黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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『 Non title 』(原作:『ようこそ実力至上主義の教室へ』)
『 Non title 』文字数:約2万6千字


 ――高度育成高等学校

 

 東京某所、埋め立て地に日本政府が作り上げた未来を支える人材を育てる全国屈指の高校である。希望する進学や就職先にほぼ一〇〇パーセント答える学校として名高く、実際に政界の著名人はこの学校を出身とした人間も少なくない。そのため、義務教育を終える多くの子供たちがこの学校を志し、進学を目指すもその入学条件は不明であり、時として世間一般に不良生徒と呼ばれた学生が進学したという噂もある。

 さて、そんな学校に入学したのが――自分こと黒屋直胤(くろやなおつぐ)だ。

 直胤という名前から小中では武士みたいと揶揄われた半面、大人からはよく良い名前だと褒められた記憶がある。最も、中学後半からはそういった子供っぽい揶揄いも無くなり、あだ名も付けられやすい名前ではないので普通に直胤と呼ばれていた。

 

「――というわけで、今年のAクラスは過去を顧みてもひと際減点が少ない。このクラスポイントをptに換算して――」

 

 入学して一か月、どうやら自分たちは試されていたようだ。

 一年生のクラスはA、B、C、Dの四つ。そのクラス分けはランダムではなく、学校側の評価によって優秀順に分けれらたもので今後はクラス間で競い合い、Aクラスの座を賭ける日々が続いていくらしい。ということは必然的に自分がいるAクラスは他クラスから狙われることになり、残りの三つのクラスを警戒しなければならないのだろう。

 

 ――大変そうだ。

 

 未だ話をしている真嶋先生から見えないように机の下で端末を見る。一応四方に付けられた監視カメラに捉えられないように腕で隠している。左後ろの席万歳である。

 自分の持ちポイントを見ると――二十万近くのポイントが確認できた。

 なるほど……だから0ポイントの商品が度々見られたのだろう。

 食堂で見た山菜定食が0ポイントだったのは、何か近くの農家と契約して提供されたものだと思っていた。あれ、となれば山菜が取りにくい冬はどうなるのだろうか。その時期だけはもしかすると山菜定食からラインナップが変わるのかもしれない。みんなが避けていた山菜定食も食堂の机に備えられた調味料をかけてやれば十分美味しくなるので割と好きである。翌日の便通も心なしか入学前より良くなっている気がする。

 

「私からの話は以上だ。質問がある者はいるか?」

 

 その後はいくつか質問が飛び、真嶋先生は丁寧に答えていく。途中には答えられない質問でもあったのか濁しているものもあったが、概ね納得できる言葉選びをしていた。

 

「――では一限目のHRは以上になる。以降、聞きたいことがあれば職員室を訪ねてくれ。私がいない時間でも他の先生が答えてくれることもあるだろう。ただ、チャイムが鳴るまでは教室を出ないように。そういったものも減点対象になると私からの最後のアドバイスになる」

 

 そんな言葉を最後に本当に真嶋先生は教室から去って行った。

 数秒の間、クラスは静かになる。しじまを押し込めるような雰囲気に耐えられなくなった誰かが一言目を発することにクラスメイトの誰しもが期待するが、前方に飾られた時計の短針ばかりが音を発する。

 適当に端末でも弄ろうか――と、考えていると一人の生徒が立ち上がった。

 

「先ほどの真嶋先生の言う通り、赤点で退学になってしまうのは事実だろう」

 

 肌艶の目立つ頭を持つ男子生徒、名前はたしか葛城だ。今回のように初日の自己紹介で一番最初に声を発していた記憶がある。

 

「しかし、そう怯えることはない。優秀順にAクラスが位置付けられているのならば、このクラスも勉強が出来ている者が集まっているのだろう。現に今回の模擬テストも赤点は出ていない。退学という言葉を重たく受け止め過ぎていないだろうか。中学のときも、赤点を取らないように勉強をするのは当たり前だったはずだ」

 

 正論だ

 

「しかし、中には苦手な教科を抱える者もいるだろう。俺も理系の最後の問題は解けていないからな」

 

 最期の問題か……たしかにあれは高校生レベルの問題ではなかったような気がする。大学入試に届くか、教科書だけではなく参考図書も開かないと解けないレベルであった。

 

「故に、俺はそんな者も協力して赤点を回避――いや、高得点を狙えるように放課後、定期的に勉強会を開こうと思う。このクラスの各教科高得点者を教師として募り、互いにAクラスで卒業できるように協力し合わないだろうか?」

 

 葛城の容姿は若干強面に属するが、それが率いる者ならばプラスになる。実直そうな目も今の話を聞いていたクラスメイトには取り敢えず信られる寄る辺として頼りになるだろう。実際、今の演説のようなものに区切りが付けばいくつかの小さな拍手が起こったほどだ。それがサクラだったのかどうかは知らないが。

 

「――なるほど。それは良い案ですね。葛城君」

 

 そう言って葛城と向き合うように立ち上がったのは教室の出入口から一番近い後ろの席に座っていた女子生徒だ。名前を坂柳。自己紹介時に脚に先天的な疾患を抱えていると言っており、それを補助するために杖を携えている、ベレー帽が特徴的なクラスメイトだ。

 

「しかし、一人でクラス全体の勉強会を仕切るのは大変でしょう。女子生徒の中には同性と勉強したほうが集中出来るという方もいるでしょうから。なので、私も主導で勉強会を中間テストに向けて開こうと思うのですがどうでしょう?」

 

「俺もそういった者がいるならば考慮し、同じ女子生徒に頼もうと思っていたのだが……」

 

「まぁ、ではちょうど良いですね。クラスメイトの皆さん、私も葛城君と同じく勉強会を開こうと思っているので、ぜひご参加を。もちろん、私のほうではなく葛城君を頼っても構いません。葛城君は文系が得意そうなので、苦手科目によって参加する場所を変えてみても良いかもしれませんね」

 

「ああ。坂柳は理系の点数が良かったと記憶している。彼女の言う通り、理系が苦手な者は坂柳のほうへ参加するのも良いだろう。俺のほうは試験直前で確認テストも行おうと思っているので、坂柳のほうへ参加した者も必要とあれば気軽に連絡してくれ」

 

 あの様子を見るに葛城は一人で勉強会を運営したかったが、そこで坂柳は待ったをかけたということか。二人にとって微妙なのは文系と理系という、あたかも二種類の勉強会に分けてしまったことだ。この学校は成績優秀者は各学年ランキングで張り出されるため二人の点数を把握しているが、文系が得意、理系が得意とかではなく大体どれも同じような点数だった。

 これはまさか、スクールカーストとかいう奴だろうか。

 葛城という引っ張って行ってくれそうなリーダーと、坂柳と言う理知的なリーダー。どちらにつくかどうかで今後の身の振り方が決まるかもしれない。最後列にいるためクラス全体の様子が見れるが、隣同士でどちらに付くか話しているようだ。

 ちなみに俺は隣の人とはまったく話したことがない。何故なら髪の毛が適当に伸びており、言っては悪いが老け顔気味でどうみても橋の下で暮らしている人たちと遜色ないからだ。目は細く猛禽類のようで、それでいて体幹は良いのか授業中も腰の位置は変わらない。正直猫背っぽい肩は擬態なのではないかと思うほどの違和感を感じる。

 

「……」

 

 そんなことを考えていると終業のチャイムが鳴った。休み時間は十分で、食堂に食券でも買いに行こうか。昼休みに買いに行くと並ぶので面倒くさいのだ。

 他のクラスメイトが話題になった葛城や坂柳の下へ行くのを見て自分も席を立つ。厄介なことになるだろうと予感して、教室の左前にいる葛城、右後ろにいる坂柳の間、即ち教室の中心を通って教室を出て行く。刺さるような視線を二ヶ所から感じながら、それも面倒くさいと思いながら無視をして教室を出る。出来れば今後もその距離を取ってくれるようにと願う。何故なら――二人が言ったように各教科高得点者から教師を募るのならば、すべての教師は自分になるから、である。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 徒然草の冒頭、「徒然なるままに」という言葉を知っているだろうか。

 徒然……つれとづれ、ということで何かを連れているようなイメージを浮かべてしまう。もしくは、然という感じから自然に何かをするという印象を覚える人も多いのではないだろうか。現に自分も中身を読まずにそのタイトルだけを知っていた時期はそういう自然的な意味を持った古語なのだろうと思っていた。しかし、実態はただ昔の人が「暇だから適当に書くか」といったものでまさかの手慰み文だったのである。

