目を覚ますと、一筋の光がぽちを照らしていた。
その眩しさに目を擦りながら、ぽちは全回復された身体を起こし、ゆっくり周りを見渡す。
少し離れた所で、実行委員らしき人達が楽しそうに談笑していたが、その他に人影はない。
連邦の教会は厳かな雰囲気で、天窓から降り注ぐ光が、女神像と、その下で座り込むぽちを柔らかく照らしていた。
「あ、ぽちさん。」
実行委員の1人がぽちに気付き、近付いてこようとした。
ぽちは無言で手を上げ「大丈夫」という様なジェスチャーをして、それを制すと、まだ少しだけダルい体を無理に動かし立ち上がり、出口に向った。
ここでグズグズしていれば、また敗者が飛ばされて来てしまう。
結末はまだ知らないでいたかった。
そのまま無言で、教会の扉を開け外に出た。
先にガヤガヤという喧騒が耳に入り、遅れて人通りの多さに気がつく。
失格したマスターや、それを迎えに来たボンドのメンバー、忙しなく走り回る運営委員など、今日の連邦はいつもに増して人が多い。
ぽちは人混みを避けるように、その人達を横目で見ながら、早足で酒場の手前の階段を登る。
今は誰とも話したくない気分だ。
その先の連邦裏の路地には、誰も居らず、冷たい静寂の中、ぽちの歩く靴音だけが氷のように響いた。
歩きながら、ぽちはここに来る前の出来事を、ゆっくりトレースする。
悪くない戦略だったはずだ。
ぽちの細やかな行動は、確実に結果を出していた。だからこそ、あそこまで残れたのだ。
でも、届きはしなかった。
アブル連邦が見渡せる高台のテラスに辿り着いたぽちは、燦々と輝く太陽の眩しさに目を細める。ふわりと優しい風が、ぽちの頬を撫でると、トレードマークのドレッドヘアーが踊るように舞う。
「はぁ……。負けちゃったなー。」
テラスの手摺りに肘をつきながら、ぽちは誰に言うとでもなく呟く。
敗因は2つ。
まず1つ目は、LUNA*という憧れの人を前に、恐怖を抱き、知らず知らずの間に焦って、視野が狭まっていたこと。
もう少し引っ張れば、打ち漏らしなく3人ともアーダーストームで教会送りにできたかもしれなかったのに、ぽちはLUNA*の遠距離攻撃を警戒しすぎて、仕掛けるタイミングが少し早くなってしまい、その結果、LUNA*を倒しきれず、エルハがソラを支援する隙を与えてしまった。
2つ目は、エルハの乱入を『予想外』にしてしまったこと。
いつものように、常に周りを警戒し、状況把握に努めていれば、他にも誰かいるかも知れないという可能性は、十分リスクとして頭に浮かんだはずだ。でも、視野が狭まっていたぽちは、そこまで考えることが出来なかった。
そこからの選択ミスは目も当てられない。ドミノ倒しのように、ガラガラと足元から全ての戦略が崩れていった。
HPの少ないLUNA*から狙って倒し、精神を消耗しているソラを狙い、最終的にエルハとの聖者対聖者であれば、戦い方はいくつもあった。
ぽちは回転の速いフラッシュやウィンドチャリオットを積んでいたので、それを中心に印を貯め直し長期戦を挑めば、また結果は変わっていたはずだ。
だが実際は、LUNA*とソラを倒しきれず、苛立ったままエルハに牙を剥き、最後はソラの刃に倒れた。
ふと、下を向くと大勢の人がいた。
数人でかたまって楽しそうに話してる人、泣いてる人や、それを慰めている人。
「(1人1人色々ドラマがあったんだろうなー。)」
ぽちの話は、そんな大勢の中のちっぽけな1つでしかない。
それでも、そのドラマの主人公はいつでも自分であり、ぽちにしか感じられない思いがあった。
そんな事を思っていたら、
「表彰式の準備が出来ましたー!飲み物、食べ物も用意があるので神へ続く道へお集まりくださーい!」
と、呼びかける声が聞こえた。
正直、乗り気にはなれなかったが、応援してくれた仲間や運営を一生懸命してくれた人への挨拶も兼ねて顔を出すことにする。
重い足を引きずりながら、少し遅れ気味に牛車に乗りこむ。
幸い、みんな各々の話に夢中で、ぽちに声をかける者は居なかった。
牛車が着いた表彰式会場は、既に多くの人で賑わっていた。
大きな盃で酒を飲まされている人や、食べながら色々な人のところへ行きおしゃべりを楽しんでる人、みんなほろ酔い気分のどんちゃん騒ぎだ。
あまり絡みたくない気分だったぽちは、手近にあったテーブルにつくと、置いてあったグラスに一口口をつけた。ピリリと炭酸が舌を刺激したあとに、ウィスキーの深い味わいが広がる。中身はぽちの好きなハイボールだった。
「(みんな楽しそうだなー。)」
ぽちはどこか他人の事のようにそう思う。
大好きなハイボールの味もよく分からず、ぼんやりとした思考のまま、作業のように喉に流し込む。
全然酔えそうになかった。
「閉会式しますよー!」
