喪失迷宮の続きを   作:木下望太郎

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第23話  卵

 アミタに去られた後、その足で覇王樹亭(サルーン・カクタス)へと赴く。腹はまだ減っていない、呑み食いする気はないが、ディオンへの伝言があった。いくつかのことを調べてもらうために。

 

 鐘を鳴らしながらドアを開けると、テーブルにジェイナスの姿があった。

「やあ、旦那」

 ジェイナスはこちらを向き、しかしその目はウォレスを映していないように見えた。間が空いてようやく返事が来る。

「……やあ、若き友よ。それからどうだね、帰ってきたかね。お主の友は」

 しばらく口を開けた後、ウォレスはかぶりを振ってみた。

「そうか。……そうかね」

 

 また焦点の外れた目で、中空を見つめたあと。ぽつりとジェイナスは言った。

「会えた。会えたよなあ、我らは。我ら各々のその友と」

 ウォレスが何も言わずにいると、ジェイナスはまた言った。

「会えておらん。会えておらんなあ、拙者は。喪失されていった友、皆とは」

 ウォレスを見て、にこりと笑う。

「会いたいな」

 

 うなずきかけて、ウォレスはやめて。それでも、焼けつくようにその思いはあった。忘れようとしていたことだった。渇いて酒を求めるような感覚。肉の内側、頭蓋の裏が、ちりちりと焦げついていくような感覚。

 

 ジェイナスは言う。

「会いたいな。五人皆と会えるなら、拙者の命はなくとも構わん」

 さすがに芝居じみた物言いに、ウォレスは笑ってみせた。

「先輩。縁起でもねえよ、だいたい他の奴が生き返ったって、あんたが死んだんじゃあ。その五人が泣くだろうよ」

 ふ、と息をこぼすジェイナスは、泣くような目をしていた。

「かもなあ。だがまあ、どの道。そうなったら嬉しくて、拙者は死んでしまうかもなあ」

 

 ウォレスは目をそらした。彼が天国に暮らす生き物のように見えた。この人のようにはなれないと思い、それが恥ずべきことにも思えた。

 

 

 

 召使の扮装をした女が、オムレツの上にソースで絵を描いている。美味しくなる魔法とやらをかけた後――ウォレスの知識にはない呪文だった。戦闘と探索関係の魔法ならたいてい覚えたが、他の体系に属する魔導か――、一礼して去っていった。

 

 二人前の皿の向こうでは、蒸されたタオルでディオンが顔を拭いている。覇王樹亭(サルーン・カクタス)を通じて伝言をした二日後の今、召使妖精館(クラブ・シルキー)で落ち合ったのだった。

 

 ディオンは何度も目をしばたかせ、深く息をつく。脂の浮いた皮膚はたるみ、わずかに口を開けたままの表情には疲れの色が見えた。何かをうかがうように辺りの席を見回し――今日は貸し切りでもあるまいが、他の客の姿はなかった。それでも(こう)は薄く焚かれ、召使の扮装をした娘らは隅に控えていた――、それから一つ咳をした。

 

「すまん、地上(うえ)がごたごたしたんでな。ま、可能なだけは調べさせておいた」

「何があった?」

 

 ディオンは首を回し、ごきごきと鳴らした。

「魔物だよ。魔物ならいいが、魔物の群れだ、大群。大部分は狼だ、たまに猫。他には三つ首の子犬やら、毒々しい色の蜥蜴(とかげ)やら。虎だの(ドラゴン)だの、牙のある牛だの。その牛二頭分ほどの、巨大な兎。それが迷宮からなだれ出てきた」

「そいつは――」

「アミタ、だったか? 魔王と共にいた娘、彼女の姿らしきものも目撃されている。今回、私は直接見ていないが」

 

 再びため息をつく。

「街を襲ったというよりは、別の場所を目指しているという感じだったか。被害が出なかったわけではないし、傍観するわけにもいかん。それとの指揮と戦闘でな。サリウスたちも来てくれた、それに結構な数、他の元冒険者らも。褒賞を申請してやらねばな」

「群れはどこへ行った?」

「半数近くは倒した。残りは散り散りだが、東の森を抜けていったようだ。他の街や隣国にも警戒を促したが、今のところ被害の報はない」

 

