私は休むのが下手   作:北部九州在住

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中国茶道楽 白茶編

 『酒狂いで身代を潰す人はいないが、茶狂いでは身代を潰す』。

 これは、酒狂いの場合身代を潰す前にまず体が潰れるのだが、茶だとそれがないので身代を潰すまでのめり込むという事だそうだ。

 で、そういう事をのたまわった人から茶を頂いたので堪能する事にする。

 

「ん?これ、何??」

 

「蓋碗ですね。

 中国茶独特のフタ付き碗で、茶葉を入れ、湯を注ぎ、蓋をして蒸らします。

 茶葉が口に入らないように蓋を少しむこうにずらして飲んだり、急須の代わりにも使う茶器です」

 

 そーなのかーと思いながら、茶葉を蓋碗に入れて湯を注ぎ蒸らす。

 今回の茶葉は安吉白茶と言って、浙江省安吉県で作られる中国を代表する炒青緑茶で、茶葉の色が白味がかっているので『白茶』なんて呼ばれる事も。

 最初に思ったのは、日本茶葉より大きいというか、葉というより小枝という感じ。

 蒸らすのはお好みらしいが大体三分ぐらいを目安に。

 時間が来たので、少し蓋を開けて中を見ると、たしかに薄い色で、白い蓋碗の色は透けてたしかに白茶だと納得する私。

 そのまま香りを楽しむ。香り的には日本茶と変わらないような気もと思ったら、察してくれたらしくフォローをいれてくれた。

 

「加工方法は緑茶に属しているんですよ」

 

 なるほど。

 なお、加工の違いだが、紅茶が完全に発酵させるの対して、緑茶は不発酵茶なんて呼ばれる事も。

 改めて白茶を見ると、湯の中で葉がほぐれて棒みたいな茶葉ではなくはっきりと葉が蓋碗の中に浮かんで、これはこれで楽しいものだなと思ったり。

 ただ、これ緑茶みたいに飲むと葉も一緒に飲む事になるなと思った時に、蓋の意味を悟る。

 

「ああ。ここまで茶葉が大きいと蓋をずらすだけで引っかかるんだ」

 

 上手くできているものである。

 というわけで、蓋碗の蓋をずらしていただきます。

 飲んだ第一印象は、香りの割に渋みがない。

 それでいて、後味が良く、香りがいい感じに心を落ち着ける。

 

「ああ。これは趣味の世界だねぇ……」

 

 お茶の味というのは本当に奥深い物だなと思う。

 最初、急須でいいんじゃねと思ったが、白い蓋碗に浮かぶ緑色の茶葉が花のように見えて、そこからうっすらと茶の香りが私に届く。

 これは急須では味わえない楽しさだ。

 

「んでは、お茶請けと一緒に頂くとしましょうか」

 

 なお、今回のお茶請けは最近ハマっているコンビニの練り羊羹である。

 そのまま封を切っていただきますではなく、小皿に羊羹を置いて、包丁で切って爪楊枝を刺す。

 実にめんどくさいが、それがまた風流という感じになる。

 そして、切り分けた羊羹を口に運び、咀嚼する。

 甘さ控えめ、あっさり風味の羊羹なのだが、その味わいの奥に感じる餡のコクと旨味。

 そして、歯ごたえのある生地が口の中で踊り、私の舌を楽しませてくれる。

 で、今度は白茶を口に。

 思ったよりも、茶の味が濃く感じて口の中をリセットしてくれる。

 そうすると、再度羊羹を食べるのだが、先ほどとは違った味わいになってこれまた良い感じだ。

 そうして、羊羹を食べ終わる頃には、白茶の香りはすっかり消えていて、余韻だけが漂っていたりするのだった。

 

「いいねぇ……」

「風流ですねぇ……」

 

 日常の中に降って湧いたかのような非日常。

 いつもと同じ日常に少しの異物を入れるだけで、世界はこんなにも非日常を見せてくれるのだ。

 

「中国では、茶を題材にした詩もあるんですよ」

「例えばどんなものですか?」

 

 お茶会の華である歓談。

 こんな話題が出てきたならば、売文稼業の私としては食いつかない訳にはいかず、かくして私はここで偉人の名前を聞く事になる。

 

「日本になじみの深い方だと、白楽天こと白居易ですね。

 『謝李六郎中寄新蜀茶』(李六郎中が蜀の新茶を送って来たことに謝す)なんて詩が残っていますよ」

 

 白楽天こと白居易は唐の詩人であり、唐の玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋を歌った『長恨歌』が有名である。

 彼が当時の日本に与えた影響は大きく、菅原道真の漢詩の比較対象になったり、紫式部や清少納言もその影響を受けたと言われていたりする。

 

 

故情周匝向交親  新茗分張及病身

紅紙一封書後信  綠芽十片火前春

湯添勺水煎魚眼  末下刀圭攪麴塵

不寄他人先寄我  應緣我是別茶人

 

 意味はこんな感じ。

 

友人の細やかな愛情がこの私に向けられ、新茶が病人の手元に届けられた。

赤いのしがつけられているこの茶は私の手紙の返事であり、十枚の餅茶は清明節前の早春のものである。

水を一杓湯に入れ泡を煎じ、茶沫が浮き、さしで黄緑の茶の葉をかき混ぜる。

ほかのところよりまっさきにここに届けられるわけは、この私が茶をわかる人間だと信じているからだ。

 

 

 中国文学は専門ではないが、とはいえ茶が縁でこうして触れると、それがどういう形で日本にやってきて、日本文学に影響を与えたかが分かって嬉しい。

 そういう知的興奮こそ、売文稼業をしていて一番楽しい瞬間なのである。

 文化と言うものはこういう所で繋がり、今に届いている。

 それを体感で来たのが、今日一番のお茶会の収穫だろう。

 

 

 

この話のオチ

 

「けど、ちまちま入れるのめんどくさくない?」

「それで2Lのペットボトルお茶の方がコスパいいよねーとか言ったらぶん殴りますので」

 

 文化を味わうのには手間が必要なのである。




今回の白居易の詩と翻訳の引用

白居易の茶詩
―――茶詩の新しい姿――― 馮 艶

https://setsunan.repo.nii.ac.jp/record/11/files/009fon.pdf
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