 考えてみて欲しい。

 例えば、あなたが今暇だからその状況を文章に起こしたとしよう。それが七〇〇年後の未来に生きていく術の勉強の一つ、つまり義務教育の内容に入っているのだ。そんな光景を見たらただ「えぇ……」と漏らしてしまうに違いない。

 

「どうだろう黒屋。週二日でも良いのだが、勉強会に教師役として参加してもらえないだろうか」

 

 そんなしょうもない内容を自分は、目の前で勉強会の教師役をお願いしてくる葛城の前で考えていた。これも徒然草の内容みたいなものだろう。

 

「週二日か……」

 

 初めは断ったのだ。理由は面倒くさいからだ。誰かに教えるのは想像以上に体力と責任が必要になる。仮に赤点を取ったならば、全部自分の所為になるかもしれないのだ。まあ、誰かが赤点になって退学になろうとしてもあまり関係ないのだが。

 

「俺も勉学には自信がないわけではないが、今回の模擬テストで一位だった黒屋が参加してくれるならばクラスメイトも当日自信が付くに違いない。正直、毎回参加して欲しいのだが黒屋自身の勉強もある手前それは頼めない」

 

 うーむ。そう言われると断るのも申し訳なくなるというものだ。ただ、自分の場合は人に教えることは非常に苦手なので難しいことであるのは事実。

 

「毎週二日は無理だ。その代わり、テストの月には自分が解いた参考書をもとに、毎週一枚各教科の確認テストを解説付きの答案と共に渡そう。そのときは自分が見た参考書も教えるから、それで勘弁してくれないか?」

 

「そうか。いや、ありがとう。それだけでも大助かりというものだ。クラスメイトだけではなく、俺自身の学力向上にも繋がると思う。ありがとう」

 

「気にするな。Aクラスに残る条件として、退学者の有無も関係しているかもしれないからな」

 

「それは――」

 

 何かを話したそうな葛城を尻目に、自分は机の横に掛けていた鞄を取って立ち去る。今日は鶏肉がセールだとチラシに書いていたのだ。胸肉が安くなっており、冷凍保存できる優れもの。お湯と炊飯器保温にぶち込めばヘルシーでいて満腹になる簡単レシピなのでみんな食べるべきである。自分はカレー粉で下味を付けるのがおすすめである。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 また怠いことになったなと――イカ墨パスタをフォークに巻きながら思う。

 

「唇が凄いことになっていますよ、黒屋君」

 

 初めてイカ墨パスタを食べたが、非常に美味い。どれだけ美味いかと言うと今まで食べてきたパスタの中で一番美味しいかもしれない。辛味の効かせた自家製ペペロンチーノも美味しいが、この海鮮味が染みたイカ墨パスタは別格だ。これがこの安ファミレスで食べられる現代に感謝だ。

 

「気にするな坂柳。綺麗な原石を手に入れるときほど、人間の手は汚れているものだ」

 

「あら、そこまで美味しかったのですか?」

 

「意味分かんない」

 

 坂柳、そして彼女の隣にいるクラスメイトの神室が言った。

 映画のワンシーンを模したものだったが、どうやら通じなかったようだ。傍から見るとただ厨二病的発言をしているようで恥ずかしかったが、その羞恥はパスタの美味しさで搔き消された。

 

「それで、先ほどのお話なのですが……」

 

 こちらが食べている前で手持無沙汰なのは失礼とでも思ったのか、ティラミスを小さな口で頬張っていた坂柳が続ける。

 

「私の勉強会にも参加してもらいたいと思いまして。葛城君の勉強会にも参加すると聞いているので」

 

「それは葛城から聞いたのか?」

 

「……いえ、私の勉強会に参加されるクラスメイトからお聞きしました」

 

「なら、葛城の勉強会と同じようにテストのある月は各教科の確認テストを作ろう」

 

「葛城君の勉強会と同じものですか?」

 

「ああ。何か問題はあるか?」

 

「いえ。出来れば教師役としても一日だけでも参加してほしかったのですが……」

 

 見事に探りを入れてきたな。それでいてわざと襟の内を見せてきた。相当頭が切れるに違いない。正攻法で勝利を齎すのが葛城ならば、策略を張り巡らすのがこの坂柳のやり方なのだろう。それに、この場に同席させているのが神室だけと思いきや、ちょうど自分の死角の位置にあの隣の席の橋の下にいそうなクラスメイトが座っている。彼の隣にいるチャラそうな男子生徒もクラスメイトだったはず。

 

「――すみません。B481のイチゴバフェを一つ……二人は何か頼むか?」

 

「私は大丈夫です」

 

「私も」

 

 丁度良く店員が通ったので、声を掛けて食後のデザートを頼む。神室はおそらく部屋に戻って自炊でもするのだろう。坂柳はティラミスを食べてから夕食を取るのだろうか? 甘い物を食べてから食事を取るのは何となく微妙な気がする。

 

「教師役は自分の勉強もあるから無理だな。むしろ、葛城も坂柳も自分の勉強があるだろうに、勉強会を開くなんて流石だな」

 

 よいしょするのも忘れない。

 

「それはどういうことですか?」

 

「自分は誰かに教えるということはまずすべてのことが出来なければならないと考えてしまう。今回は文系や理系に分かれてしまったが、そんな区切りなく両方とも教えられるのが前提というわけだ」

 

「それはそれは、黒屋君に言われると耳が痛いお話ですね」

 

「嫌味に聞こえたら申し訳ないな」

 

 お、イチゴパフェが来た。チョコシリアルも乗ってる歯応え抜群のタイプだ。出来れば甘いイチゴより酸味の効いたイチゴが良いのだが……合格だ。このファミレス、相変わらず素晴らしいクオリティを誇る。

 

「甘い物がお好きですか?」

 

「好きというわけではない。ただ、食後のデザートはなければ締まらないな」

 

「なるほど」

 

 もう話すこともないのならば、離席しないだろうか。こちらはこのパフェを食べることに必死なのだ。甘すぎず、くどすぎない生クリームは冷たさもあって清涼感すら感じる。あえて小さなスプーンを使い、回数をかけて口に運ぶのが良いのだ。最後は一番下にあるカラメルとぐちゃぐちゃと混ぜてしまい、残していたシリアルで感触を作る。

 

「……ふぅ。ご馳走様。もう用がないならば自分は部屋に戻るが」

 

「お待ちを。連絡先の交換をしておきましょう。この先不都合もあると思いますので」

 

「そうか。なら――」

 

 連絡先の交換は葛城とも行っている。坂柳を含めて二人目で、華の男子高生の割りに少ないに違いない。というか、入学した時点で元々持っていた携帯の連絡先が一切使えなくなるのだから、ここに来る生徒たちはもしかすると中学時代に仲が良い友達がいなかったことになるのか……?

 チャラそうな見た目をしたクラスメイトとか、意外とそういう部分は気にしないのだろうか。

 そんなことを考えながら席を立ち、二人に軽く挨拶をしてファミレスを出る。一応クラスメイトのなので後ろにいた二人にも一目しておき、眩しい夕陽に文句を垂れながら部屋へと戻った。

 

 

 

 

 

三、

 

 

 

 

 

「――少々厄介な人物ですね」

 

 誰もいない正面の席、テーブルの上には綺麗に片付けられた皿だけが残る。対面するように座っていた坂柳が呟いた。

 

「そんなに……?」

 

 諸事情により、入学早々坂柳の足と手となってしまった神室が言った。

 

「ええ。度し難い人物です」

 

「ただのマイペースな頭でっかちに感じたけど」

 

「テストの点数が高いだけで頭でっかちは失礼ですよ、神室さん。頭でっかちとは優秀な情報を持っていながら、それを扱えない者のことを言うのです」

 

 「知らないし」と神室が心の中でぼやいたことは内緒である。

 

「今後私も葛城君も派閥を大きくしていくならば、定期的な勉強会は一番の宣伝になります。そこに教師役として彼が入れば、一応派閥関係なく開かれている勉強会で対立派閥のクラスメイトが『クラスで勉強が一番出来る人が教えているから』という理由で参加しやすくなるのです」

 

「何となくわかるけど」

 

「彼もどちらかの派閥に所属すると思いましたが、見事に中立線を引かれてしまいました。それに、模擬テスト各教科満点の彼が作るテストは私にとっても葛城君にとってもそれは借りに等しい……面白いではないですか。こうではなくては」

 

