黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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第60話

 研究室の従業員、赤石教授の助手的位置にいる自分ではあるが、もう一つ仕事を任されている。それは赤石教授の大学講義の手伝いだ。都立凧棚大学は理系大学としては全国名門の大学で、偏差値も必死に勉強しなければ入学卒業ともに出来ないほどある。自分も現役の頃は毎日参考書、入学後は研究書と論文を枕に布団と学業漬けの日々だったような気がする。本当は四割程度の学業に六割程度の青春なんかを想像していたのだが、現実はリアルだった。現在は五割の研究と五割の赤石教授――即ち十割の研究へと移行している。ただ、赤石教授に付いていくことは世の中の役に立てることだと理解しているし、元々個性研究の道のきっかけとなった自身の個性について(・)も時間の空いたときに調査出来るので自分にあったものだと思う。

 

「七衆先生(シチシュ)ー、来週のレポート提出って二千字以上で良いんですか?」

 

 赤石ゼミと赤石教授が担当する“個性因子の遺伝講義”の二つが自分の手伝う科目だ。当然准教授でもない自分はあくまでも補佐員で、赤石教授が体調不良や出張でいなくなったときの臨時講義を担当するまではいかない……というか、赤石教授が体調不良になった場合は大体ヘルプメールが来るし、出張も付き添わなければならないのでたとえ准教授であっても休講となるだろう。

 

「超える分には常識の範囲内でいくらでも良いよ。本文に関係ない気付いたところや疑問に思ったところは文末に箇条書きにでもして書いてくれ。自分か、もっと複雑な内容なら赤石教授が答えるから」

 

「了解しました! またわからないことがあったら連絡します!」

 

「文字数が足りないことは気を付けるんだよ。この講義はレポート一つ落とせば落単になるから」

 

「はーい!」

 

 レポート一つの未提出で落単――一般的な大学と比較して厳しいのは間違いない。ただ、この大学は通常科目+個性因子を扱う科目があるのだ。通常科目は他大学と同じくらいだが未だ不明点が多い個性因子の講義の単位取得は高めの難易度に設定されている。たとえ毎講義のレポート提出を乗り越えても期末試験には学生開放研究室を利用しなければ書けない論文の提出を求められるためさらに篩へかけられる。前期を乗り越えたとしても通年授業なので後期はさらに高クオリティの論文が求められるのだ。これはひとえに個性因子の研究が遺伝子情報を扱い、また研究結果次第では善にも悪にも加担する可能性があるという責任の重さを表している。自分が赤石教授の単位を取得したときの人数は九〇人中六人、赤石ゼミに参加したのは五人、そして半年経って後期にいたのは三人、卒業年には自分ともう一人の二人だったが、そんな彼女も最終関門は越せずに他ゼミの来前期卒業となってしまった。こうして大学に来ていると廊下ですれ違うことがあるので、何となく気まずい感覚があった。

 

「さすがに六回目の授業となると来ている面子もお馴染みになってくるね。今年は何人がボクの単位を取れるのか」

 

「今の子は結構素質があると思いますけどね。前回のレポートに自分と似たような疑問を書いていました」

 

「ほぅ、さすがだね伽藍くん。自分と同じなら行けると思うとは」

 

「い、いやそういうわけではなくてですね……」

 

「ふむ……前回と言えば“個性因子と通常遺伝子との違い”だったか……君はたしか、『動きを予測することで個性因子が元ある遺伝子から成長もしくは進化したかわかる可能性がある。また、外部からの衝撃の反応で似たような性質を持つ遺伝子や細胞を発見できる』だったかな?」

 

「ええ。ただ、彼女の場合は『採取した個性因子サンプルを複数用意して通常遺伝子もしくは細胞に衝撃を与える。似たような反応を示した個性因子サンプルと比較することで個性因子の誕生について考察できるのではないか』という可能性のある話でした」

 

「ほーう。たしかに試してみる価値のあることだね。ボクの研究室ならより詳細な数値を計測出来るかもしれない」

 

「ですが――」

 

「うん。個性因子のサンプルは重要機密だからね。ボクが研究室を開いてから申請やら何やらを各部署に出して結局今度使う個性因子サンプル三件しか集まっていない。ボクと君のものを足しても精々五件、彼女が研究室に来たとして六件では最適な動きをする個性因子が見つかるとは思えないね」

 

「そうですよねぇ……」

 

