生きることは出来る」
教義を信じることでドラグマにどのような見返りがあるのかは分からないが、最低限のことはやっていたようだ。
「ですが……ある一時から、ドラグマは変わった」
「変わった……?」
「はい——聖女の誕生です」
「——聖女」
「聖女は古よりドラグマに伝わる、''深淵''と深く繋がる者です。その者は同じく''深淵''から与えられた聖痕を数多く宿すことができ、ドラグマの指導者よりも信者たちを導くことが可能とされる」
「待て。数多くだと? なら、アヤメも——」
「騎士フルルドリスは聖女フルルドリスと呼ばれたこともありましたが、所詮は武力による誇示。真の聖女たるエクレシア様とは比べ物になりません」
……。
「私は先んじて聖女になったことにより、心で人を導けるエクレシア様のお付きになりました。エクレシア様を物理的に守るのはもちろん、他にも人として生きていく道を教える役目もあった。むろん、それは教条主義の下」
アヤメは未だそのエクレシアに対する敬愛を抱いているようだ。それほどまで素晴らしい聖女だったのだろうか? だが、そんな人物が現れればアヤメが出奔する事態にはならないような気もするが。
「はい。たしかにエクレシア様との日常は輝かしいものばかりでした。ですが、そのときからです……テトラドラグマの声を聞く大神祇官から、エクレシア様を前線に送り、より早く、強く、強引に改宗を早めるようにあったのです」
「テトラドラグマは御神体か何かの役割か?」
「そのようなものです。テトラドラグマは言わば''深淵''の分祠。大神祇官は『''深淵''の言葉を聞いている』と言っていましたが、本当かどうかは……」
「察するに、聖女エクレシアはドラグマを勢い付けたものの、改修した人々への補償は間に合わず、取り零しも増えたと」
「仰る通り。ただ、私がドラグマと……教義と襟を分つこととなった原因はそれではない。エクレシア様は……——竜を治療なされたのです」
「竜、か。こちらの世界はともかく、精霊界ではたかが竜程度珍しくもないだろう?」
「そうです。しかし、テトラドラグマはそれを赦さなかった。大神祇官は子飼いの神徒からそれを聞き、翌朝にはエクレシアの追放と追討を命じました。教育係の私にも。多くの者はその発表に反発しましたが、大神祇官は聞く耳を持たず……」
竜殺しの教義があるならば、アヤメも疑問に思わなかったはずだ。ならば、その竜がテトラドラグマ——否。''深淵''にとって、都合が悪かった?
「追放に意見し、追討命令を拒否した私はテトラドラグマの意志に逆らったとされ、城内で捕えられそうになりました。ただ、生半可な神徒程度には触られることすらさせぬ自信があります。事前に決めていた場所でエクレシア様と落ち合い、トライブリゲードのいる場所に行こうとした」
知らない単語が出て来たが、今は聞き役に徹する。
「私を抑えるべく大神祇官は同じ教導の騎士を何人も送り込んで来た。全てを振り払う頃にはエクレシア様とは真逆のほうへ行き、相剣の隠れ里に助けられたのです」
「エクレシアはどうなった? あと、トライブリゲードについての説明も」
「トライブリゲードはドラグマに反抗する現在最も大きな組織です。リーダーのシュライグとは私も何度か打ち合ったことがあり、その度に逃がしていました。恐らく今も戦線は維持されているでしょう。
エクレシア様に関しては分かりません。砂漠に入ったことは確認されているんですが……いえ。きっとあの方なら大丈夫。必ず生きて、ドラグマの魔の手から逃れているはずです」
「アヤメの話は分かった。辛い過去もあっただろうが、よく話してくれた」
「……いえ、その」
「そうなると、あの部屋に神徒の仮面があったことが問題だ。他の道具を見るに乱雑した収集の結果にも見えるが、隔絶され大地にも行ける人物がいたということになる。趣味であればともかく、妙な気を持つ存在なら……」
「気掛かりがもう一つ——」
「——《悲劇のデスピアン》」
「ええ。ドラグマは曲がりなりにも北の大国。大陸内の情報は充実しています。大体どんなモンスターが住んでいたのかも知っていました。ですがあれは……見たことも、聞いたこともない」
「アヤメも知らないうちに何か起きたのかもしれない。それこそ、生態系を変えるような何かが」
「……っ」
「精霊界に戻って、大陸には行けないのか?」
アヤメはふるふると頭を振った。
「基本的にこちらの世界と精霊界の座標は表裏一体。規模は精霊界のほうが桁違いですが、仮にこちらに来てから精霊界に戻っても全く違う場所に出るのです。ただでさえ隔絶された大陸……方向も分からなければ、分かったとしても行けるのかどうか」
「そうか」
何か力になれればと思ったが、そう上手くはいかないようだ。
「実は頼った相剣の隠れ里でも問題があり、もはや道の分からなくなった私を拾ってくれた主には感謝しています。どうか、悔やまないで。私は今も助けられている」
ハスキー曰く、自分は精霊に好かれる体質だという。ただ、どういう好かれ方をするかというと精霊それぞれで違う。
ドラゴンメイドたちのように奉仕の心を抱いてくれたり、ウィッチクラフトの魔女たちのように図書館……即ち居場所としての好かれたであったりと様々だ。
集まった精霊たちは未だ自分の側にいれば、自分に訴えて何か運命を感じた者へ渡したりする。最近で言えば八雲プロの《樹冠の甲帝ベアグラム》が良い例だ。
止まり木を気取っているが、長く共に過ごした精霊たちが困っているなら出来るだけ助けたいものだ。
自分はそんなことを考えながら、アヤメの頰を撫でた。