 神室は思う。

 坂柳の隣にいるのは諸事情があるためで、こういう性格が分かっていれば自分はきっと葛城派のほうにいただろう。故に、結局彼も派閥云々ではなくただ面倒くさかっただけではないのだろうかと。勉強が出来るならば、勉強会に参加もせず、別に葛城派に入らずとも両派閥と適切な距離を取っているのが一番楽だ。敵対さえしなければ勝手にAクラスがAクラスの座に残れるように他クラスと争ってくれるのだから。そして、クラスポイントを考えるならば簡単に捨てられる人材でもない。

 神室は気楽そうで羨ましいと思いながら。こちらに向かってくる同じ坂柳派閥である橋本と鬼頭を眺めていた。

 

 

 

 

 

四、

 

 

 

 

 

 小学校、中学校、高校、そして大学と限らずに一年生の一学期が過ぎる時間は格別に早く感じるものである。四月にクラスに馴染み、五月になるともうゴールデンウィークだ。中間テストを超えたらすぐに期末テストがやってくるのだから思えば中々酷な三か月と少しなのだ。

 しかし、一年生のテストはその半分が中学時代の復習となる。そう考えると入学前の暇な春休みにある程度勉強をしておけば必死にならずに済むので楽と言えば楽なのだ。

 

 ――よし、完成。

 

 自分は今、葛城と坂柳に約束していた各教科の確認テストを作り上げている。文章問題もいくつか入れているが、殆どは一問一答形式で直前で見返せるようなものにしている。確認なんてそんなものでやるくらいがちょうど良いのだ。しかし、テストがある月の毎週、各教科となれば意外と作るのは大変だ。

 あれ……?

 ふと、先日二人と話した内容を思い出す。

 「毎月テストのある週に」ということは、もしかすると初週にテストのある月は確認テストを作らなくとも良いのではないか? 

 傍らに置いていた端末を開き、年間予定を見る。今年の中間テストは五月、ゴールデンウィークの前週にある。期末テストを見ると七月の二週目、つまり各教科二枚しか作らなくとも良いのだ。

 うーむ……これは変に誤解されるような契約をしてしまったかもしれない。たしかに自分としてはそう考えると楽だが、穴を突くように真似がしたいわけではない。こちらの認識は『定期テストから一月前に確認テストを毎週一枚各教科ずつ渡す』としておいた方が良いだろう。

 中間テストはもう二週間前に迫っているため、今回はノーカンとしてもらおう。

 

 

 

 

 

五、

 

 

 

 

 

 中間テストを無事に乗り切ったAクラスはクラスメイト同士で細やかなお疲れ様会が行われたらしい。“らしい”とは、自分は参加していないからだ。一応葛城と坂柳の両方から誘われたのだが、なぜか両方とも同じ日の大体同じ時間に行うのでどちらかを断ってどちらかを選ぶと面倒くさそうだったからだ。場所はさすがに同じではなかったが、もうそこまで来るとクラスメイトなんだから一緒にやれよと言いかけたのは仕方ないだろう。

 そして、見事綺麗に割れたクラスメイトを尻目に休日の昼間から自分は一人将棋をしていた。そこそこ良い将棋盤が売っていたので、思わず買ってしまったのだ。チェスはしたことはないけど、ガラスのチェスセットがあれば何となく買ってしまうのと同じだろう。分厚さこそテレビで見るようなものとは違うが、持ち運びも出来るこれは意外と良い買い物だったかもしれない。

 場所は海沿い、潮風が適度に吹いた気持ちの良い席を見つけた。ここは商業区から校舎を挟んで真逆の位置にあるので、休日は誰も来ないのだろう。平日は生徒が弁当でも持って来そうな心地良さだ。

 

「――あの、すみません」

 

 小気味の良い音を立てて駒を動かしていると、右方から声をかけられる。そこにいたのは薄水色の髪を腰のあたりまで伸ばし、黒色のリボンが特徴的な女子生徒だった。手には文庫本を持っている。

 

「どう……しました?」

 

 危ない危ない。先輩の可能性もあるのだから、いきなりため口はまずいだろう。

 

「あ、同じ一年生なので敬語は大丈夫ですよ。私は一年Cクラスの椎名ひよりと言います」

 

「そうか。一年Aクラスの黒屋だ」

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしく」

 

「……」

 

「……」

 

 ……いやだからなんだ。

 よろしく? よろしくって何をよろしくすれば良いんだ。ここを座りたいならば、いくつか海沿いに席はあるのでそちらに座れば良いだろう。もしかしてこの席が自分の特等席的なやつだろうか。

 

「あの……」

 

 そんな自分の様子を察したのか、窺うように椎名が口を開く。変に儚げな雰囲気を持っているので、こちらが悪いことをしているような気になる。

 

「図書室にいると将棋盤を持って入って来て、一人将棋用の本を借りて出て行ったので気になって追いかけてしまいました」

 

 なんだその子供みたいな理由。将棋盤を持って図書室に来て一人将棋の本を借りて、将棋盤を持って海沿いに来るような男子生徒を追いかける女子生徒なんて普通いないぞ。

 

「そうか」

 

 じっとこちら見てくるが、自分としてはもう話すことなんて無いのだが。しかし、このタイミングで一人将棋の再開をしても嫌な奴過ぎないだろうか。

 

「将棋は指したことがあるか?」

 

「お爺ちゃんと何度かしたことがあります」

 

「なら、時間も空いているなら一局だけでもやっていかないか?」

 

「良いのですか? たぶん全然強くないですよ?」

 

「自分も暇つぶしにやってるだけで強くないから丁度良いぞ」

 

 それに大体将棋を指すお爺ちゃんは強いのだから。椎名もルールと定石くらいは把握しているだろう。自分も初心者用の一人将棋ばかりで対人はあまりやって来てないので実力で言えば変わらない。

 長椅子の中心に将棋盤を移動させ、一人分と少ししか出していなかった駒を二人分に並べていく。その間に椎名は正面に座り、身体をこちらに向ける。

 

「では、よろしく頼む」

 

「よろしくお願いします」

 

 立ち上がりはお互いに変わらない。初心者がよく動かすパターンとでも言うのか、相手に陣地に入られないように自陣を固め、隙が出たら王手に繋がるような攻撃を仕掛ける。椎名は若干守り寄りの攻め方をして来ており、自分が歩を二枚取ったので僅かに有利だ。

 

「そういえば黒屋君。Dクラスの件を知っていますか?」

 

「Dクラスの件……?」

 

「はい。厳密には私のクラスであるCとDの問題なのですが」

 

「何かあったのか?」

 

「どうやらDクラスの男子生徒とうちのクラスの生徒が揉めたようです」

 

 あー……たしか、前の席のクラスメイトがそんなことを話していたような気がする。その件でCとDは今月のポイントの振り込みが一時的に遅れているようだ。解決次第振り込まれるらしいが、延滞料くらい貰めても罰は当たらないだろう。まぁ、当事者ではないこととポイントは毎月そこそこ余っているので不便さはいまいち想像出来ないが。

 はい、もう一つゲット。

 

「あっ……香車が……」

 

「油断したな」

 

 会話でこちらの隙を晒そうとしたようだが、裏目に出たようだ。

 

「ま、まだ勝負は喫していません……んん。それで、どうやらBクラスはDクラスに協力するようでして、Aクラスはどうするのか気になったのです」

 

「椎名はAクラスがCクラスに協力したほうが良いとも思うのか?」

 

「いえ、誤解させてしまったようなら申し訳ありません。私としてはどちらでも良いのです。世間話程度のつもりだったので」

 

 お、飛車も跳び込んできた。

 

「うっ……それは少し厳しいですね」

 

「Aクラスはたぶん無関心だろうな。CもDもまずはBを目指さなければならない。どちらが悪いのかは分からないが、CとDが争っている状況はAからすれば特でしかない。自分としては何故BがDに協力するのか気になる」

 

「私も事の次第は詳しく知らないので確証はありませんが、恐らくCクラスから仕掛けたのだと思います。暴力を踏まえた騒動は龍園君のお得意なので」

 

「そんなことを自分に言っても良いのか?」

 

「黒屋君は私と同じクラス間競争に興味無さそうな平和主義の匂いを感じました」

 

「初対面なのにずいぶんな評価を得たものだ」

 

「これでも付き合う人は吟味するタイプです」

 

「なるほど……まぁ、今のところCが有利でも、Dの手札によってはどうなるか」

 

「黒屋君はDクラスがどうにか出来ると思いますか?」

 

「出来るかどうかは分からないが、出来る人物は間違いなくいるだろうな。そもそもクラス間競争が存在しているにも関わらず、学校側の言う通りABCDが優秀順に振り分けられたのならばAクラスの勝ち抜けが過ぎる。勝つのが確定したクラス間競争なんて『優秀な人材育成』をスローガンにしてる学校には無駄なものだ。ただ単に成績や身体能力だけで決まるのではなく、他に評価基準があるのだろう」

