私は休むのが下手   作:北部九州在住

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春河童 選挙に絡む

「はい? 選挙?? あなたが???」

 

 電話向こうの朝倉さくらから実に失礼な声が聞こえてくるが、こいつ誕生日のリセット旅行中なのを知っているのであまり強く言えない私。

 なお、観光先にクマが出たとSNSで嘆いたのまでは見ている。

 

「そうなのよ。

 ちょっと表現の自由がらみでお付き合いがある先生が選挙に出るらしくてね。

 私、そのあたり詳しく知らないから、あなたの知恵を借りようかなと」

 

「何処よ。その選挙区?」

 

 さくらの声がすっと変わった。

 仕事モードに入ったのだろう。観光先で実に申し訳ないと思いながら私はその選挙区を告げる。

 

「都議選。〇〇区」

 

「ちょっと待って……ここか。小選挙区じゃなくて、複数当選ありの場所ね。

 で、何から知りたいの?」

 

「一から。本当に申し訳ないけど、お願い」

 

「まぁ、観光先をキャンセルさせられたクマよりましよ。まし」

 

 今の私はクマよりましらしい。熊河童である。

 そんな事を考えていたら、さくらがまず概略を説明してくれる。

 

「この手の複数当選ができる選挙区は、その見かけに当選できるかどうかが結構シビアなのよ。

 なぜなら、大手政党の看板はまず通るから」

 

 ふむふむと言いながら、候補者と当選議席数を確認する。

 定数7に対して候補者は16。

 その内、国会に議席がある大手政党を数えると、その数は8。

 

「あれ?やばくない?」

 

「やばいわね。とはいえ、その人都の与党政党だからこの中に入れても大丈夫。

 だから、定数7に対して9人がぶつかり合うという感じ」

 

 ふむふむ。

 私が電話片手に頷いているとさくらが続ける、

 パチパチと音がするからノートパソコンを広げているのだろう。

 なんだか申し訳なく思うが、こちらの顔もさくらの顔も見えないのが電話というものである。

 

「とりあえず、そこの前回の7位当選者の得票数が23000票。

 最低それだけは稼がないといけないわけ。

 たしかその人、区議だったっけ?

 そのデータもチェックしたけど、8100票とっているから、最低15000票は必要という訳」

 

 こう聞くと大変だという気持ちが湧き上がってくる。

 もちろんそんな私の気持ちなんてさくらに分かる訳もなく、データを更に続ける。

 

「で、前回選挙の当選者が何人いるかをここで調べるの。

 前回当選者は前回の票がベースになるんだけど、増えたり減ったり、大体減った際に落選するよね。

 ……うわ。現職6人も居るじゃない!

 厳しいわよ。ここ……」

 

 7人も居るから通るかなと思った私の気持ちを容赦なくぶった切るさくらの一言。

 私の顔面百面相を知らない電話向こうのさくらは、さらに容赦ない一言を言い放つ。

 

「はるか。ここまでで大変なのはわかったと思うけど、とどめの一言言っていいかな?」

 

「まだあるの!?」

 

「うん。何も知らないあなたにとどめを刺してあげる。

 国政与党に議席があって、現職が全員再選すると仮定した場合、その人がぶち当たるのがね……」

 

「当たるのが?」

 

「……現与党。総理を出している党の新人」

 

「ぉぅ……」

 

 腐っても与党。その組織力は健在である。

 何よりも、与党であるがゆえに、その力は都市部で衰えたりとはいえ侮れるものではないのだ。

 

「まぁ、だからと言って絶望するのにはまだ早いわ。

 この手の選挙は票割りが発生するから、それでしくじる事がよくあるのよ」

 

「票割り?」

 

「この選挙区を例にするなら、7位の当選者が23000票。

 この区の政党の支持票が60000票あったとしたら、30000に分けたら二人当選できる計算になるでしょう?」

 

「あっ!?なるほどー!」

 

「で、それって、よくしくじるのよ。

 例に出したのだと、三人出してみんな20000票となって落選とか、二人出したけど40000票と20000票に分かれて一人落選とか」

 

 難しいが、かといって絶望するほどてもないというのがさくらの見立てである。

 そういう事を落として上げていうあたり、さくらが本当にこっちの人なのだろうと分かった気がした。

 

「票割り失敗しそうな所が二つあるのよ。

 一つは先にあげた与党の方で現職が無所属で戦ってるから、新人と食い合いが発生するわね。

 これは、無所属現職が当選したら与党に入る形で後から公認する与党がよくやる手ね。

 あと、野党側でも似たようなケースが一つ発生しているわね」

 

「つまり、実際の所は3議席を4人で争う感じ?」

 

「3議席を5人よ」

 

 うーむ。

 選挙というのはかくも奥が深いのかと話を終えようとしたら、さくらがこんなことを付け加えてきた。

 

「いい?

 はるか。絡んだ以上、開票日に事務所に居る事。必ず投票締め切りの20時までに事務所に入る事。当落の丁半博打を共に体験した人間が信頼されるから、勝てば官軍、負けても、あの場の空気と人々の顔はクリエイターとして一件の価値はあるわよ。

 がんばれ」

 

 

 その一言が選挙というものを端的に表しているのだろうと私は思って電話を切って気づく。

 ん? クマってクマ???

 さくらの奴、どこに居るのよ?

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