私は休むのが下手   作:北部九州在住

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読み終わって謎のBGMが聞こえてきたら私の勝ちである。


春河童のグルメ 都内某所 立ち食い蕎麦屋

 蕎麦というのは、浪漫である。

 立ち食いそばを持つ者は、人生において孤独を愛する事ができるだろう。

 ただ立って立ち食い蕎麦を食べる。そのすする音で男たちは会話を続けるのだ……なーんて浪漫を女の身である私に分かる訳もなく。

 私にも分かる事は、そんな立ち食い蕎麦屋を持っていると、少しだけ人生が楽しくなるという事だ。

 たとえば、朝の通勤時間に朝食を抜いて駅についた時のあの香り。

 たとえば、酒を飲んで帰る駅で千鳥足を止めるあの香り。

 昨今はダイエットブームもあって、ラーメンを食べるなら蕎麦の方がカロリー的にいいよねという事もあるが、それはまた別のお話。

 ともあれ、立ち食い蕎麦というのは、それだけで浪漫を感じるものであり、そして何より……立ち食い蕎麦屋は、旅情を感じられる場所である。

 さて、読者の皆様に質問だ。

 蕎麦の出汁だが、関東と関西で違うのはご存じだろうか?

 関東では濃口醤油で出汁を作るのに対して、関西では薄口醤油で出汁を作る。

 じゃあ、関東の関西の境界は何処だと食べ歩きの旅をした馬鹿の話によると、米原駅では薄口、大垣駅では濃口の出汁だったという。

 ついでに言うが、実はネギも関東と関西で違ったりする。

 関東は白ネギで関西は青ネギだそうで、これは土地の生育上、白ネギと青ネギに分かれたのだとか。

 つまり、その間にある関ヶ原は東西蕎麦対決の舞台でもあり……なんて馬鹿話で盛り上がったのも今は昔。

 なお、その馬鹿は西日本在住なのだが、仕事で関東に出る際には必ずよる蕎麦屋があるという。

 

「その蕎麦屋秋葉原にあるのですが、ほら。オタクの街じゃないですか。秋葉原。

 そこを満喫するためにできるだけ食事の時間を削りたくてというのが始まりなんですが……食べて、食べて……秋葉原の街が変わって、あそこで何も買わなくなっても、あの蕎麦だけは食べ続ける。

 私は、あの蕎麦を食べて、あの頃の私を思い出しているのかもしれませんね」

 

 そんな物語を語れるようになれば、一端の食道楽だろう。

 我々は食べ物を食べていると同時に『情報』を食べているというのは、某ラーメン漫画のハゲの人の言う通りな訳で。

 その『情報』つまり『物語』を売る私みたいな人種は、それを食べるだけでなく、それを語らなければいけない。

 これはきっと、昔食べたこの蕎麦にどんな物語があったのかを話せねばならないのだ。

 だから……私は今日も、立ち食い蕎麦屋に入る。

 そして、そこで物語を聞く。

 その物語を語るために……その物語を語れるようになるために。

 

 さて、せっかくだからこの紙面にて想像の翼を広げて、一緒に立ち食い蕎麦を食べてみようではないか。

 場所は夜。帰宅ラッシュも峠を越えた22時あたり。都内から郊外に向かう快速停車駅あたり。

 最近はホームに蕎麦屋は少なくなったが、衛生面から保健所が許可を出さないとかでありがたくも風情がない世の中というか。

 そんな訳で、こういう多くの人の出入りがある駅は駅近くに蕎麦屋の店が大体あるものだ。

 駅を出て軽くぶらりと歩く。

 ここで匂いに釣られて別の店へというのもあるある。けど今日の私は蕎麦が食べたいのだと腹の虫を懐柔しつつ、やがて駅前の立ち食い蕎麦屋へとたどり着く。

 そこではいつものように多くの客で賑わっていて、私は……何にしようかと少しだけ迷う。

 今日は季節限定商品は何か出ているだろうか? それとも定番メニューを食べようかと?