 

「たしかに、中間テストのランキングもトップ10にはDクラスの生徒が何人かいました」

 

「学校側がクラス間競争を推奨するならば、どこのクラスもバランスよく勝ち札がいる。Aクラスで言う葛城や坂柳に匹敵する生徒がきっと他の三つのクラスにも隠れているんだろうさ」

 

「そう考えると、どのクラスも油断出来ませんね」

 

「違いない。みんな大変だ」

 

「黒屋君は大丈夫なのですか?」

 

「自分か? ……うちのクラスには優秀なリーダーが二人もいるからな。二人に任せておけば大丈夫だろうさ」

 

 さて、話はいったん区切りだ。盤面も大きく動いてきているので、こちらも大胆に動き始めるとしよう。

 平和主義っぽいと言われたので、平和主義らしい戦い方を見せようと思う。

 

 

 

 

 

「――黒屋君はまったく平和主義ではありません」

 

 盤面にあるのは椎名の王といくつかの駒。それも歩と金将しか残っていない。大してこちらは大国が築けるほどの優秀な駒を並べて今にも蹂躙しそうな空気が漂っていた。

 

「最初の香車が取られたのが痛かったな。そこからどんどん後手に回っていた」

 

「逆転の一手は……」

 

「どこに動いても無理だな」

 

「ぐぬぬ……参りました」

 

「参られました」

 

 初めてリアルで「ぐぬぬ」と言う人を見た。天然味は強いが面白い女子生徒である。

 

「いつかまたリベンジすることを誓います。そのときまで腕を磨いておきますので待っていてください」

 

「ああ、いつまでも待ってるぞ」

 

 これで十年後二十年後とか、将棋にまったく触れてない頃に来られたら困るのだが。

 時間も良い時間になったので、今日は解散することになった。たまには対人をやるのも良いだろう。再戦の約束をして連絡先を交換すると、椎名を部屋まで送り自分も夕飯の十ん美のためにスーパーへ向かった。

 

 

 

 

 

六、

 

 

 

 

 

「――そこまで。試験終了。私が後ろから回収するので、答案を裏返しにして手は動かさないように」

 

 チャイムが鳴った。これは期末テストが全教科終わったことを示し、つまり夏休みが始まることを表していた。試験監督であったDクラス担任の茶柱先生が回収する間も心なしか頬の緩んだクラスメイトもいる。動かないようにはしているが、表情が丸わかりだ。どれだけ夏休みが楽しみなのだ。

 

「では、この後は真嶋先生の指示に従うように」

 

 出来る女といった茶柱先生はヒールを鳴らしながら歩き去って行った。

 

「やった! 今回のテスト結構解けたよ!」

 

「本当? 私も90点超え出るかも!」

 

「葛城さん。あなたに言われたところを前日に見直したら、丁度その問題が出ました。本当ありがとうございます!」

 

「前日にしっかり復習したのはお前だ。その努力が実を結んだのだろう」

 

「夏休みフェアでセールやるみたいだから、放課後寄って行かない?」

 

「坂柳さんありがと! ずっと苦手だったとこ解けたよー!」

 

「苦手の克服おめでとうございます。夏休み中も今より頻度は減りますが、勉強会は開くのでぜひ参加してくださいね」

 

「うんっ、絶対参加するよ!」

 

 夏休みか……一体何をしよう。

 この学校では帰省の類は身内の冠婚葬祭以外認められておらず、内部のことを漏らせば退学という厳しい処置を取られる。去年までは祖父母の家に遊びに行くなどしていたが、今年は連絡も出来ない。一応、検閲を超えたら手紙は出せるようなので引っかからない程度に頼りでも出そうか。

 

「――黒屋」

 

「黒屋君――」

 

 ほぼ同時タイミングで話しかけられる。声の方へ視線を向けると葛城と坂柳が立っている。

 

「今回の確認テストも非常に助かった。勉強会に参加してくれた者も感謝していると思う」

 

「葛城君と同じように私もお礼を。私自身、見直す所があったので非常に助かりました。良ければ来学期も継続してお願いしたいのですが」

 

「む、俺も頼みたい。黒屋の力を借りられれば、Aクラスは勉学の面では安泰だろう」

 

「元々来学期以降も続けようと思っていたから問題ない。気にしないでくれ」

 

 問題を作ることは単純に問題を解くよりも勉強になる。自分にもプラスになっているので現状のままなら続けるつもりだった。

 

「そうか。ありがとう」

 

「ありがとうございます。もし黒屋君も何かあれば気軽にご連絡ください。夏休みでもよろしくお願いします。では――」

 

 葛城はともかく、坂柳は何か不穏な言い方で自分の席で戻った。

夏休みによろしくも何も、別に友達ではないので何も無いと思うのだが。連絡先は交換したものの、彼女も自分も事務的なこと以外は会話をしていない。葛城とはたまにどこの店が美味しかったなど会話することはあるが……連絡先を交換した中で会話頻度が高いのは将棋で出会った椎名くらいだろう。彼女は読書が趣味で、海外ジャンルも含めて網羅している。日本語訳していない文庫本などは情報が入り辛いためありがたかった。

 毎日海ばかり見ていると、山が恋しくなるんだよなぁ。自分が住んでいた地域は北に山があり、南に海があるという夏御用達の環境だった。そのため、夏休みは山にクワガタを取りに行くのも良し、海へ泳ぎに行くのも良しだったのだ。その代わり冬は寒い颪が吹いてコート必須なのだが。

 敷地内でも良いので、バーベキューでもしたいものだ。

 

 

 

 

 

七、

 

 

 

 

 

 船に乗っていた。比喩ではない。席に座りながら前の足を浮かしてぷらぷらすることを舟を漕ぐというが、そんな言葉遊びではなく本当に船に乗っているのだ。

 生徒を除き、職員と事務員など合わせて130近くの人が乗っているのだが、それに合わせて当然船は広い。さらに後方にはプールを完備、適所にカフェやアルコールの提供は無いだろうと思うがバーのような店。ビリヤード台などもあるようで、アミューズメント施設も充実しているそうだ。あとでビリヤードしよう。

 さて、こうなったのは数日前、夏休み初日まで遡る。

 自分たち一年生の端末にあるメールが送られてきた。

 

――『豪華客船クルーズの旅』

 

 要約するとそんな感じである。

 正直、このメールをすべて読むまでは希望者限定だと思っていたのだが、読み進めるにつれて強制参加の旨が書かれており、この学校がそんな案内を出すなんて胡散臭いと感じたものだ。しかし、実際に来てみると施設も充実した船に乗っているので大満足である。ただ、三人部屋というのがいただけない。自分は小さな部屋に他人がいると酷くストレスが溜まる性格なため、同室のクラスメイトには申し訳ないが速攻一番奥のベッドを取らせてもらった。就寝時間になるまで部屋に戻ることはないだろう。

 

「では、全員揃っているようなので船内での注意事項を言う――」

 

 宴会場のような場所にAクラスが揃うと、真嶋先生はこの船と利用可能施設について説明していく。主だったことは下部にある従業員以外立ち入り禁止の場所に入らないことや、落ちないように欄干部分ではふざけないことなどだ。他のクラスも同様に説明を受けているようで、クラス間競争はあったものの、過度な敵視をして喧嘩しないようになども注意を受けた。

まぁ、その点について自分は大丈夫だろう。今のところ表立って他クラスにもリーダーと知られている葛城や坂柳くらいがやっかみを受けそうだ。彼らの右腕としてよく一緒にいる戸塚や神室もそうか。

 

「……以上で注意事項を終わる。いつも通り何かあれば教員に報告を。今後の予定は随時端末に連絡がいくのでこまめに確認しておくように」

 

 ようやく自由時間が来た。ビリヤード台があると聞いてから気分はビリヤードにしか向いてなかったので早めに切り上げてくれた真嶋先生には感謝だ。クラスメイトが半分くらい出て行ったところで、自分も立ち上がる。

 

「――黒屋君」

 

「何か用か?」

 

「はい。少々お話がありまして」

 

 むぅ、このタイミングで坂柳のお話か。

 

「自分はこれからビリヤード場に向かおうと思っているが、そこでも良いか?」

 

「ビリヤード場ですか……」

 

 思案するような様子を見せ、坂柳はこちらに了承を得てから端末を弄る。大事な話の場合、誰かに聞かれることは避けたいはずなので人が来やすいのか否か船内地図で確認しているのだろう。

