喪失迷宮の続きを   作:木下望太郎

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第24話  酔いどれがもう一人

 二人分の代金を払い、ウォレスは店を後にした。歩きながら思う。

 どういうことだ。確かに喪失された者は現れている、アレシアしかりジェイナスの仲間しかり。だがそれは、ウォレスがあの武器を抜いた後、ほんのしばらくのことだった――アレシアが最初に現れたときを除けば――。

だが、ディオンが本当に見たのなら。それ以外でも現れるということか? 

 

 あるいは、事情が変わってきている? たとえば、ウォレスが何本もあの武器を抜いたから。

もしかしたらサリッサが仇の竜(ドラゴン))を見たというのも、あながち嘘ではなかったのかもしれない。

やはり、迷宮で何かが起ころうとしている。宝珠が、卵が孵ってから。あの武器と宝珠、どんな関係がある? そもそも何の卵、それはたとえば、アミタが言った――

 

 考え込んでいたせいか、目の前、足元にあるものにも気づかなかった。それにつまづいて、ウォレスは危うく転びかけた。召使妖精館(クラブ・シルキー)から少し歩き、角を曲がった先。そこの壁にもたれかかって、地べたに座っていた王女に。

「ちょ、あ? 殿下、何でこんなとこに」

 

 思わず口にしたウォレスに、王女は焦点の定まらない目を向けた。顔は赤く、口元からは熟れすぎて腐りかけた果物のようなにおいがした。酒の、というより、泥酔するまで呑んだ者のにおい。酔いどれのにおい。

 

「あー、(うぬ)か。(うぬ)かぁ……どうした、またぁ、結婚しにきたか」

 言ってよだれを垂らして笑い、手にした焼き菓子を端からかじる。

 ウォレスはため息をついた。

「何だよそりゃ。何やってんだあんた、こんなとこでよ。上層とはいえ危なすぎる。一国の王女様がよ」

 王女は焼き菓子の欠片を吹き飛ばしながら笑う。

「何を言っとる、私を誰と、誰だと思っておる。殿下ぞ、王女殿下様々ぞ? 頭が高いわ」

 

 その胸元では魔宝珠(アミュレット)が、青紫色の光を漂わせていた。不可視(インビシブル)ではなく不可侵(インビンシブル)の方で魔力を使っているのだろう。なら、安全ではあるのか。

 

 ウォレスがため息を着いている間に、聞きもしないのに王女は喋った。

「いや何、いや何な? 噂の店、一度行ってみとうてな。ついついついつい酒を過ごしたわいな、悪くはない味であったぞ」

「過ごしたってあんた、王女様が来て楽しいのかよ? あんたんとこ、いくらでも本物の召使がいるだろうが」

 喉を鳴らして王女が笑う。

「あれはな、いかん。いかんいかん、本物過ぎる。偽者の方が、幻想混じりの方がむしろ本物よ。……そもそも、本当に私に仕える者などおらんよ。召使でも、臣下でも。そりゃあおらんさ、召使の子、王様々の私生児なぞに。忠誠誓う阿呆はおらんて」

 

 また喉を鳴らして笑い、焼き菓子をかじり。表面の焦がし砂糖を、ぬちゃりぬちゃりと噛みながら王女は喋った。

「そうよそんな阿呆はおらぬ、おったらおったで信用できぬ――あの阿呆の他は、魔王の他は」

「魔王……?」

 

 だからか、彼女が魔王を慕うわけは。王宮にいた頃からか迷宮に降りてからかは分からないが、魔王だけが彼女に寄り添った。臣下としてか師としてか、友としてかそれとも男として、それは分からないが。未だ彼女の心を捉えるほどに、寄り添っていた。

 

 王女は突然頬を歪めた。空になった焼き菓子の包みをくしゃくしゃと丸めると、ウォレス目がけて投げつける。横へそれて床に落ちたそれは、ほどなく喪失されていった。

 

