黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19) 作:神の筍
川神に来ると非日常的なものを日常的に見ることが出来る。
美少女が空を飛んでいたり、道端でブラックホールでお手玉をしている美少女を見たり、人間テトリスと称して喧嘩を売って来た暴走族にお仕置きをしている美少女がいたり、気弾のグミ打ちで武道家を倒している美少女いたり、時たまにやり過ぎで祖父の顕現で踏み潰されている美少女がいたりと――つまり、すべて武神・川神百代なのだが。
そんな当たり前の光景が川神学園生にとっては日常で、今日も多摩大橋で義経たちに挑みに来た挑戦者含む人間が宙に吹き飛ばされていた。
「――川神流……少し弱い蠍打ち!」
『ぐ、っはぁぁぁ!!!』
「――美少女による天使の踵落とし!」
『ぶるわぁぁぁ!』
「――百代クロックアップ!」
『ど、どこに行っ――ぬぅぅぅぅぅん!』
二メートルは容易く超えているんじゃないかという格闘家が多摩大橋の欄干に引っかかっている。そのままいれば落ちてしまいそうだが、どこからともなく現れた九鬼従者部隊がすぐに回収して鼻先に着付け薬のようなものを付けると目を覚ました。
「――水明君。おはよう」
橋の上から足を止めてそんな光景を見ていると、登校中の義経たちと鉢合わせた。
「おはよう。義経、弁慶」
「おはー」
朝はいつも気だるそうにしている弁慶だが今朝はそれが一段と濃い。水明はそれとなく尋ねる。
「昨日、シリーズ物の映画を観ちゃってさ。指輪のやつ。指輪のほうは夕方には見終わってたから良かったんだけど、そのあと似た世界観の魔法学校シリーズを区切り良い四作まで見てたらいつの間にか寝る時間が三時間しかなかった……眠い……」
「お、っと」
ぐでーっと凭れ掛かってきた弁慶に肩を貸し、指から落ちそうになっていた鞄も持つ。
「あ、弁慶」
「主ぃ、重々反省しているので授業だけでも寝ないために許してほしー」
「でも、だからと言って水明君に迷惑を掛けるのは……」
「これくらいなら大丈夫だ、義経。さすがに今日に懲りて弁慶も夜更かしは当分控えるだろう」
「ん、約束する」
水明としてはもう少し百代の戦っている姿を見ていくつもりだったが、弁慶の様子だと学校に到着するまで時間が掛かりそうだったので歩き始めることにする。背後で百代を見ていた観客の声が上がったので、また派手な技でも繰り出しだのだろうか。普通の格闘技で見れないような踵落としやとんでもない速さで動いていたりしていたので、水明は今度はどんな技が出たのだろうと少しだけ気になっていた。
一、。
ゴールデンウィークの土曜日。今年は残念なことに木曜日は祝日なのだが、金曜日だけ平日で昨日は通常に学校があった。土日を目前に一日だけ祝日という状況に多くの生徒が金曜日も休日が良かったとぼやいていたが、当然そんなことなく、初日は中途半端な出だしとなってしまった。そうは言うものの、実際に連休が始まる金曜日の放課後になると生徒は思い思いの予定を糧に笑顔で教室を出て行ったのだが。
「電車には乗ったことがあるんだよな?」
当初は少しでも混雑を避けるために早い時間から出発することも考えたが、連休の初日もあって大して変わらないだろうと川神駅に十時集合となった。お昼はモール内のフードコートか近くのファミレスで済ませる予定だが、長時間待つようであれば持ち帰りにして海沿いのベンチで食べても良いだろう。
「そこまで箱入りではないぞ。こう見えて義経は京都に行ったとき電車で七福神巡りもしたんだ」
「一日目に貴船神社に行くつもりが、主が乗る電車を間違えて二日目の予定と変更したんだけどね」
京都の七福神と言えばいくつかあるが、義経たちの境遇も考えると恐らく泉山七福神巡りだろう。那須与一の墓もある泉涌寺の福禄寿から始まり、丈六戒光寺の弁財天、観音寺の恵比寿、来迎院の布袋尊、雲龍院の大黒天、悲田院の毘沙門天、法音院の寿老人で終わる。寺町ということもあり、近くには愛染明王や楊貴妃観音といった珍しいものも見られる場所だ。義経が間違えたのは出町柳駅という二電鉄が運営する駅のことで、北方面の電車に乗れば貴船神社だったのだが堂々と泉涌寺の存在する南行き電車に乗ってしまったのだろう。慣れてなければ地元民でも割と間違えることがあるので注意が必要だ。
「切符は大丈夫か?」