 

「分かりました。私たちもついていってよろしいですか?」

 

「え、私も?」

 

「もちろん。神室さんは私の親しい友人ですからね」

 

「……思ってもないことを」

 

「最も、黒屋君が駄目だと言うなら私一人でついていきますが……」

 

「別にかまわないぞ。神室だけではなく、他に連れてきたい人がいるなら連れて来ると良い」

 

「いえ、私と神室さんの二人でお願いします」

 

 やれやれ、彼女からの話とはまた面倒くさそうなことである。幸いにも葛城は早くに出て行ったようで、この二人といる姿を見られないのが良かった。仮に坂柳派へ属していると勘違いされたら向こうからのアプローチも強くなりそうだ。

 

 

 

 

 

八、

 

 

 

 

 

 

 ビリヤード場は一般立ち入りが許可されているフロアの最下層にある。航海するにあたって、波を越えるわけなのだから振動で玉が動いてしまいそうだがこの部屋はそれを最小限にするための設計がされているようだ。玉を三角形に並べてから暫く見ていたが、一寸たりとも動くことはなかった。

 キューを引き、狙いを定める。

 最初の一打は白玉の真ん中を打つのがコツだ。それでいて力強く、確実に玉を落としてプレイを続行する。ナインボールではそれさえ出来れば二打目で決着がつくこともある。

 勢いよく突き出すと玉が三つほど落ちた。

 

「お見事です。黒屋君はビリヤードが得意なのですか?」

 

「いや。気が向けばやる程度だな」

 

 二人をプレイに誘ったが、話がある坂柳はともかく、神室もビリヤードはやったことがないということなので辞退した。そのため、適当に並べて玉を順番に落としていく一人遊びを始めた。二人はそれぞれ椅子に座っている。

 

「それで、話とは……?」

 

➀を落とす。

 

「もしこの話を聞けば、黒屋君は私と一つだけ約束をしてくれますか?」

 

 妙な言い方だ。話すだけならばただのはず。にも関わらず、内容が不明のまま事前約束を申し出るなど聡明な坂柳らしくない。このような言い方、誰か、どの方向かに不利なことを話すと言っているに等しい。

 

「確約は出来ん。しかし、ここで聞いたことは誰にも話さないと約束しよう」

 

「それだけで十分です……黒屋君に頼みたいことはたった一つ」

 

 一拍置き、坂柳が言う。

 よし、これで残りは二つだ。

 

「――今回の試験中、何もしないで欲しいです」

 

 白玉が⑬に当たり、右角穴に一直線。バック回転をかけて白玉はゆっくりと戻って来て⑭に触れ、綺麗にすべての玉が落とされた。

 うむ。完璧だ。

 

「何もしないではとは、部屋から出るなということか?」

 

「いいえ。そこまで言いません。ただ、仮にこれからクラスポイントに関わることがあっても、今回の一連の流れには手を貸さないで欲しいのです」

 

「それはまるで、坂柳がこれから何かあると知っているかのような言い方だな」

 

「私はこの通りなので、ある程度先生から事前に参加の有無を確認されるものですから」

 

 坂柳は杖と不自由な脚を上げるとそう言った。

 坂柳の言い方から察するに、やはりというか、想像通りというかクラスポイントに関わらる何かがあるようだ。これについては別に驚くことはない。何故なら、最初のポイント支給に真嶋先生が『ただで十万ポイントを学生にあげるようなことはない』と言っていたからだ。明らかに一人十万ポイント以上かかりそうな豪華客船の旅にただで学校が連れて行くわけないのは明白。坂柳の言い方からするに彼女が参加できないクラスポイントの競争があるのだろう。

 それは一体、何か……?

 脚が不自由な彼女に事前確認を取るとなれば、身体を張ることだ。それは間違いないだろう。次に、彼女の目的は何かを考える。彼女の目的は不明だが、最近の行動からAクラスを引っ張ていくリーダーになる、もしくは現状のように継続することは確定だ。つまり、今回の狙いは同じリーダー格に位置する葛城に関する何かだろう。坂柳が参加することがないのならば、その競争で指揮を執るのは葛城で確定だからだ。もう一つの目的としてどちらにも属していない自分を見極める的な目的があるのかもしれないが、彼女の目が届かない場所で坂柳派が葛城に取られる可能性がある以上自分を取るとは思わない。

 詳しいことは当然口止めされているはずなので、これ以上のことは聞けないだろう。

 

「基本的に自分はいつも通り(・)動く気だが、それでもダメなのか?」

 

「はい。この船上にいる間とそれ以外(・)でも、一連の流れ(・)が終わるまではいつも通りにいて欲しいのです」

 

「そうか――」

 

「私もある程度聞かされていることから後は何があるのか分からないのです。故に、念のため広く期間を取っています」

 

 ふーむ……テスト云々は両方ともにこちらも動けるから了承したことなので、今回は受ける必要がない。受けたときのメリットも、受けない場合のデメリットも無いのだ。

 

「……対価として、一人部屋を用意出来ます」

 

「――何……?」

 

 それは聞き伝手ならない言葉だ。

 

「黒屋君の同室メンバーは幸い私に優しくしてくれるクラスメイトが揃っていますので、ある程度の融通が利きます。もしくは女子クラスメイトの方へお願いをすれば一室空けることは可能なので」

 

 膝の上で重ねられていた坂柳の小さな手を取る。

 

「契約成立だ。自分はこの一連の騒動の中、いつも通りでいることを約束しよう。坂柳は対価として自分に一人部屋を用意する。その方法は今言った前者だ。しかし、教師に何か言われた時点でその契約は破棄し、こちらの意向にはまったく口出ししないことを約束してほしい」

 

 前者を選んだのは仮に自分が移動して、今回の場合は後者を選んで女子部屋で寝ているとなれば恐らく退学不可避だからだ。前者でばれた場合は他二人の責任になる。

 

「分かりました。仮に黒屋君が契約内容に背いた場合はどうしますか?」

 

「自分に聞くな。それは坂柳が出すことだ」

 

「ふむ……では、仮に黒屋君がいつもとは違うことをすれば、今後は私の派閥へ与するというのはどうでしょう」

 

「良いだろう――」

 

 思わぬところで一人部屋が手に入ってしまった。ラッキー。我慢しろと言われれば出来たものの一番の懸念点だったので坂柳から提案があったのは良かった。こちらには特にデメリットはないのでお得満点の契約だ。

 いつもなら「これで話は終わりか?」と自分から解散するきっかけを出していたが、今日は気分が良い。

 

「坂柳、ビリヤードをしたことはあるか?」

 

「ビリヤードですか? 残念ですが……」

 

 坂柳は一瞬だけ自身の脚を見た。

 

「安心しろ。ビリヤード見た目より親切設計なんだ。たとえ脚が不自由であっても出来るような競技だ」

 

 そう、ビリヤードは意外と誰でも出来る競技だ。何が良いのかというと椅子に座ってもテーブルがキューを打てる高さなので、むしろ立って打つほうがやりすぎると翌日腰が痛くなったりする。恐らくあまりやったことがない坂柳に1ゲームをするのはきついと思うので、トリックショットまではいかないものの、適当に玉を置いて打てるようにする。

 

「失礼するぞ」

 

「構いませんが……――っきゃ」

 

 椅子に座っていた坂柳を抱え、ビリヤード台の木枠の部分に座らせる。これなら脚を使うわけではないので打つのは簡単だろう。万が一落ちる可能性も考えて添うように自分がいる。

 

「良いか、坂柳。ビリヤードは非常に簡単な競技だ。この場合はただ白玉の真ん中にキューの先を中てて打つだけだ」

 

「……黒屋君からのご指導ですか」

 

「指導というわけじゃないさ。新しいことを勧めることは良いことだろう?」

 

「その割に随分と強引な気がしましたが、黒屋君は案外そうなんでしょうか?」

 

「嫌なら椅子に戻すが?」

 

「せっかくなのでチャレンジしてみます」

 

 食わず嫌いは勿体ない。こうして取り敢えずやってくれるのは多趣味な自分としても嬉しいものだ。

 

「あれを狙えば良いんですね」

 

「そうだ。まっすぐ打つんだぞ」

 

 キューを持つ姿は様になっていた。肩は直角に、腕だけを動かすことを如実に守っている。動画は見たことがあるといったところか。

 坂柳がキューを突き出す。

 さすがに自分のときと同じように音が鳴ることはないが、絶妙な力加減で白玉は落ちずに目標の玉だけ落ちた。

 

「上手いな。これからもやればきっと楽しめるはずだ」

 

