黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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『Sun–R–ise』(原作:『ONE PIECE』)
『Sun–R–ise』文字数:約2万字


 

 富、名声、力……この世のすべてを手に入れた男――海賊王ゴールド・ロジャー。

 彼の死に際に放った一言は人々を海へ駆り立てた。

 

『オレの財宝か? 欲しけりゃくれてやる。探せ! この世のすべてをそこへ置いてきた!』

 

 男たちはグランドラインを目指し、夢を追いかけ続ける。世はまさに、大海賊時代であった…………だが、世界が湧き立つ大海賊時代の始まりは、この世にうねりと混沌を起こし、暗雲をもたらす。

海賊たちの中にはひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を目的とした者たちだけではなく、強奪、奪略、簒奪、奪うことに楽しみを覚える者たちもいた。世界政府の名の下に、正義の味方を名乗る海軍もすべてを救うことは出来ず、今もどこかで弱き民たちは悲劇を奏で、救いを求めている。

 

『――もう大人たちは誰もいないんだ』

 

『みんな殺された。私のお母さんも――』

 

 

 

『――あいつらが、あいつらさえいなければ!』

 

『あのとき、あの子の手を掴めていれば……――』

 

 

 

『――辛い。いつまでこんな生活を続ければ良いんだ』

 

『みんな変わってしまった。失ったモノが多すぎる――』

 

 

 

 ――だから、

 

 

 

『 『 『 ――大海賊時代なんて、終わってしまえば良い 』 』 』

 

 

 

「――――大丈夫。

 みんなの声は私が聞いた。歌に乗せるよ。この大海賊時代を終わらせて、『新時代』を始める。

 私の名前は“ウタ”。

 みんなを――絶対に『新時代』に連れて行く。待ってて」

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「――かかれテメェら! 相手は一人、そいつをぶちのめして“プリンセス・ウタ”を売り飛ばすぞ!」

 

 南の海(サウスブルー)に浮かぶ、かつては音楽の聖地と言われた――エレジア。ある事件によって国民の殆どが殺し尽くされ、今やその面影はすっかり鳴りを潜めてしまっている。人の往来があった石畳には雑草が生え、住居だっただろう建造物には蔦や蔓が巻かれ野生動物が出入りしている。

普段はまったく人の見ない浜辺で、海賊たちが剣を剥き出しに怒声を上げていた。

 

「何モンか知らねえが、悪く思――ぐぇ!?」

 

「貰っ――ぬふっ!?」

 

「囲んで叩け! 数はこっちの方が――あば!?」

 

「調子乗ってんじゃねぇぞ! おっ――どわっ!?」

 

 三十人を超える海賊たちは一人ずつ倒され、船長である男の視界にはクルーの間に走る金色の影だけが見えている。残った幹部と副船長は一斉に銃を構え、物音がした方に容赦なく撃った。

 

「――銃か。仲間に当たるぞ」

 

 その声は船長の耳元から聞こえたと思えば、気付いたときには深緑色のズボンを穿いた脛が眼前へ迫っていた。

 

「――ぐはッ!」

 

 そのまま顔を潰される勢いで蹴られ、彼らが乗って来た海賊船の左舷部に叩き付けられる。

 

「こ、こんな強い奴がいるなんて聞いてないぞ……」

 

「“プリンセス・ウタ”はここに一人で暮らしてるんじゃないのかよ」

 

「やはり、お前たちもウタを目的に来た海賊か。大方どこかの人間屋(ヒューマンショップ)に唆されたんだろうが、詰めが甘いな」

 

 そう言って、改めて海賊たちの前に立ったのは一人の青年だった。

 黄金色の髪は適当な長さに切られており、頭頂部に掛けて赤色のバンダナを三つ折りに巻いている。灰色のTシャツには三日月色で『WOLF!』という文字と狼の絵が描かれていた。身長は二メートルを少し超えているくらいだろうか。

 

「……っぐ、クソ。こうなりゃあ――まとめて爆弾の餌食にしてやる!」

 

 副船長の男が近くにあった樽を蹴り倒すと、中から大量の火薬が詰められた爆弾が辺りに転がる。さすがに島を吹き飛ばすほどの威力は無いだろうが、この浜辺くらいなら焦土に出来そうな大きさだった。

 

「火を付けろ、ニッカ!」

 

「へ、へい! ――いやいやいやっ、火ぃ付けたら俺たちも吹き飛ばされますって!」

 

「どのみち一番強い船長もやられちまったんだ! それに、こいつは人間屋(ヒューマンショップ)も知っている。もし売られちまって、一生奴隷のまま生きるんならここで死んで一泡吹かせたほうがマシだ!」

 

「うっ、あ、ぐ、っく……分かりやした!」

 

 太った男が副船長に命じられ、長い導火線に火を付けた。

 

「――面倒な」

 

 その様子を見た青年はすぐに行動を開始する。

 まず、副船長を船長と同じように気絶させ、導火線に火を付けた海賊にその身体を投げる。それに反応出来なかった男は海賊船の方へ二人で転がっていき、やがて青年が先ほど伸した船長と重なった。

 ここまで、導火線の残りは半分。

 さらに青年は加速し、気絶した他全ての海賊をボールのように海賊船の甲板へ投げた。最後に船長たちも同じようにすると勢いよく船を蹴った。程よい距離まで船が行くと、出来るだけ高い位置になるように爆弾を打ち上げた。

 

「死にはしないだろうが、早く起きなければ海王類の餌食にはなるぞ」

 

 時刻は昼。

エレジア島で一発の花火が上がった。それを見ていたのは青年と、今もどこかで歌のレッスンをする二人の人物だけである。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

「――スコルー! ねぇ、スコルー! どーこー! いるんでしょ!」

 

 旧市街地を抜け、かつてエレジア中に音楽を流すための音響設備だった今ではただの白い塔と化した場所に誰かを呼ぶ声がこだまする。

 赤と白の髪を揺らし、白いワンピースの上に浜風が吹いているためかオーバーサイズのスカジャンを着た少女の名前は“ウタ”と言った。

 

「どうした、ウタ」

 

「あっ、いた」

 

ウタが白い塔の一番上に辿り着くと、どこからともなく青年――スコルが現れた。

 

「どうしたも何も、さっきの爆発。いきなり凄い音がしたからゴードンも耳を抑えてひっくり返ってたよ」

 

「お前を狙った海賊の仕業だ。爆弾に火を付けたから空に打ち上げた」

 

「爆弾……そんなの持って来てたんだ。スコルは大丈夫? 怪我してない?」

 

 ウタは腕を組んでいたスコルの身体を見渡した。

 

「問題ない」

 

「そんなこと言って、切り傷でも出来てたらどうするの? バイキンとか入ったら怖いんだから」

 

 バンザイさせて怪我をしてないか確かめようとしたウタにスコルは煩わしく思ったのか一歩後退する。ウタも合わせて一歩前進し、またスコルが後退し、ウタが前進し……やがて塔を一周すると彼は諦めたのか、淵に脚を放り出して座った。

 

「ゴードンは大丈夫なのか?」

 

