私は休むのが下手   作:北部九州在住

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この話はフィクションです(棒)


春河童流されかかる湯治旅

 九州の知り合いからお勧め温泉があると聞いてマリコと共に行くかという話になる。

 何しろ福岡空港から車でおよそ一時間の上、美人の湯として有名な温泉である。

 美人になれるという言葉に女は弱いもの。

 かくして、羽田空港前日泊を経て福岡県うきは市吉井温泉へ。

 レンタカーを借りて九州道に乗って……都心で見たような大渋滞に巻き込まれる。

 

「……事故により鳥栖ジャンクションから築紫野インターにかけて渋滞が発生しており……」

 

 これだよ。

 ナビで出ていたのに都内感覚で突っ込んでしまい見事にハマる。

 

「うわー、これはやばいね」

「うん、どうしよう?」

「えっと……間に基山PAがあるから、そこまで行って待つか」

「わかった。じゃあ、そこを目指そう」

 

 雨の筑紫野インターは下道に降りようとする車で大渋滞。

 かなり強く降っており、渋滞の元の事故も雨で滑ったとか。

 そして、渋滞が更に事故を呼び、それが更に渋滞をという悪循環。

 結局、二時間遅れで目的地に到着。

 この温泉は有名らしい原鶴温泉の対岸にあり、その原鶴温泉は筑後川沿岸というか中洲の中にあり、片側は放水路となっており、草がぼうぼうに生えていた。

 その輪中の温泉地からかかる橋を渡って対岸へ。

 原鶴温泉と吉井温泉は筑後川を挟んで目と鼻の先にあるが、この川が朝倉市とうきは市の境界にもなっている。

 原鶴温泉の歴史はそこそこ古い。

 江戸時代鶴が河原で湯あみをしていたのが原鶴温泉の由来の一つと言うのだが、

 

「原鶴に温泉があるのならば近くにも温泉があるんじゃね?」

 

 そんなノリで堀ったら出てきたのが筑後川温泉であり、吉井温泉であり、その歴史は浅い。

 なお、今回宿泊する吉井温泉は「神のお告げ」によって掘り当てたとか。

 宿に到着。

 当然食事はキャンセルで、途中のコンビニでお弁当やお酒を買い込んでささやかな宴会を。

 

「お風呂よ!お風呂!!」

 

 時間も押しているので慌てて温泉に。

 吉井温泉はナトリウム炭酸水素塩泉で、原鶴温泉はアルカリ性単純温泉と硫黄泉。

 川を挟むだけで泉質が違うので、明日は原鶴温泉の方にも入ってみようかなんて話で盛り上がる。

 

 ……まぁ、できなかったのだが。

 

 雨が夜更けから大雨に変わり、バンバンと携帯に大雨情報が入ってくる。

 マリコと二人「これやばくね?」と話し合い、朝になったらキャンセルして宿を出るかという話に。

 だが、大雨は更に激しくなり、ついには避難指示が出る事に。

 幸いにして、私達の部屋は三階なので、氾濫しても沈むという事はなさそうだ。

 車も保険入りレンタカーなのでおしゃかになっても許容ダメージでおさまるが、足が無くなると逃げられなくなるなんて考えていると更に雨が豪雨となって降り注ぎ、筑紫次郎の異名を持つ暴れ川でもある筑後川がその猛威を振るいだす。

 

 

 河川氾濫発生。

 

 

 外からおそらく避難を呼びかける放送をしているのだろうが、雨の音で何も聞こえない。

 まず、高速の出口がある甘木市に氾濫情報が出る。

 マリコと地図を確認しながら、久留米市の方に逃げたらという計画も、その後久留米市の氾濫情報発生で潰える。

 この時点で一つだけ退路が残っていた。

 杷木インターチェンジで大分方面に逃げるという手段だ。

 ここで、私は念のため現地の人間に確認を取ろうと連絡する。

 この温泉を紹介した知り合いで、これが私たちの生死を分けた。

 

「無事なの!?

 そこ緊急安全確保出ているから心配だったのよ!!」

 

「あはは。なんとか。

 この後チェックアウトして杷木インターから……」

「絶対にそれはダメ!!!!!」

 

 この耳がキーンとしたガチ制止がなかったら本当に危なかったと今にして思う。

 その声は少し離れていたマリコにまで届いていたというのだからどれだけ大声だったかわかろうというもの。

 

「東日本大震災を思い出して。

 本当にやばい所は情報すら流れてこなかったのよ。

 いい。あなたは知らないと思うけど、杷木はね、六年前の水害で壊滅的被害を受けた場所なのよ。

 絶対にそっちにいっちゃダメよ!!」

 

 かくして、逃げ道が無くなった私とマリコだが、車をお釈迦にしてもここに留まる事を決断。

 朝から昼にかけて大雨は振り続き、筑紫平野に死者を伴う甚大な被害を与えて夕方には止んだのである。

 当然物流が寸断されているので夕食なんて作れる訳もなく、地元のスーパーが五時までという事で残りの食品を割引販売するというので慌てて並んで食料を確保。

 大分道の甚大な被害を知り、マリコと二人背筋が凍ったのはこの時である。

 

 翌日。

 チェックアウトして高速へ。

 大分道は甘木インターまでしか使えず、鳥栖ジャンクションは長崎道の通行止めに伴う大渋滞に巻き込まれて散々な目に。

 それでも限りなく命の危険を感じたのはこの時が初めてだったと思う。

 

 大山鳴動して鼠一匹。

 終わってみれば何もなかった話だが、それでも売文稼業に身を置く者として書いてこれを記録して後世の誰かに何かが伝わればいいと思っている。




 この時Twitterで皆に状況を報告しつつ皆の静止がなければかえって危なかったと今でも思っている。
 この話を書いてあの時の皆様へお礼申し上げます。
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