黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19) 作:神の筍
『墓守、司馬八達に嵌められる。』文字数:約8千字
時は後漢、蒼天に座す天子が中華を治る頃――本来、国の舵を取るべき皇帝は宦官によって傀儡と化し、彼らの専横が続いた。対峙する有力官僚たちは謂れなき罪を問われ地方へ、或いは処刑台へと連れて行かれる。中心である落陽ですら路地裏で腐体を啄む烏たちが目立つ中、各地では虎視眈々と天下を狙う者たちがいた。
ある者は中華の土台から引っ繰り返すことを狙い――。
ある者は誇りある武力を持って威を示し――。
ある者は仁徳を重んじ、明日の夢を見せるように――
これは、そんな乱世において、一切の天下を望むことも無く、ましてや俗世にすら関わる気の無かったにも関わらず陽の下へと躍り出た青年の物語である。
一、
匂いがした。
甘い香りでも、酸味の効いた食欲を促す香りでもない。
深く深呼吸を擦れば足の先まで明確に主張を続けるのは――血の香り。即ち、戦いの香りだ。
腰に先ほど狩った野兎を二羽巻き付けている青年はそちらの方向に脚を早めた。
「……」
五十歩も進むと剣戟の音で鼓膜が震える。草むらを分け、毒虫に気を付けながら隙間から顔を出す。幸運なことに青年は大岩の上に出たようで戦いの場が良く見えた。
「……」
そこにいたのは歩兵二百弱と騎馬三十の、適当に獣皮を鞣したような恰好をする賊だ。ざんばらに髪を伸ばし、下卑た笑みを浮かべているがその表情は油断なく武器を構えている。賊を指揮する人間は五人もいないが、よく見れば泥に塗れた皮の下には鉄の鎧が見えた。
青年は考える。
賊と貴人が襲われているのならば、容赦無く貴人に加勢しただろう。それは見返りという我欲もあったが、一番は『目に入る人間くらいは助けよう』という彼なりの志があったからだ。だが、あからさまに貴人同士の勢力争いならば話は変わる。たとえ今回迎撃しても二度、三度とあるだろう。狙われた貴人に関係があるとして執拗に襲撃してくる可能性もある。ただでさえ世が荒れて賊が頻出するこの時代、必要以上の敵は作りたくなかった。
「あれは……」
青年が呟く。その視線は襲われていた三台の馬車に向けられている。
一人、一人と人海戦術を駆使して倒れていく貴人の護衛の背後で馬車の入り口が開けられる。本来ならば車内で縮こまっているはずが、何たる豪胆さ。それとも阿呆なのか……。
出てきたのは八人の人間だった。
男か女か、性別も分からない。何故なら全員が白黒の外套と仮面を付けていたからだ。身長こそ違えど、護衛が斬り殺される様子を一切の声音も漏らさず眺めている。
「仕方ない、か――」
異様な光景だったがそこで青年は加勢を決心した。ある種の精鋭のような印象を受ける八人だが、そもそもが帯剣している者が二人だけだったからだ。おそらく五十人はいたであろう貴人たちの護衛は五人ほどに減り、その五人は現在進行形で斬り刻まれている。
敵は騎馬も合わせ二百人と少し。帯剣をした二人には馬車を背に残りの六人を守ってもらい、あとは自分が倒せばよい(・)。
そう考えると、青年は野兎とは逆に括っていた仮面を手に取る。巷では西から辿り着いた華美な仮面が人気らしいが、これは先祖を尊んだ何代か前の先達が彫った仮面だ。
吸い付くように仮面を装着して屈んでいた身を上げる。
八人の中心にいた人物が一番に気付き、彼を見上げた。続いて帯剣した二人と、それに釣られた賊と目を合わす。
三階建てほどの高さから、その身の重さと衝撃をも感じさせぬ軽やかさで降り立ち――相手が何か言うよりも前に一番近い歩兵の身体に穴を開けた。
「なっ――」
再び、相手の指揮官が声を発するよりも前に二人に穴を開ける。
青年の体躯は約六尺一寸(190cm)と平均より高く、拳もそれなりに大きい。だが、拳は拳である。普通ならば人に穴など開けられぬし、ましてや獣皮の上から……それでも彼の拳は歩兵の身体に人間台の頭の穴を開けて殴殺した。