「うん。ソファにひっくり返っただけだから。もう少し歌う予定だったんだけど、火薬とか使われた空気の悪い日に歌うのは逆効果だからって暇になっちゃった」

 

「そうか」

 

「で、スコルは今日も海賊退治?」

 

「ああ。お前がライブの開催を発表してからこの島に来る海賊が増えた。それに……」

 

 スコルは何も無い宙を睨むと、またすぐに地平線に視線を戻した。

 

「何? 何かいた?」

 

「気にするな」

 

「えー、スコルがそういう反応をするときは絶対何かあるときじゃん……まぁ、教えてくれないのも分かってるんだけど」

 

「別に教えないわけじゃない。ただ、教える必要が無いだけだ」

 

「むぅ」

 

「ライブは来月までに迫ってるんだ。ウタはそれに集中しておけば良い。物事は大体、最初の挫き方によっては後に引き摺る。万全を期することに損はない」

 

「あ――うん……そうだよ、ね。何事も一番最初は肝心だし」

 

 ウタは少しだけ顔を背けるようしてそう返す。どこか影の差した表情はスコルから見えることは無かった。

 

「あのさ、私がライブやることについてどう思ってる?」

 

「さあな。別にやればいいとも、やらなくていいとも思っていない。お前がやりたいならば、やればいい。ゴードンも言ってただろう。『ウタの好きにすればいい』って」

 

「ゴードンは……ゴードンはいつもそう(・)だから」

 

「また――電伝虫でも拾ったか?」

 

「……っ、別に、拾ってはないよ。ちょっとだけみんなの声を聞き直しただけだから」

 

「そうか。落ち着くまでここにいればいい」

 

「……そうする」

 

 二人の耳には漣の音が届いていた。どこかで海鳥が鳴いている。夕陽は今日もいつも通りに落ちる。

 

 

 

 

 

三.

 

 

 

 

 

「――この島にいるのはエレジアの元国王であるゴードンと“プリンセス・ウタ”だけだと思っていたが、よもやあのような存在がいるとは」

 

「気付かれましたか?」

 

「指先ほどの大きさで声のみ拾う隙間でドアを開けたが、明らかに意識を向けられた」

 

「なるほど。この近海でぼろぼろになった海賊たちが見つかると報告がありましたが、彼の仕業で間違いないようです」

 

「恐らくな」

 

「先ほど彼が相手にしていたペルーノ海賊団は他の海賊に戦いを吹き掛けては人間屋(ヒューマンショップ)に売り払っていた武闘派です。懸賞金は九九〇〇万ゼニ―」

 

「あの程度だと思うな。カリファ」

 

「どういうことですか? ブルーノ」

 

 ブルーノ、そしてカリファと呼び合った二人は島の端……洞穴をカモフラージュした秘密部屋にて今まで集めた情報をまとめていた。木板には写真が三枚貼られ、海に向かって歌うウタの姿と海賊と戦っているスコルが撮られている。

 彼らの正体は昼間に来たようなウタを狙う人攫いの類ではなく、世界政府直属の諜報機関“CP0”。とある組織が正義の剣だとすれば、こちらは盾の役割を担う最強の諜報機関とも言われる。

 

「あの男、どこで情報を得たのかこの島を目指したビッグマム海賊団の船三隻を陥落させている。将星はいなかったが、中将に匹敵する息子三人が率いていた艦隊だ。新世界の実力者たちと同等と見做しても良いだろう」

 

「四皇の……通りで海境警備の海兵が騒がしいわけです。下手をすればライブ当日、ビッグマムがそれなりの実力者を送り込んできてもおかしくはない」

 

「ああ。あそこは麦わらとの一件以来、縄張りの締め上げに尽力していると聞いている。将星は不明だが、本気でウタを狙っているならばそれに近しい者は確実に来るだろう」

 

「厄介な。それを踏まえて作戦を練り直さなければなりません」

 

「電伝虫の秘匿回線で上にあの男の情報を求めろ。この島にいつからいるのか、何者なのか。それを知らなければ、俺の能力があっても迂闊には近付けん」

 

「分かりました。ブルーノは引き続きこの島を探索してください。ウタの目的次第ではこの島に大量の軍艦がやって来てもおかしくありませんから」

 

「世界政府もずいぶんとあの女を危険視している。それもすべて――」

 

「“トットムジカ”。

悪魔の実の能力と、古代の魔王を結ぶ可能性のある“世界の歌姫”。いざというときは……」

 

「適切に処理をしろとの命令だ」

 

 その後、カリファはドアドアの能力を用いて島外へ出向し、残ったブルーノは引き続き見つからないようにこの島に滞在することとなる。

 ウタのライブまでおよそ一か月。その動向はファンや市民だけではなく、世界政府、および名だたる海賊さえも彼女に注目していた。

 

 

 

 

 

四.

 

 

 

 

 

 色々なところがウタの話題に盛り上がっていようとも、とうの本人はそんなことを知らず、毎日楽しそうに歌の練習をしている。

 一時期……いや、ほんの数年前まで彼女は死んだように生きていた。だからこそ、この変化は普段から内面を見せないスコルも、そして指導役のゴードンも嬉しく思っていた。人は目標が出来るとさらに上達するようで、その魅惑的な歌声を持ってウタは世界中にファンを増やしていった。

 活動を初めて半年はどこかの街、一年も経つとどこかの国中で、一年と半年で世界経済新聞の一面に頻繁に取り上げられるようになった。二年経つ今ではもう名前を知らない人の方が少ないだろう。

 

「ゴードン。ウタの調子はどうだ?」

 

「スコル君。暫く君も忙しくて顔を合わせていなかったね。ウタの調子に関しては問題ない。最近のレッスンも彼女の調子をただ確認するようなものばかりで、今では私の方が教わることが多いくらいだ」

 

 ゴードン――かつてこの島にあったエレジアの元国王であり、ウタの育ての親代わりのような存在の男である。

 

「そうか。姿が見えたので話しかけただけだ。特に用は無い」

 

「何だかんだ君と知り合ってもう十年以上だ。それはよく分かっているよ。スコル君も最近は……海賊が大変みたいだが、大丈夫かね? 先日も大きな爆発が聞こえた」

 

「ウタにも言ったが問題はない。俺も元はエレジアの民。住まわせてもらっている責任くらいは果たす」

 

「今ではすっかり寂しくなってしまったがね」

 

「仕方ない――赤髪の仕業だ」

 

「そうだな……あの日は、あの夜のことは……」

 

「俺はもう行こう。何かあれば家に、いなければ言伝でも残しておいてくれ」

 

「分かった。スコル君も気を付けて」

 

「ああ――」

 

 元国王、さらにいえばただの音楽家であるゴードンにスコルの動きは見えなかった。瞬きと共に消えた彼のいた場所から微風が吹き、しわがれた長髪とすっかり草臥れた様子の王族服が揺れた。

 真っすぐになった口元から唸り声が漏れ、彼は呟いた。

 

「やはり、“魔王の楽譜”は既にウタの手に渡ってしまっている。あの楽譜だけは、アレだけは歌わせてはいけない……」

 

