かつて田中角栄はこう言った。
「三国峠を切り崩せば新潟に雪は降らなくなり、その土砂で日本海を埋めれば佐渡まで陸続きになる」
この大言壮語は上越新幹線という形で結実し、東京から新幹線でわずか2時間ちょっとで着けるのだから新潟にとって東京は近くなった訳で。
今だあの人が慕われている理由を味わいながら到着したのは新潟駅。
立体高架事業で変わった新潟駅からバスで万代バスセンターへ。
バスターミナルと駅が離れているの面倒だなとバスに揺られていたら、イマジナリー観音さんが説明してくれる。
「某漫画ではないが『他者が「こうすればいいのに」と思う時そこにはできない理由がある』んだよ。はるかくん。
ターミナル駅とバスターミナルが離れているという事は、そうしなければいけなかった理由があると考えてごらん」
いやまあ、取材ではあるがそういう所で思考迷宮に入ると本番の佐渡にいけなくなる……というのは言い訳で、私の鼻がカレーのよい香りを嗅ぎつけたからに他ならない。
とはいえ、疑問は解消したいという作家の性だから……
「まりこー。さくらに質問送ってー」
頼れる時に人に頼る。それが大人というものである。
朝倉さくら。あやつ、作家になって山形県酒田市や庄内地方に取材に行ってて、その移動経路の拠点がこの新潟だったりするそうで。
SNSで良い景色と美味しそうな料理を上げて……ゲフンゲフン。
万代バスセンターのカレーは新潟B級グルメの花形料理らしく、今ではお土産としてレトルトカレーまである始末。
この後船に乗るのもあるので見送ろうかなと思った私に美味しそうな香りの他にお店の容赦ない罠にハマる私とマリコ。
「ミニカレーってのがあるんだって」
「よし食べよう」
で、カレーである。
料理の感想を文字にするのは意外と難しいのだが、このカレーについてはとても分かりやすい感想がある。
「あ、家や給食のカレーだ」
これである。
美味いカレーならこのカレーより沢山あるが、このカレーが出てかつ食べた時に、
「……懐かしいな」
という感想が出てくるカレーはそうはない。
そういうカレーだからこそ、新潟B級グルメのトップに君臨しているのだろう。
ちなみに、ミニカレーと侮るなかれ。
東京ではないのだ。新潟なのだ。つまり、ミニのくせに量が多い。
佐渡に行く前に酔い止め飲んでて本当に良かった……
そんなカレー堪能中にさくらから返事が返ってくる。
知っている人間に質問を投げるとこう返ってくるという見本だろう。
「元々万代は私鉄の新潟交通のターミナル駅だったのよ。
新潟の街の中心地がこの万代あたりで、国鉄は町の外れにというパターン。
私鉄はその土地のお金持ちが金を出すから町の中心に引く事ができたけど、国鉄は全国に路線網を引く過程で、土地が高く権利関係が面倒な中心地から離れて駅を作る事が多かったのよね。
それが逆転し、モータリゼーションに伴って鉄道線は廃線となり、新潟交通はバス会社に。上越新幹線によって新潟駅は押しも押されぬターミナルとなったのでした」
なるほど。
街に歴史あり、できない理由に過去あり。
食後の満足感と共に万代バスセンターから更に佐渡行のフェリー乗り場へ。
ジェットフォイルという海の上を走る高速船で揺られる事一時間ばかり。
かくして私たちには佐渡の地に上陸したのだった。
私は時代小説を書く為に佐渡の名前は結構出す。
その理由は二つで、
佐渡には金山があった事。
その鉱山で働かされる為に罪人が佐渡送りになった事。
が物語的にとても強いからだ。
ちなみに、佐渡金山というは総称で、西三川砂金山、鶴子銀山、新穂銀山、相川金銀山
の四つを指す。名前から分かる通り、金だけでなく銀も取れたのだ。この島は。
その為、江戸幕府初期の貴重な財政収入となったのだが、当然取ればなくなる訳で、無くなるなら深く掘る訳で……その労働者に当てられたのが罪人だった。
特に鉱山を深く掘る際に悩まされたのが落盤と湧水で、水上輪と呼ばれる手動ポンプで水を吐き出し続けなければならなかったのである。
「佐渡の金山この世の地獄、登る梯子はみな剣」
と謳われたのもこれが理由で、湧水は24時間365日待ってくれないから人力もそれで回さねばならず、この水替人足に江戸の無宿者を佐渡に送り込んだのは実は安永6年。犯罪者の佐渡送りは天明8年……と言っても分からないだろうから、さっくり言うと江戸時代中期から後期にかけてである。
「昔は周辺の農家などが高賃金だからと雇われたのですが、深く掘るにつれて人足の数が決定的に不足しだし、天明の大飢饉などの政情不安により発生した無宿者が大量に江戸周辺に流入して対策に頭を悩ませていた幕府が佐渡に彼らを送り込むのにそう時間はかかりませんでした」
「あのー、何故そう時間がかからなかったのですか?」
マリコの質問にカイドさんは苦笑してその訳を教えてくれた。
「佐渡は天領、つまり幕府直轄領で佐渡奉行が治めていましたが、このような財政収入のある直轄地の役人が出世して幕府中枢に座る事はよくあったそうで。
この佐渡送りを考えた人も、元佐渡奉行の幕府勘定奉行だったそうです」
納得。
江戸幕府が倒れ、明治維新と共に文明開化の波はこの佐渡にも押し寄せ、三菱財閥に払い下げられた佐渡金山は西洋技術の導入に伴って産出量はかつての頃に戻ってゆく。
この鉱山が休山になったのはなんと1989年。
『休山』なのがポイント。まだ金の鉱脈はあったのだが、あまりに深くなったために採算が取れなくなったからに他ならない。
2024年に世界遺産となり、この島は歴史となる事を選んだのである。
「もしかしてだけど、それとは別の未来もあったのかもねー」
万代バスセンターの質問のお礼にさくらに電話をかけて佐渡観光の話で盛り上がるとさくらからそんな言葉がこぼれてくる。
「金価格の爆騰と円安の相乗効果で、この国で金採掘をしても採算が合うようになりつつあるのよ。
日本各地の閉まった金山周辺は鉱山再開発の話で密かに盛り上がっているのよ」
そんな話を聞いた私は、現在のゴールドラッシュに思いをはせつつも、歴史となる事を選んだ佐渡の方がいいなと思ったり。
生きている鉱山だと観光とかできないだろうからね。
佐渡の金山
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E6%B8%A1%E5%B3%B6%E3%81%AE%E9%87%91%E5%B1%B1
チー付与の「他者が『こうすればいいのに』と思う時そこにはできない理由がある」はネットの標語にしたいくらい金言である話 https://togetter.com/li/2336661 #Togetter
現代のゴールドラッシュ
70年ぶり日本で金鉱脈発見 期待はゴールドラッシュの再来 周辺では砂金も 鹿児島 https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/900177618.html
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