そう声のする方を向くと、今回のゲームの運営委員長である【XILLIA】のメンバー・シャオが、参加者に向かって集合を呼びかけていた。
しかし、各々盛り上がっている参加者たちは、ぼぼ聞いていない。
ぽちもわざわざ集まる気になれず、目線を向けるだけで、動くことはなかった。
動かない参加者達に、諦めをみせたシャオが
「とりあえず優勝したLUNA*さんだけでも!表彰を!!」
と、賞金と賞状を持って、LUNA*の元に向かう。
「(やっぱりLUNA*さんが優勝かー。さすがだな。)」
ぽちは心の中でそうLUNA*を賞賛すると、グラスを傾け、僅かに残ったハイボールを飲み干す。カランと氷が落ちる音が、なぜか物悲しく聞こえた。
「はぁ……。」
ため息しかでない。
ぽちはそっと席を立つと、飲み会会場から少し離れた川沿いまで歩き、ゆっくりと腰を下ろした。
足元の川の水は冷たそうで、ゆっくりとしたうねりを見せながら、川下へと流れていく。
ぽちはぼーっとした思考のまま、その様子を見るとなく見ていた。
すると、突然後ろから
「ドンマイ!」
と、聞き慣れた声が聞こえたので、ぽちは座ったまま仰け反る様に首を真後ろに倒し確認する。
そこには小さな少女が満面の笑みで立っていた。ぽちがボンマスをしている【franchement】のメンバー・珠だ。
「そこはドンマイじゃなくて、普通お疲れ様じゃない?」
ぽちは苦笑いしながらも、珠の方へ向き直る。
「そっか!けどぽちさんなら悔しがってるやろなーと思って!」
「そりゃ悔しいでしょーよ!」
くすくす笑う珠に、ぽちが被せるように言った。
悔しくない訳が無い。
ぽちは全力でやったはずだった、でも、実際は穴だらけでボロボロだ。全然届かなかった。
「けど楽しかったんやろ?」
珠が首を傾げながら、ぽちに尋ねる。
「楽しかったよー!けど……。」
歯切れの悪い返答をしかできないぽちを、珠は
「楽しめたんならよかったやん!元気だしー!」
と慰めた。
しばしの沈黙。
「楽しかったし、良かったよね……。」
ぽちが呟くように言う。
「けど、今回参加してみて、いつもみんなに助けられてるんだなーって、すごく感じたよ。」
ぽちの言葉に、珠は「ん?」と言うように首を傾げた。
「いやー、今回参加してみて、やっぱ1人の力じゃ無理だーって本当に思ったよ。」
元々、ぽちがマスターをしている【franchement】は、ぽちを含め根っからの戦闘集団ではない。
高難易度に挑戦する時の、ステータス不足や解析が不明な部分は、メンバー達と創意工夫することで何とか戦えるようにしていたし、今回のボンマスバトルロイヤルでは、ソラと共闘することで自分の足りない部分を補っていた。
そして最後は、ぽち1人で戦ったが、結局負けてしまった。読み違いもあったにしろ、倒し切れていれば問題はなかったのだ。
それができなかったのは、ぽち個人の弱さのせいだった。
誰かが居なければ、自分は弱くて何もできない。そんな思いが、ぽちの心に、暗い影を落としていた。
どこか苦しそうなぽちを見て、珠は心底不思議そうな顔をする。
「なら、またみんなで集まって遊べばえーんちゃうの?」
そう目をぱちくりさせる珠は、ぽちが何を悩んでいるのか、さっぱりわからないようだ。
ぽちは一瞬言葉に詰まったが、真っ直ぐこちらを見上げて来る珠の純真さに、悩んでいるのがバカらしくなって、くすくすと笑いながら
「そうだね。」
と、短く答えた。
ある程度強くなれば、大抵のコンテンツは、ソロでも攻略可能だ。
それでも、1人でやるより、みんなでやった方が効率がいいし、ボンドのメンバーやフレンド達とパーティーを組んで、高難易度の敵を倒した時は本当に嬉しい。それに、戦闘以外でも、気の置けない仲間とわいわいただ集まるだけで、十分楽しめるのだ。
わざわざぽち1人で頑張る必要は無い。
とても単純なことなのに、ぽちの頭からは、それがすっかり抜けていた。
自己解決して、満足そうにするぽちに、
「なによー!」
と、珠が頬をプクッと膨らませながら、不満をぶつける。
ぽちは苦笑いして
「何でもないよ!ありがとう!」
と、返した。
なんだかよくわからなかったが、ぽちを元気づけられたと思った珠は、
「どういたしまして!ふふーん♪」
と、尊大な態度でドヤ顔を披露する。
いつも通り変わらない珠の様子に、ぽちは笑みをこぼした。
「あっちにぽちさんの大好きなお酒がいっぱいあるで!行こ!」
珠はそう言って、みんなが集まってる方を指差す。
ぽちはその誘いを承諾するように、こくんと頷くと、立ち上がり歩き出した。
近くのテーブルにあった焼き鳥とビールを手に取り、ぽちは周りを見渡す。そして目的の人物を見つけた。
「(怒ってるかなー。)」