 大窓から旧エレジアを望む彼の瞳には十二年前の光景がはっきりと瞼に焼き付いている。

 あの日交わされた約束を思い出し――しかし、自分には何も出来ないと、彼は宮殿の奥へと消えて行った。

 

 

 

 

 

五、

 

 

 

 

 

 ウタのライブまで二週間を切った。

 彼女は世界経済新聞と協力して、世界中に存在する彼女の歌を求める市民たちへチケットを届けていた。。南の海を中心に、東の海、西の海、北の海……果てにいる者は既に船へ乗り込み、エレジアに向かっている者も存在した。また、身体が弱かったりやらなければならないことがあり、時間が取れない者たちにも歌を届けるために彼女は無料でライブが映される電伝虫を送った。

 人々は皆、もらったチケットを胸に、そして広場に安置される電伝虫を遠目見遣りながら当日を待ち詫びる……。

 

「――ウタ、宮殿に戻れ」

 

「――えぇ!? ちょっと、いきなり!?」

 

 砂浜に五線譜を引き、自分の足跡を付けていたウタは急に現れたスコルに米俵のように抱えられた。

 

「待って! ねぇ、スコル! どうしたの?」

 

「喋るな、咬むぞ。今まで以上に厄介な奴が近付いている。早々獲らせる気はないが、お前が見つかって捕まりでもすれば面倒くさい」

 

「厄介って……それなら私も戦うよ! スコル一人だけじゃなくて、二人なら――」

 

「歌手を名乗るお前が戦ってどうする。お前が戦うのは、ライブ会場の上だけで良い」

 

 スコルは宮殿入り口に到着するとそのままのスピードで中を走る。階段を駆け上がることなく踊り場から飛び上がり、最上階にある書斎部屋の扉を雑に開いた。

 

「ど、どうしたんだね……!?」

 

 中にいたゴードンが机に置いていた大量の楽譜を倒しながら問いかけた。

 

「ウタと共にこの部屋にいろ。扉を開けるな。いざというときは無理やりにでもこの島を出ろ」

 

「海賊かね?」

 

「嗅いだことのある甘い匂いがする。以前来た海賊たちと同じものだ」

 

「報復ということか……」

 

 基本的に数ある海賊の殆どは一隻、もしくは敵から拿捕した船を再利用して二隻ほどの少数で行動する。これは海賊たちが奪った宝の分配や海軍に補足されにくいようにするための生存戦略でもある。人が多ければそれだけ有利になることもあるが、海という限られた世界を生きるには大きすぎないことも大事なのだ。

 

「またあいつらが」

 

 だが、時としてこの当たり前から逸する者たちもいる。

 とにかく略奪を旨として、大人数を賄えるだけの悪行を侵す者。縄張りを示し、国や街の用心棒を名乗り献金を受けて海賊団を維持する者。そして、完全にどこかの地域を支配し、国を作り上げている者。

 そういった者たちは仲間の海賊がやられたとき、必要以上に過激な報復をする。

 舐められたままではこの大海原を生きていくことは出来ないからだ。

 

「では、俺は行こう」

 

「――待って、スコル。ねぇ、帰ってくるよね?」

 

「心配するな。問題は無い」

 

「嫌だよ私。スコルまでいなくなったら、また笑えなくなっちゃう」

 

 ウタは座らされていたソファから立ち上がり、背中を向けたスコルの灰色のシャツを掴んだ。

 スコルもそれを振り払うことはせず、振り返ってウタの肩を押す。

 

「……ウタ。何度も言っているが、問題は無い。お前たちにここへいてもらうのは俺が足止めされているときに人質にでもなれば面倒だからだ」

 

「……」

 

「俺の居場所はここだ。帰って来るに決まっているだろう――ゴードン。頼んだ」

 

「あ、ああ。任せてくれ。命に代えても彼女を守ろう」

 

 スコルは自身のシャツを掴んだウタの右手を離し、ようやく書斎部屋から出る。扉を閉めるとき、彼の耳にはしっかりと聞こえていた。

 

「やっぱり海賊は“悪”なんだ。海賊時代なんか、私が終わらせなくちゃ」

 

 

 

 

 

六、

 

 

 

 

 

 南の海(サウスブルー)を巨大な船が二隻往く。

 先に来た海賊は自身の船に大した拘りを持っていなかったため無骨な木製となっていたが、本来海賊船とは威圧や誇りを表した装飾がされることが多い。それはこの二隻も同じであり、前半の海では見慣れぬ形のデザインだが、後半の海ではもはや恐怖の象徴と言っても良いほど名の知れた船であった。

 

「――ふん。よもや私たちに襲撃してくる馬鹿がいるとはな。所詮弱者の海。実力の彼我すら分からぬか」

 

 船長でもある彼女の身体は普人種と比べて圧倒的に大きかった。

 分厚い兜に覆われた銀髪は長く、目元は考え事をしているのか俯いているため窺えない。紫の唇が開かれると、女性にしてはハスキーな声音が漏れた。

 

「っち、エレジアに到着する前に口直しだ」

 

 スムージーと呼ばれた彼女が近くにいた付き人の女を掴むとグラスの上へ持って行く。

 

「えっ――いや、いやっ! “スムージー”様! スムージー様! おやめください! お戯れを! スムッ……」

 

叫ぶ女に構うことなくその肉体を絞り、オレンジ色の液体が波々注がれると一杯のジュースが出来上がった。

 

「ぁ……ぅ、あ……」

 

 女は絞られた雑巾のようになってしまい、スムージーが投げ捨てると近くの兵士がすぐにどこかへ運んで行った。

 シャーロット・スムージー。

 海賊王亡き今、海を統べる四人の王たちの一人。四皇、ビッグマムの十四女だ。父親の存在は分からないが、母親であるマムの性質を継いでいるのか巨人族の如き強靭な肉体に恵まれ、“シボシボの実”を食べた超人系能力者である。戦闘能力は言わずもがな新世界でも上から数えたほうが早く、ビッグマム海賊団の中でも超武闘派の三将星の席を得ている。

 そんな彼女がエレジアに来た目的は“ウタ”の確保と、そして――。

 

「お前たち。先ほど捕虜にした海賊を連れて来い」

 

『はい!』

 

 甲板に立ったスムージーの後ろに先ほど襲撃に来た者たちが縛られたまま並べられる。海賊たちは口々に謝罪や誹謗を吐き出す者もいるが、彼女はそんな言葉に一切耳を貸さずに背中に持った大剣を抜く。

 

「新世界の一兵と比較すれば雑兵も雑兵に過ぎんが、数だけは一人前だ」

 

 スムージーは一気に五人の海賊たちに剣を刺す。

 

「さて、ウェルカムドリンクにしては薄いが、兄さんたちの言ったことが本当なのか確かめることくらいは出来るだろう」

 

 すると彼女の身体は二倍ほどに大きくなり、剣をエレジア島に向かって振りかぶる。

 

「――っぜぁ!!!」

 

