私は休むのが下手   作:北部九州在住

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春河童の太宰治考

 太宰治。

 日本が生んだ偉大な文学者の一人であり、当時のアイドルの一人であり、ダメ人間である。

 私も文学のはしくれに属する人間として、『ああなりたい』と『ああなったら駄目だ』の声がせめぎ合う人物。それが太宰治と言えよう。

 

 今回、太宰治の故郷である青森県にお邪魔したのだが、その生家である五所川原の金木町に行ったのだが、太宰の実家は青森県内有数の大地主である津島家だったりする。

 この一族の権勢を物語るのに私が聞いた笑い話があって、『平成時代に与野党の政治家にそれぞれ津島家の人間がいた』という。

 これ、どちらが与野党になっても政権中枢にアクセスできるという古のサムライしぐさであり、それで源平合戦から南北朝にかけて親兄弟で血みどろの争いが……いかん話がそれた。

 なお、太宰治の娘さんの婿養子となった方は、厚生大臣になっていたり。

 権勢極まって、位大臣までという本当の華麗なる一族であり、お孫さんも政治家として活躍なさっている。

 

 そんな今でも続いているこの『華麗なる一族』の六男として生を受ける。

 で、その銀の匙を咥えた一族ゆえに自堕落に生き、その自堕落の果てに残した物語が今も読まれているのだから、愛する人間が出るのと同時に、憎悪を持つ人間も出るのだ。

 考えてみてほしい。教科書に載るぐらいの名作である『走れメロス』が、熱海で放蕩した太宰治が友人を置いて金を借りに一人戻るが、待てど暮らせど戻ってこない。しびれを切らした友人が借金取りと共に東京に行ったら、当の本人は将棋を打っていたというのだからぶん殴っていいと思う。

 実際、この事を知った時の私はそう思っていたのだが、文学者たちの間で『熱海事件』と呼ばれるこの一件、その時の太宰治の言葉がこれである。

 

「待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね」

 

 この言葉を受けたその友人の言葉も残っている。

 

「あれを読む度に、文学に携わるはしくれの身の幸福を思うわけである。憤怒も、悔恨も、汚辱も清められ、軟らかい香気がふわりと私の醜い心の周辺を被覆するならわしだ」

 

 これほど不公平かつ絶対な賞賛はないだろう。

 その人生がめちゃちくゃだろうが、出た作品はあまりに見事で美しい以上、その過去すらこうして残されて美化されるのである。

 芸術家は得てしてそういう面があるが、文学は記録としての面と新聞というメディアが力を持つ過程で政治の意思決定のサロンの一つとなったがために、この国には文学者政治家という系譜があり、彼らをして太宰治は文豪として記録される事になるのである。

 

 そんな太宰治だが、芥川賞に落選した際には泣き落としに脅迫文を送ったりと本当にめちゃちくゃである。太宰治。

 で、そんな男が『人間失格』という傑作を書いて自殺なんてしたものだからもう何も言えない。

 私たち小説家は物語を愛する。愛さなければ小説家なんて稼業につけないのだが、この男、あえて太宰治のことをこの男と呼ばせてもらおう。

 人生を物語に仕上げてこの世から去っていったのである。

 なんという傲慢で、なんという幸福だろう。

 同時に、こう思うのだ。私はこのような生き方はできないと。

 多くの小説家が望む事に、己の書いた小説が、死後も読まれ、己の事績として残ること。

 私は常々己の事を売文稼業と名乗っているが、小説家の極北がこれである。

 これと同じ立ち位置に居れるか?いやむり。

 私も「その『売文稼業』の名乗りはやめたら」と同業者から諫められたが、小説家と名乗ったとたんにこれと同列に比べられるのである。とても耐えられない。

 太宰治は、物語に人生を捧げ、その物語に殺された。

 そして私はと言えば、これはもう比較対象としてすら取り上げてもらえないだろう。

 いやだなぁ。こうやって思うがゆえに『売文稼業』と称して我が身を律しているのである。

 こんな風に書くと、いかにも斜に構えている風に思われるが、作家なんてものは皆そんなものである。

 そしてこんな傲慢で幸福な物語を残されては、彼らと同じ目線では私は生きられないのである。

 

「太宰ファンって発表した作品と作者の苦悩自堕落にまみれた生き様…双方を愛してしまうのかしらね…!」

 

とは、この取材を企画した鷹見先生のお言葉。

 その後の言葉がなければいい言葉だったのになー。

 

「春河童先生は『そちら側(ダメ人間)』だから、同族嫌悪なのね☆」

「ひどいっ」

 

 と、ここまで書いて試しにマリコに聞いてみた。

 

「ねーマリコ。太宰治よろしく、私が金を借りてくるのを待った果てに戻らずに将棋打っていたらどうする?」

「ぶん殴るわね。全力で」

「ですよねー」

 

……今のご時世、もう、太宰治のような生き様はやっていけないのである。

 でも、太宰治のような生き様に憧れるのもまた事実であり、かくして太宰治は今もこうして人々に読まれ続けるのであった。

 太宰治のような生き方が出来ないからこそ、私たちは太宰治を読んで彼の生き様を追憶する。

 それも人の持つ知恵の一つであり、娯楽の一つなのである。




という訳で太宰治のウィキペディア。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E5%AE%B0%E6%B2%BB

 津島恭一氏が郵政解散で離党して国民新党から民主党へ。
 津島淳氏が自民党である。
 津島雄二氏が海部内閣で厚生大臣。

熱海事件
太宰治が「異様な身勝手さ」で檀一雄を激怒させた…「熱海事件」の凄絶な全貌をご存知ですか? @kodansha_g https://gendai.media/articles/-/104926 #学術文庫&選書メチエ

芥川賞落選の太宰治
直木三十五って誰? 芥川賞落選に激怒した太宰治が、選考委員の川端康成に送った手紙とは【芥川賞・直木賞をめぐる面白エピソード】 | ダ・ヴィンチWeb https://ddnavi.com/review/813065/ @d_davinciより
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