やがて二十人も殺した頃、静寂が怒声へと変わる。
「殺せ! そいつを殺せ! 囲んで斬殺せよ! 騎馬隊は私に続け!」
この場で最も位の高い指揮官は的確な選択を取った。
数十秒で歩兵を死兵に変えるその強さ――間違いなく、武芸者だ。
漢帝国でも数えるほどしかおらず、その尽くが上級官僚になっている。気と呼ばれる未知の力を持ち、己の拳・剣・槍・弓で実力と状況次第で一軍すらも滅してみせる者。この指揮官はかつて官軍と協力して賊滅の任を受けたとき、その力を見ていたためすぐに対応することを決めた。
幸いにして今回殺すように命じられた相手に馬はいない。初動で矢の的となったからだ。ならば、数の多いうちに武芸者を討って逃げられた場合は騎馬で追い掛ければ良い。
「――甘いッ」
しかし、青年は並みの武芸者ではなかった。
拳を振るえば十人の歩兵が跳び、足を薙げば馬が三頭は吹き飛ばされる。賊――を装ったとある貴人の子飼い兵たちは恐慌状態に陥った。
その隙を逃すことなく何十人も穴を開けていく。
個人対集団の戦いにおいて勝ち筋を探るならば集団の頭を獲れば一気に瓦解する――指揮官が彼を認識したとき、既に指揮官の乗っていた馬の向こう側にいた。そして、指揮官が見たのは血の噴き出しながらゆっくりと地面に投げ出される己の肉体と、悲鳴を上げながら森の中へ消えて行く部隊員の姿だった。
青年は一度、手に持つ頭部を見る。
遠目から見ても知り合いではないが、念のためだ。
「――お待ちくだされ」
それを投げ棄てようとすると、声が掛けられる。一番早くに青年に気付いた者だった。その声音は高くも無く低くも無く、どこかただの振動のようで、例え戦場であってもこの声だけは聞き取れる気もした。
「まずはお礼を。我らが命をお助け下さり、感謝の極み。この身等は全員女、捉えられていれば穢されたでしょう」
青年は既に今の戦いが本来貴人同士の、どこか家同士の軋轢から来るものと理解している。それでも相手が賊のような言い分で通すということは聞かれたくないことだと判断して、踏み入り過ぎないような言葉を選ぶ。
「ここにいたのはただの偶然、感謝するのならば貴方たちの天命に頭を下げるべきでしょう。それでも足りないと思えるのならば、どうか貴方たちがお世話になっている者たちへ」
要するに、ここで見たことも関わり合ったことも内緒にするよ、ということだ。青年は相手もそれを望んでいるだろうと判断したが、相手は大げさに頭を振って見せた。
「いえいえ、天命が私を見ているのならばそもそもここに誘わなかったでしょう。感謝すべきは貴方――お名前はいただけますか?」
偽名を名乗るかどうするか。青年が考えたとき、相手の方が「失礼」と言って仮面に手を掛けた。
仮面を取り、外套も脱ぐ。
そこにあったのは紺色の髪を腰ほどに伸ばし、厚い布地で編まれた衣にも関わらず起伏を窺える女体だった。三白眼が青年の心を覗き込んでいる。
「私の名前は――――司馬懿。落陽にて尚書右丞を任されおります司馬防の二女。真名を藍梟(らんきょう)と申します」
司馬懿と名乗った彼女は天命を信じていなかったが、青年との出会いが天命だと言われれば素直に頷いただろう。それほどまでに彼と彼女たちの出会いは運命的だった。そして、その奔流はやがて中華を吞み込んでいき、蒼天をも覆うほどになる。
一、
「ほう、では劉翼殿はこの地で墓守を。先祖代々の命を全うするとは正に仁徳の士。道理でこの地が風光明媚であると思いました」
大げさにこちらを持ち上げて来る司馬懿もとい藍梟に苦笑いを浮かべながら青年――劉翼は話を聞いていた。
あの後、藍梟を始めに後ろにいた七人も仮面と外套を取って素顔を晒した。そこにいたのはどことなく顔の似通った七色の女たちで、藍梟を合わせて司馬家の八姉妹であるという。世間に疎い劉翼は司馬家が有名なのかも判断が付かなかったが、洛陽――基本的な知識は学んでいる――の高級官僚と聞いてほんの少し背筋が伸びた。
「それだけの強さを持ちながら誇ることなく郷里に奉ずる。劉翼君は凄いのねぇ」
