黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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『dear HERO,from VIGIRANTE』(原作:『僕のヒーローアカデミア)
第59話


 その日――悲鳴を上げる間もなく街は蹂躙された。

 

本来、自然災害に耐えるはずであったビルは崩れ、アスファルトの地面は剥き出しとなって市民のライフラインが砕かれた。唐突な事態に生き残った市民を助けるはずの行政機関も全て吹き飛ばされ、厄災の元凶たる存在を倒す担当地区のヒーローは応援を呼びに行った一人を残して息絶えている。家庭から発火した火が漏れ出たガスに引火して爆発を起こし、各地で二次災害は連続していた。

 被害は毎秒を追うごとに酷くなっている。

 

『――大丈夫か?』

 

 父の声だった。

 その声は確かに憔悴していたが、肩を震わせながら怖がっている自分を心配させまいとしっかりした声音をしていた。恐怖によって声を出せない自分を見て、逞しい手のひらで頭を撫でてくれたことを今でも覚えている。

 

『もうすぐここから出られるからね』

 

 母の声だった。

 えくぼの凹んだ笑みは息子ながら同級生に自慢気になっていて、毎日美味しい弁当を作ってくれる。自分は母が作る柚子の効いた唐揚げが大好きで、休日になるとせがんだ記憶がある。

 そんな父の声も、母の声も、眼を瞑って頷くことしか出来なかった。

 この悪夢から醒めてくれと慟哭しながら。震える身体を抑えるように腕を掻き抱き、近くで聞こえる咆哮に身を隠すように。

 頼むから見つからないでくれと――ただ悪魔から逃れたかった。

 

 ――――どこかで、雷が落ちた。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「……藍……」

 

 誰かの声がする。

 

「伽……くん」

 

 誰かの声がする。

 

「――伽藍くん」

 

 耳元で誰かの声がした。起きなければならないと、声を掛けてくれた人を驚かさないように目を開けようとしたが、その考えに反して身体は跳び起きるように撥ねた。

 

「――は、はいっ」

 

 それは久しく見ていなかった悪夢の原因か、目覚めるための蜘蛛の糸に必死に縋り付く逃避行動だったのだろう。毛布代わりにしていた白衣が地面に落ちたのをお構いなしに辺りを見渡した。

 

「うお、どうしたんだい?」

 

 隣には妙齢の女性――正しく年齢は二十五歳である――がいた。その容姿は今となってはそこそこ珍しい艶のある純黒で腰丈まで真っすぐ伸びている。白い肌に端整な顔立ちはすれ違う者を一瞬は引き止めるだろう。何よりも目立った赤い瞳は照らされ方次第で宝石のように輝いており、個性社会(・)の大きな特徴と言えた。

 

「あぁ、赤石教授ですか……」

 

「随分とぐっすりだったね。ま、昨日は一日中大変だったから仕方ないけどさ」

 

 この人の名前は赤石梓(あかいしあずさ)。自分が寝ていた個人研究室の主人だ。赤石教授は都立凧棚大学という自分も卒業した理系大学の教授で、卒業後すぐに教授位に付いた若き天才でもある。研究内容は主に『複合型個性の因子』についてで、それに合わせたヒーローのためのサポートグッズについても提案を行ったりしている。最近では個性が原因で起こる体調不良や時折現れる相反する複合型個性の影響といった医療分野に被る部分の研究も進めており、そのおかげか実験の毎日が続いている。自分はその赤石個人研究室の従業員なのだ。最も、研究メンバーは赤石教授と自分しかいないため厳密には赤石教授の助手と言えるのだが。

 

「すみません。嫌な夢を見てしまって」

 

「いやいや、嫌な夢くらいボクもよく見るからね……研究結果の報告日が試験の採点に被ったり、冬の時期に関西圏で発表会がある日に限って関ヶ原で立ち往生したりと……」

 

 それは夢ではなく現実だろう。現に、前者は自分も生徒たちの採点に徹夜で付き合わされ、後者はどうにかして間に合うルートを探したものだ。雪山強行はもう二度としたくない。

 

「そんなことより、君はすぐにでもシャワーを浴びてきた方が良い。寝汗で風邪でも引けば面倒くさいからね」

 

 そう言うと赤石教授は自分のデスクに戻ってしまった。恐らく、こちらが遠慮することを見越して有無を言わせないようにだろう。

 この研究所には主人が女性なこともあってか湯舟は無いがシャワー室が完備されている。研究で夜を明かすことは多々あるので非常に助かるのだが、女性が使う場所を男である自分が使ってしまうのも忍びない。余裕があるときは駅前の銭湯に行っていたのだ。ここまでされて断ると申し訳ないので、今回は甘えてしまおうと思う。それに、冷水でも浴びてすぐに夢の内容は忘れたかった。

 

「ありがとうございます。借りますね」

 

「ああ。さっぱりしてきたまえ」

 

 着替えは自分のデスクに二日分は置いている。タオルも同じだ。手早くまとめるとシャワー室に向かった。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 この世界が“超人社会”と呼ばれるようになったのは今から何十年も前、自分が生まれるよりも昔の話だ。ことの始まりは中国・軽慶市から発信された「発行する赤児が生まれた」というニュースが流れてからだった。その赤児がきっかけだったのかは今でもわかっていないが、そこから世界各地で「何らかの特徴を持った赤児」が生まれ始めたのだ。手のひらから炎を出す者、電気の流れる髪を持った者、常人を超えた速度で走る者、身体を石に変質させることの出来る者、そして人間から離れた容姿を持った者である。世界はそれらを“個性”と呼んで受け入れ初め、やがて生活に転用し始めた。しかし、便利なものとして浸透するはずだったそれらは邪悪な者たちに目を付けられ、やがて個性を使用した犯罪や市民を傷付ける者が現れた。当時、個性という強力な能力を前に素早く対処するには個性しかなく、自警団として市民を守った存在がいた。そんな彼らをヒーロー(・)、邪悪な者たちをヴィランと呼んだ。現代ではヒーローを社会的秩序を守る行政機関の一種に組み込んだプロヒーローという存在があり、彼らは日夜ヴィランから平和を守っている。