 剣は空気を切り裂いていき、やがて大きな斬撃となって海面すらも割っていく。彼女の行動によって船は揺れ、兵士たちは柵に掴まるのがやっとだった。

 やがてエレジアの浜辺に斬撃が到達すると――霧散した。

 

「誰か飛んできます!」

 

「試し打ちとはいえ私の一撃を受けるか。もう一隻にお前たちはウタの確保を優先しろと伝えろ! 敵は一人、私が相手にした方が早い」

 

「分かりました! 『スムージー様からの命令だ! お前たちの船はエレジアに上陸し』――」

 

 ビッグマム海賊団の一人が電伝虫で隣の船へ連絡しようとした瞬間、爆音とともにその船のマストが根元から折られた。

 

「――雁首だけ揃えてエレジアに上陸出来ると思うな。お前たちはここで沈んでもらう」

 

 

 

 

 

 先制上等と言わんばかりに船の表にいた海賊たちを倒し、マストを折ったスコルと相対したスムージーは剣を構え直した。彼と彼女の間には違う船に乗っているという距離感はあるが、一定の実力を持った二人にとってそんな距離は隣り合っている状況と何も変わらない。

 

「貴様がズコット兄さんたちをやった男だな。将星の動員を意見したことには驚いたが、どうやら間違いではなかったらしい」

 

「知らんな。スコップ兄さんとやらは」

 

「ズコット兄さんだ。間違えるな」

 

「それで、またお前たちはウタを目的に来たのか?」

 

「ママの要求は“プリンセス・ウタ”だ。だが、我々シャーロット家は家族を傷付けた者へのお返しは相応に返す。たっぷりのクリームを付けてな」

 

「そうか、甘い物は苦手でな。お返しは不必要だ」

 

「そう言うな。勝手に送り付けるのが海賊のやり方だ――ふんっ」

 

 スムージーは並べられていた海賊すべてを斬り付ける。

 今度は身体が極端に大きくなることはなく、その身から発する威圧感が強くなった。

 

「――行くぞッ!」

 

 船を切断してしまうほどの勢いで剣を振るう。その余波だけ風圧が起こり、生半可な者が立ち塞がれば一蹴すらさらずに命を落とすだろ。

スコルの心は落ち着いていた。

たとえどれだけの膂力があろうとも、見えるのならばそう対処は難しくない。

 スムージーの攻撃に合わせて宙に飛んだスコルは前転の要領で初撃を避ける。続いて二撃目の切り払いが来るが、余裕を持って目視で避けてみせる。

 

「――ッ!」

 

 攻撃の隙間を縫い、スコルはスムージーの腹部を狙って拳を突き出した。

 

「小癪な! ……ぐぅッ――」

 

 スムージーは肘で防ぐも、空いた隙間に繰り出された三日月蹴りに押されて自身の船に戻った。

 

「私の硬化を貫通してくるか……」

 

 スムージーは油断なく彼女を睨むスコルを見て一切の驕りを排除する。

 少し前、“麦わら”一味が逃走するとき、数の差に感けて逃がした記憶は新しい。彼らの作戦によってビッグマムの食いわずらいが発動し、万国は今も修繕中の建物があるほど破壊し尽くされた。そんな下手人を捕縛直前まで追い詰め、魚人たちの反抗もあったが最終的に逃がしてしまったのだ。四皇の面子は丸潰れである。

 今回、スムージーが直々に来たのも前回の汚名返上とウタを取り込むことによるさらなるビッグマム海賊団強化のためでもあった。

 

「一度攻撃を当てただけで良い気になるなよ」

 

 スムージーは左右にいた部下を四人、切り付ける。

 

「スムージー様が本気だ! 下がれ!」

 

「絞んだ兵を忘れるな! 早く何か飲ませろ!」

 

 スムージーが連れて来た兵たちは慌てて船上を駆け回り、邪魔な大砲などを除けて場所を開けていく。彼女の身体は既に最初の二倍まで大きくなっていた。

 スコルの赤い瞳とスムージーの青い瞳が交わる。

 

「……っ」

 

 スムージーが目を見開き、剣を突き出した。

 

「――フィナンシェ!」

 

 見聞色の覇気による先読みの技――。

 

「――パンデピス!」

 

 さらに気配を読み取り、スコルが逃げた方へ壊剣を振るう。

 最初にスコルが急襲した船が真っ二つと化した。気を失っていた兵士たちは海の冷たさに気を取り戻し、慌てて木板に飛び乗るようにして存命する。逃げ場の失ったスコルは仕方なくスムージーのいる船へと飛び移る。

 

「――ガレット(牙裂刀)・デロワ!」

 

 そこを見逃せば、到底将星などという位をスムージーには与えられない。

 逆手に持った剣をスコルに向かって薙いだ。

 今での技どれよりも速く、流麗にして重い。

 

「……!」

 

 横合いから迫ってくる剣先にスコルは回避行動ではなく受け止めることを選択する。

 そして――。

 

「――あぐぁっ!?」

 

 スコルの腕と剣が接地した瞬間、激しい痛みがスムージーを襲った。攻撃したのは彼女だったにも関わらず、不自然な現実に剣を取りこぼした。

 それでも、勢いは消すことは出来ずスコルが甲板へと叩き付けられる。

 頭に巻いていた赤いバンダナが潮風に舞った。

 

「……がっ、くぅ……今の……何故だ!?」

 

 スムージーは痙攣する右手を無理やり押さえつけ、落ちていた剣を拾う。

 

「何故、お前が……っ」

 

 被っていた兜を投げ捨て、頭を振った。

 

「何故お前が――――“エレクトロ”を使える!」

 

 エレクトロ――それはどこかで暮らしているという、動物に似た顔と身体つきが特徴的な“ミンク族”と呼ばれる種族が使う技法である。彼らは自分たちが『生まれながらの戦闘種族』と自負するほどの力量を幼子も含めて持ち、『弱者という概念すらない』とまで称される。当然、数多の種族で食卓を囲むことを目的にしているビッグマムの海賊団にもミンク族がおり、スムージーもその技を、そして秘術すらも詳しく知っていた。

 故に、身長は高いが、見た目普人族の彼がその技を使えることに驚いた。

 

「これでも倒れないか」

 

 砂煙の中でスコルが立ち上がる。 

 その声音はまともに攻撃を喰らった後とは思えないほどに落ち着いていた。

 ほんの少し、彼の周囲が赤く光ると中から吹き飛ばされるように煙が晴れる。

 

「なっ……」

 

 スムージーはその姿を見て驚く。

 スコル――衝撃で取れたバンダナの中には金毛に覆われた二つの尖った耳と、ズボンの隙間からは同色で二対の尻尾が揺れている。その特徴はまさにミンク族そのものであるが、顔立ちと身体は至ってどこにでもいる普人族だった。

 

「なるほど。貴様、ミンク族とのハーフだな。そういうことならば異常な身体能力にも説明が付く」

 

「バンダナが飛んで行ったか……またウタがうるさいな」

 