現在、劉翼は元々藍梟たちが乗っていた馬車で彼の家へと向かっている。三台ある内の二台は穴だらけになり、馬も死んでいた。しかし、相手の騎馬が残っており、それに手綱を引かせているのだ。ちなみに御者にいるのは八姉妹の中で帯剣していた二人――五女・六女の司馬恂と司馬進改め柴獅(シィシ)と朱鷲(ホンイン)だ。
馬は四頭も確保したため計九人乗ることは簡単で荷があっても問題ない。馬車の後方には食料と酒、姉妹の着替えなどが置かれ、御者に近い前方で劉翼たちは固まっていた。元々乗せていた八姉妹用の椅子と、適当な荷物の入った木箱を椅子にした劉翼との距離は妙に近く、それこそ真横に座る藍梟と長女・司馬朗改め桃羊の肩は触れ合っている。
「あんなに多い賊を拳一つで倒しちゃうんだから、劉翼君ほど強い武芸者も都に片手ほどいるかどうかじゃないかなぁ。男性だと一人もいないかも」
誉め讃えながら桃羊の左手は劉翼の腿に触れ、もう片方の手で腕を取った。二の腕が埋まってしまうほどの大きさだった。
藍梟が言った通り劉翼は墓守の一族だ。
一族とは言ったが、少し前に父母が病没してから一族は彼一人であり、もはや一族とも言えない。一応が“劉”の名前を持つ者であるため、血筋自体は探せばいるのだろうが、誰かを頼る気にも、頼る必要もなく暮らしていた。そんな若くして門を閉ざした識者が如く生活に女っ気は一つも無く、降って沸いたような接触に恥ずかしさを覚えるほどだった。
劉翼が桃羊に止めてくれるよう言おうとしたとき、藍梟が口を開く。
「それにしても墓守ということは劉翼殿は人里に暮らしていないので?」
同じように身体を押し付けて来る藍梟に舌が固まりながら返す。
「あ、ああ。あるのは自分の家と墓くらいだな……だが、本当に自分の家で良いのか? 近くの村くらいまでなら付き合うが……」
口調に関してはいつも通りで構わないと許可を貰っている。劉翼もそちらの方が楽であるため助かった。
「そう言わずどうか家にお招きを。劉翼殿もご察しかも知れませぬが、先の事は少々厄介な類のもの。事態収拾後も中途半端な関係があれば我々が関与しない時に御迷惑を掛けるやもしれませぬ。そうなればこの司馬懿、胸が痛うございます。なれば、今日より数日、余った食糧と酒で歓待させてくれませぬか?」
余った食糧と酒は本来護衛たちが分だ。
「そう言われるとな……」
劉翼とて儒学は搔い摘んでいる。“仁”を持って人を助け、“礼”を持ってそれに報いる。“仁”を成した者は相手の“礼”を受けるのも道徳的義務なのだ。
これも縁か――と、考えると彼は了承の意を藍梟たちに伝えた。
「それはそれは、我らに“礼”の機会を与えてくれるとは大変有難く。この八姉妹全員で務めさせていただく故、お愉しみに」
一瞬、自身の考えが読まれたのかと劉翼は思ったがそんなことはないだろうと首を振る。すぐに切り替え、どうせ何かの機会だと彼女たちに落陽のことについて聞くことにした。行ってみたいなどとは思わないが、無難な話題がそれくらいだったのだ。しかし、劉翼の質問に藍梟を始めとした御者二人以外は面白可笑しく話してくれ、思いのほか盛り上がる。
ようやく中天が夕陽へと帰る頃、劉翼の家が見えて来たのであった。
二、
劉翼の生家は貴人にしては粗末で民草からすれば豪華といえるような、見る人が見れば豪族の住まう平屋建てのような見た目をしていた。
かつては人も多かったであろう屋内の殆どは成りを潜め、今では出入り口から一番近い部屋が劉翼によって使われているくらいだ。頻繁に行き来するのは台所と庭にある井戸くらいで、奥の部屋はそもそも二度三度しか入ったことがない。父母が寝ていた寝室は月に数度掃除しているが、次第に声も忘れていた。ちなみに、紙と布と水洗は何故か発達したこの世界。当たり前のこと劉翼の家の便所も井戸とは違う地下水に流されて匂いなどは一切無い。
「悪いが少し待ってくれるか? 今日獲った野兎を捌いてしまいたい」
