五月雨を 集めて早し 最上川 --松尾芭蕉--
その最上川が日本海に注ぐ出口にあるのが庄内平野である。
何でここに来たかと言うと、もちろん取材である。
今はネットでその地方を調べる事が容易になったが、現地に行かないと分からない事は確かにあるのだ。
そして、その差というものが露骨に出るのが創作活動というものである。
決して旅行がしたかった訳ではない。
たぶんきっとメイビー。
『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。』という川端康成の傑作『雪国』の冒頭文は上越線の清水トンネルがモデルと言われている。
だが、今の旅人は上越新幹線でこのトンネルを超える事になる。
残雪残る谷川連峰の風景を時速240キロを走破してやってきました新潟駅。
今回の目的地である、庄内平野へはここから特急に乗り換える事になる。
とはいえ、お昼と言う事もあるのでちょっと最近ブームになっている新潟名物をば。
カレーである。
万代バスセンターの食堂にある蕎麦屋のカレー。
家庭の味を食堂が作るとという感じで美味なのだ。
が、哀しいかなこの後更に二時間も列車に揺られる身。
満腹に食べて列車に酔ったりしたらなんて醜態をさらさない為にも、ミニカレーを……おい。これでミニか?
嬉しいけど。ミニのお皿に大盛なのですが……
そんな愉快な一幕を経て新潟駅から特急『いなほ』に乗って庄内平野の中心都市の一つである酒田へ。
およそ二時間の電車の旅だが、自販機も車内販売もないので駅で買うようにと何度もアナウンスされていた。
合理的かつ客側のサービスなのだろうが、旅情もへったくれもないと思うのは私だけだろうか?
さて、電車に揺られながらこれから行く庄内平野について少し解説してゆく事にしよう。
庄内平野は山形県の日本海側に位置する庄内地方にある平野で。最上川が流れる平野の範囲内には庄内二大都市である鶴岡市と酒田市がある。日本有数の穀倉地帯として知られ、主に米の栽培を中心に農業がさかんな地域であり、江戸時代は北回り船と呼ばれる海運で栄えた地区である。
で、今回の目的地の酒田だが、鶴岡市が庄内藩が置かれた武家の町なのに対して、酒田市が商家が栄えた商人の町という特色があり、江戸時代有数の富豪で知られた本間家の本拠地がここだったりするのだ。
このあたりで察しのいい人は分かるだろう。
時代劇を書く事になったのだ。うん。
六月で関東は梅雨に入ったのに、こちらは雨が降っておらず快晴。
遠くに見える鳥海山の残雪も青空に映えて美し……風強よ!!!
風の町でもある酒田は風力発電も盛んである。
到着後、レンタカーを借りて庄内平野を走る。
日本の地方の特色になりつつあるが、地方は車がないと本当に死ぬ。
酒田までは特急も含めて結構な列車があるのだが、酒田から秋田にかけては特急と貨物しか需要が無くて普通列車が本当にないのだ。
で、取材の為にタクシー使うぐらいなら、レンタカーを借りた方が安い。
こっちに来て、実感した事その一。
道が凸凹である。
明らかに東京やその郊外と比べても路面状況が良くない。
SNSで愚痴ったら読者の方からこんな解説を頂いた。
『冬場の除雪と夏場の高温は舗装道路に深刻なダメージを与えます。
「年度予算の」道路工事が減った結果、ダメージの蓄積は更に深刻になっています。』
なるほど。
これは都会に住んでいる身からするとこちらに来ないと分からない事である。
こっちに来て、実感した事その二。
コンビニの入り口が特徴的。
入り口が二重になっている。
なお、これもSNSでの読者から教えてもらったことで、風除室というらしい。
風除けの他にも雪除けの為に設置されているとの事。
結果、こちらの地方のコンビニはすっと中に入る事ができない。
逆に、関東に来たこちらの人はこの風除室がないコンビニに驚くのだそうだ。
こっちに来て実感した事その三。
信号機が縦で、道路に杭が打ってある。
対雪対策の為で、杭はこれで道路はここまでと示している訳だ。
ドライブついでに鳥海温泉へ。
さらに近くにあるので夕日を眺めつつ十六羅漢岩へ。
夕焼けが落ちる日本海が美しい。
そこに佇む十六岩羅漢に手を合わせて温泉へ。
湯につかりながら小説のネタを考える。
庶民や下級武士の苦労話あたりを書くとしたら藤沢周平は絶対に外せない。
だが、彼の物語の舞台である海坂藩のモデルである鶴岡でなく酒田を選んだのは、鶴岡のそのままを書いても藤沢周平に勝てないからである。
読者が求めているのは天野はるかの時代劇なのだ。
で、その隣にあった商都酒田に着目したという訳だ。
ちなみに、湯に入る前に観光した十六羅漢岩だが、明治元年にできたもので日本海の荒波で命を失った漁師や海上安全を祈って作られた。
この庄内の米は海路遠くは江戸や大阪に運ばれていたのだから、その苦労とビジネスチャンスに踊った人間ドラマ……うん。悪くないストーリーが出てきた。
そんなイメージをメモしながら今日は酒田の旅館で一泊。
旅館の料理長お勧めのお刺身をつまみに一杯。
実にいい。
そして、締めとばかりに黒海苔茶漬けでごちそうさまでした。
この旅館も商都酒田の栄華を知っているのだろう。
繫栄したこの酒田には芸者も居たらしく、今でもその文化を残しているそうだ。
商都酒田の繁栄は、この土地の豪商本間家のこんな言葉で表されている。
『本間様には及びもないが せめてなりたや殿様に』
帰る前にその本間家旧本邸を外から眺める。
見学時間が無かったのが惜しいが、代わりに山居倉庫を散策する。
お殿様。武士。商人。芸者。農民。
そして圧倒的なまでの緑一面の田。田。田。
だからこそ、藤沢周平のここまで美しくも物寂しい物語を作り上げられたのだろう。
それが分かった気がした。
とはいえ、今回の旅で見られなかったものがあり、多分それを見る必要があると感じたのは、この庄内平野の秋。
黄金色の稲穂が揺れる庄内の秋を見なければという思いを秘めつつ私の乗った特急『いなほ』は酒田を後にした。