「黒屋君と勝負は出来ますか?」

 

「それは坂柳次第だな。自分と勝負したいのであれば、もう少し腕を上げなければ」

 

 それがどう伝わったのか分からないが坂柳は「そうですか」と言って、椅子に戻してくれるよう自分に頼んだ。連れて来たときと同じように抱えて戻すと礼を言われる。

 

「では私たちはこのあたりで失礼させていただきますね。すぐに同室のクラスメイトへ今の件をお伝えしておきますので、約束の方はよろしくお願いします」

 

「分かった――」

 

 二人を見送ってから再び玉を並べていく。一人でやるのも良いが、やはり誰かとやりたくなる。椎名でも誘おうか迷うが、Aクラスといる所を公に見られて大丈夫なのだろうか。会話をしている限りそういうことは無さそうな気もするが。

 自分は端末を取り出し、連絡先を開いた。

 

 

 

 

 

九、

 

 

 

 

 

「これより本年度最初の特別試験――無人島研修を始める」

 

 えぇ……。

 翌日、自分はあの豪華客船から降ろされ、樹々が鬱蒼と茂る無人島にいた。四人の担当教員を先頭に左からA、B、C、Dの四クラスが並び、他クラスも面を喰らったような顔をした生徒が幾人もいる。

 いや、そうだろう。

 まさか豪華客船を用意しておきながら、途中でそれを降ろされサバイバルが始まるとは誰も思わないのだから。自分たちがいない間豪華客船はどうするのだろうか。停泊させておくのは勿体ない気がする。

 

「期間は今日より一週間。君たちにはこの無人島で過ごしてもらうこととなる。持ち込みは予め学校側が把握している薬等を除き不可、不正があった場合はその時点で失格だ」

 

 しかも結構長いのだが。三日で良いだろう、三日で。

 

「体調不良とかになった場合はどうするんですか?」

 

 どこからか質問が出る。

 

「そのことも踏まえ、君たちにはこの一週間こちらが用意する腕時計を付けてもらう。この腕時計は君たちの場所と体調などを私たちが管理するためのものだ。微熱を超える発熱や怪我による続行不可があればただちに救助に向かうので絶対に外さないように。仮に外したことが確認された場合、重いペナルティが課せられると思え」

 

 そうやって配られた腕時計を見る。防水も耐震も完備のスマートウォッチだ。見た目も煌びやかでないので普段使い出来そうである。

 

「そして、この試験のテーマは“自由”だ。

 君たちにはこの試験中、300ポイントとマニュアルが与えられる。そのマニュアルにはポイントで買える試験中必要になるであろう品からバーベキュー道具や水、食料もある。むろん菓子類も。そのためこの一週間を耐え忍んで生活するかクラスメイトと楽しく過ごすかも君たち次第――」

 

 「しかし」と続ける。

 

「残ったポイントは試験終了後、そのままクラスポイントに換算される。夏休み後に反映されるのでしっかり話し合って決めたまえ」

 

 と、終わると思っていたのだがさらに追加ルールが話される。

 どうやらこの試験、ただ生活して残したポイントでクラスポイントが増えるのではなく、特別ルールがあるようだ。その特別ルールとはキーカードによるスポットの『占有』と『占有をしたリーダー当て』の二つだ。

スポットはこの無人島にいくつかあるもので、八時間毎に一度キーカードを使用することができる。占有できるたびにそのクラスは1ポイントが与えられるため、一日3ポイントを稼げるということだ。つまり、スポットを見つけて継続的に占有出来ればそこにいるだけでポイントが増えていく。

 二つ目に『リーダー当て』は、占有するためのキーカードの持ち主、つまりリーダーを当てることで50ポイント得られるルールだ。正当なルールでなければリーダーの持ち主は変更できないため、一度リーダーが露呈するとその後の試験中は常にマイナス50ポイントが付きまとうので避けたいことだ。また、逆に当てられるとマイナス50ポイントなのだからAクラスも占有時は見られないように気を付けなければならない。

 如何に節約して質素に過ごして後のクラスポイントを取るか――。

 最低限のものを買って中間的な結果を残すか――。

 それとも敢えて豪遊し、この環境を楽しんでクラス仲を深めるか――。

 大体この三つが取れる選択だろう。あとは即辞退して豪華客船で過ごすというものもあるが、自分に限ってはそれは出来ない。今までなぁなぁで試験に付き合ってきた自分がいきなり辞退してさようならは坂柳との契約に抵触するからだ。

 

「……」

 

 あれ、もしかしてこれは嵌められただろうか。

 一人部屋を用意してくれるとは言ってくれていたが、一週間も無人島で過ごすならその契約は殆ど無いに等しい。この特別試験が終わっても豪華客船を堪能出来れば良いのだが……まぁ、良いか。たまの無人島体験くらい、楽しいものだ。むしろ船に戻ってから一日だけでも一人で悠々自適に過ごせる部屋があると考えたらモチベーションも上がる。

 

「今回は坂柳がいないため、クラス全体の動きは俺が指揮させてもらうが問題はないか?」

 

 特別試験の説明が終わり、各クラス動き始めると葛城が前に出た。坂柳は不参加、Aクラスは一人分マイナスされるので270ポイントから始まる。日ごろ勉強などでお世話になっているクラスメイトも多いため不満は特に出ない。容姿もあるのかもしれないが。

 葛城が指揮を執ることに反対は出なかった。

 

「神室、橋本。今回お前たち坂柳派はどう指示されている?」

 

「特にはないぞ。向こうからもこの試験中は葛城の指示に従えって言われてるからな」

 

「私も。あんたの指示に逆らうことはない」

 

「そうか――」

 

 一先ずの方針が固められていく。

 スポットを占有するのは前提条件として、周囲が良環境であればそこを中心に生活をする。基本的に質素倹約に努めるが大事が起ればポイントは使用するといったものだ。葛城らしい保守的というか、堅実的な在り方だ。生活基盤を固め、リーダー当てでプラスに出来れば御の字か。坂柳がいない状態で結果を出さなければこれからの進退は危ういので何らかの行動はとるはずだ。

 

「これからクラスをいくつかの班に分ける。スポットが見つかり次第、山の出入り口にいる俺に報告してくれ」

 

 

 

 

 

十、

 

 

 

 

 

 葛城によって班分けされた自分は山中を散策していた。班員は二人、教室でも隣の席である髪の長い橋の下にいそうな生徒個人的ナンバー1の男子クラスメイトとどこか眠そうな目付きをしながら辺りを見回している女子クラスメイトだ。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 落ち着いている性格なのか、静かな性格なのか、それともコミュニケーションが苦手なのか知らないが寡黙な空気が漂っている。何かあれば適当に話そうと思うものの、二人の趣味も好きなことも知らないので切り出しにくい。この様子だとスポットを見つけても何の反応も無さそうだ。

 そんな二人を尻目に自分はこの山の環境を見る。

 広葉樹林を中心とした山々は時折人が歩けるような道を覗かせ、人工的な手が入っていることを感じさせる。企業の新人研修なんかにも使われると言っていたので定期的に整理されているのだろう。特別試験の説明から、ポイントの消費を抑えて過ごすことも出来ると言った風なので野生の食材も手に入りそうだ。そうなると獣はいるのだろうか。猪や鹿がいればぜひ狩りたいが……もしかすると生態系の汚染などでマイナスになるかもしれない。

 スポットはどうしようか。

 スポットは生活拠点の中心になるだろうから、雨風が凌げそうな場所にあれば完璧だろう。もしくは川沿いなどの水場近く。水場に直接いるのは危ないのでそこから少しの高台だ。どのみち水場は手を拭ったり身体を拭いたり必要になるので自分たちは川を探すのが良いかもしれない。何となく川の場所の予想は付いている。この無人島に降りる前、一度だけ豪華客船が島の周りをゆっくりと回ったのだ。自分も何となく見ていたのだが、一部だけ樹々の密度が空いた所が東方面にあった。恐らくそこだ。

 

 

 

 

 

 およそ二十分歩き、川の流れが見えてきた。これに沿って山の中心地に向かえばスポットが見つかる可能性がある。途中、スイカやトウモロコシが映えていたので帰りに一つずつ拾って葛城に見せたほうが良いだろう。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 そして、件の二人は相変わらずの無口だ。

 橋の下君はともかく、もう一人のほうは山歩きに慣れていないのか額に汗が浮かんでいる。歩く速度は変わらないもののこの辺で休憩するのが安牌だ。樹影とマイナスイオンが圧倒いう間に疲労を吹き飛ばしてくれそうである。

 

「少し休憩しよう」

 