「ええ、ええ。それが命を獲った者の道義というもの。こちらに気にせず……しかし、一つよろしいでしょうか?」
「……?」
「どうか我々にこの屋敷をほんの少し見せていただければと。ついでに埃の一つでも掃ければ、劉翼殿の父母祖方にもお顔向け出来るかと」
「む、ん……ああ、悪い。汚かったかな。だが、貴人にそんな真似をさせるわけには……」
「どうかお気になさらず。我が母司馬防からは庶人であろうと貴人であろうと自らが寝る部屋は自らが整えろと教えを受けております。汚いなどとは到底思わず、心持ちの問題なのです。どうか御恩を拾う機会を与えてくだされば」
「じゃあ、頼むよ。自分は興味なかったんだが一番奥の部屋にいくつか書物がある。黒犬(ヘイゴウ)が興味を抱くほどのものは無いかもしれないが、適当に読んでもらって構わない」
黒犬とは七女・司馬通の真名だ。彼女は自らを書生と評価して、洛陽でも部屋に籠って書物を読んでいたらしい。
「ほう、それは有難い! 郷土には郷土の書物があると聞く故、楽しみですな!」
と、黒犬が笑みを浮かべる。
「柴獅、野兎は二羽いるため劉翼殿の言葉をよく聞いて手伝うように。桃羊姉と緑蛇(リンシェア)と黄鹿(ハンシー)は荷物から食事と酒の準備を。朱鷲と水狐(シュイフー)は荷の整理を頼む。黒犬は私と共に……では、劉翼殿。少しの時間をいただきますので」
「分かった。野兎はもう焼いてしまうから、そちらが出してくれる食事はそれに合わせてくれると有難い」
「――是」
劉翼は貴人が自分の手で獣に刃を入れる姿は想像出来なかったが、意外にも紫柴の手際は良く、少ない助言で野兎を解体していった。野兎以外での経験があるのだろう。血抜きは狩って直ぐに行っていた。後は香草に包んで火の起こした灰に埋めれば勝手に出来上がる。
人数分の皿と、幾枚か余分に取って居間に入る。
そこには劉翼が示しただろう部屋から書物を持ってきた黒犬がいた。
「劉翼殿! お手伝い致します!」
「いや、大丈夫だ。そのまま読んでくれ。どうせこのまま虫食いになってた本を読んでくれる方が有難い」
「何とお優しい! 本来ならその言葉に甘えず足を動かすべきなのですが、今回ばかりはそれに甘えるとしましょう。何故なら、ここにある書物は都に溢れる儒家の意が入った史書も無く、好事家の集めた空想小説などではなく、坦々と世の流れを書いた――そう、日記です!」
「そ、そうか……」
熱く語る黒犬を尻目に劉翼は皿を並べた。
劉翼とて幼い頃は父母に勉学を教わっていた。ただそれは儒学に基ずるものではなく、あらゆる方面に対して角も立たず才も立たぬ、悪い言い方をすれば浅学菲才を生むものだった。黒犬が読んでいる書物で字と音を習ったことがあるものの、正直役立つ教えが書かれているかというそんなものはない。だと言うのに、面白そうに目を通す黒犬を見て『都会の人は不思議だな』と感じた。
やがて紫獅が灰の詰まった壺を持って来る。
香草で巻いた野兎を埋めると、炭に一本火をつけて窓の側に安置した。煙が篭らないように窓を開けると夕陽が沈んでいく光景が目に入る。少し早いが、豆から自家製した蝋燭にも火を付けて部屋を明るくした。書物を読むにも十分な明るさだった。
「――劉翼殿」
振り返ると藍梟が立っていた。本当に掃除をして来たのだろうか腕は捲られており、箒すらも持っていた。
「闇が深まって参りましたので今日はこの程ということで。ちょうど桃羊姉と緑蛇と黄鹿も来ました」
丁度良く居間に食事の入った玉手箱と酒瓢箪を持った三人が入って来る。さらに荷を整理していた朱鷲と水狐の手にもあり、どうやらついでに持って来たようだった。
「移動中に食べるものであったため華やかではございませぬが、そこは我らが代わりとなります。劉翼殿は箸と酒に、何かお尋ねしたいことがあれば何なりと。黒犬は読んだ書を全て諳んじることが出来るため、流行の物語も聞かせることが出来ます」
藍梟が柏手を打つと劉翼の座った正面に玉手箱が並べられる。緑蛇が順番に蓋を開いていくと、いわゆる御節のような彩り豊かな料理が並んでいる。
