遡ること数分前……
クローバーは、振り下ろされた大斧を、後ろに宙返りしながらかわした。斧は地面に落ちると、放射状にクレーターを作る。
「クローバーさん!オシルコいりますか!?」
エレノアは、そう問いかけながら、大斧を軽々持ち上げ、もう一撃食らわそうと、クローバーとの距離を詰める。
「いりません!」
「じゃぁ、オゾーニは?」
「いりません!」
ブンブン振り回される大斧を避けながら、クローバーが拒否を示す。エレノアはクローバーに会う度に、随分前のお正月イベントで交換したオシルコと、オゾーニを渡そうとしてくるのだ。
「1個だけでも!」
「いらないです!」
数年前に手に入れたオシルコやオゾーニなんて、良質な保存状態であるわけがない。お腹を壊すのが関の山だ。
アルスの家の前で鉢合わせしてしまったクローバーとエレノアは、すぐに戦闘を開始した。と言っても、逃げ回るクローバーを、エレノアが追い回しているだけで、まともに戦っている状態ではない。
エレノアが選んだ職は破壊者。3次職であり、現時点で、物理火力最強の職である。大振りで隙が多いが、その分当たれば一撃必殺だ。一方、クローバーは2次職の暗殺者。破壊者とは真逆の、一撃は軽いが、手数とすばやさで勝負する職だった。
職の相性は悪くない。大振りするエレノアの隙に滑り込めば、ステータスの劣る暗殺者でも、勝てないことはないと踏んだクローバーだったが、思い通りには行かないのが対人戦である。
クルーエルクレッセント。三日月型に素早く振り下ろされる大斧に、クローバーは
「ひっ!」
と悲鳴をあげた。エレノアの持つゼノ・デュポンアクスは、非力な短剣では到底受け止めきれない。身をかわすしか防御の手段がないクローバーは、バックステップでアルスの家の裏手に回り込んだ。エレノアの刃は空を切る。クローバーはそのまま背を向けて走り出し、反対側から家の表へと向かう。
さっきからこうして、ぐるぐる家の周りを何周もしていた。
エレノアの攻撃は隙がほぼない。キャスの長いバフスキルは、クローバーとの距離がある時に使い、大振りしたあとは必ず軽めのスキルで反撃の用意をしている。迂闊に近づけば、あっという間にぺしゃんこにされてしまう恐怖が、クローバーにはあった。かといって、このままぐるぐる鬼ごっこを続けたとしても、先にバテるのはステータスの低いクローバーの方である。
「クローバーさーん!ちゃんと戦いましょーよー!」
エレノアは、面倒な鬼ごっこ付き合わされているのにも関わらず、イライラして心を乱すことなく、むしろ楽しそうにしていた。
「(厄介だな……。)」
対人戦において、精神の撹乱は大事な戦略である。心を乱した者は、正常な判断を欠く。傲り、動揺、そして怒り。それらは戦闘において、人を敗北に導く原因の1つであった。
ところが、エレノアはクローバーの作戦に全く乱れないどころか、嬉々として付いて来る。
「オシルコ食べますか?」
「結構です!」
隙あらばオシルコを勧めてくるエレノアに、クローバーは思わず笑みをこぼす。
エレノアは強いマスターだ。ちょっとやそっとでは精神を崩さない。それでいてユーモアもある。そういう安定しているマスターだからこそ、ボンドメンバーからの支持も高いのだ。
「走り回ってお疲れでしょう?オゾーニいりませんか?」
「大丈夫です!」
そう返しながら、クローバーは肩で息をする。オゾーニはいらないが、疲れているのは確かだった。
直撃は避けているが、攻撃のダメージは少しづつ蓄積されていく。そして、クローバー自身は、エレノアに未だ一太刀も入れることが出来ていない。かなりの劣勢だった。
