私は休むのが下手   作:北部九州在住

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出版記念 杖立温泉弾丸湯治悟り旅 後編

 宿について荷物を置いたらまずは温泉である。

 この杖立温泉は宿にある温泉と共同浴場とがあり、共同浴場は格安の料金で入ることができるのだ。

 とはいえ、まずは宿の湯にという事で人様がまだ働いている夕方前の温泉と洒落込む。

 湯に浸かるが、まぁこれが熱い。

 源泉はおよそ98度で、それを人が入れる温度にまで落としているのが理由である。

 蒸気になりかねないそんな熱い湯だからこそ、この杖立温泉では蒸し湯、つまり蒸気サウナを味わうことができる。

 泉質は中性に近い弱アルカリ性の弱食塩泉で、肌に優しい美人の湯としても知られる。

 そんな湯にゆっくり浸かるというよりバス旅の疲れをとる軽めの入浴で一度あがる。

 夕食前のおやつタイムというやつで、だったらこれだろうという杖立名物。蒸し卵。

 蒸気で蒸したゆで卵はアツアツで、実に美味しい。

 そして、杖立に来たならばおやつはこれというのがプリンである。

 このプリンも豊富な蒸気を利用した蒸し料理から始まったとか。

 こんな卵とプリンを肴に夕方からビール。

 自由業の作家になってよかったと心から思う瞬間である。

 

 

 

 湯治というのは、本来ならば長期滞在で行うものである。

 まぁ、タイトルは湯治とかこつけているが、実際の所はリラックス目的の温泉旅行なのだが、湯治になると一つ湯あたりの話をしなければならない。

 湯あたりというのは東洋医学で言う好転反応に属し、体が回復する過程で返って体が崩れる事を言う。

 整骨院の先生曰く『パソコンの再起動みたいなものとイメージすると分かりやすいですよ』との事。

 リセットをテーマの一つにしているこの話にうってつけの話題であると同時に、書いたからこの旅行費用経費で落とせるという裏話をここでしておく。

 湯治と湯あたりはある意味セットみたいなもので、湯あたりが出てからが本番ともいうのだが、今回の弾丸旅で湯あたりなんかしたらせっかくの旅行が台無しである。

 というわけで、体のリセットはまた今度という事で、湯あたりをしない湯の入り方を。

 よく言われるのが熱いお湯に入ることによる血圧の急上昇と、汗をかく事で起こる脱水症状である。

 これの対策としては湯に入る前に水分を補充する事と、長湯をしない事である。

 また、入浴による自律神経の調整は、入浴の効能としてよく言われていたりする。

 リラックス目的の旅行も馬鹿にできないのである。

 

 

 

 さてと、夕食なのだが、今回の料理は熊本牛のステーキと茶碗蒸しという和洋折衷セットである。

 熊本牛がまた歯ごたえがあって柔らかく、蒸した茶碗蒸しの上品な味と言ったらもぉ!

 これで地酒を飲んてしまえば、誰だって優勝というものである。

 そして、夕食後の第二湯。

 これこそが本戦なのだ。

 湯に入る前に水を一杯飲んでいざ入浴。

 熱い湯に入り、上がって体をさまし、再度入っての繰り返し。

 一つの目安としては、体からドロっとした汗が出るかどうかが目標である。

 大体このどろっとした汗が出た後は化粧のノリが違う。

 湯あたりにならないように気をつけつつ湯に入り続けると、いつの間にかこの温泉を開いた弘法大師空海の事に思考が飛んでいく。

 この方は日本史に名が残る偉大な僧であると同時に、当代きっての書の名人、つまり文学者であった。

 日本各地に残る弘法大師伝説は、そういう意味では空海の作品といえなくもない。

 

 

 湯に入りて 病なおれば すがりてし 杖立ておいて 帰る諸人

                         — 弘法大師

 

 

 たったこれだけの文字でこの人はこの杖立温泉に物語を構築してみせ、その物語は未だ我々を捕らえて離さない。

 読まれることを文学と定義するのならば、弘法大師は偉大なる文学者でもあり、そんな文学の末席に座らせてもらっている私なんぞは、爪の垢を煎じて飲みたい所である。

 そんな事を考えながら湯から上がる。

 ここで水分補給にお酒を飲んではいけない。

 アルコールには利尿作用があるからだ。

 という訳で、ここで飲むのは牛乳である。

 苦手な方はスポーツドリンクでも可。

 食事のお酒も汗とともに抜けた所で、寝るには少し時間がある。

 そして、今、私が居るのは昭和の趣の旅館。

 浴衣を羽織って、縁側のテーブルに座り、万年筆を走らせる。

 文章はすっと出てきた。

 私も文学という系譜でならば弘法大師を祖にと言うと大げさなのだろうが、気分は偉大なる師に修行を見てもらう弟子のこどし。

 

 

 湯に入りて 筆休めては リラックス 杖立去りて 待つは原稿 

                          -春河童

 

 その日の夜。

 弘法大師が私に苦笑する夢を見た。

 

 

 

 起床の後朝食を取ったら、宿を出る前に最後の一風呂を。

 人は寝た時に結構汗をかく。

 朝食をとって入浴する事で、再起動のパワーをもらうのだ。

 

「また来てくださいね」

 

 女将さんのそんな言葉に、今度はちゃんと湯治をしようと心に決めて私達は杖立温泉を後にしたのである。

 

 

 

 で、終わらないのが現代人である。

 いやだってね。帰るのは福岡空港なの。

 天神と福岡空港って地下鉄で30分もかからないの。

 行きと同じで翌日早朝便だと一泊できるの。

 つまり……

 

「モツ鍋!」

「ラーメン!!」

「地酒!!!」

 

 たっぷり堪能した博多のビジネスホテルの夜、この原稿を書きながら弘法大師様に土下座をしたのは言うまでもない。




好転反応
 なお、厚生労働省は好転反応には科学的根拠がないとしている。

https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/dl/kenkou_shokuhin06.pdf



自律神経を整える入浴法
https://brand.taisho.co.jp/contents/tsukare/detail_73.html
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