「……何?」
持っている、こいつが? 正直、手がかりだけを期待していたが。思わぬ大当たりを引いたということか。しかし、アミタが盗み出したのか? 王宮からどうやって?
困ったように目をそらし、アミタは言った。
「持っテる、ウォレス、おまエがそレを。冗談やメて」
「……ああ?」
眉根を思い切り寄せた後、ウォレスはため息をついた。
「俺が持ってるわけねえだろ、しっかりしろよ。それか、この期に及んでなめてんのか?」
アミタは髪を振り回すように首を横へ振る。
「違ウ、におイがスるノさ。
しばし考えた後、ウォレスはポケットに手をやる。例の欠片を分けて左右の手に握り、両方をアミタに示した。
「どっちだ」
双方を匂った後、アミタは言った。
「どっチも」
しばらくそのままの姿勢でいた後、ウォレスは手を開いてみた。丸みを帯びた例の欠片、外はざらついて中は滑らか、おそらくは一つの、壺か何かだったもの。
しかし、壺。仮にこれが、本当に龍の宝珠と呼ばれるものだったとしても。王宮に反旗を翻すほどの魔導者、その魔導者の宝。あるいは彼の研究したもの。それが、壺?
「んだよそりゃ、花瓶にでもすんのかよ」
魔王が壺に花を活ける、バカらしい光景を想像して。それから気づいた。
「……中身は、何だ」
壺。だったら、中には何を入れた? 花瓶に花を活けるように、中に何を?
身を乗り出して尋ねる。
「中には何が入ってた。壺の、宝珠の中には」
身を縮めながら顔をそむけるアミタ。
「つ、壺っテ、壺じゃなイよ、玉じゃン、玉ァ。中身とカ知らナいよ」
震えるアミタの背を見ながら、ウォレスは頭をかきむしった。
噛み合った気がした一方で、別の一方が噛み合わない。壺ではない? だったらそもそも、中身も何もないのではないか?
「まあいい、後だ。龍の宝珠、それがあったら何ができる? 魔王はそれで、何をしようとしていた」
「なんだカね、そレを使エば。迷宮ノ真実が明らカにナるッて。誰ノ目にも明らカにッて」
迷宮の真実。それはたとえば、隠された通路がこの欠片で開いたようなことだろうか。
「で、そレでね。そレを何か、研究ダか何ダかしテるッて。そうシて、そうシてるうチに……」
歯を小さく噛み、上目で静かにウォレスをにらんだ。
「……別のことを聞こうか。この迷宮で、喪失された奴が帰ってきてるって話だ。そいつらは何だか、妙な武器を集めようとしてるらしい。迷宮に隠された武器だ、古代文字か何かの青い刻印がある」
アミタは口を開いた。ウォレスの目を見る。それから笑ってうなずいた。
「知っテる」
「おい……ほんとか!」
「うン」
おもねるように上目でウォレスを見やる。
「デね、あノね。先ニね、くリームをおクれでナい?」
一瓶取り出し放ってやる。受け取ったアミタは栓を取るのももどかしく、コルクごと瓶の口を噛み砕いた。口の端から血を垂らしつつ、音を立ててよく噛み潰し、飲み込んだ。空いた瓶を垂直に傾け、顔中で浴びるように中身を飲む。首輪を思わせる大きな襟巻きが一緒に汚れた。
きゅ、と目をつむる。
「甘ァい……」
白く赤く顔を汚したまま酔ったように言って、瓶の中にこびりついたものをなめ回した。底の方まで舌が届かず、瓶の縁をいくらかかじって飲み込んだ。そして底まで舌を這わせる。それが済むと、軽く握った手で顔を拭い、それをまたなめ回す。
「旨かったか」
アミタは大きくうなずき、目元を緩ませて笑った。血が垂れていることに目をつむれば、その笑顔だけは普通の女だ。普通以上といってもいい。その女がなぜこんなことになっているのかは、想像したくもない。
「じャ、つイてキて。みンなはここで」
そう言って魔物の群れを残し、四つ足で駆け出す。彼女に尻尾があれば振っていただろうか。
走り、走り、角を曲がって階段を上がり、また駆け回って階段を上がって。また少し走った後、突き当たった角で彼女は立ち止まった――そもそも二本足で立ってはいないが――。
そこはひしゃげた鎧や折れた剣、錆びの塊と化した斧。割れた空き瓶、砕けたカンテラ、開け放たれた宝箱。そうしたものがうず高く積み上げられた場所だった。ガラクタ置き場とでもいうべきもの。魔物が集めるのか冒険者が捨てていく習慣なのか、迷宮には時折そうした場所が見られた。