「(落ち着け。)」
目の前のことにいっぱいいっぱいになってしまうのは、クローバーの悪いくせだ。意識しなければ、色んなものが無いものになってしまう。
「(ピンチのときこそ、視野を広く。)」
だからこそ、こうして言い聞かせて、わざと意識を外に向ける。落ち着いて耳をすませば、そう遠くない場所から、戦闘音が聞こえてきていた。
「(私じゃエレノアさんには勝てない……ならば!)」
エレノアに背を向けて、クローバーはまたアルスの家の裏手へと走り出す。
「まだまだ走れますよ!」
その後をエレノアが元気に追いかける。
「あれ?」
アルスの家の裏にクローバーの姿は無く、エレノアはキョロキョロと辺りを見回す。
「そっち行くの?」
クローバーは家の裏の崖から、下へと飛び降り、砂浜の方へ向かっていた。エレノアは一瞬考えたあと、クローバーのあとを追うことにする。既に相当体力を削っているはずだ。そう遠くまでは逃げられないだろうというのが、エレノアの見解だった。
崖を何段か飛び降りながら、クローバーはチラリと後ろを振り返る。エレノアが、アルスの家の裏手からまわって、道を下ろうとして来ているのが見えた。あの大斧を持ったままでは、クローバーのようにここを飛び降りるのは困難であろう。時間は十分稼げそうだった。
海岸沿いの道に出ると、クローバーは砂浜に向かって走り出す。
「ビンゴ!!」
前方の砂浜に人影を発見したクローバーは、笑みを深くする。
砂浜に横たわる団子と、青っぽい髪の男が2人。中々異様な光景だったが、動揺することはない。むしろ全員知り合いで好都合だった。
「(倒せないなら、他の誰かに押し付けてしまえばいいじゃないか!)」
クローバーは走りながら、ナイトウォーカーでバフをつけると、向かい合って臨戦態勢の飛沫とソラは無視して、後ろに控えるぽちに照準を定める。
ハイドブレード。不意打ちからの2連撃には確かな手応えがあった。
「ぎゃっ!」
っと短い悲鳴を上げるぽちを尻目に振り返れば、自分を追って、エレノアがこちらに走ってくるのが見えた。
完璧だ。
「また逃げるのー?」
ぽちの安い挑発に乗ってる暇はない。
「君らの相手は、私じゃないよ。」
クローバーはそういい捨てると、丘の上を目指して、一生懸命足を前に進めるのだった。
エレノアは目の前に現れたソラに、力いっぱいゼノ・デュポンアクスを振り下ろした。
特に作戦があったわけではない。ただ、クローバーとの鬼ごっこに飽きていたことは確かだった。草原に舞う蝶のように、ヒラヒラと何度も攻撃をかわされるのは、イライラするほどではなかったが、退屈である。
クローバーを追いかけて鬼ごっこの続きをするよりは、新しい相手と遊んでみる方が楽しそうに思えたのだ。
ぽちの警告に素早く反応したソラは、エレノアの大斧を盾で受け止めた。
ガキンっと重機がぶつかるような音が響く。
手に伝わる振動に、エレノアは充足感を覚えた。
「ぐっ……。」
ソラがかざしたウーシア盾がギシギシと軋む。
「(どうする?)」
そう迷いながらも、ぽちはプシュケーでソラを回復する。
エレノアのHPは満タンだ。ソラと2人で協力したとしても、倒すには多少の時間がかかる。一方、先に逃げたクローバーは、既に息も絶え絶えといった様子だった。
「(軍曹を追うか?エレノアさんを倒すか?)」
クローバーが去り際に放った言葉を思い出す。「君らの相手は私じゃないよ。」それは、暗にエレノアの相手をしろと言っている様なものだ。
どっちが正しいかは分からない。ただ、クローバーの思惑通りになるのは癪である。
「ソラさん、上に行こう!」
ぽちの結論に、ソラは