「面白い。本来は“プリンセス・ウタ”のみが目的だったが、お前もママの手土産にしよう。それだけの強さがあれば気に入られるはずだ。上手く行けば姉妹の誰かと結婚出来るだろう」

 

「悪いが、俺は見合い結婚だけはしないつもりだ」

 

「安心しろ。拒否すればお前の寿命がママに盗られるだけだ」

 

「そうか――」

 

「――来るかッ!」

 

 スコルが構え、スムージーが備える。

 

 

 

 ――が、既にスコルは懐に入っていた。

 

 

 

 スムージーの首を掴み、エレクトロを発生させる。

 

「ぎぃっ……ぐ、っぁ!?」

 

 そのまま床へ叩き付けようと試みるが、足長族特有の長い脚が彼を襲った。

 

「――がッ」

 

 しかし、それを受け止められたスムージーに三度電撃が走る。

 

「舐めるな……!」

 

 それはただ闇雲に振った一撃。

 横一線に払われた剣は先ほど吹き飛ばされたとき同じ速さでスコルに迫るが、

 

「……っ」

 

 スムージーは直前でそれを止めた。

 空気を焼いていく音に彼女の耳が動く。ほんの数センチ、あと少しすればエレクトロによる電撃が当たっていた。

 

「……この私が慄いたと言うのか……!? そんなの、ありえない!」

 

「退け。次は当てる」

 

「貴、様ぁぁぁッ!」

 

 スムージーは目の前の男を一刀両断すべく、力のまま剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

七、

 

 

 

 

 

「――っ……!?」

 

「スムージー様! お目覚めですか!」

 

「ぐっ、ここは……」

 

 スムージーが目を覚ますと、そこはいつも航海中に彼女が寝室として使用している部屋だった。

 節々の痛む身体を気にせず立ち上がる。

 側にいた船医が声を荒げて止めようとした。

 

「お、お待ちくださいスムージー様! まだ完全に回復しておりません!」

 

「かまうな! もう大丈夫だ」

 

「……スムージー様の肉体は強すぎるあまりエレクトロの電気を受け入れるだけの余力がありました。今しばらく安静にしなければ、しばらく電気の走る痛みに悩まされます」

 

「それくらい、どうってことはない。それよりここはどこだ」

 

 船は激しく揺れている。壁越しに聞こえてくる暴風雨から嵐に巻き込まれているようだ。

 

「昨日新世界に入ったところです。今は万国への航路を取っています」

 

「昨日だと……? 私は何日眠っていた!」

 

「い、いえっ。眠っていたのは二日間だけです」

 

「二日、そうか……」

 

「食事を用意しています。今、持って来ますので」

 

「ああ、頼んだ」

 

 スムージーは船医が部屋から出たことを確認し、壁に立てかけらた姿見の前に立った。愛用のレオタードは一部破れている。黄色いマフラーを取って首元を見ると、そこには後に引くであろうが、蚯蚓腫れのような腫れ跡がはっきりと残っていた。

 

「……ママになんて説明すればいい、あの男ッ!」

 

 彼女から漏れ出た気迫によって鏡は罅を入れたのであった。

 

 

 

 

 

八、

 

 

 

 

 

 書斎部屋の扉を叩く。

しばらく呼吸音すらも聞こえない静かな時間が続き、スコルは室内へ意識を集中させると……扉の両脇にそれぞれ一人ずつ気配を感じた。彼が伝えたことはしっかり守っているようで、このままやり過ごすことを考えているのだろうか。

 

「俺だ。スコルだ」

 

 そう言っても扉が動くことはないがひそひそと話すこと声は聞こえた。やがて様子を見れるくらいの隙間で扉が引かれると、中にいたゴードンと目が合う。

 

「おお、スコル君! 無事だったか!」

 

「本当? ――スコルっ」

 

 激しめに扉が開けられると中からウタが飛び出してくる。後ろに跳んだ箒や塵取りは武装のつもりだろうか。スコルは能力を使ったほうが強いだろうにと思いながら彼女にされるがまま抱き締められることにした。

 

「怪我は無いのかね?」

 

「それなりに強い相手ではあったが問題はなかった」

 

「そうか……はぁ、良かった……」

 

「あれ、バンダナはどうしたの?」

 

「風に飛ばされてた。また適当なものを用意しなければならない」

 

「別に耳が出ても良くない? そっちの方が可愛いよ」

 

「いや、単純にゴミが入るのが嫌なんだ」

 

「あ、あぁ、そういう理由……私のバンダナがあるから、とりあえずライブ当日までそれ付けとく?」

 

「そうだな。そうしよう」

 

「じゃあ夜にまたスコルの家に届けに行くから、今夜はどこにも行かないでよ」

 

「分かった」

 

 二人の話がまとまると、それを聞いていたゴードンも見計らったように口を開く。

 

「スコル君も今日は疲れているだろう。早めに夕食を準備するから、しっかり身体を休めてくれ」

 

 スコルは「肉が良い」と伝えると、ゴードンは腕によりを掛けてステーキを焼いてくると言った。いつも通りの澄まし顔だったが、二対の尻尾が嬉しそうに揺れていたのをウタだけが見ていた。

 

 

 

 

 

 ゴードンによるたっぷりの肉料理を堪能したスコルは膨れた腹を撫でながら住処に戻った。

 彼の家はエレジアの一般住居が並ぶ区画に位置し、その家だけは自然の浸食が進むことなく手入れされている。

 門扉を潜り、玄関を開ける。廊下には埃一つ落ちておらず家主の性格が窺えた。

 スコルはいくつかある一室に入って着替えの服とタオルを二枚取り出す。同じ色のズボンに、シャツは赤色生地に『SUN』という文字と太陽の絵が黄色で描かれていた。

 それらを持って庭に作られた井戸へ向かうと衣服をすべて脱ぎ、三度ほど水を被った。ぶるぶると身体を振ると撥水性が良い身体なのか一通り水が弾かれる。ただ、純毛の尻尾だけはどうにもならないようで上下に動かしている。

 

「――あ、水浴び中だった?」

 

 スコルはちょうど玄関の前に立っていたウタと目が合う。

 

「すぐに終わる。先に入っていてくれ」

 

「はーい。分かったー」

 

 スコルは耳があるとわしゃわしゃと頭を拭くことが出来ないため煩わしいと思いながら衣服を纏っていく。見た目シャツの柄だけ変わった状態でリビングに行くとウタが寛いでいた。

 

「よく見つけたな」

 

「戸棚に隠してるの見つけちゃったー」

 

 そう言って彼女が飲んでいるのは紅茶と、スコルが海賊を海軍基地に放り込んだときに懸賞金と一緒に貰った海軍おかきである。妙にお茶請けが良く、もう一袋はその日のうちに食べてしまい、この一袋は別の日に食べようと思っていたのだが隠し場所が甘かったようだ。

 

「はいこれ、バンダナ」

 