「……」

 

「……」

 

 無言のままに二人は頷くと各々身を休めるために陰へ入る。

 ……道中何かあったか聞きたいが、思えば二人の名前を把握していない。いや、別に名前を知らないわけではないのだ。クラスメイトたちが出す名前は知っているのだが、顔と一致しないだけで知らないわけではない。自分だってクラスメイトの名前は憶えている。葛城に坂柳に福山に的場にあとは元土肥なんて名前もあったはず。

 

「途中、気になるところはあったか――橋下(・)」

 

「……俺の名前は鬼頭だ」

 

「……」

 

 すぅーっ、ふうー。

 どうやら鬼頭に気になるところは無かったらしい。

 

「すまない。それで……福山、的場、元土肥(/small)のほうは……」

 

「……特に」

 

 名前の部分は濁しながら言ったもののどうにか通じた。二人とも自分が見つけた以上のものは見つからなかったようだ。

 

「――む」

 

 もう少ししたら移動しようか考えていると、上流からこちらに向かって声が聞こえる。二人もそれに気付いたようでどうするのか問うように自分に視線を向けた。

別にキーカードを持ってスポットを占有しようとしている場面でもないので、隠れる必要もないだろう。

自分は口を開かずに頭を横に振った。

 

「――所にあったよな!」

 

「だな。これで水の心配は――」

 

「――たぶん俺たちのクラスが一番占有が早かったんじゃないか?」

 

「やっぱりテントは買うべきだよ――」

 

「――それも踏まえて一度クラスのみんなで考えなきゃね」

 

「虫がいるとか無理なんだけど――」

 

 集団――というよりもクラスだろう。自分たちと同じ赤いジャージを着た男女が賑やかに歩いている。盗み聞きするつもりはなかったのだがこの辺りのスポットは既に取られてしまったようだ。

 

「――みんな少し待って」

 

 どうやら先頭に歩いてた茶髪の男子生徒が自分たちの姿に気付いたらしく、話していた生徒に静止をかける。

 

「別クラス! おい、どこの者だよ!」

 

「ここは俺たちが占有してるんだからどっか行けよ!」

 

「山内君、池君。僕が話すから待って……堀北さん、一応ついてきてもらっても良いかい?」

 

「ええ。分かったわ」

 

 茶髪の男子生徒は後ろの方にいた黒髪の女子生徒――堀北を呼ぶと向かってくる。こちらも特に身構えることはないのでそのままでいる。

 

「君たちもこの辺にスポットを探しに来たのかい?」

 

 敵意はないと言わんばかりに優しい口調で話し始める。

 

「ああ。しかし、どうやらそちらのクラスが近くのスポットを占有してしまったようだな」

 

「ごめんね。僕たちが先に見つけたものだから。一応言っておくと続けて占有するつもりだからここのスポットは諦めて欲しい」

 

「そういうことならこちらも特にいがみ合う気はない……っと、君たちのクラスは?」

 

「Dクラスだよ」

 

「分かった。うちのクラスにもここの近くはDクラスが占有していると周知しておこう。騒がせて悪かったな。二人とも、行こう」

 

「――待ちなさい」

 

「……?」

 

「あなた、自分のクラスは? 私たちの占有場所とクラスを把握しておいてそれも名乗れないわけじゃないでしょう?」

 

 何だかすごく懐疑的な目で見られている。

 

「――Aクラスだ」

 

 そう名乗ると茶髪の男子生徒の顔が強張るのを感じる。堀北の方も僅かに瞼が動いたが瞬きをすることでうまく隠したようだ。

 

「そう。あと一つだけ。あなた、名前は?」

 

「黒屋だ」

 

「ありがとう。もう行っていいわ。今後は不用意に近付かないでちょうだい」

 

「有事を除いて近付くのは避けるようにしよう。ただ、それをAクラス全員に共有できるかと言われると難しい」

 

「努力して頂戴」

 

「自分に出来る限りは」

 

 最後にそう交わすと自分たち三人は葛城の方へ戻ることにした。あそこの周囲を占有されているということは近くにあったスイカもトウモロコシも彼らが見つけるはずなのでAクラスが採集するのは憚られるだろう。つまり、ここまで来たものの自分たちの成果はゼロということになる。自分はともかく、二人には申し訳ないことをしてしまったかもしれない……表情が変わらないのでどう思っているのか分からないが。

 

 

 

 

 

十一、

 

 

 

 

 

 自分たちには特に成果が無かったものの、他の班には大きな成果があったようだ。洞窟という雨風を防げるスポット、食材も多々確認しており、朝食や昼食はそれで賄うことも可能だろう。どのみち誰もがどこかで我慢をしなければならないのは確定しているが、自分は割と雑食なので食事に困ることはないだろう。

 

「葛城、少し良いか」

 

「黒屋か。何か見つけたか?」

 

「ああ。川のほうにDクラスが陣取っていた。恐らく占有も済ませているだろう」

 

「川か……Dクラスは水を節約出来るな」

 

 ついでに食材のことも伝え、自分は後ろに下がった。

 

 

 

 

 

十二、

 

 

 

 

 

 どうやら――葛城がとんでもない案件を持ち込んできた。

 

 その内容とは『契約』。

 葛城率いるAクラスと度々噂に上がる龍園率いるCクラスとの契約だ。

 

《CクラスはAクラスに対し、200Sポイント相当分の物品を購入して譲渡する。購入する物品はAクラスが自由に指定できる。》

《CクラスはBクラスとDクラスのリーダーが誰であるかを探り、得た情報をすべてAクラスに伝えること。》

 

 そして、

 

《Cクラスが上記の1と2を遂行した後、Aクラス生徒全員が龍園翔に毎月2万プライベートを譲渡する。本契約は卒業まで継続する。》

 

 つまり、Aクラスはクラスポイントを得る代わりに私生活などに使用するプライベートポイントをCクラスに永続的に譲渡し続けるということだ。毎月10万に近いポイントをAクラスは得ているため、Aクラスに残留出来る可能性を上げるための損失が安いか高いかは人それぞれだろう。

 現状――Aクラスは保守が最適な行動である。もしくは静観。やるべきはリーダーを当てられることによってAクラスのマイナスと他クラスのプラスを防ぐこと。元々ポイントで勝っているAクラスは他クラスと接触を持たず、手堅く行くことなのだ。しかし、葛城は目に見える自分の成果が欲しいのだろう。それは坂柳がいない状況で如何に葛城が有能であるかとクラスに示すため。仮に成果を残すことが出来なかった場合、Aクラスの一部は「坂柳がいれば成果を残せたかもしれない」、マイナスであった場合「坂柳がいれば勝てたかもしれない」となることは容易に想像できる。

 

「俺はこの契約を前向きに検討しても良いと思っている。Aクラスのみんなには――」

 

 となれば、葛城が気を付けなければならないのは坂柳がいない状態の坂柳派の動向だ。たとえ葛城が保守的な計画を立てようとも、裏でその計画を荒らすような真似をされると状況は一気に崩れる。自身がいないとはいえ、坂柳もこの状況を悠々と眺めていられるほどではないはずだ。特別試験という勢力が覆りやすい大舞台の次がいつ用意されるのか分からない。それに、生徒手帳によれば次の年間スケジュールは体育祭。“特別”試験で目に見えて活躍をした葛城と、体育祭で何らかの方法、この場合競技に出場する選手の割り当てなどで良い結果を残したとしても間に合わないだろう。

 

 ――知を編む者は、いつだって余裕を持っていなければならない

 

 隙を見せず、何かをしてくるように思わせて対立する者に疑惑をかける。先手にいるように見せ、実は後手から適切な対応するのは知恵者としての今昔の性質だ。むろん、すべてがそれに当て嵌まるわけではないが。

確実なのは一つ――坂柳もまた、自身の派閥を葛城に従順であるように見せて策を弄しているのだ。

 目に見えぬ場所で坂柳が命令を出すのはそれなりに信頼している生徒だろう。当て嵌まるのは三人……普段一緒にいる神室、チャラそうな奴、橋の下にいそうな人改め鬼頭だ。

 

「まずは多数決を取り、賛成派の意見と反対派の意見を聞きたい。俺の顔色を疑うような真似もしなくて良い。納得できる理由があるならば、俺はその意見を尊重したいと思う」

 

 さて――――この試験の結末はどうなるだろう。

 Aクラスの予想は何となく付く。二学期からはクラスの方針も変わっていくだろう。面白いことでもあれば良いのだが……あと、自分は何も言わんが毎月二万pt引かれるのは面倒だ。

 

 

 

 

 

十三、

 

 