 大手の、大国の研究室にいけばサンプルは数多ありそうだがそうなると利権やら権威やらに拒まれそうで赤石教授にはプラスに働かないことは容易に想像出来る。だから赤石教授も最低限の大学からの補償で個人研究室を持っているし、今朝話した通り人を入れていないのだ。一応、補償金の兼ね合いで監査が入る場合も見られても構わない幅で残している。大学側もそれは承知済みの暗黙の了解なのだ。

 

「さて。今日の予定はとりあえずこれで終わりだね。どうだい、伽藍くん。来るべき観測に向けて日の明るいうちから一杯いくというのは」

 

「む、前祝いですか?」

 

「前祝いと言いつつ、実は最近飲めない日が続いていたから飲みたいだけなのもある」

 

「なら、また赤石教授の家前にある海鮮居酒屋にでも行きますか」

 

「君はあそこが本当に好きだねぇ」

 

「網焼きが日本酒に合いますからね」

 

 実は酒の入った赤石教授をすぐに家に運ぶための配慮だったりする。この人は半蟒蛇なのだが、一定のラインを超えると一気にへべれけになるのだ。そうなると卓に足は乗せるわ歌い出すわ周りの人に鬱憤を晴らすが如く喧嘩を売りに行くわで大変なのだ。さらに質が悪いのは、たとえ赤石教授が喧嘩を売りに行っても頭が良いのであたかも向こうが悪いといった風に口喧嘩は着地するのだ。

 

「よし――となれば、プリントを片付けてさっさと行ってしまおう。安心したまえ、今日はボクの奢りだ」

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 そう言われたのが三十分ほど前で、自分は木椰子駅に向かって歩いていた。当初は大学の赤石教授の部屋にプリントを置いてそのまま行くつもりだったのだが、時刻が十四時すぎということで今から飲むと結構な時間飲むことになるのでもっとラフな格好で行くことを提案したのだ。上がシャツなのは良いのだが、せめて下はスーツじゃなくカーゴパンツのような楽なものに履き替えてきた。

 それにしても――と、久しぶりにこんな時間から居酒屋に行く。

 赤石教授とは一応こちらが一回生、向こうが四回生の頃からの付き合いで、サークルも入っていなかったがいつの間にか知り合いになっていた。研究室に務めてからのほうが思い出が濃すぎていまいち覚えていないのだ。きっと、講義が被ったとかなのだろう。二回生になり、本格的に飲酒が可能になるとその頃には既に教授だった赤石教授に誘われて今向かっている海鮮居酒屋に誘われたのだ。実はそのときが初めての居酒屋で、そして飲酒デビューだったりする。

 

「思えばあの一回で赤石教授の家から遠くで飲むのは危険だと感じたんだったな……」

 

 木椰子駅までの道のりはショッピングモールに向かう人と帰りの人がいるので見渡す限りにいる。どうやら、小学校低学年の下校にも重なったのか集団下校する子供たちもいた。何気なく彼らを見ると、弁当箱を包む風呂敷や水筒、来ている服などを引っ張って見せ合っているようだった。何をしているのか疑問に思いつつ、眼を凝らすとその理由が一目でわかる。

 

「ああ、オールマイトグッズの自慢をしているのか」

 

 ――オールマイト。

 年齢、本名、個人に繋がることは他のヒーローと同じく一切不明で、今番有名なヒーローだ。V字に伸びた前髪は少年心を擽り、鍛え上げられた肉体から出される拳は一撃でヴィランを吹き飛ばす。まさにヒーローになるために生まれたような存在と言われ、日本はオールマイトがいるから世界で一番治安が良いと専門家から評価されるほどだ。現に、オールマイトがナンバー1ヒーローとして台頭する前と後ではヴィラン犯罪発生率に六十パーセントもの差があると数字に出ている。存在が正義の抑止力なのだ。

 

「自分もよく、ああしてオールマイトグッズを学校に持って行っていたなぁ」

 

 鉛筆や定規、手提げかばんに付ける名前ワッペン……母に頼んでオールマイトにしてもらっていた。買い物先でオールマイトのグッズを見かけては彼らと同じように、クラスメイトに自慢をしたくて欲しがったのだ。

 

「今でもキーケースはオールマイトカラーだったりするんだけどね」

 

 父が使っていたキーケースを始めて家の合鍵を貰ったときに合わせて譲り受けたのだ。今思えば自分がオールマイトが好きだからという理由よりも、オールマイトカラーだったら合鍵ごと無くすことはないだろうという打算だったのだろう。

