黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19) 作:神の筍
恋仲や好い仲ではないとはいえ、やはり異性同士で買い物に行けばそれなりの意見が求められるのは当然だろう。義経、弁慶と七浜ショッピングモールに訪れた水明もその例外ではなく、楽しそうに衣服を選ぶ二人からどちらが良いか選択を迫られていた。
「これとこれ、どちらの色が良いだろうか?」
「主は藤紫が好きだから、この似た色が良いんじゃない?」
「でもこの色に合う下があるかどうか……どうしよう、水明君」
「先にスカートかズボンを選んだらどうだ? 下は上と違って着回すことが多いだろう? それに合わせて上を選んだほうが良い」
「おぉ、それは良い考えだ! 義経はそうしようと思う!」
と、出来るだけ無難に。たまに自分の意見を取り入れつつ返していた。
この場で男性が出来るのはただ二つ――如何に女性の欲しい言葉を発するか、もしくは欲しくない言葉を発さないかである。たとば今の質問だと、義経は色で迷いつつも好きな色の藤紫に心が傾いていたはずだ。しかし、尋ねるということは内心いつも着ている色とは違う選択を取りたかったのかもしれない。ならば男性は好きな色の服を褒めつつも「こっちも似合うと思うぞ」というニュアンスを込めた意見を述べるべきなのだ。
初めて一緒に買い物に来たときは当日女性が着てきた服を参考に出来るだろう。
義経の場合、今日はブラウンめのシャツの上にジャケットをロングスカートでまとめている。ここから読み取れるのは義経が私服としてスカートを履けるということとダーク系の色を合わせても似合うということだ。ちなみに、弁慶も似たような、というよりも姉妹カラー的な服装をしており、こちらは義経と合わせたのだと考えられる。傍から見れば顔立ちに差はあるが本当の姉妹のようだった。ただ、この二人はそもそも素材が道行く人と段違いなため正直何を着ても似合うだろうというのが水明の思いだった。
「……こっちは形が良いけどベルト通しが無いんだよねぇ」
義経が下を選ぶ中、弁慶も二種類のズボンを手に取って迷っていた。
「ねえ、どっちが良い?」
「どっち……」
弁慶が見せてきたのはジーンズとストレートパンツなのだが、義経のように色選びならまだしもここまで形が異なるものなら両方選んでも良いんじゃないかと水明は素直に思った。
「ベルト通しの有無で何かあるのか?」
ストレートパンツのほうはベルトタックになっているためベルト通しがない。ウエストの関係があるなら特に問題ないだろう。
「いやぁー、ベルト通しが無ければ瓢箪をぶら下げられないでしょ? ズボンのときくらい腕に巻かないで楽(らく)したいんだよね」
「そういうことか」
制服を着ているとき、弁慶は義経のように帯刀用の腰紐などは特にないため川神水の入った瓢箪は腕に巻き付けている。さすがに今日は巻いていないが――昼食時はどこからともなく取り出していた――、川神市内くらいを歩くときはぶら下げておくつもりなのだろう。ベルトタックのほうに括りつけてしまうと重みで脱げてしまうので迷っているということだ。
「それは義経にアドバイスを貰ったらどうだ?」
「主に聞いたら察してこっちを選ぶからダメ」
「その光景は想像出来る」
「でしょ。それで?」
「うーん……」
「直感。どっちを私に着て欲しいか」
「自分なら――」
水明は無難な言葉を選んでいたが、このときばかりは自身の直感に従った。
「こっちだな」
「ジーンズの方か。私も実はこっち推しだったんだよね」
「ベルト通しがあるからか?」
「さすがにそれだけで着る服を選ばないよ。去年まで履いてたジーンズもサイズが合わなくなってきたから、元々新しいのを買うつもりだったの」
「自分と同じで背が伸びたのか?」などと野暮な質問をする水明ではなかった。
「あと一本くらいはズボンも欲しいかな」
そう言いながら義経の方へ向かう弁慶に水明も付いて行く。時間もある。店舗数も女性向けのほうが多いためまだまだ色んな所を見回るだろう。去年は井上や他のクラスメイトと出掛けたこともあるが、どれも近場で遊んだだけであった。今日のように誰かと遠出するのも良いものだと水明は感じていた。
