作家にとって一番の瞬間とは何か?
それは己の本が本屋に並んだ瞬間である。
「春河童先生。こっちこっち」
「こんにちは。今回はお世話になります」
運よくというかなんというか、私の本と知り合いのユイ・阿羅本先生と漫画家別府ケイ先生の本が同時に並ぶのだ。
私が和服で、ユイ・阿羅本先生ができる女風ビジネススーツで、別府ケイ先生が完全お出かけ衣装である。
はたから見ればどんな集まりかと首をかしげる事間違いないだろう。
ならば、一緒に本屋に行った後で宴会をという事で今回の集まりである。
「しっかし、少なくなったわね。本屋」
「電子書籍化の波が一気に押し寄せましたからね」
21世紀に入るころには20000店舗以上あった本屋も今や半減以下となったが、本そのものは近年の感染症によって生活が変わった事でプチバブルが発生していた。
そのバブルの発生源をユイ・阿羅本先生が手にもって感慨深く呟く。
「スマートフォン。今やこいつなしの生活は考えられなくなりましたよねー」
「電子書籍もここ最近一気に大衆化しましたからねー」
別府ケイ先生が相打ちを打つと私がなんとも言えない顔でぼやく。
社畜時代のトラウマから、いまだガラゲーの私にとってはスマートフォンはただ面倒な機械でしかないのだが、そのスマートフォンで読める電子書籍が私たちの生活を支えているのだから世の中というのは分からない。
「まだ東京だからこうして本屋に行ける訳で、地方では本屋空白地帯が深刻化しているって」
「でしょうねー。地方だと週刊誌の発売に差があったりするし」
別府ケイ先生が頷きながらネタを披露する。
別府ケイ先生と地方作家との話で週刊少年漫画がいつ出ていたかで、月曜発売だと地方では火曜とか当たり前で、旅行で東京に行った友達からネタバレを食らうなんて笑い話もネット掲載については過去の話となりつつある。
そういう意味では、時代は本よりもネットなのだろう。
「便利にはなったんだろうけど、味気ないですよね」
「そうね。私はそういう所からもクラフトビールを推していきたいのよ」
私の感想にユイ・阿羅本先生が食いついた。
クラフトビールは大量生産大量消費の現代の真逆を行く小規模だが地場とこだわりを大事にするビールで、ユイ・阿羅本先生曰く、『だからこそその人に合うクラフトビールがきっとある』のだという。
実際問題、ビールは嗜好品であるからして、自分の好みに合うか合わないかで飲むかどうかを決めるあたりは、同じく嗜好品である小説とも相性が良い。
そして、自分の好みにあった小説やクラフトビールは流行の波によって廃れるが、それがまた新しい流行を生み出すのだろう。
私はユイ・阿羅本先生がクラフトビールを推す理由がなんとなく分かった気がした。
「本屋到着!
私の本は……あった!!」
「並んで平積みされていますねー」
「……って。うわぁ、宣伝用ポップでか!!」
「あははは! 本屋の本気が見えますよ」
合流した三人で本屋到着。
私たちの本は入口近くに平積みされていた。
つまり、それだけ売れるというか、売ろうという出版社と本屋の本気が見えてくる。
笑いながら自分の本を平積みから手に取る。
この瞬間は作家でないと味わえないだろう。本と言う我が子が世に産声を上げた瞬間である。
本当にこの瞬間が大好きだ。
「本屋って私たちにとっては、大事な場所じゃないですか」
自然に言葉が出ていた。
感謝と喜びが言葉になって現れたのだ。
「そんな大事な場所に、私の、私たちの本がこうして並んでいる。
本当に夢の様ですよ」
私の言葉を聞いたユイ・阿羅本先生は小さく笑う。
きっと私や別府ケイ先生も同じような顔をしているのだろう。
「小説も漫画も同じね。夢、願望、理想を形にするんですもの」
私も小さく笑って答えて自分の本を大事に抱えたのだった。
ハッピーバースディ。生まれたての我が子たちよ。
あなた達に祝福を。手に取った読者に感動を。
「ええ、だからこうして本屋に自分の本が並んでるのを見ると嬉しくなるんですよ。夢が叶ったってね」
「あのー。失礼ですが小説家の天野はるか先生ですか?」
その声は私たちを見ていた店員からだった。
まぁ、この着物であの会話を聞かれていたら、バレるのは仕方ないなぁと思いつつ。
挨拶しつつ名刺を差し出す。
「よろしければ本にサインをお願いしたいのですが、いかがでしょうか?」
名刺交換の後出てきた店長がそんな事を言ってくるので、ちょっと待ってとそれぞれ電話をかける。
何しろ本は私たちの子であるが、出版社の子でもあるのだ。
筋は通しておいて損はない。
「OKでました。後日こっちの営業が挨拶に伺うと思いますが……」
「こっちもです。大丈夫だそうですよ」
という事でサインを三人で数冊にさらさら。
書いている最中に店員がPOPに『天野はるか先生 ユイ・阿羅本先生 別府ケイ先生ご来店』と飾り立てていた。
商魂たくましいが売れてくれ。それぐらいなら喜んでサインしようとペンを持つ私たちであった。
「では、出版記念の祝勝会といきましょー!」
「「おー!!」」
ユイ・阿羅本先生が声を出し、私と別府ケイ先生が合わせる。
こんな日だからこそ、リセットを。
そんな気分にクラフトビールと気の合う人たちとの会話を堪能して私たちは明日からの仕事を頑張るのだった。
「はるか。知ってる?
今月12月なのよ。年末進行……」
「わかってます!マリコ。ちゃんと原稿は進めますから……」
なお、そういう生活をあこがれる人たちに一言。
この仕事平日も休日もない上に年末はド修羅場なのをお忘れなく。
やる事が……やる事が多い……
本屋の数について
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