 オールマイトの人気は彼が引退する瞬間、いや、してからも続くだろう。彼の活躍で人々は安心して生活が出来ており、他のヒーローもそんな先駆者を憧れに頑張っているのだ。自分もニュースや動画サイトでオールマイトの活躍を目にする機会があるが、彼の引退は正直想像出来ない。

 何より――。

 

「本当にそんなときが来てしまえば、どうなってしまうのだろうか」

 

 不安になる。オールマイトという折れず枯れない大樹がいるからこそ築かれているであろう平和の礎が壊れてしまうことに。抑圧された悪意ほど怖いものはない。感情は物理法則と似たようなもので、逆に曲げられれば戻ってくるときもその勢いの分増して来るのだ。だからこそ、というわけではないが、こうして先のことを考えた個性因子の研究などが必要になってくるのだ。些細なことが明日の平和に繋がれば良いと、オールマイトのように何でも解決出来なくとも一つのことを解決出来る者がたくさん集まればオールマイトに匹敵する平和の礎を築くことが出来る。

 

「まったく、前途多難な道の――っと、申し訳ない」

 

 そんな考え事をしていたおかげか、正面から歩いて来た人に肩が触れ合ってしまう。いや、肩などではない。異形型個性なのか額がぼこぼこと角? があり、身長が高い。こちらの肩は突き出した肘に当たったようだ。自分の身長が一八〇少しなのでかなり大きい。

 

「……が悪……俺は……」

「何にも……クソ……」

「だからこんな……どこに行っても……」

「……笑いやがって……」

「すべて……してやる……」

 

 四月半ば。特に今日は晴れていて日差しが夏ほどではないにしろ強い。そんな中茶色コートを着るのかと思ったが、異形型個性を持つ者の中にはコンプレックスを持つ人もいるのであの人もそうなのだろう。

 

「……?」

 

 ぼそぼそと聞き取れないが何か言っていたようだ。まぁ、変に突っかかって来られれば困ったが、悪いように思われていなのなら大丈夫だろう。

 ふと、スマホを取り出して時間を確認する。

 

「ちょうど良いくらいか」

 

 木椰子駅は普通はもちろん、快速も新快速も停まる駅なので適当な時間に行っても構わない。交通の便が非常によろしいのだ。

 念のため、もうすぐ電車に乗ることを赤石教授へ送る。既読はすぐに着き、“OK”と試験管のキャラクターみたいなのが腕を広げたスタンプが返信される。何だこれは。

 駅に近付くにつれてさらに人波が増す。大きな紙袋を持った人もいるので先ほどのように当たらないように気を付けなければならない。

 

 

 

 ――そんないつもの光景に、非日常的なコマが差し込まれる。

 

 

 

『きゃぁあああああああ!!』

 

「ん――?」

 

『いきなり暴れ始めたぞ!?』

 

『早く逃げろ!』

 

『だ、誰か! ――ヒーローを呼べ!』

 

 振り返った先――オールマイトグッズの自慢をしていた小学生たちの何人かが血を流して倒れていた。他は泣き叫んで震えて、動けなくなっている。そんな彼らの中心に自分がぶつかった異形型の大男が両腕を振り下ろして立っていた。

 凹んだ地面。

 周囲に散った瓦礫。

 それに当たって倒れた血を流す小学生。

 

「――――ヴィラン」

 

 スマホを落としそうになった。

 目の前の光景から動けず、百当番も出来ない。意識が鮮明になっていき、まるで熱中症で倒れる前のようだ。視界が狭まっていく。

 

「こ、子供……っ」

 

 あのヴィランはただの無法者だ。子供を殺すことを何も厭わない。だからこそ、いきなり子供を狙ったのだろう。

 せめてもの救いは直接殴られたわけではなく、瓦礫に当たったこと。思春期を超えていない身体ならまだ骨は柔らかく比較的内部へのダメージは――。

 

「って、こんなことを考えている場合じゃない……!」

 

 たとえヒーローが一分で来るとしても、その一分であいつは子供を殺すことが出来る。

 

「それは――駄目だ」

 

 どんなに抗えない理不尽でも、子供たちに救いは与えられるべきなのだ。あの日父と母が抱きしめてくれたように、自分も動かなければならない。

 先ほど落としかけたスマホを今度は捨てるように放り投げ――渦中に向かってアスファルトを蹴った。

 

 

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