「そうよ、大体、大体ぞ! 薄情よ、あやつも……アミタも、迷宮(ここ)から去って……」

 言われて今さら思い出した。アミタ、彼女は王女と魔王の従者だった。

 

 王女の前へかがみ込み、頭を下げる。

「……すまん。言ってやりゃよかった、殿下が探してることをあいつに。殿下にも――」

「そうよ薄情ぞ、こんな手紙一つ投げ込んであやつは……」

「手紙ぃ?」

 あの畜生が? あいつ、文字なんか書けたのか――そう言いかけた言葉を飲み込む。

王女が懐から取り出して広げた紙を横からのぞいた。そこにはのたくるような、引っかいたような字で何やら書かれていたが。文章を読む前に王女がぐしゃぐしゃと丸め、引き裂いて床へと散らした。

 

「ちょっ、おい!」

 手を伸ばすも、ほんの切れ端をつかんだ他は全て、融けるように床の上で消えた。

 王女は懐から焼葡萄酎(ブランデー)の小瓶を出し、あおる。むせ返って咳き込んで、それから言った。

「『生きる』とよ。『怨みは忘れる』と。先生の、教えのとおりに。私のことは手伝えない、その代わりに邪魔もしない。今は守るべき群れがある、と。……そんなことを書かれるために、教えた字ではないわ」

 

 瓶の底を天井へ向けて酒をあおり、またむせ返る。手の中に残っていた手紙の切れ端を、己の膝こと抱きしめた。

うつむき、目をつむる。よだれと涙を垂らしてつぶやいた。

 

「賢いよ、あの子は。私より」

 

 小さかった、その王女は。かつて婚約を申し込んだときより、迷宮で抱えて駆けた頃より。

 

 ウォレスは小さく息をついた。長く長く息をついた。

「……なあ、おい。俺ぁあんたの仇だ、そらぁ分かった。あんなフラれんのもしょうがねぇや。けどな、こっから数日のうちゃあ、――聞けよ」

 

 王女がさらにあおろうとした、酒の小瓶をはたき落とす。

目でそちらを追う王女の顔を、無理やりに押さえて向き直させて。ウォレスは言った。

「俺が仕えてやる。俺が護ってやるし、あんたに仕えてやるよ。全部をそこそこ解決させてな」

 

 王女は何度か瞬きしたが、その目はウォレスから背けられていた。酒の小瓶をまだ見ていた。

 

 ウォレスは大きく舌打ちした。――ああ、こいつは。そっくりだ、俺と。

それしか目に入っていないんだ、酒と、終わった物語と――。

 

 と、王女がその目を上げた。ウォレスを見るのではなく、通路の先に視線を向けた。

 その先、通路の壁には。穴が開いていた。例の欠片を壁に当てたときのように、壁石が身を引いていた。黒く口の開いたそこには。魔王がいた。魔王、そう呼ばれた魔導師、その体が。

 

 首から上はなく――そこだけは迷宮に喪失させられていない。ウォレスたちが持ち帰り、王宮へと献上した。そうだ、王女もそれは目にしたか。魔王本人と確かめる、首実検のために――、頭部を失った体だけで。何か探し求めるように、両手をふらふらと前に突き出し、不確かな足取りで歩いていた。

 

 弾かれたように王女が身を起こす。

「先、生……!」

 弾力のある体でウォレスを跳ねのけ、魔王の体の方へと駆けた。

 ソーセージのような指が魔王の痩せた手を取り、薄い肩を抱きしめる。崩れ落ちながら王女は泣いた。涙で顔を、魔王の肩を濡らして泣いた。

 

 魔王の体は戸惑うように、その身を揺らしていたが。やがて、そっ、と王女を抱いた。赤子をあやすように何度も、その背を、頭をゆっくりとなでた。

 

 王女の泣き声を背で聞きながら、ウォレスは足音を潜めて歩いた。

 

 

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