「私と主はICカードがあるから大丈夫」
「便利だな。じゃあ、すぐに出発しようか」
そこまで電車移動をしない水明は二人と違い予め往復切符を買っている。三人は雑談もそこそこにすぐに移動を始め、七浜ショッピングモールへ向かうのだった。
二、
「すごく大きいショッピングモールだ。お城みたい……」
一時間と少し、電車で揺られて到着した七浜ショッピングモールの出入り口で義経がそう言った。
「ネズミーパークの系列店らしいぞ。そのためか、パークの改札口も兼ねてるみたいだ」
行き交う人の中には頭に動物の耳を模したカチューシャを乗せている人もいる。世界的にも有名な灰色の耳は丸が三つあれば隠れネズミー呼ばれ、このショッピングモール内でも見つけることが出来るようだ。実際、系列関係を示すように専門店が存在していたり、夜間照明のデザインがネズミーキャラクターだったりと色んな箇所で垣間見ることが出来る。
「早くフードコートに向かわないと席が無くなるよ」
口が半開きになった義経を尻目に出来るだけ人ごみを避けたい弁慶が早く行こうと促した。一応十二時前に着いたが、水明たちと同じような考えを持った客も多くいるだろう。
「たしかに、弁慶の言う通りだ。えっと、館内マップは――」
現実に戻ってきた義経は傍らにあったマップでフードコートの場所を探す。大抵一階にあるものだが、先ほど水明が言ったように一階部分はネズミーパークの土産物エリアになっている。ここ、七浜ショッピングモールでは二階西側がフードコートになっているようだ。
フードコートの場所を確認した三人は素早く移動を始める。出入り口から少し歩いた先にあるエスカレーターに乗り、二階へ上がった。机の数はおそらく二百くらいはあるだろう。しかし、子供連れの家族や老夫婦が八割方を埋めており、十二時台に到着していれば間違いなく昼食にはあり付けなかっただろう。
「自分は席を取っておくから二人は先に買ってくると良い」
「食券制みたいだから、もし水明君が決まってるなら義経がついでに持ってくるぞ?」
「そうか? なら……」
特に食べたい物もなかったため、水明はマジバーガーことマジバのセットを頼む。小銭が無かったので千円札を渡そうとしたが義経が立て替えてくれることとなった。好きな物を食べようとしている弁慶に対し、栄養も考えなければならないと注意する義経を見送って水明は席に着く。カロリー爆弾のマジバを食べようとしている自分に飛び火することを恐れて寸前でコールスローも頼んだのは言うまでもない。
戻ってくるのに十分くらい掛かるだろうと見越して水明は二人のことを考えていた。
川神でも義経、弁慶、与一、そして清楚たちに対して物珍しいと言った風の視線は集まっていたが、ひと月も経たないうちに普通の川神市民として受け入れられている。これは川神という殆ど毎日何かしらとんでもないことが起きている地域柄もあるだろうが、一番は英雄と名付けられているものの庶民的な生活をしている義経たちの姿を見ていたからだ。一般の生徒と同じように徒歩あるいは自転車で通学し、帰りは制服姿で商店街のコロッケを美味しそうに食べていることもある。清楚は休日に古本屋を梯子している様子を見られ、地域の人たちは他の子供たちと同じように優しく見守っているのだ。むろん、クローンという産まれがあるからには少なからず差別的見方も存在するかもしれないが、そういう輩は武士道プラン始動のため九鬼が以前より行っていた川神全体の浄化方策により淘汰され、新しく入って来た不審者も随時排除されている。現に、水明も以前までは度々見た不良やチンピラが親不孝通り近くでないと見えないことに気付いていた。
「自分から見れば普通のクラスメイトといったところだが、大切な存在なんだろうな」
水明は人ごみに紛れて義経たちを見る金髪と黒髪の女性二人組から視線を外した。あの二人は川神学園生の間でも有名な九鬼家従者部隊である。ステイシー・コナーと李静初は百代の決闘者選別の立ち合いも行っており、その見た目から声を掛ける男子生徒が何人かいたがステイシーには「小便臭いガキには興味ない」と一蹴され、李のほうは見た目とは裏腹に絶望的センスの親父ギャグが飛んでくるため勝手に撃墜されていくようだ。今日は義経たちの護衛に務めているのか普段のメイド服姿とは違った装いだった。李は大人しめの服装だが、ステイシーはアメリカ国旗柄のワイシャツを脇腹で結んでおり、アメリカのアメリカンが強調されている。気配を消しているのか周囲には注目されていない。水明が気付いたのは普段隠している男子高生特有のむっつり具合が彼女たちに吸い寄せられたのだろうか。
