黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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第61話

 

 背後で投げたスマホが歩道に叩きつけられるが、それをまったく気にせずに自分は走る。足の速さには自信があった。五十メートルは五秒台、百メートルも陸上部に入っていれば個性未使用で日本記録を狙えると言われた。しかし、今の時代そんな記録に何の意味もない。答えは簡単で――個性があるからだ。

 走れば百メートル五秒以下は珍しくない。

 跳躍力はビルに至り、それどころか生身で空を飛ぶ。

 体力でこそ努力によって覆るが、異形型個性のモデルによっては無尽蔵とも言える体力を持つ者がいる。

 そして、目の前でアスファルトを砕く者がいるように、力の差は歴然だ。

 

「まっ……――す、少し待った!」

 

 動けば子供を殺すと言わんばかりに佇んでいたヴィランの動向を見ていた民衆は思わず入り込んできた声の主の方を向いた。

 何十、何百もの視線が刺さるのがわかる。

 

「少し、少し、少しだけ話を聞いてくれないか……ッ」

 

 脳だけは無駄に冷静だ。一番重傷と思わしき小学生とは逆の位置で手を広げヴィランの注目を集める。

 ああ――話を聞いてくれとは言ったが、何を話せば良いのか。

 

「……―ローか? ……偶然いた?……」

 

 そんな自分の声にヴィランはこちらに顔を向けるが、思ったより意識を割いている様子がない。ぶつかったときと同じようにぼそぼそと呟いて自己完結しようとしている。

 

「いやいや、自分はヒーローじゃない! ただ偶然、何と言うか……いたというか……そうだ! 先ほどあなたにぶつかった者だ!」

 

 初対面、相手はヴィランだ。ヒーローの中には立てこもったヴィランを説得すべく、話術を駆使する者もいるらしいが自分にそんなことが出来るはずがない。何とか少しでも興味を持って貰うべく、些細な接点でも大げさに告げる。

 

「そのコート、あそこのショッピングモールで買ったものだろう!? あー……すごくいかしてる! やっぱりコートは体型が良い人間が着るに限る!」

 

「ただの市……何で……」

 

「靴も……凄く良い! 茶色のコートには、革靴だよね!……丈夫だし、モノによっては雨の日も履ける!」

 

「……俺が……だけ……」

 

「じ、自分も好きな革靴があるんだ! 神野のほうにサイズに合わせたオーダーメイドの牛革で作ってくれる!」

 

「くそ……ったら……」

 

「……ただ、やっぱりオーダーメイドになると高価だから中々手が出せないんだ!」

 

「全部……壊……」

 

 ……全く反応してくれない。この野郎、自身のコミュニケーション能力が嫌になる。特別悪いわけではないが、目の前のヴィランの気を引くほどの種がない。せめて会話を交わしてくれれば、その隙に重症の小学生は他の市民が助けてくれるかもしれない。

 

「か、髪はどこで切ってるんだい! 行きつけの床屋は!?」

 

「……だよな」

 

「学生時代の部活は!? 自分は帰宅部だから運動部とか興味あるんだよね!」

 

「そうか……れば良い……」

 

「そうか、そうか、そっか……サッカー! サッカー部なのか!? サッカー部は良い! あなたくらい大きかったらエースストライカー間違いない!」

 

「――全員殺す」

 

「は――」

 

 反応できたのは――運が良かった。

 走馬燈、とでも言うのか。コマ送りになっていく視界に自然と順応した。たぶん、走馬燈は一度体験したことがあったからだろう。嫌な記憶が役に立つものだと考えながら、自分はすぐに後ろを向いて倒れていた子供を抱える。

 最悪、自分には当たっても良い。

 三十センチでも地面を蹴ってこのまま下がれば、子供への一撃は逸らすことは出来る。まだヒーローは見えない。聞こえない。しかし、一秒でも生存を伸ばせば助けることが出来るかもしれない。

 

「うっ――くぅ……!」

 

 再び、地面が陥没する。

 アスファルトかコンクリートか忘れたが、どちらかは手榴弾を落としても陥没するほどのダメージは喰らわないのだという。

 飛んでくる破片から子供を守るように背を向ける。他の子供たちは大丈夫だろうか。誰かこの隙に、勇気のある市民が助けてあげてくれないだろうか。

 

「ころす! コろす! 殺ス! ――ここにいる全員、殺してやる!」

 

「待て、待て! 子供は関係ないだろう! お前がヴィランになった理由はわからないが、子供を殺してまでやることなのか!」

 

「うるさい! お前らが悪いんだろ! いつも俺の姿を見て嗤いがって! 指を差しやがって! 餓鬼も同罪だ! 俺を見て化け物と蔑みやがるッ!」

 

「――ッ」

 

 個性がいくら社会に浸透しようとも、異形型個性だけは未だ過去の陋習に捉われた部分がある。一般的な人間と大きく外見の違う彼ら彼女らは動物モデルなどはまだしも、目の前のヴィランのようにモデルもわからない存在は気味悪がって地域から爪弾きにされることがある。ただその容姿を持って生まれたから職業の選択が左右されたり、凶悪に見えるから悪者扱いといった差別に繋がっていく。

 

「この姿で何が悪い! 俺は、俺だ! ――この容姿からは逃げられねぇ! 俺は受け入れようとしても、お前らは受け入れねェ!」

 

「だ……だからと言って、人を傷付けて良いのか!?」

 

「傷付けたのは――お前らが先だッ!!!(大きい黒文字」

 

 三度、巨腕が振りかぶられる。

 これは反応できないと悟る。見えてはいる。視界もスローモーションのように鈍い。それでも――動かない。このヴィランの叫びが肉体を硬直させた。真実しか孕んでいない言葉には力がある。それが上手く作用した。本当に最悪だ。