 ウタが渡したバンダナは、スコルが最初被っていたバンダナに比べるとずいぶん目立ちそうなデザインだった。

 黒とピンクの縞々に、虹色とでも言えば良いのか『UTA』と書かれている。一目見ればこれを巻いた人間が“プリンセス・ウタ”の熱心なファンだと理解出来るだろう。

 ウタのファンかと問われれば別にそういうつもりのないスコルではあったが、彼のシャツを見て分かる通りオシャレなどという概念からはほど遠い生活をしている。そんなことはまったく考えずバンダナを三つ折りにし、耳を覆うように巻いた。

 

「あと、これ」

 

 ウタはおかきを口にしながら机にそれを置いた。

 

「何だ、それは?」

 

「――子守歌」

 

「子守歌――?」

 

「うん。だって、スコルは毎日海賊退治で動いてるでしょ? だから寝るときくらいはゆっくりしてもらいたいと思って」

 

 彼女がバンダナ以外に持ってきたものは小型の電伝虫だった。ポケットに入れても問題くらいの大きさで、たしかに枕元に置いていても邪魔にはならないだろう。

 

「おいおい、俺はいくらなんでも子守歌で眠るような人間じゃないぞ」

 

「まぁまぁまぁ、良いから良いから」

 

 そう言いながらウタはスコルの手を取って隣の寝室に連れ行く。寝室といっても、そこにベッドなどは無く、布とクッションを片隅に敷き詰めただけの部屋だった。

 彼女は落ちていたクッションにスコルを座らせる。手に持った電伝虫のダイヤルボタンを押すと目が開いた。

 

「ウタ。俺を子供か何かと勘違いしてないか? いくら耳が良いとしても――」

 

「スイッチオン」

 

『ウィーン。ガコッ……ルルルルル……~~~♪』

 

 この歌をウタが知ったのは海賊によって母親が殺され、眠れなくった少女からだった。毎晩子守歌を歌ってくれていた母親がいなくなり、まともに眠れない日々。偶然ウタのことを知った少女は一縷の望みを掛けて「子守歌を歌って欲しい」と歌詞付きのメッセージを送ったのだ。

 その境遇にどこか自分を重ねたウタはいつもより気持ちを込めた歌声を少女へ送った。

 少女はその日からようやくまともに眠れるようになり、少しでも前に進むための気力を得たのだ。

 

「母親にすら歌ってもらったことのない子守歌で――――がぁーっ、すぅー、がぁあーっ、すぅー……」

 

「相変わらず早いなぁー」

 

 腕を組んで口数を並べていたスコルはものの数秒でひっくり返って寝息を立てている。それを見たウタはしゃがんで彼の鼻先を突(つつ)いた。

 

「もう少しで『新時代』に行けるからね。誰も戦わなくて良いし、誰も傷付かない世界。スコルは私が絶対に平和な世界に連れて行ってあげるから」

 

 彼女は放り出されたスコルの右腕を枕代わりに寝転がった。

 

「『新時代』は私が作るよ――」

 

 

 

 

 

九、

 

 

 

 

 

 いよいよ“プリンセス・ウタ”による初ライブ当日となった。

 市民たちはカラフルなチケットとそれぞれの想いを胸にライブ会場へ集まってくる。中には自作したのかウタが用意したものとは異なるライブグッズを持ち、盛り上げようとペンライトの調子を確かめている者もいた。

 

「楽しみだなぁ、ウタのライブ!」

 

「生でウタを見れるなんて嬉しすぎるだろコノヤロー!」

 

「えれェー人の数だな」

 

「人魚たちもおる。“プリンセス・ウタ”とやらはよほど人気なのか」

 

 会場は岩場が“0”型のように穴が空いて海水が流れている。殆どのファンは淵の部分でウタの登場を待っているのだが、中心には小島のような箇所がいくつかあり、そこでもライブを観れるようになっていた。

 

「それにしても、よくプレミアムチケットなんて手に入れられたわね」

 

「まぁね……って、言っても本当に偶然なんだけど」

 

 今や第五の皇帝と呼称され、四人の皇帝たちに比肩すると言われている最悪の世代筆頭ルーキー――“麦わら”の一味もそのライブを楽しみにしていた。

 

「運が良いのも、海賊である資質の一つよね」

 

 ロビンがそう言うとナミは「ありがと」と返した。

 ウタのライブがあると聞いて、彼らももちろんチケットを手に入れようとしていたのだが、やはり“世界の歌姫”の名は伊達ではなく、気付いたときには非常に高額な転売価格となっていた。手は出せる範疇だが、最近の連戦と航海を考えると購入するべきではなく、一味の財布を握っているナミは悩んでいたのだがあるとき世界経済新聞でプレミアムチケットの抽選会が行われることを知った。新聞に記載されたシリアルナンバーで当選を決めるのだが、それは過去の新聞も含まれ、彼女は急いで船内で火種代わりに置いていた新聞を集めた。さらにその噂が広まるよりも早く、近くの街から古紙回収と称して大量の新聞を集めさせ……あとは当選を願った。

ウェザリアで習ったご祈祷も掛けた努力が報われたのかは知らないが、無事プレミアムチケットが当選して今に至るのだ。

 

「ナミすわぁぁぁん! 今日も俺の愛がたーっぷり掛けられたフルーツ・パ・フェでございます。ロビンちゃんもショコラたっぷりのチョコレート・パ・フェを」

 

「あら、ありがとうサンジ」

 

「おい眉コック! 酒が無ぇぞ!」

 

「うるせーマリモ剣士! てめぇは海水でも飲んどけ!」

 

 特に歌やライブに興味の無いゾロも会場の空気を肴に酒を飲み、楽しんでいるようだった。

 

「――って、おいルフィ! それはまだ味付けが済んでねぇんだから食うなよ!」

 

 そして、彼らの船長――モンキー・D・ルフィもまた、ライブなどそっちのけで食事に没頭していた。

 

「はいほうふはふはいはらほんはいはい(大丈夫だ美味いから問題ない)」

 

「食いながら喋るんじゃねぇ!」

 

 ルフィが口一杯のまま何かを伝えるとサンジは踵落としで突っ込みを入れた。

 しばらくルフィだけではなく、他の一味も食事を楽しみながらライブ開始を待つ。やがて会場を覆うようにあった海王類の肋骨のような岩場が陽の光を閉ざすように動き始めた。

 

 ――ふわりと、誰かが舞台に降りてくる。

 

 容姿はオーバーサイズのスカジャンを着ているため分からないが、この舞台に立てる人間は一人に限られる。いつの間にか背後にいたアニマルバンドのドラマーはスティックを叩いてリズムを取った。

 

「――♬」

 

 歌姫の声が、会場に響いていく。

 それは彼女がファンの声を聞いて作った――『新時代』の歌。

 彼女の声は数万人規模の観客がいるというにも関わらず、まるで一人一人の側で歌っているのではないかというほどの重厚感があり、一種の畏怖さえも感じ入るほどの心がこもっている。

 エレクトロなリズムが泡となって宙に浮かび、そこへさらに歌うウタが映される。

 観客の一人である女の子がそれに手を伸ばすと、弾けてキャンディが降って来た。

 

「わぁ……!」

 

 ウタはスカジャンを放り投げ、その顔を観客たちに晒す。

 

『おぉ、ウタだ!』

 

