松本清張の名作推理小説『点と線』。
その物語は、東京駅という巨大ターミナルを舞台にした時刻表トリックという日本の推理小説の始まりとして今でも語り継がれている。
東京駅は国鉄からJRとなり、数度の拡張工事によって日中は常に列車が居る駅になってしまったが、ふとホームから隣のホーム、また隣のホームを見通せた時にこの名作を思い出すのだ。
「私が犯人ならば、どういうトリックを作るのだろう?」
と。
東京駅。時刻は13時。晴れ。
青空の摩天楼のビル街の中、レンガ造りの駅舎と言うのはそれだけで映えるものであり、多くの観光客が写真を撮っていた。
国鉄民営化に伴ってJR東日本とJR東海に駅が分割され、新幹線に地下鉄まで乗り入れる日本を代表する巨大ターミナル駅である。
また、先に言ったが丸の内口のレンガ造りの駅舎はそれ自体が観光名所にもなっており、こういう事を考える雰囲気が東京駅丸の内口にはある。
私はそんな観光客を避けつつ丸の内口の八角ドームから駅構内に入る。
荷物を持って常に行きかう人は旅行客だろうか?延々と続く案内放送。
駅構内のショップはそれ自体が名物になっており、行列が絶えない。
この駅から出る列車は、北は北海道から南は九州まで行く事ができ、日本の鉄道の始点とも言えるだろう。
なお、本当の始まりは新橋と横浜が最初だったりする。念のため。
時刻表トリックの基本はアリバイ作りにある。
犯行時間に犯人がそこに居ないという強烈なアリバイを探偵側がどう崩すかというのが見どころであり、探偵側がそのトリックの盲点にどうやって気づくのかが面白い所でもある。
これを大々的にやり、このジャンルを確立したと言っていいのが西村京太郎である。
多くの作品がテレビドラマ化された事もあり、時刻表トリックは探偵役こと十津川省三警部と共に日本人に広く認知される事になった。
自販機で飲み物を購入。鋭く南通路を歩きながら私は犯人になる。
たとえば、福岡で事件が起こったとしよう。
新幹線だと東京-博多は最短で大体五時間。時間的余裕を持たせるならば六時間という所か。
これが飛行機だと羽田空港-福岡空港で最短で二時間。時間的余裕を考慮するならば三時間というあたり。
アリバイを作る場合のよくあるパターンが、博多行新幹線に乗って福岡に向かう途中どこかで降りて羽田空港へ。飛行機で福岡空港に飛んで事件を起こし、博多駅から東京や新大阪行きの新幹線に乗って小倉駅や広島駅あたりで降り、やって来る博多行新幹線に乗り込む事で、私は最初からこの新幹線に乗っていましたというアリバイが作れるという訳だ。
入場券を買って東海道新幹線ホームに上がる。
今度は探偵になって犯人を追い詰めるのだ。
探偵側がこのトリックにどう気づくのか?そして、気づいただけでは駄目で犯人が新幹線から離れた証拠を見つける事ができるかという所がポイントになる。
何気なしにホームの周囲を見渡すと監視カメラ発見。飛行機も履歴が残るようになっているので、現代において時刻表トリックはかなり難しい。
それでも、このトリックは鉄道の仕組みや知らないトリビアがまだあって、こんな盲点がというものが未だ出てきているので、多くの推理愛好家を魅了するのだろう。
首を左右に振って私は犯人でも探偵でもない私に戻る。
知的な休憩はひとまずここまでとして、少し構内で一休みとシャレこもう。
当たり前の話だが、駅構内の店なので鉄道系ICカードが使えるのがありがたい。
手頃なカフェに入って行きかう人々を眺める。
十津川警部シリーズの大ヒットは、推理の所もそうだが、物語の舞台が旅先という秀逸さにあった。
TVの視聴者は、事件に興奮し推理を考えつつ、その旅先の風景に旅情を感じたのである。
今の日本人には旅行は比較的簡単にできるものであり、望むならば行けるものになっている。
だからこそ、きっかけがないと旅行に行けないというジレンマも発生したりするのだが。
時間は15時を少し回った所。
日本の首都であり、ビジネス街の中心である丸の内が近い事もあって旅行客だけでなくスーツ姿の会社員が多いのもこの駅の特徴である。
この時間でこんな場所でのんびりできる。
これは会社員ではできない贅沢である。
そうなるとそのままアルコールという誘惑も出てくる訳なのだが、こまった事にこの東京駅は食事にお酒も色々そろっているという素晴らしい所である。
で、東京駅という事は、帰る際にも楽だという訳で。
私は探偵にも犯人にも旅人にもなれそうもなく、ここでリセットとしゃれこんだのである。
翌日のリブート時、昨日の東京駅を思い出す。
だからだろう。
聞こえるはずのない、新幹線ホームの発車メロディーが聞こえてきたような気がした。
次は旅行に行こう。新幹線に乗って。
もちろん、犯人でもなく探偵でもなく旅人として。
今回の紹介作品
松本清張『点と線』
西村京太郎『戸津川警部シリーズ』