 

「……」

 

 子供だけでも逃がさなければならない。

投げるだけ。横に投げるだけ。一秒あれば逃がせるのだ。動く身体があれば一秒あれば逃がせるのだ――。

見上げた自分の顔に影が差す。

迫りくる殺意は逡巡の欠片なく、殺すために振り下ろされる。

 

「――ッ」

 

 目を瞑らないのは最後の抵抗だ。せめてヴィランに屈しないようにと意地を張り続ける。だからこそ――反応出来たと言える。拳の風圧が叩きつけられている距離の中、耳鳴りの響く鼓膜は確かに声を拾った。

 

「――――おいッ! アタマ下げろ! そのまま蹴りブチ抜くぞ!」

 

「っ……!」

 

 その声を信じて、倒れるように地面に身体を投げ出した。

 

「おっ――らァ!!!」

 

 刹那、ヴィランの一撃よりも重たさを持った風圧が自分を襲い――いや、それどころではない。何なら掠った気がする。

 

「ミルコ! まずはそいつを打ち上げろ、周りの子供は我が保護する!」

 

 『ラビットヒーロー』ミルコがヴィランを打ち上げ、何度も蹴りを入れて市民との距離を開ける。ほんの少しそちらに目を遣ったのも束の間、子供を含む市民はいつの間にか樹木に囲われている。そのまま樹木は自分たちを守るだけではなく、ミルコの着地場となり、宙に浮いたヴィランを牢のように囲った。

 

「――捕縛、完了」

 

『うぉおおおお!!!』

 

『本物のシンリンカムイ!』

 

『ミルコすげぇな! 一発であの巨体が宙に浮いたぞ!』

 

『子供たちは無事か!? すぐに救急車を呼べ!』

 

 今際に感じた死の感覚と湧き立つような大歓声の差に付いていけず、腰が抜けそうになった。元々膝をついた姿勢で本当に良かった。

 

「はぁぁ――っと」

 

「大丈夫ですか?」

 

 座ろうとしたのが紛らわしかったのか、背後にいたシンリンカムイに背中を支えられる。

 

「あ……申し訳ない」

 

「いえ。ヴィランと相対していたことを考えると、当然の反応でしょう」

 

 仮面なのか、異形型なのかわからない能面な表情でそう言われて気を持ち直す。いつまでももたれかかっては失礼だろう。

 抱きかかえていた子供を地面に寝かせる。そっと呼吸を確認すると、正常に動いていた。一番重傷であった向かいの子供も医療従事者がいたのか何人かで応急処置されているようだ。

 

「か~、なっさけねぇなぁ伽藍。あれだけ私の蹴りを喰らってたんだからよ、あれしきのヴィランくらいぶっ飛ばせよ」

 

「戯れのお前の蹴りと、殺意の籠った攻撃は違うだろ。ル――ミルコ」

 

「おう、久しぶりだな」

 

「ミルコ、知り合いか?」

 

「ああ――幼馴染だよ」

 

「そうか。では任せたぞ。我はヴィランを見張る」

 

「りょーかい」

 

 汚れた服を適当に払いながら立ち上がった。周りに聞かれないように少し寄って、話始める。

 

「久しぶりだな、ルミ。木椰子区に来ていたのか?」

 

「雄英のサポート科に用事があって、偶然通りがかったんだよ。シンリンカムイに合流してここに来たら見覚えのある後ろ姿があったからな」

 

「なるほど……助けてくれたのはありがたいけど、ちょっと掠ったぞっ」

 

 幼馴染の気安さから粗目の言葉使いになってしまうのは仕方ないだろう。それに、ヴィランの攻撃よりルミの攻撃の方が感じた焦りが大きいのは事実だった。

 

「あぁん。ちゃんと避けねぇのが悪いんだろ。高校ンときならもっと動けただろ」

 

「――痛っ」

 

 身長差からミルコによって叩(はた)くように動かされた兎耳が瞼に入った。

 

「ほら」

 

「ほら、じゃ、ない」

 

 涙目になった右目を抑えながら言った。

 

「それより、先週お前の家に行ったらいなかったけどどこに行ってたんだ?」

 

「先週? ……あぁ、たぶん研究室にいた時間と被ってたんじゃないかな。今週もまた研究室に籠ることになるから来ても意味ないよ」

 

「そんな風に机の前にばっかいるから倒せるヴィランも倒せないんだよ。少しは切った張ったしたほうが良いぞ?」

 

「するわけないだろ。自分はヒーローじゃないんだ。そういうのはルミたちに任せるよ」

 

 軽く話していると、救急車がやって来た。

 

「このあと用事があるから軽く救急隊員に診てもらって行くよ。警察にはルミから説明しておいてもらえないかな?」

 

「別に良いけど。あんま無茶すんなよ。あ、それと連絡先聞かれたら教えとくから、後日電話があったらちゃんと聴取受けろよ」

 

「了解」

 

 別れて警察とシンリンカムイの場所に行くルミを見ながら、スマホを探す。ズボンのポケットにも上着のポケットにも入っていないことを確認してから思い出した。ヴィランの前に来るまでに投げ出したのだった。

 木椰子駅までの途中、花壇前に液晶の割れたスマホが落ちている。

 これは買い直しだろう。メールはパソコンと同期しているため大丈夫だが、メッセージアプリの方はどうしようもない。本当ならすぐに買いに行くべきなのだが、身体がどうしようもなく休息を求めている。書類やら何やらを書く気分じゃない。今日の残りは赤石教授とゆっくり飲むとして、また明日に回せば良いだろう。

 

 

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