私は休むのが下手   作:北部九州在住

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〆切前の掃除による自尊心回復論

 掃除は自尊心を回復させる --春河童--

 

 特に〆切前の掃除は最高だ。

 何かに迫られているのに、それを横においての掃除の快楽たるや。

 え?何でいつも掃除をしないのかって?

 というか、〆切はどうしたって?

 

 ……ごほん。

 

 まぁ、そんな訳で、今日は掃除をネタに話を進めてみようと思う。

 たかが掃除。されど掃除。

 日本において掃除についてはこの人を外す事はできないという人のエピソードから話してみようと思う。

 

 松下幸之助。

 

 日本の家電産業における偉人だが、この人は掃除のエピソードが有名な人でもある。

 その彼の便所掃除の話は、今も残る彼の会社のHPにあるのでぜひ見てもらいたい。

 彼の経営哲学となる『人を育てる』はこの掃除の逸話なしには語れない。

 

 そんな事を考えていたら食器洗い終了である。

 そのまま蛇口の掃除をするのだが、今の私はメイドとしてこの掃除に挑んでいる。

 なお、社会構成としてのメイドは西洋を中心にしているが、これを文化的かつ芸術的に……というかメイド喫茶なるものを生み出したのは『Piaキャロットへようこそ!!』というエロゲーだったりする。

 それが今や日本の秋葉原の名物になろうとは。

 メイド喫茶に入ってメイドが英語で外国人にメイド喫茶の説明をするのを見て、ここまで来たかと衝撃を受けて、私つきのメイドに苦笑されたものである。

 ちなみにメイド服にも種類があり、その変遷を調べた本もあったりするからこの道は深い。

 とはいえ、実態としてのメイドは既に過去のものになり、社会文学としてそのあたりを探すと昨今米国で大ブレイクした本があったりする。

 

 ルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引書』。

 

 存命中に有名になる事はなかったが、死後に出たこの本で人気が爆発。

 日本に翻訳される際には『アメリカ文学界最後の秘密』なんて呼ばれることになる。

 文学を含めた芸術というのが厄介な所はここにある。

 その評価は作品が残る限り続くからで、こうやって死後評価されてもその名声は天国に行った彼女には届かない。

 同じ文学に身を置くものとして、その名声はなんとか生きているうちに耳に入れたいと思うのは傲慢なのだろうか?

 

 さて、話を戻そう。

 蛇口のクロームメッキを磨いているとそれだけで楽しくなってくる。

 そして蛇口を拭くという事は、そのままシンクの汚れを見るという訳で。

 

「次はお前だ」

 

 その時の気分は仕事を見られた犯罪者のごとし。

 ちなみに、マフィアなどの犯罪組織において『掃除屋』と呼ばれる連中は、死体を片付けるから掃除屋と呼ばれたのだとか。

 また話がそれた。

 ともかく、掃除というものにはある種の自己暗示的な効果がある。

 つまり、綺麗になったシンクは自分へのご褒美なのだ!

 綺麗な台所は使っていてうれしいものである。

 じゃあ、いつもきれいにしておかなかったのかなんて質問は却下の方向で。

 だが、まだ終わりではない。

 むしろここからが本番……排水溝のゴミとりである。

 これを忘れて臭いやらGやらで酷い目に……うん。忘れよう。うん。

 そんな事を考えながら排水溝の掃除を終わらせる。

 

「あとみよそわか」

 

 私は呪文をとなえて改めて掃除した台所を見渡す。

 この言葉は戦前の文豪幸田露伴がその娘である幸田文に送ったとされる言葉で、『あとみよ』は『後見よ』で『そわか』は『薩婆可』という梵語が由来で「成就、成し遂げる」といった意味を持ち『掃除が終わってももう一回振り返ってみなさい。それが物事を成就すね道ですよ』と言っている訳だ。

 まぁ、こんな言葉を知っているからと言って、それを実践できるかどうかはまた別問題なのだが。

 という訳で、見直してみると……おや?おやおやおや???

 やり残したところがあったではございませんか!

 という訳で、見つけ出したのは鍋の焦げとくすみ。

 実に気になる。

 掃除はきれいになる分、汚れがかえって目立つので、一か所掃除をしだすと連鎖的に掃除をという事がとてもよくある。

 だったらいつも綺麗にしておけよという正論は却下の方向で。

 という訳で、取り出したのはメラミンスポンジ。

 ただ無心に鍋を磨く。

 鍋……そういえば鍋の話があったような……?

 思い出した。『安愚楽鍋』だ。

 明治時代の戯作者仮名垣魯文の作品で、明治維新後に開業した牛鍋屋を舞台に、あぐらをかいて牛鍋をつつきながら気楽なおしゃべりを交わす庶民の生態を書いた作品である。

 明治維新は文明開化でもあり、生活ががらりと変わったと同時に文壇の花が開くことになる。

 そんな彼らの足跡の先に私、春河童は存在している訳で。

 そういう事を考えていたらいつの間にか鍋を磨き終わっていた。

 ふっと我に返ると、そこにはピカピカに輝く鍋の姿。

 まるで新品のような輝き。

 これはこれで満足感があるものだ。

 このあたりからだんだんランナーズ・ハイならぬクリーナーズ・ハイなるものになってくる。

 人間というのは欲張りなもので、台所が綺麗になったらトイレやお風呂や洗面所もこれもまた綺麗にすると気持ちいいだろうなぁ~とか思い始める訳で。

 うむ。やはり人間は欲深き生き物である。

 

「はるか。仕事は?」

 

 そろそろ時間が本当にやばくなったらしい。とてもいい(鬼)の笑顔のマリコに私は親指を立てた。

 

「原稿は掃除をしなくても真っ白じゃない♪」

 

 もちろん許してくれなくて、こうして泣きながら原稿を仕上げる事になった。

 おあとがよろしいようで。

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