「あぁあ?!」
ソラは怪訝な声を返す。
「先にクローバーさんをやった方がいい。」
「でも!!」
言い合いをしている2人にはお構い無しに、エレノアの2撃目が飛んでくる。ソラはトラックがぶつかってくるような質量の攻撃に、吹っ飛ばされないよう盾を構え、足をふんばって耐え抜く。
ぽちがエレノアに向かって、ワード・オブ・ミゼリーを放つ。牽制程度だが、効果は十分だ。
「うー……。」
エレノアは悩ましい声をもらしながら、ソラとの押し合いをやめ、バックステップで距離を取る。2対1とは、分が悪い。このまま猪突猛進で突っ込むほど、彼女は無謀ではなかった。
「ソラさん!」
エレノアが離れた隙をついて、ぽちが先に丘の上へと走り出す。
「えぇー!ほんとにそっち追いかけるの?」
ソラは一瞬エレノアの様子を伺ったが、自分1人ではどうにもできないだろうと判断し、すぐぽちの後を追いかけた。
残されたエレノアは、丘の上へかけ登っていく2人の姿を黙って見送る。
「パーティには、遅れて行った方がエレガントでしょう?」
2人の背中が完全に見えなくなってから、エレノアは決戦に向けて、ゆっくり移動を始めるのだった。
もう足がうまく上がらない。1歩1歩と前に進む度、骨がギシギシ軋む音がした。この体では、そう長くは走れないだろう。クローバーは悲鳴をあげる体をなんとか引きずりながら、丘を登り、少し開けた場所に辿りついた。そこはフレスベルグのエリアレイドが出現する場所で、均され安定した地形である。
クローバーは近場にあった木の柵傍に腰を下ろすと、肩で息をした。柵に寄りかかるように天を仰げば、もう随分と陽が傾いていた。
ゲーム開始からかなりの時間が経過している。1度会った参加者にもう1度遭遇するということは、それほど参加者が減っているということだ。ゲーム終了は、確実に近づいていた。
クローバーは大きく深呼吸し、何とか息を整えようとする。エレノアが相手であれば、ソラとぽちがここにくるまで、それなりの時間がかかるだろう。それまでになんとか体勢を整えなければならない。
しかし、その計画は、呆気なく破棄される。
「くーろさん♪」
笑顔で目の前に現れたぽちに、クローバーは苦い顔を返す。
「遊びに来ちゃった!」
「お呼びでないよ。」
クローバーがそう言い終わる前に、ぽちはフラッシュを放った。クローバーは転がるようにそれを避ける。
「エレノアさんは?」
ぽちの2撃目、ウィンドチャリオットを避けるため、クローバーは袋小路側へと追いやられてしまう。この先は、もう逃げ場がない。
「さっき別れた。」
ソラがぽちの後ろで自身にシヴァルラスウィールドのバフをかけながら答える。
「逃げたんだ?」
クローバーは挑発するように目を細めた。
だが、ソラはそんな簡単な煽りに乗るような馬鹿ではない。
「うん、そう。」
と事も無げに返事をすると、飛ぶようにクローバーに向かってきた。
ソラのカレッジブレードに、クローバーはフェイタルエッジで応戦するが、もうヘトヘトで悲鳴をあげていた体では、とてもじゃないが耐えられない。ソラの左右に切りつける斬撃に、右手に持っていたウーシアナイフが遠くへ吹っ飛んでいく。
「くっ……。」
最後に剣を振り下ろしたソラの肩越しに、ぽちが魔法を詠唱しているのが見えた。
「(これで終わりか。)」
そうクローバーが目を閉じた瞬間、突然地面から突き出て来た岩に、体を引き裂かれる。目の前ソラが驚愕に目を見開くのが見えた。
「(誰……?)」
そう疑問が頭に浮かんだが、振り返って見ることは出来ない。クローバーはもう光の粒となって、教会へと送られていた。