 確かにそれもいいのだが、ここで私の中で物語が一つの結末を迎えた時、その最後の締めとしての一杯はやはり決まったモノにしたいという気持ちがふつふつと湧き上がり……。

 私は店の中に入り、そして食券機の前に立つ。

 かけ蕎麦。

 蕎麦はかけに始まりかけに終わるとはだれの言葉だっただろうか?

 そんな事を思い出しながら、食券を店員に渡してしばらくしてから待っていた声がかかる。

 

「はい。かけ一丁」

 

 いただきます。

 まずは蕎麦を一口。

 かけは蕎麦の風味をストレートに味わえる粋な食べ方であり、シンプルであるがゆえに奥が深い。

 関東の濃口醤油出汁と白ネギの風味が、私の口の中を蹂躙し、そして喉へと流れてゆく。

 悪くない。この蕎麦は悪くない、と。私はそう思った。

 ここしばらく食べてきた中でのベスト3に入る味だ。

 しかし、その評価が妥当かどうかを判断するのは私ではない。

 それは私の腹の虫であり……そして、この蕎麦に物語を語れるかどうかだ。

 私はその蕎麦を食べながら、自分の腹の虫が満足する物語を探す。

 この蕎麦に込められた物語はなんだろうか? そう考えながらメニューを眺める。かけ蕎麦の神髄。それは後からのトッピングにある。

 この濃口醤油出汁に何かを入れるのだ。

 コロッケを入れてコロッケ蕎麦。卵を入れて月見蕎麦。

 お稲荷さんを入れてキツネ蕎麦もどきも捨てがたい。

 そうやって、この蕎麦に込められた物語を想像しながら食べるのも立ち食い蕎麦の醍醐味だ。

 ただ美味いだけの店……というか個人営業の食事処は幾らでもあるのだが、そこに歴史ありという人はさほどいない。

 だが、こういう蕎麦屋というのは割とそういう所がある。

 たとえば、この店が開店して何年とか。

 あるいは、先代から受け継いだ味だとか。

 そんな歴史がその店の味には宿っている。

 だから私は思うのだ。私たちは蕎麦の物語を食べていると。

 

「卵ちょうだい」

「あいよ」

 

 追加の食券を渡すとやってきたのは生卵。

 割ってお椀の中に浮かぶ満月を箸で壊せば雲間の月。

 それをゆっくりと飲み干してゆく。濃い目の醤油出汁の味を卵の旨味が洗い流し、そこにまた一口……。

 私は蕎麦を食べながら、その味に物語を想像する。

 そして、それを想像しながら食べるとまた味わいも変わってくるのだ。

 

「ごちそうさまでした」

「まいどー」

 

 蕎麦を食べ終わり、私は店を出る。

 そして駅へと向かいながら、家路に向かうのだ。

 この蕎麦は……お前にとってどんな物語を語れるのか?と。

 その問いかけに対する腹の虫から返ってきた答えは……まだだという事だった。

 きっとコロッケとかお稲荷さんをご所望なのだろう。腹の虫には逆らえまいのが人の常。

 だから、私はまたこの店に来ようと思うのだ。

 次はどんな味だろうか? そんな期待と共に、私は駅へと向かうのだった。




 ノリは押井守風。
 立ち食い師春河童とか面白そうなのだが、今回はパス。

白ネギと青ネギ
https://www.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/1603/15/news018.html

秋葉原の蕎麦屋
 『新田毎』
 私の行きつけの蕎麦屋である。

ラーメンハゲ
 芹沢達也
https://dic.pixiv.net/a/%E8%8A%B9%E6%B2%A2%E9%81%94%E4%B9%9F 


駅のホームにある屋外のオープンカウンタータイプの立ち食い蕎麦は保健所が許可を出さなくなってるらしく消えつつある話 https://togetter.com/li/2344276 #Togetter @togetter_jpより

かけ蕎麦に始まりかけ蕎麦に終わる
『うる星やつら』のメガネ

コロッケや卵やお稲荷さん
『パトレイバー』の篠原遊馬。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000167.000012425.html

謎のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=oaxXHIReXLs
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