 アミタとて迷宮全ての魔物を従えているわけではない。その一部を従えるだけで、まとまった勢力としては最大というだけだ。それで彼女たちが迷宮のどこへいっても、うかつに手を出されることはなかった。

とはいえ、それも空間が限定された迷宮でのことだ。開けた地上では勝手が違う。アミタたち程度の数では、人間の組織立った戦力にはかなうまい。

 

 それでも彼女と群れが迷宮を、縄張りを自ら捨てた。現に半数は殺されるほどの危険を冒して。それはつまり、そちらの方がましだったということか? 迷宮に居続けるより。

 

 迷宮で何が起ころうとしている? あるいは例の武器のせいで。宝珠のせいで。帰ってきたと自称する、喪失された者のせいで。

 

「そういうわけで警備強化の真っただ中だ、残念ながら長居はできん。手短にいこう、まずは魔王が元々何をしていたか、か」

 

 ディオンが語るところによると。魔王――元宮廷魔導師メイデル・アンセマス――は、魔導による戦闘者というよりも研究者であり、喪失迷宮に関する研究が専門だった。自ら迷宮に潜ることも頻繁にあったという。

 それが二十年前、突如王宮に反逆した。王宮から姫君をさらい、秘宝と多くの魔導資料を持ち出し、自ら迷宮の奥深くへ立てこもった。

 

 ウォレスは尋ねる。

「そう、それなんだが。なんでまた、魔王は反逆なんぞした? 国一つを敵に回して。それだけの価値があったってのか? あの姫に? 王族にしか使えない秘宝に? ……それとも、この迷宮に」

 

 あるいは――すでに手に入れていたとすれば――龍の宝珠に。

 

 ディオンは唸ってかぶりを振る。

「それがだな。……すまん、分からんのだ。いや、分かっている者はいるはずだ、王宮の上の方とか研究者だとかな。私たちに教えるようなことじゃないと、そういうことらしい。それ以上は探れなかった」

 

 つまりは魔王の研究内容、それは相当重要なもので。かつ、今の王宮にも知られている、つまりは研究されているのか。おそらく龍の宝珠はそのことに必要で、だから今、極秘に探そうとしている。そのことに必要だったからこそ、龍の宝珠に魔法による封印などはされていなかった。必要に応じて取り出せる、宝物庫に納められていた。

 

「じゃあ次、魔王が持ってた杖、それに刻まれてた古代文字みたいなやつ。これはどうだった」

 ディオンは肩をすくめる。

「それなんだがなあ、そもそもどんな字なんだ? シーヤもサリウスも皆、杖に何か刻まれていたかは覚えていないそうだ。だいたい、君だってどんな字か書けんのだろう? 何を探すのか分からんのに探せるか」

 

 そのとおりだった。杖自体はアミタが持っていて、他の武器はアレシアが持ち帰った。具体的に書いてみせられるほどには覚えていない。何しろウォレス自身も先日まで忘れていた、魔王の持っていた杖のことなど。

 

 魔王本人との戦闘も正直印象に残っていない。彼が召喚した魔物が強かっただけで、自身は高位の魔導者というだけだった。ディオンとアラン、ヴェニィが魔物の相手をし、サリウスとシーヤが彼の魔導とどうにか渡り合っている間に、ウォレスが魔王を斬った。枯れ枝を斬ったような手応えを残し、壮年の元宮廷魔導師は倒れた。

 

 本当にそれだけだった、魔王の横にいたアミタはついでに殴り倒したままで、誰も顧みはしなかった。それよりは魔王の首を――可能な限り生け捕りにしろというお触れだったが、現場の人間にはそれどころではなかった。危険性は排除したかった――うっかり床に落としかけて――大事な手柄の証拠が喪失されそうになって――、大慌てで拾って放り上げ、受け取ったシーヤがまた手を滑らせて、アランが滑り込みながら蹴り上げて。そっちの方に忙しかった。

 後は皆で、金属製の桶でも用意してくればよかった、などと言いながら宝を漁って帰った。龍の宝珠もその中にあったのだろう。

 

「だよな、悪かった。もう一つ、龍の宝珠の外見。これは? 変な形だったか、特徴は? 中に何か入ってそうだとか、重いとか、逆に空っぽそうだとか、何か」

 ディオンは腕組みをして何度かうなずく。

「まあ、まずそれを詳しく言うべきだよなあ上の方も。そこを秘密にしても探せんよなあ。私たちが覚えていると思ったのかもしれんが」

 

 聞いているのは、掌からはみ出るくらいの大きさで、透明性はなくざらついて白く、くすんだ色のいびつな球状ということ。そしてアミタは、ウォレスが渡された欠片こそがその宝珠だと言っていた。色や外見は今のところ合うが、こんな薄く脆いものなのか? 

