東方Project 二次創作短編集 作:ズッ苔(旧ユウ03)
見知らぬ、血のように真っ赤な館で、俺は必死に走っていた。
逃げなきゃ、
逃げなきゃ、
逃げなきゃ、
その言葉が脳内で無限回に反芻される。心臓の鼓動は、走ったことによるものか、はたまた恐怖によるものか分からなかった。
息は既に絶え絶え。人生の中で一番と言えるほどの運動量。体は限界をとうに超えているが、それでも走り続けた。
「ハァ、ハァ……」
これといった照明はなく、日が沈んだ今は窓から射す月光だけが頼りだった。
後ろを振り返る余裕はない。もしかしたら、振り返ったらすぐそこにいるかもしれない。そう思うと、怖くて振り替えれなかった。
やがて、走っている廊下の突き当たりが見えた。予想以上にこの館は広い。十分以上走ってようやく廊下の端に辿り着いたのだ。
迷いなく、その廊下を曲がった。
その時だった。
「────!」
先程まで走ってきた廊下に、誰かがいるのが横目に視認できた。十秒も走れば届きそうなほどの距離だった。
その瞬間、背筋が凍りつくような感覚に見舞われた。
脳内が危険信号で真っ赤に染まる。このままでは、このままでは確実に、確実に命がない、と。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
狂気的な叫びと共に、脇の下にしまっていた拳銃を取りだした。この冷たい夜では、拳銃はとてもひんやりしており、火照った体を冷やすようだった。
体をひねらせてその者の方に向くと、横に倒れ込みながら照準を合わせる。
そして──
──ダァァァァァァァァン……
雷管が叩かれ、弾頭が目に止まらぬ速さで発射される。無論、その弾道を観測することは出来ない。
暗い空間をマズルフラッシュが照らし出す。一瞬ではあるが、向こうの顔が視認できた。
「────!」
だが、それについて考える暇はなかった。
倒れそうになる体を、足を使って何とか立て直す。
心臓を狙ったつもりだったが、体幹がブレていたことで弾道がズレたのか、放たれた弾頭はその者の左肩を貫いた。その者の肩口から血飛沫が上がり、辺りを血で染めあげる。
出来ればここで心臓、欲を言えば頭に着弾して欲しかった。しかし、肩に当たっただけでも相当な痛みだ。普通の人間なら悲鳴をあげて倒れ込むことだろう。
この間に──
「あら、まさかこの程度で、私を倒せるなんて思ってるの?」
幼げながらも、大人っぽさを感じさせる女性の声が暗く冷たい廊下を飾る。
俺は驚いた。
先程のマズルフラッシュで視認出来たその者は、まだ幼い女の子にしか見えなかったからだ。
俺は何に脅えていたんだ?刹那、そんな考えが頭をよぎる。
だが、彼女は普通じゃない。普遍的な人間のソレではなかった。
コウモリを彷彿とさせる、黒い翼。暗いままではそのまま闇に溶け込みそうな翼が、彼女の背中から生えていた。
作り物なのか?
そう思わせてはくれなかった。なぜなら、今彼女は、浮遊しているからだ。
背中の羽をバサッ、バサッとはためかせ、宙に浮いていた。羽は片方だけで彼女の身長と同じくらいありそうだったが、そのサイズで飛べるようには思えなかった。
「この程度の弾幕──いや、弾幕とすら呼べないわね。これくらいじゃ、私と張り合うことは出来ないわよ?」
彼女は一切、痛そうな素振りを見せない。かといって、サイコパスのように喜ぶでもない。
ただ悠然と、そこにいるだけだった。
依然として、銃は構えたまま。照準は彼女の頭を捉えている。引き金を引けば、鉛玉が彼女の脳漿をぶちまけるだろう。
だけどそれが出来ない。出来なかった。
別に、彼女が絶世の美女だったから、という理由ではない。
確かに彼女は街中を歩かせればスカウトマンに声をかけられそうな美貌をしているが、そうでは無いのだ。
先程着弾したはずの肩。血で染まった肩。
そこには、傷は一切なかった。傷跡すらなかった。
まるで最初から傷なんてなかったように、時間が巻き戻ったように、傷は塞がっていた。
頭の中をクエスチョンマークが埋め尽くす。
しかし、今はそれを議論している場合ではない。
──ダァンダァァァァン……
今度は二発、発砲した。
体の中心を狙って、ブレてもどこかに当たるようにしたつもりだ。
だが、着弾したかを確認している暇はない。
震える足に力を入れ、高級感溢れる床を蹴って一歩を無理やり踏み出させ、倒れ込みそうになながらも何とか走り出した。
何故俺が追いかけられているのか、狙われているのか分からない。
ただひとつ言えるのは、
──捕まれば、確実に殺される。
「ハァ、ハァ……」
あれからさらに十分以上は経過しただろうか。以外にも、疲れはあまり感じない。
いや、恐怖で体が麻痺してるという方が正しいだろう。
足はもうおぼつかず、千鳥足になっている。
背中は確認していないため、あの後どうなったのかは分からないが、あれほどの距離しか無かった所を鑑みるに、もういないのではないか?