と思いつつ、ぽちはその人物、ソラに、そっと近寄る。
ソラがパーンに執拗に絡まれているところを見ながら、ぽちは「ふふっ」と笑みをこぼす。
「そうじゃ!おめぇは運が良かっただけ!相対的にワイは運が悪かっただけじゃああ!!」
そうがなり立てるパーンに、ぽちは
「まぁ、運も実力のうちってことで。」
と、冷静な言葉で割り込んだ。
「じゃかましいわぁああ!この卑怯者がぁ!」
と、パーンが持っていた一升瓶で殴りかかってきたが、その手がぽちに届く前に、【君の物語】の複数のメンバーがすかさず火スキルを放ち、パーンを燃やし尽くした。
「アイヤアアアアアア!!」
と断末魔の叫びをあげ、黒焦げになったパーンを見て、ソラもぽちも肩を竦める。
「よく訓練されたボンメンだよ。」
ぽちの冷静な感想に、ソラはため息を返す。
そんなソラに、ぽちは手に持っていた焼き鳥を差し出した。
ソラは「ん?」というように首を傾げる。
「ほら!終わったらみんなで酒飲みながら焼き鳥食べよ!って言ったじゃん?」
ぽちがいつもの口調でそう言うと、ソラは思い出したように
「あぁー!そういや言ってたねー。」
と笑い、ぽちから焼き鳥を1串受け取り、パクリとかぶりつく。
それを見たぽちは、周りにいる人に聞こえるような大声で
「お疲れ様ー!かんぱーい!」
と陽気に言い、持っていたビールを一気に飲み干した。
すると、近くにいた人達がそれに呼応するように、次々
「かんぱーい!」
と叫び、どんどん酒を飲み出す。
ソラもぽちも、その様子を笑いながら見ていた。
少し落ち着いたところで、ぽちはソラの方を向きながら、真剣な顔で
「ソラさん…。もう焼き鳥ないから作って?」
と言った。
ソラは
「はぁ?」
と、訝しげに返しながらも、鞄の中を確認してくれる。
本当に心配なくらいお人好しである。
「鳥肉ないから作れないよ!」
そう真面目に答えるソラに、ぽちは
「えぇーじゃあ今から狩りに行こう!肉食べたい!!」
と、わがままを言う。
「今から!?」
「あ!せっかくだからドラゴンの肉食べたい!ファフ狩ろう!」
常人なら無茶だと思うことを平気で言うぽちに、ソラは「またか」と呆れてものも言えないというような顔を返す。
そこでぽちは
「ソラさん。俺の盾になってよ。」
と、にっこり笑いながら言い、右手を差し出した。
ソラが気がついたように、ハッとする。
一瞬の沈黙。
「ぷっ……ふはは……!」
ソラは堪えきれず、顔をクシャッとさせると
「はいはい。今度は俺に攻撃するなよ。」
と言い、ハイタッチの様に勢いよくぽちの手を叩いた。
勝負は勝負である。そこに言葉はいらない。
「はーい!今からファフ狩りに行きまーす!先着5名様でーす!」
そう手を上げながら、大声で叫ぶぽちに
「まだやるのー?元気だねー。」
「クローバーさん行きますって!」
「ちょっ!エレノアさん!私お腹痛いから無理ですよ!」
「はいはーい、私行きまーす!」
などと、様々な方向から反応が上がる。
自分1人の弱さを嘆いても仕方ない。弱くたっていい。間違えたっていい。ぽちの周りには、いつでもこうやって仲間がいるし、何度だってやり直せるのだ。
そうしてぽちは、次なる冒険へ向けて、また歩き出すのであった。
【あとがき】
・クローバーより・
今回は先に…
最終話について。
本編の制約をさほど受けず、1番自由にかけたであろう最終話。ぽっちーの想いが詰まってます。
周りの強さと自分を比べて、その無力を嘆く。そんなことを私はよくやってしまいます。
でも、1人でなんでも出来たら、ボンドは必要ありません。無力だからこそ、協力できる。
「みんなでやるから楽しい」
最終話は、そんなMMO当たり前を、思い出させてくれますね。
ここまで読んでくださった読者の皆様。
ギリギリまで校正をしてくれたゆいちゃん。
匿名で表紙を書いてくれた方。
そして、共同作者として、一緒に小説を書いてくれたぽっちー。
本当にありがとうございました!
スピンオフ作品を完成させられたのは、皆様の熱意のおかげです!
それでは皆様、それぞれの『楽しい』を追求しながら、良きアルストライフをお過ごしください☆
・ぽちより・
最後の最後まで読んで頂きありがとうございます。
皆様楽しんでもらえたでしょうか?
なんとなくで書いた初の小説でしたが色んな人の助けを借りて無事完結できました。
スピンオフを読んでからまた本編を読むとまた違った見方も出来るようには心掛けたので是非また本編も読み直してください!
アルストは戦闘だけでなくほんとに色んな遊び方があると思います。
またみんなと楽しく遊べる時間が来ることを願ってます。
ぽちはクローバーさんの次回作
【アルスト大規模レイド戦】
を楽しみにしてます。