 

「とはいえ、大きさや色、形は前言ったとおりだ。空洞ということもなく、みっしりとした重量があったそうだ。特に紋様などはなく、石のようなざらついた表面……ああそうだ、いびつといっても楕円形というより、先がわずかに細まっている。言ってみれば、卵型に近いな」

「卵……」

 ウォレスはテーブルの下でポケットに手をやっていた。欠片が手に触れる。丸みを帯びた外側は石のように、ざらついた感触。内側はすべすべとして突起がない。卵。側面の欠片ならある程度平たく、底や端なら湾曲はきつい。卵。そして今は空っぽの殻でも、その前はみっしりと何か詰まっていた。

 

 卵。卵だ、龍の宝珠は。なら、何かが生まれ出るのか? 生まれた後か、この殻は。

 

 その卵から生まれ出るものを魔王は、今の王宮も、研究していた? ならば、殻だけ残った今は何が生まれた。王宮から卵が消えて、それから何が現れた。

 

「……アレシア」

 怪訝そうな顔をするディオンに、顔をしかめてみせる。

「あれだな、分からんな、結局。ともかくそっちはアミタの行方を追ってくれ、迷宮(した)の方は俺が動く」

「ウォレス。急にどうしたんだ、色々聞いてくるなんてな。何かつかんだか」

「いいや。あんまり何も分からんからよ、そもそものことを整理したくてな。魔王の杖の話はまあ、手がかりかもと思ったが……俺の記憶違いかもしれん。アミタも結局、何も話しちゃくれなかった」

 

 オムレツを切らずに突き刺し、丸ごとかぶりつく――思えば、魔物が溢れ出た直後で開いているこの店もこの店だ。浅くとも迷宮(した)迷宮(した)、ここに店を構えている時点でまともではないのだろう、経営者も女たちも――。

 

他の飯も強引に、次々と口へ詰め込んだ。口いっぱいに頬張ったそれらを大ざっぱに噛み、飲み込んだ後で言う。

「ま、何だ。今日はおごるよ、この前のも返せるぐらいはある、こいつをみんなで――」

 足元の絨毯に置いていた袋へ手を伸ばしたとき。ディオンが言った。

「やめろ。そういうことじゃない。そういうことじゃないんだ、私たちが言ってるのは。分かるだろう」

 穏やかに微笑んで続ける。眉の端を下げ、いたわるように、憐れむように。

地上(うえ)へ、返しに来い。君が、一人ひとりの所へ。分かってるだろう」

 

 ウォレスは視線を落とし、茶のカップを取った。残りわずかなそれを、時間をかけて飲んだ。

「……分かってる。忘れてないし、覚えてるよ」

 

 仕事に戻る、そう言い残してウォレスが席を立とうとしたところで。ためらうように目を伏せながら、ディオンが言った。

「……なあ、ところで。以前言っていた、喪失された者を見たという話。本当か」

 考えてからウォレスは言った。片手の掌を上に向けて。

「ああ、本当さ。足腰も立たねえほど呑んだくれた日にゃ、迷宮に飲まれてった仲間が遊びに来るのさ。どころか、(ドラゴン)は尻尾を枕に貸してくれるし、蘇った古代王国の姫が酌を――」

「そうじゃあない。私も見た。見たんだ、喪失された仲間だ」

 

 うかがうように辺りを見回してから続けた。

「ここに来る途中のことだ、隠し扉の前。何やら懐かしげに辺りを見回す男がいて、見覚えがあると思ったら。仲間だった、確かにかつて、喪失されていくところを見た仲間だ。言ったろ、この店が好きだった奴だ。あいつも私を覚えてて、声をかけてきて。……それから、壁に飲まれた。まるで草木の蔓のようにせり出してきた壁石に捕らわれて、消えたんだ」

 ディオンはうなだれ、テーブルに肘をつく。組んだ手に額を当て、長く息を吐いた。

「……疲れてるのか、私は?」

「さて、な」

 

 

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