『ウタぁぁぁ!』

 

『U・T・A!』

 

 初めて彼女を見た観客たちのボルテージは一気に限界を超え、今日一番の歓声を上げた。

 その中の一人、ルフィもまた色んなところに映し出されるウタの顔を見て首を傾げる。両手に持った肉を食べるのを止め、彼女の顔を眺めていると何かに気付いたように深く笑みを浮かべた。

 

「――♬!」

 

 最後にウタがポーズを決めて曲は終わった。

 観客は一斉に拍手をし、彼女を讃える言葉を浴びるように発する。

 

「――みんな今日は来てくれてありがとー! ウタだよ!」

 

 ウタが手を振ると、観客もペンライトを精一杯振る。

 

「あー……本当にみんなと生で会えたよ……やば、ちょっと感動して来たかも……」

 

 彼女は目尻を手早く拭った。

 そこでルフィは肉をすべて一口で平らげると、自身がいる小島の出っ張りに手を伸ばして身体を後ろに引く。そのままカタパルト方式でウタのいるステージに上がった。

 

「ルフィ! 何してんだよ!」

 

 ウソップが呼ぶも、ルフィはそのままウタの正面まで走り寄った。

 

「――やっぱそうだ! ウタだ!」

 

「……? もしかしてテンション上がっちゃった?」

 

「違う違う。おれだよおれ――」

 

 急にステージへ上がって来たルフィに観客は退くように言うが、そんなことお構いなしに被っていた麦わら帽を上げた。

 

「モンキー・D・ルフィ。昔フーシャ村で遊んだよな? デカくなったなー。今何してんだ?」

 

「――ッ! ルフィ! 久しぶり!」

 

 ルフィの顔を見たウタには心当たりがあったようで、ハッとして笑顔を浮かぶ。懐かしい再開に感極まった彼女は勢いよく抱き着いた。

 

「えぇぇぇぇ!? “プリンセス・ウタ”と知り合いなのか!?」

 

「てめぇルフィ! なら何で俺たちに紹介しねぇ!」

 

 ウタが親しそうにしていることも気になったが、観客にとってはそれ以上に、麦わら帽子を被ったその存在へ悲鳴を上げた。

 

『あの麦わら帽子、まさか……』

 

『第五の皇帝だ!』

 

『海賊よ! 海賊がいるわ!』

 

『海軍に連絡しろ!』

 

『こっ、殺されるぞ……!』

 

「いやー、久しぶりだなぁウタ。何年ぶりだ?」

 

「十年くらい、じゃない?」

 

「十年かー。ははっ、そりゃ変わってるよなぁ」

 

 すっかり世間話を始めてしまった二人にロビンが呟く。

 

「ルフィと彼女は本当に知り合いみたいね」

 

「意外と世間は狭いもんじゃのう」

 

「いやいやいや、そうじゃねぇって。おいルフィ! 何でウタと親し気なんだよ!」

 

 ウソップの声がルフィの耳に届き、彼は半身を翻して手を広げる。一拍置き――。

 

「だってこいつ……シャンクスの娘(・)だもん」

 

 かつてない叫び声がライブ会場を越え、地平線にまで響き渡った。

 

 

 

 

 

十、

 

 

 

 

 

 ウタがシャンクスの娘だということが暴露され、会場は一時騒然となった。海賊への悩みを聞いてくれていた憧れの人物があの四皇の娘なのだ。まるで裏切られたような喪失感と、まだ信じたくないという感情が観客に広がる。それを感じたウタは誤解を解くように一歩前に出たが、それよりも早く、ルフィ以外にステージへ上がってくる影があった。

 

「なるほど。ウタがシャンクスの娘とは良いことを聞いたぜ」

 

「上手くやれば赤髪への人質になる。他の四皇とも交渉出来るかもしれねぇ」

 

「何だ、お前ら?」

 

 二人の前に現れたのは幹部らしき三人に連れられた数十人規模の海賊――クラゲ海賊団。ウタがライブの開催を発表してから度々エレジアにやってくる人攫い目的の悪漢たちと同じ存在だった。

 

「俺たちはクラゲ海賊団。悪ぃが、そこの嬢ちゃんは貰っていくぜ。ハナガサ」

 

 扇を描くように二人を囲むと、それぞれ剣や銃を腰から抜く。

 海賊の三人のうち一人、ひと際大きい体躯を持つ男がウタの下へ足を踏み出した瞬間――。

 

 

 

「――熱風拳(ヒートデナッシ)!」

 

 

 

 突如、見上げるほどの高さの宙から鼻の長い女が現れて鏡を翳すと、その中からオレンジ色の髪を持つ男が飛び出して地面に拳を叩き付ける。熱風が巻き起こり、クラゲ海賊団の面々が吹き飛ばされた。

 

「悪いけど、ウタは私たちビッグマム海賊団がいただいていくよ。ほら、お前たち。お兄ちゃんがウタを攫う間に麦わらたちを抑えな!」

 

 さらに鏡の中からビッグマム海賊団の兵士が現れ、先ほどクラゲ海賊団とは比にならない人数がステージ上に広がる。

 

「あの野郎! ――ウタちゃんを狙う奴は俺が成敗してやる!」

 

「あっ、サンジ君! ……いや、もうやるしかないわね」

 

「はっ、腹も膨れた頃だ。ようやく面白くなって来やがった」

 

「結局こうなるのね、まったく」

 

「ステージを汚す不届き者は許しません」

 

 クラゲ海賊団ならばルフィ一人でも余裕を持って応戦可能だったが、ビッグマム海賊団となれば話が変わってくる。一味は船長に加勢するべく小島を飛び出した。

 

 

 

 

 

 ステージ上はウタのことをお構いなしに海賊同士の戦闘が続いている。それを見せられている観客の中には身内を海賊に殺された者もおり、当時の記憶を思い出したのか頭を抱えて震えている者もいた。

 ウタはそんな彼らに気付き、溜息を吐くと口を開いた。

 

「はーい。みんな終わり終わり。戦いは終わりにして!」

 

「ちょ、“プリンセス・ウタ”。あんま前に出ると危ねぇって!」

 

「大丈夫。だってみんな私のライブに来てくれたファンなんでしょ? ファン同士の喧嘩は度々あるって聞くけど、もう終わり」

 

「ファン? そんなわけないだろう。俺たちはお前を攫いに来た海賊だ!」

 

「海賊……?」

 

「この状況で自分の身の危なさを理解していないとは愚かな小娘だね。ママからはその能力を当てにされている。怖さを思い知らせるために顔を切り裂いてやろうか?」

 

「じゃあ――――海賊やめなよ」

 

「はぁ?」

 

「だって、海賊だから戦ってるんでしょ? じゃあ海賊をやめたらもう戦わなくて良いじゃん。海賊をやめて、私のファンになるの。そうすればこの戦いも終わるし、みんな私の歌を聞いて楽しくて平和に生きられるよ! 悪いことをしても、私が許す! これからはみんな“自由”で“平等”、そんな新時代が来るんだから!」

 