ここがどうした、そうウォレスが尋ねる前に、アミタはガラクタの山に跳び乗る。
「下がッてた方がいイよ」
言いながら前足で、時に後足で辺りのガラクタをかき出し、次々と後ろへ放る。
そうするうち、かき出した物が当たったのか、分厚く巻かれたアミタの襟巻きがほどける。
音を立てて、中から何かが床へと落ちた。
「何か落としたぞ、これ」
ウォレスが拾い上げてみるとそれは、金属でできた小振りな杖。それが二つに折れた、いや、斬られたものらしかった。分かれた二本のどちらも断面は鋭く尖り、くっつけてみたならぴたりと合うだろう。足腰の助けとするものではなく、魔導師が魔力を増幅するための、指揮棒にも似た短い魔導杖。その一面にはかすれたような青い刻印があった。
「こいつは――」
呑み過ぎたわけでもなく、頭の中が揺らぐ感覚。見覚えがあった、一つにはアレシアに言われ、集めている例の武器。そしてもう一つには。
「触ンな! お前ガ、触ッていイわけナい!」
牙を剥いたアミタが跳び下り、引ったくるように杖を奪った。ウォレスは大人しく手を離し、下がる。
杖をウォレスから遠ざけるように抱いて、アミタは頬を歪め喉の奥で唸る。
「こレは、こレはあイつの、メイデルの形見だ! 触ンな!」
そうだ、魔王を倒したとき。その手に握られていた杖だ。これを斬ったのももしかして、ウォレス自身ではなかったか。
押さえるように両手を向け、ウォレスは努めて穏やかに言った。
「なあ、アミタ。魔王を殺したことはすまなかった。仕方がなかったんだ、でもすまなかった、本当に。教えてくれ、それは何なんだ? どうして魔王が持っていた?」
アミタはしなやかな動きでガラクタの山へ跳び乗る。静かにウォレスを見下ろした。
「騙さレてルよ」
「あ?」
「騙さレてルよ、糞外道。喪失さレた奴、会ッたンでシょ? 騙さレてルよ」
ぼろ切れを翻し、背を向けた。山の中をかき回し、やがて取り出したのは。銅版の張り渡された小振りな宝箱。
「糞外道ノ上お馬鹿サん、ちッともちッとも分カっテなイ。メイデル、みンなを護ッてタのに。おマえだッて護ラれてタのに」
唄うように言った後、ため息をついて続けた。
「一ツだけ言ッてあゲる。龍ハね、長イよ。見タこともなイぐラい。いヤ、そコまでデもなイかな。でモね、長イよ」
ウォレスは一歩、足を踏み出す。
「何の話だ」
アミタは小箱のふたに手をかけ、ウォレスの方を見ずに言った。
「あバよ。とッとト死ネ」
その手がふたを開けた瞬間。アミタの姿が揺らいだ、その周囲の空間ごと、
アミタの消えた辺りを見ながら、ウォレスの顔は固まっていた。何が何だか分からない。なぜ魔王が例の武器を持っていた、この欠片が宝珠とはどういうことだ。
アレシア――の顔をした女――が宝珠を盗み出し、砕いたということか? なぜそんなことを? そしてなぜ、例の武器を集めている。そもそもどうして魔王がすでにその武器を? 護られていたとは何だ?
思考が同じところをめぐるばかりなのに気づいて、かぶりを振った。迷宮で道に迷ったときと同じだった、昔はよくやられたものだ。様々な仕掛けに翻弄されて、現在地も分からず同じ場所を延々とめぐってしまうのだ。
多様な仕掛けがあった、転移床や
そう考えると少し落ち着いてきたが。開けられた宝箱を見やり、再び顔をしかめる。
腹いせに、戻ってアミタの残していった魔物でも狩ろうかと思ったが。さすがに酷いと思い直した。それに、もうあの場は離れているに違いない。それも含んでの指示をしているだろう。
息をついた。今度魔物と出くわしたなら、三百以上の肉片にちぎり殺してやろう。ウォレスの最高記録は平均三百十八を三体同時、もちろん後から数えたわけではなく――床についた端から喪失されてしまう――、ちぎりながらの自己判定だ。
一時はそうした条件つきの殺し方にこだわっていたこともあった。魔王も邪神も倒して数年、全ての魔物を狩り飽きた頃だ。片手だけで殺すだとか、魔法だけでだとか、足にナイフをくくりつけてそれだけで斬り殺すだとか、頭突きだけでだとか。実際
そんなことを考え、長く鼻で息をつく。
それから、王女のことも伝えてやればよかったと思った。