さくらから電話がかかってくる。
何も知らない私に情勢を伝えてくれるのはありがたいのだが、何も知識がないと何を言っているのか分からない。
「個別情勢でてきたわよ。あくまで現状という事で」
「で、どんな感じ?」
「貴方が応援している候補、今の所五番目。
某新聞の予測によればだけど」
「某新聞の予測???」
この時点で既に頭の上に『?』が浮かんでいる。
それを察したさくらが解説を続ける。
「情勢は基本前情報で対策を立てられないように情報をあえてぼかすけど、名前の並びでどの候補が優勢か分かる人には分かるようになっているわ。現状定数7に対して5番目ってことだからこのままいけば当選って訳」
とりあえず、今の所は安心らしい。
安堵のため息をついてさくらに尋ねる。
「今のところはいい感じという所かな?」
「さっきも言ったように、この情報は他陣営も把握するから、対策をとるのよ。たとえば、与党現職が一人抜け出しているのはたぶん無所属現職の方だから、新人に今から票を回すとかね」
「できるの!?そんなの!?」
いや投票は無記名だから誰が誰に入れたのか分からないのだが、さくらはあっさりとその種をばらす。
「できるんだなー。期日前投票なら」
「期日前投票?」
「そう。投票日に行けないから期日前に投票するシステムだけど、これ、投票した人間を計算しやすいのよ。
もちろん誰に入れたかを聞くのはNGだけど、応援している人が期日前投票に行ったら誰に入れたか察することができるでしょう?」
「なるほどー」
「あ、ちょっと待って……」
さくらがまたキーボードをたたく音をさせる。
無料でこんな情報聞いていいのだろうかと思いながら待っていたらさくらの声が聞こえてきた。
「追加きたわよー。
今度は一応全国紙調査だけど、四番目だって」
「順番が違うわね」
最初の情報だと五番目で今度は四番目である。
それでも当選圏内に入っているのは正直ほっとする。
「こんな感じで調べる報道機関によって差が出るのよ。こうやって並べて当選圏内に名前が残っていたら当選可能性が高いという訳」
「なるほどー。両方とも当選圏内に名前が残っているから安心という事かな?」
「今のところはね。今回片方にしか当選圏内に名前がのっていない所が当選ラインぎりぎりで争っている感じ」
このままいけばと思うが、当然そんなに事はうまくいく訳もなくと最悪の事を考えてしまうのは作家と言う人間の妄想力のデメリットであって。
「さくら。聞くけど、これ、情勢変わったりするの?」
「するわよ。例えば大物議員が応援に入るだけで票が軽く数百増えたり減ったりするから」
「マジなの!?」
やっぱりと思ったが、最悪を想像しておくのはこの手の基本である。
私もそれは知識として知っていたが、この手の話を主戦場にしているさくらは立て板に水のように情報を垂れ流す。
……これで官能小説デビューを狙っていたんだよなー。こいつ……
「『白手袋が黒くなるまで握手しろ』はかの有名な田中角栄の言葉だったと思うけど、あながち嘘ではないのよ。そうやって固めた票はよほどの事がないと逃げないわ。けど都市部はそうやって固めた票が無党派層の波にさらわれるのよ」
「無党派層?」
「特に支持政党を持たない人たち。これがニュースやトレンドに追随して票を投下するから組織候補が何度涙を……ゲフンゲフン」
「おーい。さくらさん?」
なんだかトラウマを刺激したらしい。
こちらの心配なんて分かる訳もなくさくらの声が戻る。
「気を抜いたら駄目よ。この手の選挙で与党の連立相手の票割りはまず失敗しないから、与党新人が抜きにかかるのはあんたが応援している候補者よ」
「……まじ?」
「嘘言ってどうするのよ。無党派はある意味ミーハーだから、大物議員やスターが来たらころっと票を入れちゃうのよ……はるか。よかったわねー」
「ん?何が良かったよの??
おーい。さくらー?」
「今、その候補にボスの都知事が応援に来たそうよ。
ボスや大物議員が応援に来ない場合は二つしかないわ。
来なくてもいいほど鉄板なのと、来ても無駄と見捨てられるケース」
私にもさくらの説明で分かってきた。
つまり、私の応援している選挙区は『鉄板ではないが見捨てられない選挙区』という事なのだという事を。
「この手の大物議員は終盤の接戦区に集中投入されるから、この時期に来てくれるって事は余裕があるって裏返しでもあるのよ。
先の新聞調査にあった5位と4位はあながち嘘でもなさそうね」
さくらの声に私もやっと安堵のため息がでる。
とはいえ、選挙は水物。
きっちりと釘を刺す事も忘れない。
「とはいえ、終盤他の勢力はここに大物議員を投入するって裏返しでもあるわ。
与党新人の応援に大物議員が入ったら、はっきり言って今、メディアでちやほやされている大臣が応援に来るようならそこを取りに行っている訳だから気をつけなさい」
「お、おう」
こんなにも選挙一つで見えるものが違うのだ。
そして、こんな悲喜交々を候補者は味わっているのだ。
投票日はまだ先である…