 ウタの言葉を聞いたオーブンたちは嘲けるように笑った。

 

「自由? 平等? ――そんなものはこの世に無い! あるのは強者による支配と略奪! てめェのような夢物語を望む小娘は俺たち強者であるビッグマム海賊団に大人しく従っておけば良いッ!」

 

「支配と、略奪……?」

 

「話はここまでだよ。アンタの側には厄介な男もいると聞いている。さっさとお前を攫ってとんずらさせて貰うよ」

 

「そう言うことだ。多少、痛い目を見ても恨むなよ小娘――熱山羊(ヒートゴート)!」

 

「させるか! 悪魔風脚(ディアブルジャンブ)・腹肉(フランジェ)ストライク!」

 

 ウタを狙ったオーブンの攻撃にサンジが同じく熱をまとった技で受け止めた。

 

『ウタ、早く逃げて!』

 

『で、電伝虫が繋がらない! 海軍に連絡できないぞ!』

 

『ビッグマム海賊団と麦わらだ、俺たちも早く逃げないと!』

 

「みんな……そうだね、じゃあ、悪い海賊は――私がやっつけてあげよう! 音楽準備して!」

 

 ウタがそう言うと、ライブ会場全体の照明が彼女に集まる。床がウェディングケーキの段差のように上がっていき、その頂上にウタが立った。

 アニマルバンドが前奏が始まる。

 

「うぉ、何だあれ!? 能力者か?」

 

 白いワンピース姿がさらにフリル付きの装いに変化し、どこからか現れた黄金の鎧を装備していく。槍と盾が彼女の近くに浮かび、それを手に取るのかと思ったが、右手にはホイッスルが握られた。

 

「それに、私には頼もしい番犬がいるんだから――」

 

 ピィィィ、と甲高い笛の音が鳴る。

 先ほどからライブを盛り上げるための照明器具と化していた岩場から人影が降ってくる。それはウタの前に立ち塞がるとオーブンたちを睨むように目を遣った。

 

「――少しタイミングが遅くないか?」

 

「ベストタイミングだよ。こういうのは雰囲気が大事なんだから」

 

「そういうものなのか」

 

「そ――あ。あっちは友達と、その友達だから攻撃しちゃダメだよ」

 

「分かった」

 

「じゃあ、みんな。盛り下がった雰囲気を仕切り直すために、二曲目行くよ――!」

 

 キーボードの鍵盤が叩かれ、ウタの背後に能力で作り出されたのか音符型の甲冑を付けた鎧の兵士が並ぶ。

 降りてきた人影――――スコルはウタが歌い始めるとともにオーブンたちへ肉薄した。

 

「何者じゃ、あの男。一人でビッグマム海賊に突っ込み追ったぞ!」

 

「ウタさんの番犬という言葉から察するに……彼女の護衛なのでしょうが」

 

 スコルの姿を見たブリュレが叫んだ。

 

「お兄ちゃん、あいつだよ! ズコットたちとスムージーをやったのは!」

 

「何だと! てめェかッ! 俺の弟と妹を痛めつけたのは――」

 

「な、待ちやがれオーブン!」

 

 サンジと戦っていたオーブンはスコルの姿を見た瞬間、腕を振り回してサンジを後退させてその隙にスコルの下へ向かう。

 

「熱風拳(ヒートデナッシ)!」

 

 大きく振りかぶられた灼熱の拳はスコルの額に直撃するが、まるで効いていないと言わんばかりにがら空きになった胴体へ肘鉄を入れる。

 

「ぐッ!? ――熱山羊(ヒートゴート)!」

 

 全身から熱を発するオーブンはさらに攻撃を仕掛けるが、真正面からスコルに受け止められた。

 

「へぇ、やるじゃねぇか」

 

「あ、あのオーブンの熱を食らってビクともしてねぇぞ!」

 

「彼も能力なのかしら? ……でも、どこかで見たことのある雰囲気なのよね」

 

 背後でそんな会話が行われていることは露知らず、スコルはオーブンの鳩尾を蹴って空に上げる。

 そして、身を低く屈めたかと思えばその姿が消えた。

 

「――がはっ!」

 

「あだっ!? ――」

 

「――ぐぉ!」

 

「どこに――あわ!?」

 

「――っ!」

 

 まるで馬に轢かれたように他のビッグマム海賊団が打ち上げられていき、宙に浮いていたブリュレもウタの兵士に囲まれる。

曲の終わりが近付いて来たウタは槍を振るった。するとどこからともなくピンク色の五線譜が現れて彼らを蜘蛛の巣の得物のように絡め捕る。

 

「――♪! …………はい、これで終わり。みんなー! 悪い海賊はみんな歌になったから、もう大丈夫だよ!」

 

 五線譜に張り付けにされたオーブンたちがキラキラとしたハートマークに囲まれると観客たちは拍手喝采でウタを誉め讃えた。

 

「うひょー、すげぇ強くなったな! ウタ!」

 

「えへへ、ありがと」

 

「それにしてもお前も強かったなー。変な服だけど」

 

「……」

 

 ルフィはスコルのTシャツを見ながらそう言った。

 そんな様子を見ていたウタも心当たりがあるのか苦笑いを浮かべる。

 

「じゃ、ルフィとルフィの仲間たちもいったんステージから降りてね。この後も色々告知とかあるけど、また会いに行くから」

 

 ひらひらとウタは手を振った。

 

「じゃ、スコルもありがと」

 

「ああ――」

 

彼は短く返事をすると、空中を蹴りながら岩場へ姿を消した。

 

「クールなお方ですねぇ」

 

「気が合いそうだ」

 

「オーブンの口振りから前々からビッグマム海賊団とはやりあってるようじゃのう」

 

「スムージー……たしか俺たちがビッグマムの縄張りから逃げるときに追いかけて来た将星の一人だよな」

 

 麦わらの一味はスコルのことについて話しながら小島へ戻って行った。

 ウタとアニマルバンドだけになったステージは少し落ち着いた照明に変わるとバックシアターに大きな顔のウタが映る。遠くの地まで彼女の姿を届けている電伝虫もしっかりとピントを合わせる。

 

「ここでみんなに嬉しいお知らせがありまーす! いつもの映像電伝虫のライブだと私が眠くなっちゃって短い時間で終わっちゃうけど、なんと……今日のライブは――エンドレス! 永遠! ずーっと続けちゃうよ! 美味しい物も楽しい物も、私が能力で出しちゃうから!」

 

 ぱんぱんっと、ウタが手を叩くと観客たちの前にプレゼントボックスが現れる。それぞれの前でポップな効果音付きで弾けると骨付き肉やケーキ、テディベアや衣服などが降り注いだ。

 

「ここでは好きなときに好きな物を食べて、好きな物と一緒にいられるよ! みんなで楽しもうね!」

 

『ありがとう! ウタぁー!』

 

『ウター! 最高のライブをありがとう!』

 

『ウタの声がいつでも聞いていられるなんて最高!』

 

 観客たちの声に満足したように頷いたウタはヘッドホンに触れると次の曲を歌い始めた。

 

 

 

 

 

十一、

 

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