私は休むのが下手   作:北部九州在住

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落款裏話

 作家先生と呼ばれる身分になるとこういう事がやってくる。

 

「サインお願いします!」

 

 私は困らないのだが、世の作家先生の中には困る話もある訳で。

 今日はそんな話を語ってみようと思う。

 

 さて、問題だ。

 何故、本にサインを書くのだろうか?

 まぁレアリティをつけるならば作者が本にサインをというのも分からんではない。

 それとは違う裏事情というものもあったりする。

 具体的に言うと、本を売るためだ。

 たとえば、本屋がサイン会をするとしよう。

 当然、その時にはその作家の本を持ってくる訳で、その本はその本屋から入手するという仕掛けな訳だ。

 資本主義バンザイ。

 とはいえ、気の利かない本屋と言うのも存在していて、複数巻出ている本のサイン会だと基本最新刊しか置いていないなんて事も。

 その本のシリーズ全部買うからサインつけてくださいという剛の者は中々いないらしい。

 一方で、当然本屋に来ている作家からすれば、本が売れるかどうかは直接実入りに直結する訳で、サインのついでに媚びも売る。

 

「買ってくれたら、その場でサインしますよ」

 

 とあるイベントでその本を見ていたら言われた事で、実際それで本を買ってしまったのが私であり、作家となった今ではあの作家さんの気持ちが痛いほどよく分かる……話がそれた。

 そうなると、ポイントは作家がどれだけサインを量産できるかという点に絞られる。

 書きやすいサインならいいが、洒落た漢字なんて使おうものなら地獄を見るのがサインである。

 プロになりたい物書き諸君。ペンネームはサインが書きやすいようにしておくと楽だぞと心からアドバイスをしておいて、この落款の話に移る。

 落款。かっこよく言った所でハンコである。

 サイン書くよりも圧倒的に楽である。

 送った作家の一人はそれをもらった傍からサイン会で使い大好評だった訳で、サインでちょっと他の作家と違う所をというおしゃれに行かないのがこの世界である。

 理由は簡単。

 

「サインください」

「はい。代わりに落款押すからねー」

「よかったら、サインも書いてもらっていいですか?」

 

 あれ?

 手間増えてね???

 という感じなのだ。

 しかも、サイン会とかだと人が集まってきてるので、押さなきゃいけない回数も増えるのだ。

 回数が増えると何が困るのか?

 ……手が疲れるのである。

 それぐらいと思うそこの貴方。この手でお金を稼いでいるのだから、これマジで死活問題だったりする。

 ちなみに、話に出した作家先生は腱鞘炎持ちで、サインは少ない事を事前に話しているぐらいであるが、この人はパソコンで書いているからまだましである。

 私なんて、原稿を紙とペンで仕上げるものだから、腕を痛めようものならば、まともに仕事が出来ないのだ。

 そんなこんなで、小説を書く上でサインというのは案外大事な要素なのである。

 

 今度は読者側に立ってサインの話をしてみよう。

 憧れの作家の本に、本人のサインをもらう。

 それはそれで幸せな事なのだろうが、世の中はそういう事だけでなく、有名作家のサイン本が高値で取引されているなんて話も。

 金儲けのネタになるのは業腹ではあるが、だったらサインを書くからその差額を本人にくれと言いたくなるのはまぁ分からなくはない。

 とはいえ、そんなネタも文章を書けるのならば歓迎するのが作家と言う奴なのである。

 たとえば、サイン本に価値が無い作家でも価値を付与する事を考えだしたのが推理小説作家。

 ネタがねーとわめき散らかして、この落款の話に食いついた。

 

「たとえば、サイン本に購入者の名前を書く事があるじゃないですか。

 その時日付を入れますよね。これ事件発生時のアリバイに使えるんじゃない?」

 

 聞いた時目から鱗だった私。ネタというのは何処からでも生えて来る物なのだなと感心した覚えがある。

 

────────────────────────────────

 

「〇月×日の△△先生のサイン会に貴方いらっしゃったと言いましたよね?

 たしかに、サイン本は本物だが、日付は後から書かれたものだとしたら……?

 それを持っていた人が貴方じゃなかった。たとえば被害者本人だとしたら……?

 被害者が貴方に代わって貴方の名前でサインを本に頼んでいたとしたら……」

 

「なるほど。サイン会で身分証を提示する所は少ないでしょうからね。

 とはいえ、探偵さんの話には証拠が無い」

 

「証拠ですか。ないですね。

 ただ……この話、作家先生の熱烈なファンであった被害者がサインを頼んでいたらおかしい事がありましてね。

 このサイン会から、この作家先生落款を押し始めたんですよ。

 それがないんですよね。この本……」

 

────────────────────────────────

 

 推理小説作家という輩はこれぐらいすらすら出て来るから怖い。

 で、このすらすら出て来る話の穴を読者は容赦なく突いてくるので、そこからその穴を塞がなくてはならないのに七転八倒する事になるのだが、傍目で見て推理小説家にならなくてよかったと思った次第である。

 というかしっかりネタにしやがった。あいつ……

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