もしかしたら、あと時発射した弾丸が頭か心臓か分からないが、急所に着弾した可能性もある。
──なら、少しくらい休んでも……
その一瞬の揺らぎが命取りだった。
元々これはハント──狩りである。狩る側である彼女には、彼の生殺与奪の権利が握られている。つまり、彼は既に死んでいてもおかしくない。その時点で、彼は遊ばれていたに過ぎないのだ。
一瞬スピードを緩めたところに、背中から何かがぶつかった。
「うがっ……!!!!」
床を引きずられ、宙に持ち上げられた末に、背中から床に叩きつけられる。
「ガハッ……!!!!」
あまりの衝撃に視界がブレる。上手く体に力が入らない。
体に感じるのは、子供の体重と柔らかさ。
朦朧とした視界の中で見えたのは、あどけない顔の少女か爪をこちらに向けて構えているところだった。
これで人間を殺せると思えない。しかし、本能がそれを否定する。
必死に拳銃を握った右手を動かし、彼女の頭まで持ってきた。
それと同時に、彼女の爪が俺の首筋を引っ掻く。彼女の爪が首の皮を裂き、粒状の血が流れる。
お互いに、ナイフを突きつけたような状態だ。それはまるで冷戦期の勢力均衡のような状態。何かひとつの衝撃で惨劇が生まれるような、そんな状態だ。
「撃たないの?もしかしたら、私を殺せるかもしれないわよ?」
「本当にこれで死ぬなら、そんなこと言うはずないだろ……」
「あら、物分りがいいのね。嫌いじゃないわ…………咲夜」
咲夜?それは一体誰だろう。
それを考える暇はなかった。
次の瞬間には、手に握っていたはずの拳銃は消失していた。一瞬の出来事だった。何がなんだが分からなかった。
確かに拳銃を握っていた感覚は残っている。しかし、肝心のものがないのだ。
「この館に貴方が迷い込んでしまった時点で、チェックメイトだった。やろうと思えば何時でもやれたわ。でも、それじゃあ面白くないでしょ?だから鬼ごっこに付き合ってあげたの。まぁ、本物の鬼なんだけど♪」
ニコッ、と彼女が笑みを浮かべる。
恐怖しかないはずなのに、何故か美しいと思ってしまった。
これからの自分の運命は決まっているはずなのに、カウントダウンも一桁台に入っているくらいなのに。
どうして、
どうして、
どうして、
いくら考えても理由は分からない。もはや、自分の頭はおかしくなったのか。脳内麻薬で犯されて尽くしてしまったのか。
「それじゃあ……さよなら♪」
その言葉はどこか、冷たく感じられた。
何を考える暇もなく、振り下ろされた彼女の爪が、首の皮を貫いて大量の血飛沫をあげさせた。
体の内側に、彼女の手が入り込んでいるのを感じる。
彼女はそれを、うっとりとした表情で見ていた。
熱い、
熱い、
熱い、
寒い、
寒い、
寒い、
これだけの痛覚なのに、どうしてか体は暴れようとしない。まるで、自分の体が自分のものじゃなくなっていくようだった。
彼女は、手に付着した血液をペロッと舐めとった。そして、彼女の表情がより恍惚としたものに変わる。
「あら、美味しい。これは当たりね♪」
当たり……?何を、言って……
思考が上手くまとまらない。これが死ぬということなんだと、それだけは理解出来た。
「吸血鬼、レミリア・スカーレット。貴方を殺す物の名よ。冥土の土産に覚えておきなさい」
彼女が何を言っているのか、それももうよく分からない。
彼女は顔を首元に近づけると、血が溢れて止まらない傷口に鋭くとがった八重歯を突き刺した。そして、溢れ出す血を吸い、ジュースのように飲み込んでいくを
ただでさえ痛かったため、さして辛さなどなかった。
そこにあるのは、死ぬ事への理解だけ。
次第に痛みは、快感に変わっていく。もっと、もっと吸って欲しい。かぶりついて欲しい。
もっと、もっと、
──殺して欲しい
意識が闇に包まれていく。
そんな中で見えたのは、眼下でどこまでもどこまでも楽しそうに血を吸うお姫様だった。
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