ぽちはターゲットをクローバーから無理やり変更し、新たに現れた人物に向けてワール・オブ・ミゼリーを放つ。
「また2人?」
木の影から現れたのは、LUNA*だった。ぽちの攻撃をものともせず、リングオブサターンでソラとぽちの両者に攻撃する。
「くっ……。」
「つっよ……。」
ぽちがすぐさまプシュケーで回復するが、そう何度も食らってしまうと、追いつかなくなりそうなダメージ量だった。
「まぁ、もうそろそろ人も減ってきたし、一気にカタをつけるのもいいか。」
LUNA*がそう言って杖を構えた瞬間、その頭上を影が掠める。
「っ!?」
間一髪、脳天に振り下ろされそうになった大斧を、LUNA*はギリギリ避けた。
リサナウト。大きく地面に斧を振り下ろすそのスキルは、崖から飛び降りた勢いも相まって、直撃すれば、とてつもないダメージを叩き出していたところだ。
「ざーんねーん。」
上から降ってきたエレノアはそう言いながら地面に刺さった大斧を素早く引き抜くと、バックステップでLUNA*から距離を取る。
「パーティには間に合ったかな?」
そう微笑むエレノアに、LUNA*は警戒した目を返す。直撃は避けたが、それなりのダメージは受けていた。
「今のうちに!」
ぽちは連続で攻撃魔法を使い、LUNA*とエレノアを攻撃する。
「ちょっと!」
そして、そのヘイトを受けるのはソラであった。
ソラはエレノアの斬撃をなんとかかわしたが、LUNA*のマーキュリーショットはまともに食らってしまう。
「ゴホッゴホッ……。」
水量にむせながらも、ソラは前を向き、リバーサルレイドをLUNA*に向かって放つ。
「いっ!たっ!」
刃に確かな手応えを感じた。
そうやって、乱戦状態の3人に、ぽちがサンクティファイをキャストする。そして3人にダメージを与えるとともに、自身のHPを全回復させた。
「あれ?」
ソラがそう疑問に思ったのもつかの間、ぽちがワール・オブ・ミゼリーで、ソラを攻撃する。
「うおおおい!?やっぱ今俺に攻撃しただろ?!」
「え?」
「え?じゃねーよ!前線で体張ってるソラさんになんてことするんですか!?」
とぼけ顔をしているぽちを、ソラが怒鳴りつけた。
「そろそろいいかなって思って!」
ぽちはそう言いながら、笑顔で詠唱を始める。
エレノアの斧を盾で受け止めながら、ソラが絶望的な顔をした。
そう、その時が来たのだ。
バトルロイヤルの勝者は1人のみ。いくら協力し合っても、最後は戦う運命になる。
「そっちがその気なら、こっちも!」
ソラはエレノアの攻撃をシュヴァリックブレードで弾き返すと、ぽちへ向かって足を進めようとした。
「でも、ごめんね。さっきので4連分、印貯まっちゃった。」
ソラが動く前に、ぽちのアーダーストームがキャストされる。空に立ち込める光の雲に、ソラ、エレノア、LUNA*はそれぞれ焦りの表情を浮かべた。3人ともギリギリ耐えられるかわからないくらいのHPだ。
身を引き裂くような嵐が吹き荒れ、印分の4連撃が3人を襲う。
「(耐えられない……。)」
そう諦めかけたソラを、どこからか飛んできた、光のベールが包み込んだ。
【あとがき】
物語も佳境に入ってきました。
戦闘シーンは案外書くのが簡単なんですが、勢いで書くことが多いので、誤字がめちゃくちゃある←
校正してくれたレッコとゆいちゃんには本当に感謝です。
実はカウントダウンの時使用した画像は、それぞれ戦闘の舞台となった場所で撮影しています。(1話目→あと5日の画像、2話目→あと4日画像と続く)良かったら見返してみてください!
エレノアさんはお茶目さん。本当に会う度オシルコとオゾーニくれる。