移動中の食事と聞いていたため、てっきり糧食のようなものが出てくると思っていたがそうではなかった。そんな劉翼の様子に気が付いたであろう藍梟が言う。
「これは私どもの食べる予定だったものなので、ある程度色があるのです。とはいえ、酢の物を中心に十日は持つ料理。遠征に向かう校尉などはこういった食事が多いのです」
傍らに用意していた箸を取って感心した。
馬車のときと同じようにいつの間にか藍梟と桃羊が隣に着いている。他の姉妹たちも囲うように着席した。
「さぁさぁ、劉翼君。お酒も飲んでね」
桃羊が盃を持たせて酒を注ぐ。度数が高いのだろう。器に触れるだけで気化した芳醇な香りが鼻腔を突いた。
都にいる貴人すらも舐めて飲むような上等な酒だ。価値の分からぬ田舎者なら引っ繰り返すように喉に流しただろうが、劉翼はそうしなかった。恐る恐るといった具合に鼻へ近付ける。
「……よもや毒を疑っておられるか?」
この短時間の付き合いで藍梟の表情が変わり難いことは劉翼も察している。しかし、今ばかりは特徴的な三白眼が揺れているような気がしたが、酒に集中していた彼は気付くことなく首を振った。
「酒を飲むのが初めてなんだ。父も母も茶ばかりだったからな」
何気なく言った言葉だったが、間違いなく、同時に、彼に注目していた八姉妹全員の眼が光った。
時間にして数秒。
体感にして暫く。
沈黙を破ったのはやはり藍梟だった。
「何と何と! それは目出度い! 劉翼殿と出会いもあれば、初酒のお相伴もさせていただけるとは! これは運命です。どうぞ一飲み下さい。我らもご一緒させていただきます」
すると桃羊は姉妹全員に盃を渡し、同じように酒を注ぐ。全員が胸元まで盃を上げると劉翼が飲むことを待った。
「酒乱で無いことを祈るよ。では――」
劉翼が飲んだことを確認すると、追うように藍梟(ランキョウ)、桃羊(タオヤン)、緑蛇(リンシェア)、黄鹿(ハンシ―)、柴獅(シィシー)、朱鷲(ホンイン)、黒犬(ヘイゴウ)、水狐(シュイフー)も盃を傾ける。
この光景を史家たちが見れば何と名付けただろうか。
劉の名を持つ者と、都でも噂となる司馬八達の酒宴。
後、彼らが大きく歴史を変えていくのだが、今はまだ――たった一人を除いて誰も知らない。
三、
妙な気怠さと共に朝を迎えた。遠くで雀が鳴いている。
肉体は未だ気怠い。
初めて賊を斬り殺したときも、想定以上に多い賊と戦ったときも、同じような時期に病没した父母を埋めたときも感じたことの無い気怠さだ。
「……」
酒乱ではなかった。
酒乱ではないのだが、酒を飲めば飲まれる性質を持っていたのだろう。普通に食事するのとは異なる暖かさに包まれながら、藍梟を筆頭に八姉妹に流されていったような気がする。気付けば藍梟の顔が唇の触れ合う近さにあり、引き波のように酔いが醒めたと思えば桃羊が自身の口で酒を流し込んで来た。いつの間にか姉妹の中で最も身長の高い水狐が背中に抱き着いており、身動きが取れなかった。本気を出さずとも八人程度はほんのひと振りで払えたが、浮ついた意識と害意の無さがその選択を取らせなかった。
あれよあれよ衣服を脱がされ、そして居間には計九人分の衣服が端に寄せられていた。
「……ぅ、ん」
左手が藍梟の枕代わりとなり、右手は桃羊が、足元には水狐が抱き着いている。いつの間にか布団も引っ張って来たようで、他の五人も思い思いに惰眠を貪っている。
「――な」
いつの間にか右手が桃羊の胸を鷲掴みしている。
ここまで節操の無い人間だったかと自省し、周りを起こさないように腕を抜く。身を起こすとこの惨状は現実だったかと唾を飲んだ。
幸い、火鉢を焚いていたため窓は開けていた。男女の交わり特有の淫蕩な空気は風に吹かれている。それでも彼ら彼女たちが出したものは残っており、獣欲を擡げさせるような匂いがしたが負けることなく立ち上がった。
「取り敢えず身体を拭うか」
足音を鳴らさぬように外の井戸に向かい、室内には規則的な寝息を漏らす姉妹だけになったのであった。