私は休むのが下手   作:北部九州在住

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野上武志先生の『はるかリセット2』 2/18発売記念


出版記念 杖立温泉弾丸湯治悟り旅 前編

 本が出来たという事で、少しいつもと違うリセットをという心が湧く。

 で、作家ならば憧れる湯治場の宿なるものに行こうという話になった。

 その温泉地を選んだのは、知り合いの作家先生がその湯治旅をSNSに載せていたからである。

 

「行きたい」

 

 かくして、自分へのご褒美といういい訳と原稿を書いて経費で落とそうという下心をカバンに詰めて私はマリコと共に羽田空港近くのホテルに泊まる。

 まぁ、待って欲しい。読者諸君。

 ここは旅の先じゃないのかという気持ちは私もとてもよくわかるが、これも旅を十分に満喫するための仕掛けなのだ。

 現在の飛行機というのは時間帯によって価格が変わっており、格安航空会社の早朝始発便は比較的安くかつ容易に取る事ができるのだ。

 時期にもよるが、目的地である福岡空港の場合、格安航空会社の早朝始発便だと翌日予約で一万円を切る事がよくある。

 すると、その早朝始発便に乗るために羽田空港や成田空港近くのビジネスホテルを押えてもまだおつりがくるという訳だ。

 なお、この手のホテルは五千円前後でかつネット完備で朝食がつく事が多い。

 つまり、出発ギリギリまで原稿が書け……よそう。作家の宿命とはいえこの原稿は楽しい旅行の話なのである。

 

 

 

 羽田空港の早朝始発便で福岡空港に降り立つと、なんと午前中に九州の地に立つ事ができる。

 今やこの国はここまで近くなったのかなんて思いつつ、そのまま福岡空港から地下鉄で九州の巨大ターミナルである博多駅へ。

 九州の特徴として、福岡の天神と博多駅という二か所を拠点に各地に高速バス網が張り巡らされている点がある。

 早朝始発便を利用して午前中に博多駅もしくは天神のバスターミナルに入ってしまえるならば、九州各地へその日のうちにバスで向かう事ができるというのは凄く大きなメリットだろう。

 お昼のバスに乗れば、目的地にチェックインが可能な15時に到着できる。

 つまり、昼食はここ福岡名物を食べる事ができるという訳だ。

 

「ラーメン!」

 

 そう言った私の言葉を遮ったマリコの言葉をどうして非難できようか?

 気分は博多名物豚骨ラーメンと行きたい所なのだが、ちょっと待って欲しい。

 私たちはこれからバスに乗るのだ。

 豚骨の臭いを漂わせてバス。

 もしかしたらニンニクをたっぷり入れてしまうかもしれない。

 まだまだ女を捨てるには恥じらいがあるお年頃である。

 かといって、この地の名物を食べないというのもと悩んだ結果、少し色の違う名物を食べる事にした。

 

 うどんである。 

 

 関東の黒い醤油だしのうどんと異なり、関西圏に属する九州のうどんは薄口醬油であり、うどんで有名な香川県のうどんと違う点としてこしがない事があげられる。

 という訳で、博多駅からバスを利用して有名なうどん店へ。

 なお、福岡というのは全国屈指のバス王国であり、メイン路線だと都内の電車並みにバスがやってくる事で有名だったりする。

 

「「いただきます」」

 

 やってきた月見うどんに私は手を合わせて食す。

 うまい。最初に食べた感触としてはこしのなさから細い餅みたいな舌触りがする。

 それに薄口醬油の出汁が主張せずに味を伝えるので、雰囲気は雑煮に近い気がしないではない。

 私は月見うどんの卵は崩さない派なのだが、地元の客だろうか?

 卵と出汁汁のみにしてかき混ぜて白おにぎりを入れたのを見て天啓が走る。

 もちろん真似したのは言うまでもない。

 

「あ。これ、太りそう」

 

 マリコの言葉に頷くしかない私。

 うどんにおにぎり。炭水化物に炭水化物という悪魔の組み合わせだが、月見うどんににこんな食べ方があるのかと知ったのは収穫であろう。

 なお、おにぎりは持ち帰り用もあり、その中にはかしわおにぎりがあったのでお茶と一緒に買って持って行く事にする。

 バスの中は三時間なので、お腹が空いたら頂く事にしよう。

 

 

 

 ここまで書いておきながら、肝心の目的地の事を書いていないじゃないかとマリコに突っ込まれたので、そろそろ目的地を明かそうと思う。

 熊本県阿蘇郡小国町。

 杖立温泉である。

 この温泉は大分県との県境なので宿の一部には大分県に建っているなんて事も。

 近年、湯布院温泉近くの黒川温泉の人気が高くなってきた中、スルーされる事が多い温泉地だが、この温泉の歴史はかなり古い。

 古くは神功皇后の時代から湧いていたらしく、名前の由来である杖立にはかの弘法大師空海が絡むというのだから、その歴史の古さが分かろうというもの。

 空海はこの地の事をこんな歌で詠んだ。

 

 湯に入りて 病なおれば すがりてし 杖立ておいて 帰る諸人

                         — 弘法大師

 

 杖を使ってやってきた病人が湯治の結果杖を置いて帰ったという歌である。効能を知らしめるのにこれ以上の歌はない。

 他にも空海がこの地に杖を立てたら湯が湧いたなんて説もあったりする。

 その効能から古くから湯治客でにぎわい、九州の奥座敷として繁栄した温泉である。

 この温泉に行く場合基本ルートは二つある。

 一つは大分自動車道日田ICから国道212号を南下するケース。

 もう一つは阿蘇山から国道212号を北上するケースである。

 今回私たちのルートは日田ICから国道212号を南下するコースで、このルートを高速バスが走っているのだ。

 かくして、私たちは高速バスに乗り九州自動車道、大分自動車道、国道212号というルートで杖立温泉を目指すことになる。

 ちなみに大分自動車道は別名温泉自動車道でもあり、あまりに有名な温泉地である湯布院温泉や別府温泉以外にも、原鶴温泉・筑後川温泉・日田温泉・天ケ瀬温泉・九重温泉などにアクセスする事ができ、それぞれに温泉の特色が違っていたりする。

 また、福岡というターミナルに高速で繋がる事から、阿蘇山や九重観光をバスで行う場合こっちを使うという選択肢もありと言えばありだったりする。

 ただ、阿蘇山の場合は熊本からというルートもあるので、それはその時の旅人の選択になるのだろうが。

 バスは九州最大の大河である筑後川を付かず離れず進み、日田ICで降りて国道212号へ。

 なお、隣を流れている大山川は筑後川の上流の一つに当たり、有明海に注いでいたりするのだが、九州一の大河という事は九州一の水瓶でもある訳で、やがて大きなダムとダム湖が私たちを歓迎する。

 松原ダムと梅林湖であり、私たちの目指す杖立温泉はこのダム湖の上流域にある。

 山中という事もあって気温は寒く感じたが、空気は澄んでいる。

 そんな私たち二人を、川にかけられた鯉のぼりたちがはためいて歓迎してくれた。

 

 

 

 後編に続く。

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