「お待たせ~」
水明の前席に弁慶が座り、野菜マシマシのちゃんぽんが乗ったトレイを置く。義経のトレイには水明が頼んだマジバの袋と一緒に彼女が選んだバジルソースの掛かった美味しそうなパスタがあった。
「どうぞ。水明君」
「ありがとう。義経」
袋を受け取った水明はバーガーを取り出し――と、その前に三人で手を合わせていただきますを行う。到着時は人の多さから空腹を感じていなかったのだが、いざ食事を前にするとお腹が空いていたのか暫く無言で咀嚼していた。
「食べ終わったらどこから回るの?」
野菜と麺を半分ほど食べ終え、味変のためにソースを掛けている弁慶が聞いた。
「水明君の買い物について来る形になったから、先に水明君の買い物を優先しよう」
「自分の買い物はすぐに終わるから二人が先で良いぞ。いつも店先にあるセットの二三着しか買わないからな」
「うーん……でも……」
「それに、二人は夏服がそもそも無いんだろう? そういうのは時間を掛けて選ぶべきだと思う」
「五秒前にセット服を買うだけと言った男の発言である」
「自分は良いんだ。休みでも制服で過ごすことが多いからな。さすがに今日みたいに遠出するときは余所行きの服装だが……ともかく、一日付き合うからゆっくり選んでくれ」
「そうか。じゃあ、義経たちは水明君に甘えるとしよう。でも、水明君が服を選ぶときは義経たちも手伝うから遠慮なく頼ってくれ」
「それは助かる。自分はそこまで流行に機敏なわけじゃないからな。流行に乗りたいわけでもないが……」
そう言って水明は自身の服装を見た。暗いベージュ色の半袖シャツに黒色のカーゴパンツと同色の靴は合皮調の丈夫なものを履いている。シャツとズボンは川神にやってきて最初に買ったセット服だが、元々少し大きかったので今は丁度良いサイズとなっていた。靴は地元から履き続けているものだ。街中でも山でも歩けるという謳い文句に惹かれて買ったものだった。
「そう? 普通に似合ってるけど?」
「弁慶に褒めてもらえるならウニクロの店員に感謝だな」
「恐るべきファストファッション」
「だろう?」
水明はナゲットをマスタードに漬けて口に放り込んだ。今度は義経が水明に話しかける。
「水明君は何か武術などの経験があるのだろうか?」
「武術……?」
「うん。制服の上からじゃわからなかったけど、腕の筋肉が思ったよりあるから……」
義経がそう言うと弁慶も水明の腕を見る。肘に掛かるほどの袖で二の腕は直接窺えないがフライドポテトを掴む腕は確かに逞しい。与一も着痩せするタイプであるが、半袖になると弓術で発達した筋肉が当然ある。そして、義経が水明に武術経験を疑ったのはそれだけではない。
「水明君の手のひらは義経たちみたいな何かを振っている人の形なんだ。人の身体は小さい頃からの継続的な経験に合わせてほんの少し差が出る。だから、水明君も武器術か何かを修めてるのかと思って」
「自分もたまに言われるんだが――」
水明は義経の問いに首を振って答える。
「小さい頃から薪割りとかを任されて斧を振っていたから、たぶんそれだろうな。山育ちのおかげか多少の筋肉はあるんだ」
「へぇ、薪割りか。義経も島ではたまにやらせてもらったことがあるぞ」
「暖を取るためか?」
「近所のお爺さんが週に一回は薪で沸かした風呂に入らないと『健康に悪い』と言って、義経たちも浸からせてもらう代わりに手伝っていたんだ」
「本当は見返りも要らず主は手伝うつもりだったんだけど、お爺さんが折角だからと言ってね。気持ち良かったなぁ~」
「だな。温泉とはまた違う暖かさがあった」
都市部では全くと言って良いほど薪で沸かした風呂など見られないが田舎では意外と存在する。水明の自宅も台所などは給湯設備が整っているものの、祖父が薪風呂好きだったこともありそこは譲れないと昔ながらの五右衛門風呂だったのだ。川神にやってきた水明が風呂の沸かし方について戸惑ったのは良い思い出だ。
水明たちは島での暮らしや田舎での暮らしを話しながら昼食を済ませた。入れ替わるようにして多くの客が来たため早めに訪れたのは正解のようだった。