科学者ですが、何か? 作:(`・ω・´)
周囲に誰も居なくて良かった。もし誰かが見ていたならば、机に突っ伏して一人で唸っている姿はさぞ滑稽に映ったであろう。
頭が痛い。つい先程唐突に発生した情報の氾濫による物理的な頭痛と、それに伴う悩みによる精神的な頭痛の二重奏は流石に堪える。長い長い溜息を吐いて、目頭を強めに押さえる。思考を回していないと気が滅入りそうだった。
私の名はヴァレリー・ヘルツォーク。つい先程、
私はこの世界の未来を知っている。
白一色で統一された無機質な内装に、足音だけが木霊する。金属製の床特有の耳に残る擦過音が僅かに不快感を煽るが、行先の事を思考に乗せれば即座に溶けて消えた。些か乱暴に開いた扉の音にも反応を示す事なく、一人の男が机に向かっていた。その眼前には無数の計器や、様々な数値やグラフが刻一刻と変化している様が映し出された液晶が所狭しと並んでいる。見慣れた風景だ。
「気晴らしは済んだか?」
金色の長髪を煩わしそうに掻き上げながら、神経質さが滲む眼差しを正面から一切逸らさずに男が尋ねた。
「多少は気が紛れた。お前も小休憩位は挟んだらどうだ? 必要に駆られてとはいえ、根の詰め過ぎは体に毒だぞ。なあ、ポティマス」
そこで漸く、男────ポティマス・ハァイフェナスは視線を私に向けた。存外に健康志向なポティマスには珍しく、目の下に隈が薄らと見える。
「そういう訳にもいかん。MAエネルギーの基礎解析が漸く終了するのだからな。我々の理論が正しければ、私やお前の悲願の記念すべき第一歩になる。……終われば休む。流石の私も疲れた」
私は苦笑を浮かべた。ポティマスという男は根本的に頑固というか負けず嫌いというか、他を圧倒する知性を有しながらも何処となく子供っぽい所を多分に残していた。ポティマスに言わせてみれば、『お前に言われたくはない』らしいが。
MAエネルギー。『知識』によれば、万物の魂、あるいは星の生命力と言い換えられる根源的なエネルギーだ。星という途方もない寿命を有するモノから抽出できるだけあり、莫大という言葉すら不足と称して差し支えない量を誇る。しかし当然使えば使う程に星を疲弊させ、最終的には避けられない破滅へと向かう。つまり迂遠な自殺だ。ポティマスはこのエネルギーを用いて、不老不死あるいはその前段階である不老を達成しようとしている。私は、類を見ない程に強大な動力源となるMAエネルギーが机上の空論であった技術を実用化させる事に期待しているので、寿命云々には然程拘っていない。技術が更に発展すれば代替手段が見つかるだろうという予想もある。
ポティマスと向かい合うように用意された定位置へと座り、幾つかの計器を私の方に向けた。じっとりとした視線が向けられるが、それを黙殺してやれば諦めたように視線を戻した。仕方ないなとばかりに吐き出された溜息付きだ。微妙に嫌味ったらしい態度にも慣れ切ってしまった私は兎も角、大抵の人物はポティマスのこういった度重なる神経を逆撫でするような行動に腹を立てて去っていく。取り繕おうと思えば出来る癖に度々繰り返すあたり、態とだろうなとは察している。
しばし機械の駆動音と電子音のみが響いた。私とポティマスの間に会話は存外多くない。趣向こそ異なれど、互いの思考回路が似通っている為である。言葉を交わすのは、念の為に共通の見解を持ち合わせておかねばならない場合か、先程のように気晴らしも兼ねてする雑談の類か、そうでなければ盗み聞きをしている無粋な輩に意図的に情報を垂れ流しているかのどれかだ。
不意にがたりと音を立ててポティマスが立ち上がった。普段不機嫌そうに細められている目は、眼球が飛び出してしまうのではと場違いな心配を抱いてしまうほどに見開かれている。ポティマスの口元がじわじわと吊り上がっていくのを見て、私も笑みを浮かべた。
漸く一歩目だ。
一頻り喜んだ後で仮眠室に直行したポティマスを尻目に、発表用の論文の下書きを進めていく。出来上がったらポティマスにも見せてから正式に発表する予定だ。ただし全てを書くつもりはない。より大規模に研究するには個人で用意できる施設では流石に限界がある。抽出できるMAエネルギーの量も満足できる量には到底及ばない。という訳で、新エネルギーとして発表する事で国家にその辺りを担ってもらう。採用国が龍に滅ぼされようが知った事ではないし、抽出のしすぎで星が滅ぶとしても私達に影響がないなら興味はない。世間一般ではそういう訳には行かないのだろうが、生憎とその事実が明らかになる頃までには生活と分かち難いレベルまで浸透させるつもりだ。
龍の子供を誘拐した犯行グループが体組織を採取し、更にそれらのデータやサンプルを
『知識』によればこの後は、MAエネルギーを利用することによる繁栄とそれに伴う龍との反目、そして最後には崩壊に至る。無論
「人でなし同士、仲良くしようじゃないか。なあ、ポティマス」
この奇妙な感覚は、きっとポティマスでも分かるまい。嬉しいような、悲しいような、面映いような、虫唾が走るような、なんとも表現し難いこの感覚は。