 

 

 

 ――一週間後。

 

「海鮮サラダを一人前。リブロースステーキを二人前。ペパロニピザを一人前と……」

 

 お、美味そうなトマトスープもある。一つ頼もう。

 

「……あと、食後にティラミスケーキをお願いします。以上で」

 

「了解致しました。サラダの方は先にお持ちしてもよろしいですか?」

 

「はい。お願いします」

 

 摂取カロリー、栄養なんてものは関係ない。好きな物を好きなだけ食べるのが自分の健康の秘訣だ。そもそも、無人島で肉が恋しくなったのだから二人前食べるのも仕方ないだろう。

 無人島での試験を終えた日、午後九時に自分は船内のレストランに来ていた。夕食の時間にしては遅いため学生の姿は見えず、昼より少なくなったホール従業員が出入り口に立っているだけである。ここは一応午後十一時まで空いているため教員、事務員が使用するレストランでもあるのだろう。

 うーん、いざ肉が食えるとなると数分でも待てないな。気を紛らわすために、無人島試験での振り返りでもしようか……と、思ったが自分視点の振り返りなどクラスメイトに内緒でDクラスの占有範囲ではない上流の川でひたすら川魚を捕まえていた光景しかないのだが。半養殖魚であったが、むしろそのおかげか身が淡白で美味しかった。天然魚も美味しいのだが調味料がないので助かったと言える。偶然見つけた山椒の実も味を際立たせてくれた。でもやっぱり塩がなぁ……。

 そんなクラスメイトの目を盗んで軽く謳歌していた無人島試験だが、Aクラスとしての結果は――敗北。大敗と断じても良いだろう。

 

 最下位 Cクラス 0ポイント

 三位  Aクラス 120ポイント

 二位  Bクラス 140ポイント

 一位  Dクラス 225ポイント

 

 物の見事にCクラスに裏切られた。Aクラスはリーダーも当てられず、リーダーを当てられてしまったのだ。残ったポイントは別にCクラスと契約せずとも残せただろうポイント。

葛城の采配が悪かった、という結末である。

 

「こちら海鮮サラダでございます」

 

「どうも」

 

 船に乗って少し落ち着いた頃にクラスメイトから責められる葛城の姿を見かけたので、今頃葛城は再起の機会を考えているかリーダーから降りるか悩んでいるだろう。堅実に行こうとしながらも中途半端に目先の餌に跳び込んだのが悪かったのだろう。

 

「む、美味しいなこのサラダ」

 

 小エビのプリプリとした感じが良い。酢ベースの和風ドレッシングも前菜として胃にきりきりと主菜を供給するように訴えて来ているようで手が止まらない。

 葛城が破れたことによってやはり次は坂柳がリーダーになるのだろう。坂柳の性格は今回のことを顧みても好戦的な部類に入る。Aクラスだからと言って座して構える怠慢を許さないはずだ。Cクラスのように他クラス、追随してくる可能性のあるBクラスあたりでも狙いそうだ。

 

「リブロースステーキとペパロニピザをお持ちしました。ビザのほうはオーリオ・ピカンテが付いておりますので、お好みの辛さに調整してお召し上がりください」

 

「ありがとうございます」

 

 現在進行形で焼き音を鳴らしながら運ばれてきたのは二枚のリブロースステーキだ。一枚の大きさが自分の手のひら二枚分はある。熱さは1cmちょっと。最高過ぎる。

 

「――あー……やっと見つけた」

 

 一枚にはソースをかけ、いざナイフを入れようとすると背後から声を掛けられる。振り返ってレストランの出入り口を見ると神室がこちらに向かって歩いて来ていた。

 

「何でこんな時間にそんなもの食べられるのよ」

 

「人の勝手だろう。用があるならば、そっちで話すと良い」

 

 向かいの席を顎で指し、再びステーキに向き合う。一度目の刃は肉に道を書き、二度目の刃で半分ほど切る、三度目でようやく肉が食べやすいサイズになる。

 

「……最高だな」

 

 そのまま二口目の用意に入る。

 

「それで、何の用だ」

 

 どこか不貞腐れてような表情を見せながらテーブルに肘を突く神室に問う。

 

「坂柳が無人島試験について聞きたいから明日の午後一時に談話室に来るようにってさ」

 

「それをわざわざ神室が伝えに来たのか? 端末で連絡すれば良いものを」

 

「端末で連絡したけどあんたが返信しないから使いっぱしりにされてんの」

 

「む――」

 

 と、ポケットを触ると入っていない。そういえば船に乗る前に返却されてそのまま体操ジャージに入れっぱなしである。

 

「そうか。それはわざわざすまなかったな。戻るついでに坂柳には無理だと言っておいてくれ」

 

「はぁ? 坂柳に呼ばれておいて行かないつもりなの?」

 

「誰に呼ばれても明日のその時間は予定があるからな」

 

「……あんた、状況分かってんの?」

 

「Aクラスのか?」

 

 話しながらも食べる手は止まらない。二枚目はおろしソースをかけて食べる。

 

「当たり前でしょ。葛城が今回の試験で失脚して今後クラスのリーダーは坂柳一党になる。ただでさえ今まで葛城派だった目敏い奴らが坂柳派に入ろうと私たちに接触して鬱陶しいのに坂柳の誘いを断るなんて馬鹿でしょ」

 

「これでも試験はすべて満点かつクラスメイトは自分の確認テストをこなして平均が上がったと自負している」

 

「ふざけないで。私が言ってるのは――」

 

「――いつまでも坂柳に恭順せず、日和見でいるのが馬鹿だとでも言うのか?」

 

「……ッ」

 

「そう思われていても別に構わないさ。どこかの派閥に属するのは面倒だ。最も、Aクラスの方針が坂柳の方針になるのならば、自分もそれに合わせるのだから実質坂柳に恭順しているようなものだろう」

 

「……」

 

 神室の表情は自分の一言でころころと変わる。しかしすべてを通して張り付いているのは納得できないと言ったもの。様子を伺うに神室は別に坂柳の信奉者ではない。故に、「どうして坂柳に従わないんだ!」などの類ではない。妬みと嫉みと僻みが平等に混ざった表情だ。

 もしかしてこれはふらふらと出来る自分が羨ましいのだろうか?

 自分は神室のことを詳しく知らない。精々Aクラスで髪が紫色でヘアピンを三つしていることくらいだろう。まあ、今目の前にいる神室なんだが。そんな自分でも神室は群れるタイプではないと感じる。必要なときはグループに加わるが、基本的にはどこのグループにも対等に距離を取るような――自分が今いるような位置を取るタイプだ。

 ……少しだけ確認してみようか。

 

「自分はいつも通り学力試験のときに役立てるように頑張ろう。しかし、これから坂柳がクラスのリーダーになるのならば神室は安泰だな。入学して殆ど初日に坂柳といただろう?」

 

 苦虫を潰したような顔になる。

 

「自分が見た限り、坂柳に重用されている存在は少ないように感じる。特に女子筆頭となれば頼られそうな気もするが……」

 

「――伝えることは伝えた。私からもあんたが誘いを蹴ったことは報告しておくけど、あんたからも今日中に坂柳に連絡しておいて」

 

 あらら、地雷を踏んでしまったようだ。

 

「ああ、了解した。ありがとう、神室」

 

「……ふん」

 

 利益を取るか。

 情を取るか。

 人が拘る部分はそれぞれだ。

 神室はその二つに拘ったのではなく、弱みを握られているのだろう。その弱みはAクラスにいられなくなるようなものなのか、それとも退学レべルなのか。仮に退学レベルの場合、それはきっと入学後にやったことなのだろう。厳しい運営をするこの学校が入学生徒の過去を洗い浚い調査していないわけがないのだから。

 どうやら、自分の予想と神室の言葉の通り二学期は少し環境が変化するようだ。

 保守的だった葛城と好戦的な坂柳。今後のAクラスどうなっていくのか。そして、BCDによるAクラス争奪戦。何より、今回の試験の結果の一位がDクラスなのは大き何影響を齎すだろう。故に、Aクラスの一部は葛城の一度の失脚を大きな失態だと受け止め坂柳に鞍替えしようとしている。

 Dクラスの勝利……それも、リーダーを的中させている。

 自分は最後のステーキを頬張りながら思い出す――入学前に接触してきた、ある男との会話を。

 

 

 

 

 

『――ある生徒を退学にさせて欲しい。依頼を受けるならば前払いとして学校生活を不自由とさせないものを。成功報酬として卒業後、学校とは別に出来る限りの望みを叶えよう』

 

 

 

 

 

十四、

 

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