喪失迷宮の続きを   作:木下望太郎

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第18話  かつての仲間と待ち合わせ

 

 次の日――変わらぬ、寝ぼけたような薄闇の中だった。寝て起きた他に日が変わったという感覚はない――、ウォレスは部屋を出る。さすがに下着姿ではなく、ズボンとシャツは身につけている。足元はサンダルで、剣帯には適当な剣を一振り。

 

 ため息をついた。今日はどうなる、ディオンにどやされるのか。尋ねたことの返答は聞けるのか。どころかそもそも、伝言は本当に奴らのものか? 誰か別の奴が――たとえばそう、あの王女が。探りを入れてくるウォレスに業を煮やして、あるいは口封じに――(かた)って、はめようとしている可能性は? 

 

 またため息をつく。何にせよ、悪い予感しかしなかった。

 

 地下七百二十一階、洗濯に来る水場を過ぎた。決して階段までの最短距離ではない、アランたちを送っていったときには通らなかった。しかし今は通りかかり、足を止めた。目をやったのは階段への道ではなく、北側への分かれ道。アレシアが言った場所、その一つへの道。

 

 長く、鼻で息をついた。アレシアのこと、あの武器のこと。龍の宝珠。喪失した者が帰っていること。そして王女――考えて分かることでもない、なら今考えるべきじゃあない。

 それらのことを皆に話すべきだろうかと考える。昔出会った女かどうか分からない奴に頼まれて、よく分からない武器をよく分からない場所で集めているって? 喪失した者が戻ってきているって? その女に会えなくて、やけになって、泥酔してそいつの前で吐いて、おまけに龍の宝珠と関係あるか全然分かりませんって? ついでに言えば王女殿下にずっと怨まれてます、って。

 

 顔をしかめてかぶりを振る。

 忘れよう。それより今は、今のことだ。

 そう考えて、階段へと足を向けた。

 

 

 

 何度か転移の呪文を唱え、地下二十八階へと着く。

転移後、足元に地面の感覚を取り戻してすぐに、自然と鼻がうごめいた。湿度が、空気の密度が違う。どうにも下層よりずっと、乾いていて軽い。留まり続けている空気のにおいではない。地上からわずかなりと風の通る、移り変わる空気の匂い。それを吐き出すように鼻を鳴らした。

 

 通路を歩くとほどなく視界が開けた。方形の広場、天井もここだけは丸く高くなっていた。中央には(ドラゴン)の石像が牙を剥き、口からは澄んだ水を、音を立てて流していた。水は下の水路を円く巡った後で排水溝に消えていく。

 これもまた地上くさいものだ。下層にはこうした装飾は見られない。ウォレスが記憶する限り、地下二百二十九階の壁に蔓草の装飾が彫られているのが最後だった。

 

「来たな」

 言って、像の向こうから姿を現したのはディオン、それにシーヤだった。最下層に来たときのような完全武装ではなく、それぞれ愛用の剣と分銅鎖(フレイル)以外は、普段着の上から簡素な防具を身につけたのみだった。

 

「ああ。今日は何の話だ、他の二人は?」

 ディオンは目を合わさずに言う。表情に変わりはない。

「二人は後で合流する。今日はまあ、仕事の件についてだと思ってくれ。さ、行こう」

「ってお前、何だそりゃ。ここで済む話じゃねえのか? ちなみにこっちは何の進展もねえぜ」

 ディオンが口を閉ざし、代わってシーヤが言う。

「少々、お見せしたいものもありますので。アラン先輩たちもそちらにおいでです。申しわけありませんがご足労を」

 それだけ言って、二人は先へ歩き出す。

 

 ウォレスの頬が軽く引きつる。いよいよ嫌な予感が当たりそうだ。迎えに来たのだってこの二人、ディオンは言わずもがなシーヤだって、いわば国側、王宮側――教会はもちろん別権力だが、王宮とは協力関係にあると言っていい――。

 考えたくもないが考えるなら、アランとサリウスなんて呼んでいなくて。王女の命令で、兵や魔導師を大量に待機させた場所なんかにウォレスをおびき出して。拘束なりしようというつもりか? まさかそもそも、宝珠の依頼から嘘ということはないだろうな? 

 

 ウォレスは歯を剥き出し、その隙間から強く息を吐いた。

 どういう話だ。どういう話だよ仮にも仲間だった奴が、共に死線をかいくぐった奴らが。何の罪もない仲間を売ろうとはよ――いや、さすがに考えすぎか。罠でも何でもなくて、単にこいつらの言うとおりなのかもしれない。何より、そうであって欲しい。そうであるべきだ。

 

 肩をすくめ、笑ってみせた。

 まあいい、行けばすぐに分かる。それにたとえ、悪い予感の方だったとして。いったい誰が俺を捕らえられるんだ? 何百人いればこの俺を? (ドラゴン)を抱えてぶん投げて、壁に叩きつけて殺すような男を捕らえられる? 

 

 おかしくなって本当に笑った。前を行く二人が振り向き、いぶかしげな視線をよこした。

 

 同じ階から昇降機――一定の範囲で上でも下でも階層を行き来できる仕掛けだった。便利ではあるが多くの場合、作動させる鍵を手に入れるまでが骨折りだった――に乗る。地下二十一階で降り、歩いて別の昇降機に乗り継ぐ。

 

 上昇する箱の中、浮き上がるような居心地の悪さを感じながらウォレスは言う。

「どこまで連れてこうってんだ……地上(うえ)に出ろってんなら俺ぁ帰るぜ。大体――」

 帰る、というところまで口にした時点で、慌てたようにディオンが口を開く。

「待て、そう言うな! せっかくここまで来たんじゃないか、あー、その……」

 明らかに視線をそらして黙った。

 いら立ったように、わずかに眉を寄せてシーヤが言う。

「ご心配なく。地上までは出ません、これの終点までですよ。他の先輩らもその階においでです」

 

 一定の感覚で昇降機が揺れ、音が響く。

「驚かれるかもしれませんね、少し」

 シーヤは不意にそう言った後、間を置いて思い出したように笑う。

 

 

 

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