これは樺太旅行記では書けなかったおまけの観光である。
豊原地下都市観光の他にどこか樺太らしい場所はないかと宮武慶子さんに聞いたらこんな返事が返ってきた。
「だったら、樺太バブルの震源地の一つである樺太重工本社工場でも見ますか?」
そんな訳で、行ってきたのである。樺太重工本社工場へ。
その第一印象だが……とにかくデカい。
社会主義国家はとにかくデカくて多いというイメージがあるがここは別格だった。
「元々は東西冷戦時に東側の兵器廠として用意された場所です。
自国だけでなく極東ソ連軍および共産中国やベトナムに兵器を送る為に最盛期には関連企業や下請けを含めて百万人もの人間がここで働いていたと聞きます」
宮武さんの説明を上の空で聞く私。とにかくでかいのだが、ゲート周りに銃を持ったPMCがボディチェックをしているのがまたこの場所が戦時であるという事を示している。
連絡が言っていたみたいでボディチェックは機械で服の上からケーカを認証して中に。
「民営化された樺太重工ですが、当然西側市場経済に勝てる訳もなく、岩崎財閥御三家の岩崎重工の子会社として経営再建を目指すことになります。
日本人が作る東側規格の武器はもう一つの高性能商品だった東ドイツが統合したのちに入手が難しくなってから、なんとか赤字を出さない程度にやっていた訳で。
岩崎重工の関係者からの話ですが、工場の機材が古すぎて廃棄に金がかかるのと、ここがなくなったら豊原の雇用が崩壊するので、補助金こみでやっていたそうです。
樺太重工の売れ筋の商品は新設した苫小牧工場の方で作られていますからね。
それがひっくり返ったのが……」
「……ウクライナ戦争」
説明を遮った私の言葉に宮武さんも黙って頷く。
こちらで雇ったPMCだが、本斗みしろさんたちが警備員を睨み、警備員たちもこちらをにらみ返すという殺伐とした雰囲気に宮武さんがあっさりとその理由を言う。
「テロ警戒です。
未遂が三度。意図的サボタージュが十五回。計画や噂は数知れずですから。ここ」
本当に日本か?ここは?
そんな事を考えていたのが顔に出ていたのだろう。
宮武さんが真顔で笑う。
「戦場ですよ。ここは。
総力戦という名前の第二戦線。
ここで作られた東側の兵器がウクライナに渡らなかったら、危なかったでしょうね」
その笑顔がゾッとするほど凄みがあった。
多くの日本人が忘れていた、いや、忘れていたふりをしていた戦争がここには確かにあったのである。
工場に併設された飛行場に着く。
並べられたMiG-29はテストだろうか?パイロットが乗ろうとしてその服の国旗に目が行く。
青と黄色だった。
「『キエフの亡霊』。聞いたことはあるでしょう?
それを支えたのがこの樺太重工豊原工場です。
日本人は同じものを大量に作るのが得意ですからね。
最初は世界各地に売られていたMiG-29を買いあさってここで整備してウクライナに送り、今では東側の機械を使ってMiG-29を作っている始末。
送られたMiG-29は100機を超えていて、ロシアが目の敵にするには十分な理由でしょう?」
今では、ウクライナ系の防衛関連企業が軒並み本社移転及び支店開設を豊原にしているらしい。
『戦争とは最大の消費行為』とは誰の言葉だったか。
それがここ豊原にてバブルの花を咲かせている。
それを象徴する場所に今度は連れてこられる。
「でかいですねー。ここ。
ただ何の工事をしているんですか?」
「ここはですね、世界最大の飛行機An-225復活プロジェクトの工場ですね」
An-225 ムリーヤ。
ウクライナ戦争のあおりを受けて破壊されたかの飛行機の復活プロジェクトはこの国のウクライナ支援策の一環として日本のODAを使って行われていた。
戦争そのものにあまり関りがないが、この手の精神的支柱は『キエフの幽霊』よろしく戦争中のウクライナにとって心の支えになっているのは言うまでもない。
そのためか、工事現場には日本人よりもウクライナから来たらしい人たちの方が多い。
「なんというか、かなり人の数が多いですね。
最近は機械化とかで人手が少なくなったって聞きましたが」
「それはここが東側の機械や設備を使っているのも大きいんですよ」
私の感想に宮武さんが解説を入れる。
規格の差というものの奥を思い知らされる説明だった。
「基本使うのがウクライナ人ですからね。
彼らのなじんだ機械と企画で武器を作るから、即座に戦場に持っていける訳で。
逆に、苫小牧工場は西側の機械と企画で東側の武器を作るんで、慣らすのに時間がかかるんですよ。
ただ悪い事ではなくて、苫小牧工場で作られる兵器は西側義勇兵が好んで使っている訳で」
開戦前のウクライナ軍の兵力はおよそ20万。今では100万にまで膨れ上がっている訳で、日本を含めた西側諸国の義勇兵及びPMCの数はかなりの数にのぼるという。
ウクライナ戦争開戦からすでに2年。
いまだにその終わりは見えていなかった。
帰り道。
また滑走路そばを通ったのだが、さっきのパイロットたちが私を指さして見て何か言い、本斗みしろさんが何かを言い返すのを見て宮武さんが苦笑する。
「許してください。こんな場所ですから、若干品位はよろしくない訳で」
「それは分かりますけど、何を言ったんです?あのパイロットたち」
聞いてみて、たしかにこんな場所らしい言葉だがと苦笑するしかなかったのである。
「『あれ、飾り窓の女なら、幽霊になる前に相手をしたい所だ』と」
という訳で今回頂いた本『幽霊の帰還』
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=2161208
楽しい時間ありがとうございました。