 そんな超人社会あらため個性の未だ不明な部分を解き明かし、人々の役に立てるように研究を進めるのがここ――赤石個人研究室だ。大規模ショッピングモールがある木椰子区の最寄り駅、木椰子駅前の道路を挟んだ七階建てオフィスビルの最上階に位置しており、屋上も含めて赤石教授が借りている場所でもある。

 

「――おはようございます」

 

 先ほど挨拶もしないままだったことを思い出してそう言った。このまま「良いお湯でした」とでも続けたいが、あいにくシャワーなので「良いシャワーでした」だろうか。さすがにそれはないだろうと思い、誤魔化すように赤石教授のデスクへ向かった。

 

「おはよう。落ちてた白衣はソファに掛けているよ」

 

「あっ。ありがとうございます」

 

 そこまでさせてしまったかと軽く頭を下げながらソファの背に掛かった白衣を取った。幸い皺は出来ていない。すぐに袖を通す。

 赤石教授はちょうど朝ごはんの途中だったようで、菓子パンをイチゴ牛乳で流し込んでいる。自分もあとで適当に食べるとしよう。

 

「ふぅ……さて、とりあえず予定だけ確認しておこうか」

 

「はい」

 

 ここの研究所では当然、赤石教授の研究が中心となって動いていく。主筋は個性の研究で、特に複合型個性と呼ばれる発動型・異形型・変異型の三種類のどれかが合わさって遺伝する特殊な個性の研究だ。

 

「今週は大学から提供された発動型の個性因子のサンプルを使って、元々ある変異型の個性因子と合わせて複合型の因子と同じ働きをするのか観察する」

 

「以前もやりましたよね? 今回も同じように?」

 

「いや、今回は前と違ってより高条件下で行う。ボクの研究所で扱っている複合型個性因子のサンプルα――手から水を出せる発動型でありながら、身体を口呼吸からエラ呼吸に変形出来る変異型の複合型個性因子に合わせた、水を出せる発動型の個性因子サンプルAと口からエラ呼吸に変形出来る変形型の個性因子サンプルBを用意した」

 

「もしかしてご両親からいただいたんですか?」

 

「ああ。娘の複合型因子のサンプルを貰ったときは父親のほうが海外にいたからね。今回は時期がかみ合って父母ともに両方のサンプルが貰えたよ」

 

 なるほど。前回は複合型因子サンプルαの動きを基に、サンプルAと指を伸ばせる変形型個性因子サンプルCを合わせていた。仮に複合型因子を精密に調査するなら、遺伝情報も揃えなければ裏の取れた動きを考察することは難しいわけで、前回の研究は少し疑問に思っていたのだ。最も、赤石教授もそのとき出した調査結果にはおおまかな動きだけを記して、最後には「今後より正確な動きを割り出していくための一歩である」とまとめていたためサンプルが手に入るまでの時間稼ぎだったのだろう。自分も何となく察していたため、何も言わなかった。

 

「ということはつまり……」

 

「ああ。二十四時間監視作業リレーの始まりだ」

 

「――人員を募集することを提案します!」

 

「――却下。ただ人をボクの研究室に入れられるわけがないだろう」

 

「なら……せめてゼミ生は?」

 

「余計にダメだ。学士も持っていないヒヨッコに任せられる研究じゃないぞ。観測された個性因子の動き次第では――今後、意図的に複合型個性を狙って子供を作れるようになるかもしれない(・)んだ」

 

「そうですけど……」

 

 ちなみに、赤石教授の言葉は決してひと昔前に問題になった強力な個性の遺伝を求めたいわゆる個性婚を奨励させるようなものではなく、その逆で、下手な人間がこの研究を見てそれを広めた場合問題になるから信頼出来ない者はいれるなということだ。

 

「過去、何千と似たような実験をボクの研究室より優れた場所で行われただろう。だがボクの作成した“個性因子励起薬”を使えば、今までより個性因子の動きがはっきりとわかるはずなんだ」

 

 前回の実験では十日間研究室に寝泊まりして、デジタルスコープとアナログスコープの二種類を使って個性因子の動きを見ていた。一応、互いに八時間交代で見張っていたのだが、四、五回目の交代となると少しずつ家との往復が面倒になって来て研究室に籠りきりになったのだ。観測作業というものは非常に大変で、僅かでも変化があれば写真を撮って画像記録、その後どこが数センチどのように変化したのか文章記録が必要となる。それなら録画でも良いのではないかと思うが、変化したあとの形をさらに研究したくともいざ見に来ると元に戻っていたなどの事態が起こり得るのである。

 

「……わかりました。頑張りましょう」

 

「ああ。頑張ろう。挑戦なくして人生も研究も完全なものにはならないものだよ」

 

 「はっはっはー」と、豊かな胸を張りながら赤石教授は笑うが、従業員補充については挑戦も何もないだろうと突っ込みたい。観測日和の日々を想像して、少し憂鬱になったとは言うまでもない。

 

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