まだまだ花粉症の厳しい今日この頃いかがお過ごしでしょうか?
という訳で、今回は鼻うがいの話でもしようと思う。
鼻と言うものは思った以上に重要性が高い。
匂いをという感覚器官であるというというのもあるのだが、ここで何か起こると即座に影響が出るのが実は喉だったりする。
鼻から吸ったものが肺に入る経路だからある意味当然と言えば当然の仕様である。
で、のどのケアでうがいをする人も冬場などには多いだろうが、もう一歩進めると口と喉はうがいでケアできるのに鼻のケアがないという事に気づくはずだ。
鼻うがいはそういう意味でもやっておいて損はないのである。
こいつの普及だが、コロナ以上に効果があったのは冒頭でも述べた花粉症。
鼻についた花粉を落とせるという意味を花粉症大国の日本人が知った時、『その手があったか』という顔は日本人にしか分からないだろう。
コロナの際の『マスク・手洗い・うがい』の三点セットは記憶に新しいが、この鼻うがいを春先にしていた事で助かった命もあるのだろうなと私はひそかに思っていたり。
真面目に冬から春先のこの三点セットはやっている人が今でもそこそこいるのだ。
コロナについては陰謀論者が色々いうが、その対策が春先に移って……
「花粉症なんだよ!文句あっか!!」
「あっはい」
コロナ陰謀論者も黙らせた花粉症は偉大である。
そういう意味では、この国に生え散らかされている杉とヒノキには何だかの功績……やはり奴らは燃やして狩らねばならぬ。慈悲はない。うん。
さて、鼻うがいだが、実はこいつ触りと継続のハードルがそこそこ高い。
まず鼻うがいの概念を知るのは大体耳鼻科に行ってから。
そこでお薬をもらう事になるのだが、こいつが駄目なのだ。
鼻うがいの成分は塩と重曹であり、空のペットボトルに水を入れてこのお薬を入れてシェイク。それを吸引機に移して使用とここまではいい。
「げほっ!がほっっっ!!げほっっっっっ!!!」
大体初めての人はこれやらかして止める事になる。
濃度が合わないのだ。
だからこそ、鼻うがいは病院の薬ではなく市販の薬の方が重宝がられるのだ。
間違いなく市販の薬の方が高い。
とはいえ、この市販の薬の何がいいかといえば、薬の濃度を体液に合わせているから濃度ちがいで蒸せる事はまずない。
そして、この鼻うがい初心者が使用を止める最大の理由がその処理にある。
鼻から入れて鼻から出すなり口から出すなりするこの鼻うがい。
片付けがけっこう面倒なのだ。
という訳で、鼻うがい初心者が鼻うがいを継続的にするのならば、最適な場所がお風呂場である。
ついでに言うと、お風呂に入っているときに鼻うがいをするのがいい。
理由がちゃんとあって、お風呂に入ると湯気で血行が良くなるので鼻の通りが良くなるのだ。鼻うがいをしやすくなるとも言える。
で、大体の人はお風呂に入って洗い場で鼻うがいをするだろうが、一人暮らしの人間ならば湯船につかって鼻うがいを行う事をお勧めする。
さっき言ったとおり湯気で鼻の通りが良くなるのだから、湯に浸かるという一番湯気を摂取しやすい状態にするわけだ。
では鼻うがいをやっていこう。
初めての人は、体慣らしの為にも鼻で止める程度の吸引で止める。
市販の薬はミントの香りがあるので、どのあたりまで花うがい液が入ったか分かりやすいだろう。
それをそのまま入れた鼻から出すのだ。
片方の鼻でそれをやったらもう片方の鼻でも同じことをする。初心者はこれで十分。
まずは継続する事が大事なのだ。この手のやつは。
やりだして一週間もしないうちに変化が出てくる。
鼻の奥の膿が出てくるようになるのだ。
本来、大気中の細菌やほこりはこうして膿となって排出されるのだが、それが微量だとそのままのどに落ちる事があり、それで炎症を起こすというケースもある。
鼻うがいでこの手の膿が鼻から落ちるのだ。
お風呂の後に鼻がすっきりするのも実感するのがこのあたりである。
慣れてきだしたら、今度は鼻うがいの注入量をほんの少しだけ多くしてみよう。
繰り返すが、市販の鼻うがい薬はミントの香りがあるのでどこまで鼻うがいが入ったかがわかりやすいのだ。
ミントの香りが鼻から喉に移れば成功である。
この経路を膿が、ちなみに耳鼻科の先生いわく鼻血も喉に落ちるので、それが原因の炎症を起こす人もいるのだとか。
お風呂の湯船だとそのままお風呂を出る前に栓を抜いてしまえばいいのが大助かりである。
鼻うがいのおまけ話だが、鼻うがいの薬を貰った際に、漢方系の薬をだすお医者さんがこんな事を言った。
「とにかく血の巡りを良くしてください!
血行促進は現代人にとって全てに効くんです」
鼻の通りをよくする薬という漢方薬を調剤薬局でもらったが、その効能が血行促進だったのでついでとばかりに調べてみたら、あるわあるわの現代病の山々が。
……肩こり、冷え性、眼精疲労、腰痛、血管系疾患……
健康とは日々の生活の積み重ね。
現代病とは日々の生活の成れの果て。
血というのは体の隅々を巡っている訳で、繋がっているんだなと思いつつ今回は筆をおこうと思う。