二、
あれから五店舗ほど回り、義経も弁慶も納得のいく買い物が出来たようだった。二人とも五着ずつほど買っていたので手荷物が嵩張っていたが、最後に会計をしたときに店員が気を遣って大きい紙袋を二つくれたので纏めて水明が持っている。義経は持ってもらうのは申し訳ないと言ったが、一緒にいる女子二人が大きな紙袋を持っているのは周囲の視線的にもよろしくないので無理やり納得してもらっている。
「義経は水明君に似合うものを選んでみせるぞ!」
荷物を持つ代わりに義経たちに提案したのは衣服を選んで持ってきて欲しいということだった。
「特に要望はないから良い感じのものを頼む」
やって来たのは多くの人の御用達店ことウニクロである。
「あ、指貫グローブ」
「それだけは絶対にやめてくれ。使わないからな」
「与一なら真っ先に買うのに」
なぜウニクロに売っているのだろうか。一応グローブに類するが季節的にも真逆。水明たちは気付かなかったが隣のチラシにはコラボ商品と書かれていた。
さて、水明は衣服を探しに行ってくれた二人を背に集合場所とした試着室へと向かう。試着するつもりはないが、大きな鏡があることと邪魔にならない場所がそこしか無かったのだ。終始楽しかった時間ではあるのだが、やはり疲労を感じていたのか自然と空いていたソファに座る。
「見てくださいステイシー。このグローブ、あなたが持っているものに似ていますよ」
「あぁん? 私が持ってるのはグリーンベレー時代のモノホンだぞ? ……本物なんだよ。作戦が終わったら飲みに行く約束をしていたオリビアのお気に入りだったんだ。それを遺品として持って帰ってきたのが――うぅ……」
「フラッシュバックしてしまいましたか。これは私が軽率でしたね」
あの二人は一体何をしているのだろかと水明は見ていた。こめかみを抑えるステイシーに肩を貸し、二人は水明の座っている所とは逆位置にあった二人用ソファに座る。李がステイシーの背中を摩りながら水の入ったペットボトルを渡している。水明は気配を抑えている二人に気付いていることを悟られたくなかったため手近にあったウニクロのカタログを取った。
「大丈夫ですか。ステイシー?」
「『大丈夫』、か。オリビアと離れるときもそう言ったんだよな。あいつは私のことをぎりぎりまで心配してたけど、私はそんなあいつに冷たくして……なんで最期くらい正直に話せなかったんだろう……」
「これは重傷ですね」
「『重傷』……そうだ、無線で重傷を負ったと連絡が来て、パラジャンパーが駆け付けたときにはもう……」
「……」
九鬼家従者部隊には多種多様な能力を持つ人間を集めている性質上、それだけの過去を持つ従者が集まる。高位従者の中だと戦場経験がある従者はそう珍しいものではないが、アメリカの特殊部隊出身のステイシーはただの傭兵であった忍足と比べ壮絶な光景を見てきている。戦場に貴賤など存在しない。しかし、国が主導するということはただ言われた戦場に赴くだけの傭兵以上に仄暗い作戦の数々があるのだ。普段はアメリカ人らしく豪快な性格が目立つが、こうして突飛押しも無くフラッシュバックするのは戦場帰り特有の心的外傷後ストレス障害の影響だった。忍足がメイドになったと聞いて九鬼家に笑いに来たステイシーをヒュームが画面端に叩きつけてからその頻度は減っているのだが。
「む、そろそろ義経たちが戻ってきます。隠れますよ」
「あのとき隠れていれば……」
「仕方ないですね。今夜は呑みに連れて行きますか」
ステイシーの腰に手を回し、しっかり肩を支えた李はそう言いながら従業員専用扉へ消えて行った。
「……人に歴史あり、か」
見た目だけではないのだと水明は学んだ。
「――ただいま。けっこう持ってきたよ」
戻って来た二人のカゴには沢山の衣服が入っていた。シンプルデザイン故に似たようなものが多く、実際に見てみなければわからないと判断したからだ。
「指貫グローブみたいなものは持ってきてないだろうな?」
「変な拘束具みたいなのがいっぱい付いたジャケットならあったけど、手に取るのも憚れたから辞めた」
「弁慶に羞恥心が残っていて本当に良かった」
