喪失迷宮の続きを   作:木下望太郎

14 / 36
第14話 迷宮

 

 せっかく最下四層を出たんだ、覇王樹亭(カクタス)へ行こう。わけも分からないまま考え込むよりマシだ。もやついたものを腹に抱えたままカウンターに突っ伏して、店主に延々と愚痴ろう。たまには最悪の客になるのも悪くない――店主にとってどうかは知らないが――。少なくとも、一人で鬱々と呑むよりマシだ――店主にとってどうかは知らないが――。

 

 何度か転移して覇王樹亭(カクタス)の前へとたどり着く。監獄のように分厚いドアに手をかけたときには、もう(よだれ)が湧いていた。最初は何の麦酒(エール)にするか、葡萄(ぶどう)酒からいくのも悪くない。ああそうだ、ディオンたちに伝言しておかないといけないか。呑んだ後に覚えてるといいが。

 

 引き開けたドアの上で、取りつけられた小さな鐘が鳴る。店主の迎える声を聞きながら中に入ると、見知った顔を店内に見つけた。

 船の操舵輪(そうだりん)を横倒しに吊るして燭台をいくつも取りつけた、無骨なシャンデリアの下。床に銅板を敷いた上、酒樽のテーブルで、脚の高い椅子に座る白髭の男。聖騎士ジェイナスだった。

 

「どうも、旦那。……お友達は」

 赤葡萄酒のグラスを持ったまま突っ伏したジェイナスは、耳まで赤らんだ顔を上げた。充血した目をウォレスに向ける。

「やあ、ウォレス。やあ。バルタザールは、帰ったよ。囚われた、かな」

「そりゃあ……その、迷宮に? なんていうか壁に、飲み込まれるみたいに?」

 とろりとしていたジェイナスの目が焦点を取り戻す。ウォレスの目を見た。

「友よ。お主もか? 喪失された、誰かを見たか」

 しばらく動きを止めていた後、ウォレスは小さくうなずいた。

 

 ジェイナスは両手を握り合わせ、視線をそこへ落とす。

「そうか。そうよな、誰しもそうよなあ。誰しも誰かを喪失している、我々の如きはなおいっそう、な」

「んなこたぁいい、旦那。迷宮に飲まれていったのか、お友達は」

「そうよ、床が崩れ、沈むように。壁に取り込まれていくように。バルタザールはそこへ姿を消した。……共に一瓶、()す間もなかったわ」

「そいつぁ……」

 ウォレスは小さく頭を下げた。その後で店主へ、赤葡萄酒と水を頼む。

 

 水をジェイナスへ差し出し、酒で口を湿した後言う。

「旦那。俺もそうです、知った奴を見た。おんなじように迷宮へ飲み込まれた。……あいつは、彼らは……本物、ですかね」

 裏切られたようにジェイナスが顔を歪める。

「何を言っている、友よ。友でなければ何だというのだ、拙者と肩を抱き合ったあの男は。他に何だというのだ!」

 

 ウォレスは目を伏せ、酒を含んだ。ジェイナスは真っ直ぐすぎる。酔っているのを抜きにしても、やりにくい話だった。

「何ていうか、ですな。そもそもあるんでしょうか、喪失された人間が、帰ってくるってのが。有り得るんですかな」

 

 ジェイナスは長く口を開けていたが。水を一息に飲み、それから言った。

「若き友よ。そもそも、迷宮とは何なのかね? 尽きせぬ程に魔物が湧き、それと共に宝も湧き。壊れもせずに罠が作動し、魔法のかかった区域まである。この不可解な場所は何なのかね?」

「そりゃあ――」

 

 迷宮と呼ばれる場所はそもそも、ただの洞窟や城砦などとは違う。魔術的な場所だった。人工的にそうされたものもあれば、魔力が溜まり易い地形の洞窟が自然となったものもある。その両方であるものも。

 迷宮が造られる目的は様々だった、防衛の拠点として、あるいは大がかりな魔導儀式として、ときにそれ自体を魔導実験として。造られた時期もまた様々だ、古代からの遺跡もあれば現代に造られたものもあった。

 

 ともかく、迷宮は魔術的な存在だった。それ自体が巨大な立体魔方陣。だからこそ強制転移する床や転移魔法禁止区域、様々な罠。それらが半永久的に稼動できる。

 そして、だからこそ迷宮は魔物を呼んだ。そこに溜まる魔力に、あるいは訪れる冒険者や魔物の死による瘴気に、呼ばれるように外から住み着く魔物もいた。さらには迷宮それ自身が――侵入者を阻む罠の一環として――魔力により空間を越えて、あるいは異界からさえ魔物を召喚する。彼らが隠し持つ宝の類も。それゆえ、迷宮には常に魔物がいた。宝があった。

 

 そんなことをウォレスが喋ると、ジェイナスはうなずいた。

「そのとおりよ、若き友よ。魔術的、魔術的な場なのだ、ここは。……ならば、こうは考えられまいか。ここは、そういう魔術の場なのだと。人が喪失され、そしてまた蘇る、そういう魔方陣の中なのだと」

 

 喪失迷宮、その場所については何も判っていない。ウォレスが住む街の――住んでいた街の――郊外にあるという他は。それがいつからそこにあり、何のために造られたのか。加えて言えば、ウォレスらが制覇するまではどれほど深いのか。何も判っていなかった。

ただ、無限とも思われた深さと存在する魔物の強大さ、それに比例する宝の価値。それらをして究極の迷宮と謳われているのみだった。魔王――反逆の魔導王――はそれを利用し身を守るため、あるいは何らかの魔導研究のためか、その深部へ陣取っていた。

 

 だが、とウォレスは思う。

 仮にジェイナスの言うとおり、そうした魔術の場だとして。そうすることで迷宮側に、あるいはそれを造った側に、何の得がある? 人を消して、そして戻して。何の意味が? 

 

 腹の中に座りの悪いものを感じ、ウォレスは酒を呑み下した。椅子を前へ寄せ、樽に肘をつく。床の上では椅子の脚が、そこに貼られた銅版が、こすれる音を立てた。木の椅子が喪失されないようにするためのものだ。おおよそこの迷宮に住む者の部屋では、あらゆる家具に同様の細工がしてあった。

 

 そもそもそうだ、この迷宮でのみ喪失が起こることも、なぜなのかは判っていない。

 罠の一種というのが普通の答えだ。不死鳥の唐黍酎(フェニリクス)のような蘇生の道具や魔法は存在するが、よほど即座に使わない限りここでは意味をなさない。守る側からすれば意義のある仕掛けだった。もっとも、攻める側にはそこまで変わりはないともいえた。蘇生の道具は高価過ぎて、蘇生の魔法は高等過ぎる。よほど上級の冒険者でない限り、死はどうあれ死でしかなかった。

 

 あるいは迷宮内を清潔に保つためではないかともいう。住んでみれば実際分かるが、魔物の死骸も汚物も消えるというのはありがたい。他の迷宮では朽ちた死骸に虫がたかったまま捨て置かれ、あるいは黴の生えたまま悪魔の類が乗り移って動き回る。日にさらし続けた生ごみのような死体のにおいと、初級冒険者の反吐(へど)のにおいが迷宮中に漂っていることも珍しくない。

 

 ともかく。喪失迷宮について、誰も何も知りはしない。

 

 ウォレスはジェイナスへ曖昧にうなずいた後、目をそらす。

席を立った。店主につけを頼み、それから伝言を頼む。宝珠探索の状況と、もう一つ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。