水明は取り敢えず義経が持っていたカゴから彼もよく着るようなシャツを取り、鏡の前で合わせていく。何着かサイズ的な問題があり着られないであろうものもあったが、概ね馴染みやすいものが多く、全て買うわけにもいかないため迷ってしまう。水明が普段着ないような桃色や橙色のシャツもあったが、パーカーならともかく敷居が高いということで選択肢から外していった。
「これとこれは買うべきだと思う」
弁慶が水明の肩にシャツを合わせ、鏡越しに見ながら言った。
「そうだな。自分もシャツはこの二つにしようと思う」
ズボンは既に決まっていた。シャツ二つにズボン一つ。今着ているものも合わせれば家にはまだ着られるものがあるので十分だろう。
「会計をしてくる。その間だけ荷物を任せても良いか?」
「任せるも何もそれは義経たちの荷物だ。気にせず行って来てくれ」
「そうだったな。じゃあ、行ってくる――」
水明は二人に荷物を渡し、レジへと並びに行った。
三、
今日の予定は夏服を買うことだったが、せっかくショッピングモールに来ていたので衣服店以外にも面白そうなのぼりがあれば寄っていた。ビデオ屋もあったが弁慶のお気に召す映画は無かったのか軽く物色して立ち去り、義経はお土産に清楚に似合う髪留めを選んだりと様々だ。十五時くらいになると一度フードコートで見かけたクレープで足を休め、それからまた暫くウィンドウショッピングを楽しんでいた。そのため、帰りは十七時過ぎになり、七浜駅は見事行きよりも多い人で混雑していた。
「しまった。一応ネズミーランドの最寄り駅だったな」
行きはネズミーランド目的の人と鉢合わせて混むことはなかったが、この時間になると帰りの人が東都行きの電車に乗り合わせる。駅前でこれなのだから、ホームは入れるかもわからない。現に、駅員が階段前で案内看板を出しているようだ。
「これに乗るのは嫌だなぁ」
「うーん……義経も避けたくはある……」
この様子だとあと一時間は続きそうだ。三人は知らないが、ネズミーランドの閉園時間が二十一時であるため電車を一本、二本見送っても変わらないだろう。
「仕方ない。最後の手段に出よう」
「そんなものがあるのか?」
水明は一瞬、弁慶の天手力による強引な突破を想像したがさすがにそれは無いだろうと頭を振った。
「九鬼に迎えに来てもらう。水明も乗ってくでしょ?」
「助かりはするが……」
そう言って弁慶は携帯を取り出して操作すると、すぐに耳に当てて電話を始めた。これが義経だともう少し時間が掛かるんだろうなと思いながら水明は義経に話しかける。
「大丈夫なのか?」
「マープルからは九鬼の力に頼りすぎるなと言われてるけど、この状況は義経も仕方ないと思う。たまに迎えを頼むくらいなら問題ないはず」
「悪い。自分が連休中の人の多さをもっと予測していれば――」
「ううん、謝らないでくれ。今日は義経も川神に来てから一番楽しかった。きっと弁慶もそう思ってるはず。義経たちの中で一番人ごみが嫌いな弁慶がああして立っているから」
「そこまでなのか?」
「倒れるとかじゃないぞ? でも、最後の方になるとよく義経に寄りかかってくるんだ」
「そうか……そう言ってくれると自分も良かった」
「うん! また一緒に来よう!」
そんな話をしていると電話の終えた弁慶が戻ってくる。
「何かすぐに来るって」
「さすが九鬼だな。しかし、この混み具合だと車がどこに止まるのかも――」
「――おーい、そこの川神学園三人組。迎えに来たぞー」
「早い!?」
義経が驚き、水明が声の方向を見るとステイシーの姿があった。その恰好は水明が見たアメリカンモードからメイド服へと変わっており、ウニクロで見た状態からは回復しているようだった。
「初めましてだな。私の名前はステイシー・コナー。見てわかると思うが九鬼家従者部隊だ。義経と弁慶で両手に華なんてロックな野郎じゃねえか!」
結構強めに肩を叩かれてあの姿は幻だったのだろうかと考えたが、自分が踏み込むことでもないだろうと水明は迎えに来てもらったことを感謝した。
「んじゃ、あっちに李が車回して待ってるから早く行こうぜい」
ステイシーを先頭に水明たちは帰路に着く。帰りは車中から地平線に沈んでいく夕陽を眺め、ゴールデンウィークの良い思い出になったと反芻する。水明は金柳街の出入り口で降ろしてもらい、義経たちと別れるのだった。